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最終日 死闘の幕切れ

スポーツ選手は、怪我をした瞬間、シーズンエンドの重症とか、2週間くらいで戻れるとか、案外分かるらしい。

レーサーも同じようなもんで、マシントラブルが起きた時の状態もなんとなくわかる。ピットに入ればなんとかなるだろう、ということもわかる。

エンジンがイカれた、とかミッションが壊れた、とかの致命的なトラブルで走行不能ってことも。


長細いひしゃげた金属片が震電を追い越していった。ウイングの一部だ、あれは。

震電がぐらりと傾く。

アクセルを踏んだが。かすかに噴出音が聞こえるが、いつもの背中を押すような推進力は失われていた。

落ちる。


≪サー!≫


【どうだ、この俺様の力、思い知ったか】


あいつの声がコミュニケーターから聞こえる。

黒の亡霊シュヴァルツガイストがこっちに向かってくるのが見えた。

肩装甲の黒い光が消えている。なにかの特殊な機能なんだろうが、なんだったんだ。


【とどめだぜ!】


≪させるか!≫


ジョルナのレナスが黒の亡霊シュヴァルツガイストと俺の間に割り込んできたのが見えた。


【雑魚が!粋がるんじゃねえよ】


≪思い通りにはさせない!≫


こっちは避けることも防ぐこともできない。

背筋が凍りそうになったが、ジョルナがどうにか止めてくれたらしい。俺への攻撃はかろうじて震電をかすめていっただけだった。


だが、それで終わりじゃない。

目の前には打ち合う騎士たちと飛行船、そして雲海が広がっていた。

このままだと、雲海に落ちる。


アクセルを踏み姿勢制御のフットペダルを左右にひねるが震電は反応してくれない。

エンジンストールをした時の、車体と自分が切り離されてしまった感覚だ。

速度を失って木の葉のように揺れながら高度が下がる。


「くそっ!」


『ディートちゃん!聞こえるか!』


悪態をついたとき、突然ジョルナの声じゃない声がコミュニケータから飛び込んできた。

バートラムか。


「聞こえる!」


『盾を張れ、今すぐ』


「盾だと?これでいいのか?」


かろうじて機能している右手をうごかしてエーテルシールドを展開する

騎士団のフレイヤが右の方から銀色の翼を展開して飛んでくる。


『手荒くいくけど恨むなよ!』


フレイヤのエーテルの翼が光を放って光弾が俺に向かって飛んだ。

シールドに波紋が走って光弾を相殺し、エーテルの反動で震電が横に押される。


推進力がないからいつもより飛び方が大きい。

コクピットが揺れる横にスピンするように振られて、震電が落下する軌道が変わった

このままいけばアクーラに落ちる。


「すまん!」


『いいってことよ!』


バートラムのフレイアが震電の真上を駆け抜けていくのが視界の端に見えた。


改めて下を向くと、巨大なアクーラの甲板が迫ってくる。

このままいけば確かにアクーラには降りれるが。だが、あと100メートル位はあるぞ……これは降りるっていうより落ちる、だ。助かるのか、これ。


ゆっくりとスピンするコクピットの中で、左右の足に全神経を集中してわずかに残ったウイングの機能を探る。

速度が落ちたから分かるが、まったく推進力がないわけじゃない。かすかな音がしてわずかに機体に制動がかかる。姿勢を整えるくらいはなんとかなりそうだ。

コースアウトからタイヤバリアまで数秒しかないレースに比べれば、落ち着く時間があるだけ恵まれてるな。


降下するエレベーターに乗っている時のように体が浮く。ただただ落ちる感覚ってのはとてつもなく恐ろしい。

地球にいるころはスカイダイビングが趣味だったが、あのパラシュートがついているのとはわけが違う。

そういえば……このどうしようもなくただ落ちる感覚ってのはどっかで体験したことが有る気がするが、いつのことか……思い出せない。


なんてことを考えている場合じゃなかった。甲板が迫ってくる。息を詰めて呼吸を追いつかせた。

フットペダルの操作でかろうじて震電のスピンが収まって、正常な姿勢に戻った。飛ぶのは無理だが、足から落ちることくらいは何とかなりそうだ。

体勢を崩してコクピットから落ちたら、いくらなんでも助かるとは思えない。


「アクーラ!すまないが不時着する!」


聞こえてるかどうかわからないが、コミュニケーターに叫ぶ。

アクーラの甲板にいた作業員が走って散っていくのが見えた。


足をフットペダルから引き抜いて歩行用のペダルに移す。なんとか衝撃を和らげられるか。

こんな足から着陸するような訓練はしたことはないが、ぶっつけ本番は今に始まったことじゃない。

黒い煙を噴き上げる甲板が迫る。落ちる速度から着地までの秒数をカウントした。


衝撃に備えて、舌をかまないように口元の布を噛む。

クラッシュの時の鉄則。目はつぶるな。その目を閉じたコンマ一秒の判断が生死をわけるかもしれない。


「止まれ!」


着地寸前でヒール・アンド・トゥのように右足のつま先でブレーキを踏んだ。

震電が最後の推進力を振り絞ったかのように逆噴射がかかり、震電が甲板ギリギリでほんのわずかに浮く。


そして。一瞬の失速感の後に真下から突き上げるように衝撃がきた。

フットペダルを踏み前に歩かせて少しは衝撃を逃がそうとしたが、まったくの無駄な努力だった。バキンと金属音がして視点が一気に低くなる。

足が折れた。前のめりに震電がバランスを崩して、甲板が立ち上がってくるかのように迫ってくる


「クソが!」


残った右腕で体を抱くようにする。直後に来る衝撃に備えた。足を踏ん張り、顔を右手で覆って、歯を食いしばる。

エアバックをつけてほしいところだが、そんなものはない。


今まで最大級の轟音が響いた。衝撃で体がシートにたたきつけられる。

視界が真っ暗になった。震電が甲板でバウンドしながら甲板を滑る。体が前に飛びだしてベルトに食い込み、またシートにたたきつけられた。

金属音と木が裂ける音、キャノピーと甲板がこすれあう猛烈な音がコクピットに響き続ける。


「痛ぇんだ!!クソ、ていうか止まれ!!こんちくしょうがぁ!!!!」


轟音に負けないようにってわけじゃないが。俺も大声で叫ぶ

永遠にも思える恐ろしく長い数秒の後、ようやく震電が止まった。


---


視界は暗くて、一瞬意識が飛んだのかと思ったが、そうじゃない。

さっきの轟音が地鳴りのように耳の奥に残っているが、思頭の上から何かを叩くような音が辛うじて聞こえた。

額だの後頭部だのあちこちが痛む。どこかにぶつけたらしい。


震電はうつ伏せになっていて、体が4点シートベルトでシートにつりさげられるようになっている。

ヒビだらけになったキャノピー越しに甲板が見えた。

丁度、頭頂というか頭の上の方からかすかに光が見えて、キャノピーの向こうに甲板員が見えた。


ベルトをほどこうにも体重がかかっていて体に食い込んでいるから無理だ。シートの横に刺したのこぎりのような刃の作業刀で頑丈なベルトを切る。

体がシートから切り離されてコンソールの上に落ちた。


もう一度キャノピーを叩く音がした。顔を上げると、キャノピー越しに甲板員が頭を抱えるようにジェスチャーしている。

その通りに頭を抱えると左右からガンと金属同士がぶつかり合う音がした。コクピットを覆っていたキャノピーが外れる。

罅だらけのキャノピーがごろんと甲板に転がって。普段のひんやりとしたのとは違う、熱い外の空気が俺の肌を刺した。


---


ささくれ立った木の甲板に手をついて、四つん這いでコクピットから這い出した。

立とうとしたが、疲労の限界で足がふらつく。防寒着が鉛の拘束具にように重い。


「ご無事ですか?」


甲板員が出してくれた手を取って立ち上がる。


「どうにかな」


周りはひどいありさまだった。

そこここで甲板が裂けてめくれ上がり、油と鉄や木が焦げるにおいがする。熱気を纏った煙がむき出しの顔をあぶる。

ただ、さすがに頑丈に作ってあるらしい。修理には相当時間がかかりそうだが、巨体が揺らぐ気配はない。


俺の後ろでは震電が無残な姿になっていた。

コクピットを覆う装甲板とキャノピーは甲板に転がっている。多分、蝶番を壊して外したんだろう。


左手は肘から下がなくなり、右手は胴の下でつぶれてしまっている。

足はへし折れて左右に曲がり、背中から二本伸びたウイングは片方は根元から無くなっていて、もう一本も折れ曲がってほぼ残骸だ。よくこれで最後に逆噴射出来たな。


空を見上げる。

もうもうと吹き上がる黒煙で視界が悪いが、海賊の騎士はもうほとんどいなかった。

騎士団のレナスやフレイヤがアクーラの周りを囲むように飛び交っている。カノンの射撃をしている様子もない。

海賊側も撤退を始めたんだろうか。そういえばジョルナは無事か。


【ここまでか。完全には落とせなかったが、まあいいさ】


と、突然、コミュニケーターからあいつの声が聞こえた。

レナスの間をかいくぐるように、上空から黒の亡霊が降下してくる。その後ろからジョルナのものらしきレナスが追ってきた。


【憶えておけよ、ディートレア!

俺の名はクラウセン!クラウセン・トレヴォーだ。】


アクーラの上空を一回旋回する。バカか、こいつは。わざわざ名乗りに来たのか、こいつ。

周りを飛び交っていたレナスが4機、黒の亡霊を囲むように位置を変えた。ジョルナのレナスとあわせて5機が上空と左右を包囲する。

わずかに機首を上げた黒の亡霊シュヴァルツガイストの肩装甲の光が一瞬強くなり、黒い光を放った。


「なんだ?」


黒い光が消え、一瞬の後にアクーラのはるか上空でもう一度黒い光が輝く。

その光が消えた後には、黒の亡霊シュヴァルツガイストの姿が見えた。敵を見失ったレナスが散っていく。


【システィーナもお前も俺の敵じゃない!俺こそが最強だ。次は殺すぜ】


一言残して、黒の亡霊が上空高く飛び上がっていき、雲間に消えていった。


……今のでなんとなくわかった。

黒の亡霊シュヴァルツガイストの特殊装備は、多分テレポートっぽいものだ。

一瞬で包囲を切り抜けて上空まで飛び上がるなんて出来るはずがない。

震電の目の前から突然消えて後ろから撃たれたあれは、テレポートで後ろを取られたんだろう。


……言うだけなら便利かつ簡単に思えるが。

仮にテレポートだとしたら、突然視点が切り替わるわけだし、体にかかるGがどういう風になるのか、正直見当もつかない。

強力だが、あれも簡単に使える装備じゃないだろう。


デカい口を叩いて行ってしまったが、あの機体を振り回せるというか乗りこなせるなら、改めて思うが並みの乗り手じゃない。

亡霊シリーズ3機の中じゃあいつが一番の難敵だな……

ただ、わざわざ特殊兵装のお披露目をしてくれるあたり、やはりバカっぽいが。


と、たそがれてる場合じゃないんだ。後ろを振り返って無残な姿になった愛機を見る。

よくも俺の震電を……この借りは100倍にして必ず返してやる。


---


アクーラや飛行船からあがった煙で黒くなった空。太陽が少し傾いてきた。いつの間にかずいぶん時間が経ったらしい。

もう射撃音や大砲の砲撃音は聞こえない。風の音と消火活動に走り回る船員の足音と作業の掛け声だけが聞こえる。


『……周辺の敵影は無し。奴らは撤退した模様だ』


静かだったコミュニケーターからバートラムの声が聞こえた。


〈了解。各機、戦闘不能の騎士を救護。索敵範囲を広げて警戒を継続してください〉


『分かった。行くぞ』


アクーラからの指示で、上空を待っていたフレイヤやレナスがアクーラから離れていく。

恐らく周囲の飛行船より遠くに警戒線を引くんだろう。もうこの周辺に敵は居ない。危機は去った、か。

足から力が抜けて、尻餅をついた……ようやく終わった。











騎士・黒の亡霊


建造者・不明


亡霊シリーズともいうべき、独特の肩装甲と特殊装備が特徴の騎士の3機目。

名前の通り、機体は真っ黒に塗られている。


肩装甲は左右に一枚づつ取り付けられており、とがった先端は二股に分かれている。ビジュアルイメージ的にはクイ〇マンサ。普段はエーテルをチャージしており、装甲自体が黒く光っている。

それ以外は白の亡霊ヴァイスガイスト灰の亡霊ブラウガイストと同じような見た目をしている。


特殊装備は短距離の瞬間移動。

特殊なインターフェイスで転移先を指定し短距離を瞬間移動する。チャージ済みの時は装甲が黒く光る。

近距離戦で後ろに回り込む、射撃戦でポジションを変更するなど応用範囲の広い装備であるが、瞬間的に視点が変わる上に、飛行方向が変わるとGのかかり方も変わる、高速戦闘中に転移先を指定するのはかなり難しい等、本当の意味で使いこなすにはかなりの熟練を要する。


武装は、右腕が銃身を切り詰めて取り回しを良くしたガトリングカノン、左手がブレード転換型シールド。

ガトリングカノンは銃身を短くしているため取り回しはよくなったが、射程や限界射程での集弾性は下がっている。代わりに火力と速射性を強化された。

武装の性質上、遠距離での撃ち合いより、取り回しの良さを活かして中距離以近での格闘戦で弾幕を浴びせるような使用を想定した、ショットガンに近い性質の武器と言える。


このような装備になっているのは、乗り手であるクラウセン・トレヴォーが、近接戦を好むため、ということもあるが、瞬間移動で視点が変わってもとっさに撃って相手に当てやすいように、ということも考慮されている。


亡霊シリーズのなかでは一番最後に建造された騎士のため、基礎的な運動性能等はもっともすぐれている。




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