最終日 白の亡霊
戦いの中で方向を見失ったが、行くべき方向は分かった。
ぐるりと旋回すると、遠くに白い雲と青い空の向こうに黒い煙が上がっているのが見える。
いったいどうなったんだ。
「アクーラ、応答してくれ」
相変わらずコミュニケーターからは砂嵐のような雑音が聞こえてくる、
まだ回線妨害装置は効果を発揮しているらしい。
通信妨害システムってのはいったいどういうもんなんだ。騎士が装備しているのか、それとも飛行船とかが抱えているのか。
いずれにせよ、どういう仕組みかは分からんが、こちらの通信だけ妨害されているのでは圧倒的に不利だ。
すこし飛んだところで機影が雲の向こうに見えた。一機の騎士が、二機の騎士と戦っている。
片方は見覚えがあった。ダークブルーの装甲が特徴的な、アクーラのハンガーで見たメイロードラップの参加者だ。
「助太刀するぜ!」
といっても聞こえやしないか。
一気に距離を詰める。ダークブルーの騎士をはさむように攻撃していた一機が、こっちに気付いて軌道を変えた。
包囲を逃れたダークブルーの騎士が上空に飛び上がる。
二機の海賊の騎士が旋回して一機がこちらに突撃してきた。片手にブレード、片手にシールドの近接タイプか。
もう一機は視界の外に逃げられた。二対一は不利だ。視界の外から銃撃されたらかわし切れない。
多対一の時は死角を作らないのが必須だ。できれば2機とも視界に入れておきたい。
すれ違いざまの攻撃を躱して回り込んでやる。今は倒すことよりいいポジションを取方が優先だ
アクセルを踏んだその瞬間、後ろからカノンの炸裂音が響いた。
「なんだ?」
何が起きたか分からないが……動揺したのか、突っ込んでくる騎士の挙動が乱れる。
チャンス!
「ブレード!」
とっさにブレードを展開した。間近に迫る海賊の騎士をすれ違いざまに切り抜ける。
手ごたえはあったが……右の操縦桿から伝わる感覚は軽い。
「浅かったか!」
【任・・・せ…ろ!】
慌てて震電を切り返したところで、再びカノンの炸裂音が聞こえる。
振り返ると、被弾した海賊の騎士が機体の破片をまき散らしながら雲海に沈んでいくところだった。
もう一機もすでにいない。さっき後ろから聞こえた音は、一機目の撃墜音か。
ダークブルーの騎士が上空から急降下してくる。大勢を立て直して即仕留めてくれたのか。
流石にメイロードラップに参加するだけのことはある。
多対一の状態さえ崩してやれば、海賊には引けは取らないわけだ。やるな。
ダークブルーの騎士がこっちに飛んできて並走する。
【助か……た。感…謝す・…ぜ】
かなり雑音交じりだが、かろうじて聞こえる。どうやら近寄ればなんとか話せるらしい。
【あんた……シュミ・…トの魔・…女か?無事だっ・…んだ・な】
「なんだって?」
片手で合図してギリギリまで騎士を寄せるとようやくまともに聞こえるようになった。
【最下位だったのに姿が見えなかったからよ。逃げちまったか海賊に落とされたのかと思ったぜ】
「失礼な奴だな」
と言いたいところではあるが。
現実的に最下位だし、それに歴戦の護衛騎士から見れば、俺はせいぜい売り出し中の若手ってところだろうから、こういう評価になるのも仕方ないかもしれない。
「そっちこそ、レース参加者なのに支援するんだな」
【まあな。護衛騎士にとっちゃ海賊と戦うのが本業だからな】
「確かにそうか」
正直言って、レース参加者の護衛騎士がアクーラを守るとは思わなかった。
戦闘に参加してもあまり得はしなさそうだが。
まあでも言われてみれば、レースしてるより海賊と戦う方が護衛騎士にとっては手馴れた仕事ではあるな。
【それによ、ここで一発目立っておきゃあ、ウチの店主へのアピールにもなるだろ。
このままじゃアレッタには勝ち目は無かったしな。ちょうどいい機会だぜ】
なかなかにたくましい。
レースの趨勢自体はほぼ1位からギリギリ3位までの争いだったし、それならこっちで目立っておけってことか。
【このままグダグダのままでゴールしても格好つかねぇだろ。
騎士団の連中やアレッタが戦ってるのにガッツポーズしながらゴールするなんて、後で笑いもんだぜ】
確かに。
この辺は騎士の乗り手のプライドを感じる所だ。漁夫の利は必要ないってわけか。
それに、他の参加者が騎士団の援護に回って、自分だけゴールしても後から何をいわれるかわからない。
と、その時、コミュニケ―タ―から声が聞こえた
『ディートレアさん、応答して下さい!』
これは、アクーラからの通信だ。
「聞こえるぜ!」
『やっと通じた!ご無事でよかったです!今どこですか?』
やっと通じた、はむしろこっちのセリフなんだがな。
唐突に通信が回復したのは……恐らく、回線妨害を搭載した騎士か飛行船が落ちたんだろう。
なにはともあれ、通信が出来るようになったのは助かった。
「今はそっちに向かってる……えーっと、あんた、なんてったっけ?」
【おいおい!ブラウンだ。ブラウン・ヴェイス。総合5位。バーネット商会所属。
一緒にレースしてんだぞ、上位の名前くらい覚えといてくれよ、ディートちゃんよ】
「悪いな、ブラウン。ブラウンとそっちに向かってる。そっちは大丈夫か?」
【かわいい顔してひどい奴だな、まったく】
『大口径のカノンらしき砲撃を被弾しましたが飛行に支障はありません』
アクーラの船員のコミュニケ―タ―の後ろから爆音が聞こえてくる。
『あの砲撃は?』
「砲撃用の飛行船は黙らせた。
さっきの灰の亡霊はシス……ファティマと一緒に片づけた」
【ファティマかよ?
あいつも見ないと思ってたら戦ってたのか。大したお嬢ちゃん方だぜ】
ブラウンがあきれたような声を上げる。どうやら知り合いらしい。まあ本当はファティマじゃなくてシスティーナなんだが。
『お見事です。ファティマさんは?』
逃げた、と答えるのは当然マズいな。
あいつはフローレンスに影武者を置いているって言ってたし。助けてもらったあげく、あいつの評判を落とすのはさすがに悪い。
「灰の亡霊のカノンを受けた。
飛べはするが、損傷が激しいからリタイヤせざるを得ないかもって言ってたよ」
『了解です。
こちらにもみかけない騎士が現れて苦戦中です。レース参加者の皆さんと騎士団員が交戦中ですが数が多い。
助太刀願います』
「ああ、まかせろ!」
【行くぜ!恩を売って、賞金でもいただくか!】
ブラウンの騎士が加速する。こっちもアクセルを踏んで震電を加速させた。
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すこし飛ぶと、聞きなれた大砲の砲撃音と爆発音が聞こえてきた。戦場が近い。
薄い雲を抜けると、気嚢から煙を上げて漂う騎士団の飛行船の姿が見えた。どうにか致命的な被弾はしてないようだが。
船員たちが通路を走り回っているのが見える。応急修理か、脱出の算段か。
何かしてやりたいが、今はどうすることもできない。
幸い、止めを刺しに来る海賊どもは居ないらしい。無事を祈るしかないな。
【急ごうぜ!】
その向こうには巨大なアクーラの姿と、それを取り巻くように展開した飛行船が見えた。
アクーラはまだ無事だ。大型の双胴飛行船だし、遠征の時の拠点になるわけだから、さすがに簡単に落ちる様な仕組みじゃないな。
アクーラの上を守るように飛行船と騎士が展開して、海賊の騎士と激しい撃ち合いを展開している。
距離を詰めれたこの状況だと飛行船は圧倒的に不利だが、一歩も引く様子はない。
大砲の砲煙、気嚢からあがる黒煙でアクーラの周りには煙幕がかかったようになっている
普段は騎士団は海賊の掃討戦をやる立場だから、こんな風に受け身の防衛戦をやるのは不慣れだろう
騎士団のレナスやフレイヤが飛行船を守るように海賊の騎士を止めてるが、時折光弾が気嚢や船体に刺さる。
「どうする?」
【獲物がいっぱいいるからな。片っ端から落としてやる】
飛行船の間をかいくぐってアクーラに近づく。
アレッタの風精がアクーラの周りを猛スピードで旋回していた。
包囲をすり抜けてきた海賊の騎士が近づこうとすると、風精一気に距離を詰める。相手があわててコースを変えた途端に、鋭角に旋回して距離を取り直す。
何をしているのかと思ったが、あれは攻撃のタイミングというか間を狂わせているんだ。
レースに限らず、運転や操縦にはリズムというか乗り手の呼吸ってのは大事だ。
急加速と接近で攻撃のタイミングを狂わせているわけか。武器を使わなくてもあんな風にけん制が出来るとは。
先行逃げ切り戦術とはいえど、メイロードラップの性質上、一切戦わないってわけにはいかない。
あれが武器を持たない風精の戦い方ってことなんだろうな。
【一機いただきぃ!】
ブラウンの声が聞こえて、体勢を崩した海賊の騎士にカノンの光弾が命中した。
鮮やかな腕だな。流石はこのレースで3日目まで上位を保ってるだけある。
【はっはぁ!賞金ゲット!】
二機でアクーラの真上を横切る。
甲板の真ん中に巨大な穴が開いて、中のハンガーが見えている。さっきの砲撃か。
甲板はあちこちがめくれて昨日からも煙が噴きあがっているが、致命的な損傷じゃない。甲板から黒煙は上がっているが、巨体に揺らぎはなかった。
『支援感謝します!ブラウンさん、ディートさん!』
【さて、じゃあ俺は行くぜ!無事でいろよ、ディートちゃん!】
「あんたもな、ブラウン。欲かいて死ぬなよ」
ブラウンの、ダークブルーの騎士が方向を変えた。アクーラの周りを取り巻く海賊の騎士にカノンを撃ちかける。
俺は今は左手のカノンが死んでるから飛び道具がない。
とりあえずアクーラの周りで待機してアレッタのフォローでもするか。切り込みをするには震電の状態に不安があるしな。
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アクーラの周りを1周したところで。
〈ぐおっ!〉
唐突に聞きなれない声がコミュニケーターから聞こえた。
同時に、上空から白いカノンの光弾が次々と降り注ぎ、アクーラの甲板に突き刺さる。
立て続けに爆音が響き、甲板の装甲や中のハンガーの物資の破片が吹き上がった。コミュニケーターから船員の悲鳴が聞こえる。
さっきの艦載のカノンほどじゃないが、かなりの威力だ。騎士のカノンなのか、あれは。
〈こちらベルトラン。不覚を取った。これ以上の戦闘は厳しい〉
視線を上にやると、一機の騎士が装甲のあちこちから煙を噴き上げて降下して来るのが見えた。
遠目にも片腕が無くなっているのが分かる。飛べはするだろうが戦闘はもう無理だな
見覚えがある機影だ。商店の紋章入りなうえに装甲にも縁取りがされている。
武骨というか実用一点張りの騎士が多い中で異色の騎士だったのもあるが、なんせ優勝圏内だったから、さすがに見覚えがあった。
確かあれは2位のやつの騎士だな。
乗り手は、今日のレース開始前にアレッタに勝利宣言してたベテランぽい奴だろう。
『……ディートさん』
「なんだ?」
『上空にいる白い騎士、相手できますか?』
アクーラからの指示が飛ぶ。さっきのやたら威力のありそうなカノンはその白い奴とやらが撃って来たのか。
周囲は乱戦になっていてすぐ対応できる奴は居ないし、風精は真っ向勝負には向いていない。俺が行くしかないのか。
再び光弾が降ってきて、甲板に穴が開いた。ハンガー内から火の手が上がる。
アクーラの船体がぐらりと傾いだ。これ以上撃たれっぱなしは不味い。仕方ないか
震電の機首を上に向ける。
「わかった……だが、こっちも万全じゃない。援護が出来そうなら援軍を回してくれ!」
『了解です』
〈不覚を取った……が、お前、大丈夫か?奴はかなり手ごわいぞ〉
すれ違いざまにコミュニケ―タ―から悔し気な男の声が聞こえた。
「ああ。シュミットの魔女に任せとけ」
〈なるほど、お前が……注意しろ……妙な複数のカノンを使うぞ。少なくとも散弾を持っている〉
「ありがとよ。下がっててくれ」
〈この私を退けるほどだぞ、油断するな〉
この私を、とはなかなか言うな、と思ったが。
アレッタの風精と最終日まで張りあえるレベルだ。弱いわけがない。しかも機動力の高い風精の方が有利なルールで。
単純な戦闘力なら風精よりおそらく上、フローレンスでも上位なんだろうな。
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機体を上に向けてアクセルを開けた。震電が急上昇する。
上空に陣取っているのは、白く塗られた騎士だった。中天に輝く太陽の光に紛れて見えにくい。
とりあえず、追撃でベルトランが落とされないように射線に割り込むように飛ぶ。
距離が詰まると機影が見えてきた。特徴のある見た目だ。
灰の亡霊と同じく、巨大な肩装甲を付けていた。一目でわかる。設計者が同じだな。
同じデザイナーの車にどことなく似た雰囲気が漂うもんだが……そんな微妙なニュアンスじゃない。
あんな妙な、空力的に無意味な大型の装甲をつけてる騎士なんてほかで見たことがない。
ただ、灰の亡霊の肩装甲は縦に長いもの、盾のような装甲を二枚づつ取り付けた、上から見ると花弁のような感じだったが。
こいつのはちょっと違う。大きめの装甲を両方の肩に二枚づつ、重ねて取りつけられている。
なんというか鳥のくちばしとか竜の顎のようだ。
「妙な形してやがるな……だが」
灰の亡霊のあの肩装甲は防御用じゃなく、ステルス効果を発生させるためのものだった。
こいつもあの妙な肩装甲に何らかの機能を隠している、と考えるべきだろう。油断はできない。
灰の亡霊と違ってあからさまな武装らしきものが見えない。
少なくともガトリングカノンは持ってない。ベルトランの言葉を聞くに、カノンを装備の遠距離型機なんだろうが、どうやって攻撃してくるんだ。
≪その騎士……貴様……ディートレアか?≫
「ああ、そうだ。手前はホルストのお仲間か?」
≪ホルストはどうした?なぜここに居る?≫
「さあな、今頃飛行船に逃げ帰ってやけ酒でも飲んでるんじゃないか?」
ホルストが俺をおびき寄せることも知っているってことは、奴のお仲間なのは確定だ。
しかし、特殊仕様の騎士をよくこれだけ準備できるな。灰の亡霊も一度は撃墜したってのに。
≪信じられん……たった一機で灰の亡霊と帆網榴弾装備の騎士を退けてきたというのか≫
「そちらの思惑どおりになってなくて悪いな」
実際はシスティーナがいなければヤバかっただろうが、バカ正直に教えてやる必要はない。
≪捕らえろとの命だったが……やはりお前は危険だ。ディートレア。ここで倒させてもらうぞ
我が名はネルソン・ダマスクス。
我が騎士、白の亡霊でその命もらいうける≫
わざわざ名乗ってくれるあたり、なんというか、手段を選ばずなホルストとはちょっと違うな。
コミュニケーター越しの声もはっきりして力強い。堂々とした名乗りがどことなくアスリートを思わせる。
「名乗ってくれるとは古風だな」
≪真剣勝負は名誉ある物だ。
私は礼儀知らずの海賊とは違う≫
海賊とは違うってのは……こいつは海賊じゃないのか。ちょっと引っかかるが……今はいい。
こっちは損傷も受けているし、左手のシールドはイカれてる。長びくと不利だ。一気に片付ける。
「ディートレア・ヨシュアと震電!その首もらうぜ!」
騎士・風精
建造・シンクレア工房
メイロードラップの2年連続優勝者、アレッタ・コンスタンティンの騎士。
両親を飛行船事故で失って抜け殻のようになっていたアレッタの為に、アレッタの叔父であるグレミオ・シンクレアが設計した騎士。
アレッタ自身は運動神経もよく、もともと騎士の乗り手の適性を見込まれていた。
一般的な飛行船の護衛等の用途を完全に切り捨てた、メイロードラップを勝つために設計された超高機動型騎士。
装甲を削って徹底的な軽量化が施されており、機体重量は通常の騎士の80%ほどになっている。
これに加えて高性能なコアを搭載しているため、推進力は一般的な騎士を超える水準であり、直線機動、旋回、制動のいずれの部分でも圧倒的な優位を持っている。
コクピットも左足で姿勢制御をおこなうという通常の騎士と異なり、操縦性を優先し右手で姿勢制御用の操縦桿を操作するレイアウトとなっている。
機動力については他の追随を許さないが、一方で薄い装甲は下手をすると被弾一発で戦闘不能になる可能性があること、右手の操作を実質放棄しているため右手の武器が装備できず、火力が低いという弱点も持っている。
また、高機動は乗り手の体に大きな負荷をかける、性能を引き出すためには高い操縦技術を要求するという問題もあり、超高性能であると同時に極めてピーキーな仕様になっている。
シンクレア工房は極めて個性的な騎士の設計を行う工房であり、商売としてはあまりうまく行ってないが、その高い技術力と発想力を評価した工業ギルドの長であるエルリック・フォン・ランペルールの庇護を受けている。一部の武装や機体の設計コンセプトは騎士団にも提供されている。




