最終日 それぞれの美学
海賊の騎士は灰の亡霊を除いて全機戦闘不能になった。
2機はシスティーナが撃墜したんだろう。姿が見えない
もう1機はさっき俺が切ったやつだ。かろうじて飛べるようだが。
飛行船もカノンを被弾している。辛うじて浮いてはいるがまともに飛ぶことはできまい。
砲撃艦もさっき俺が船体を切り裂さいたから、もはや砲撃できる状態じゃない。
飛行船の気嚢から幾筋もの黒い煙が青い空と白い雲にコントラストを作っている。
なんというか、戦場の後って感じだな。
『システィーナ……あなたこんなことをしてタダで済むと……』
≪ふ、あなたの小賢しい知恵で私をどうできるというのですか?≫
余裕綽々という感じでシスティーナが言う。
味方の騎士は撃墜されてるし、ホルストの腕ではとてもじゃないがシスティーナと俺の二機を倒すことはできない。
コミュニケーターが沈黙して……歯ぎしりのような音が聞こえる。
『この……』
「なんだ?」
『……この借りは……必ず……返しますよ』
恨み骨髄という感じの憎々し気な低い声が聞こえる。何度か戦ったりしているが、ようやく本音が出たって感じだな
灰の亡霊の姿が空に溶け込むように消えた。ステルスを使ったか。
正直安心した。二人がかりならさすがに負けはしないが、なんだかんだでガトリングカノンは火力があるし、ステルスも厄介だ。捨て身で来られたら楽に勝てる相手じゃない。
こっちも消耗している。逃げてくれるなら今はその方がありがたい。
システィーナの方も流石に追うそぶりは見せなかった。
ステルス状態の騎士を追うのは難しいし、わざわざあいつを落とそうとする理由もないから当然か。
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あとには煙を拭いたままの二隻の飛行船が残された。一隻は砲撃艦だ。
残りの二隻は浮力を失って雲海に沈没してしまった。
避難用の救命ボートなんてものが積んであるのは見たことがない。一応避難用の気球を積んでいる飛行船もあるらしいが、それでも基本的には航行不能になったら助けを待つしかない。
が……海賊が仲間を助けに来るのか、あのホルストが救助を出すのか。体勢を立て直した騎士団が捕縛に来る可能性もある。
どういう結果になるのかはわからない。
気の毒だ、と思わなくもないが、こういうことをしているんだから諦めてもらうしかないし、俺がどうこう出来るものでもない。
≪しかし……相変わらず呆れた男ですね。部下を見捨てていくとは≫
システィーナがつぶやく。
≪で、どうするのですか?≫
「ああ……そうだな、アクーラの援護に行かないと」
さっきのホルストの話を聞くに、狙いはもともとアクーラなわけだから、別動隊がアクーラに向かっているはずだ。砲撃がどうなったのかもわからない。
いずれにせよ、騎士団と合流しておくべきだろう。もうレースどころじゃないしな。
≪ほーう……≫
ただ、こいつの気まぐれっぷりを考えると、さあ今から立ち会いましょう、と言いかねないが。
コミュニケーターの沈黙がちょっと怖い。
≪……そうですか、まあ、仕方ありませんね≫
わずかな間があって、返事が返ってきた。じゃあ今からやりましょう、とは言われなかった。とりあえず、安堵のため息が出る。
いいのか、と聞こうとして言葉を飲み込んだ。藪蛇になりかねない
≪ふ、何がいいたいかはわかりますよ≫
「あ、そう?」
≪やりたいのはやまやまですが、その状態ではね。ハンデ付きのあなたと戦っても楽しめません≫
確かに。
左手のシールド転換カノンは赤の警告灯が消えないところを見ると、あの砲撃を受けた時に壊れたんだろう。むしろあの威力だから片腕で済んでラッキーだが。
それ以外にも震電自体にもかなりダメージが入ってる。
あの帆網榴弾をつけたまま飛んだのは結構機体に負荷がかかったらしい。昨日の整備で収まった装甲のきしみ音が聞こえてきてちょっと不安になる。
≪では私はここでサヨナラしますよ≫
「あ、そうなのか?ついでにアクーラの援護も手伝わないか?」
こいつが一緒に来てくれれば大きな助けになる。来てくれればありがたい。
≪あいつらは私の楽しみを邪魔したから排除しただけです。
あなたに手を貸しただけで、騎士団に義理はない≫
そっけない返事が返ってきた。まあ確かにそうなんだが。
≪それに、賞金首の海賊が騎士団の遠征用の船を守るのはおかしな話でしょう?≫
「まあそうだな」
ダメ元だったからまあ仕方ないし、こいつの言う事は尤もだ。
≪ふふ、あなたはとても興味深い、ディート≫
「そうか?」
≪あいつらにとどめを刺さなくていいんですか?≫
まだ浮いている飛行船や、よろよろと飛ぶもう一機の騎士をカノンで差す。
「まあな……無意味な殺しはやりたくない」
今まで何度も海賊の騎士を落とした。それに見逃しても助けることができるわけじゃないから偽善だとは思う。
ただ、それでも。戦いが終わった後に、戦力を失った無抵抗の奴に手を下すのは抵抗がある。
≪海賊に対してそんな風に言う護衛騎士はありえませんよ。
海賊に一緒に戦おうなんて言う護衛騎士もね。
護衛騎士と海賊は永遠の敵同士ですからね≫
まあ確かにそうだろうな、と思う。
襲う側と守る側が意気投合するなんてありえないだろう。
≪それに、あなたの翼には火のような闘争心は感じますが、敵意や憎しみは感じない。
いままで戦った誰とも違います。貴方の国の流儀というやつですか≫
「そうかもな……」
これはやっぱりレーサー感覚だからなのかもしれない。
レース中に闘志を燃やすことはあっても、相手を殺したいなんて思わなかった。
レースの世界にも因縁の対決ってやつはあるし、俺みたいなレギュラーシートをなかなかつかめないレベルであっても意識する相手って奴はいた。
ただ、そいつをレースでねじ伏せてやる、とは思ったが、憎しみとかそういうのはやっぱりない。殺し合いをしてるわけじゃないしな。
この世界での空戦は命のとりあいだから甘いのかもしれないが、それでもその気持ちは何となくなくしたくないというか。
その気持ちはレーサーのプライドのように胸の奥に息づいている
≪……初めてあなたと戦った後、スカーレットはウイングに損傷を受けていました。
あなたとの交渉が終わったときに、不意打ちをかけてくると思っていましたよ≫
「そうなのか?」
≪当然です。ウイングを破損してればこちらの方が不利でしたからね。
まあ、こちらも警戒していましたが≫
「まあそういうのは俺の流儀じゃない」
≪それが普通はありえないんですよ……敵は殺す。それが当然です。賞金首なら猶更ですよ≫
「そうか。そういうのはちょっとな」
試合が終わった後に不意打ちを仕掛けるなんて下衆なまねは、一応アスリートの端くれとしてはやりたくないな。
≪……ディート≫
「なんだ?」
≪騎士団の援護など辞めて私と一緒に来ませんか?≫
「は?どこへだ?」
≪わからない人ですね。クリムゾンに加入しませんか?と言っているんですよ≫
まさかの海賊からのオファーか。
護衛騎士が海賊に落ちることもあるようだし、この世界でなくはないんだろうが。
「俺はシュミットの護衛騎士だからな。海賊はやめとくよ」
≪ふ、残念ですねぇ。私のいい相棒になってくれそうなんですが≫
本当に残念そうに言われるが、あっさり引き下がった。
こいつもとりあえず言ってみたって感じなんだろうな。
「むしろ、お前がファティマ名義でシュミットに参加しないか?」
≪ははっ、賞金首を商店に招き入れるつもりですか?≫
「だめか?」
≪そういうわけにはいきませんよ。私にもついてくる部下がいますからね≫
逆オファーを掛けてみたがあっけなく蹴られた。
まあ当然か。それに、超マイペースで無茶な奴だが、部下思いな奴でもあるのは分かる。前に戦った時もそうだったな。
≪それによく考えれば、味方同士になったらあなたと真剣勝負ができないじゃないですか。
次はスカーレットで行きますよ。今回すっぽかしたのですから次は相手をするように≫
「遠慮しておく……と言いたいところだがな。借りが出来ちまったし……ただ、次は殺し合いはやめないか?」
≪なにを甘っちょろいことを言っているのですか。命を懸けてこその真剣勝負でしょう≫
呆れた、という感じの返事が返ってくる。
「だが、それで相手が死んだらもう永遠にそいつと戦えなくなるんだぜ。
強い相手と何度も戦うのもいいんじゃないか?」
≪……ふむ、なるほど。それも一理ある≫
なにやらぶつぶつと独り言が聞こえてくる。真剣に考え込んでいる感じが伝わってきて面白い。
強さの序列っていうのは、何度も競い合ってその中で生まれてくるものだ。運も絡むから一発勝負では格付けできない。
それはスポーツでは当たり前なんだが、騎士での殺し合いが当たり前のこっちでは同じ相手と何度も戦う、なんてことはあんまりないだろう。
そういうことは考えてなかったのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
静かになったコミュニケーターに呼びかける。
うだうだ話してるうちに状況が致命的に悪くなっていたなんてことになったら笑い話にもならない。
≪……あなたはやはり面白い。いずれゆっくり話したいですがね≫
「そうだな」
確かに酒でも入れて話すと面白そうではある。
フローレンスに影武者を置いてるらしいから、案外会う機会はあるかもしれないが。
「ともあれ、感謝するよ。助かった」
震電に損傷を受けて、帆網榴弾で足を止められて、しかも5対1。
冷静に考えればおそらく勝ち目はなかった。
まさかの援軍だったな。
≪私は私にしたいようにしているだけです。礼はいりませんよ
そんなことより、次に会うまでもっと強くなっていなさい≫
楽し気な感じの返事が返ってきて、ラサがくるりと方向転換する。
飛行機雲を残して赤錆色の機影が雲間に消えていった。
こちらもアクーラの方に機首を向ける。
レーサー時代にたまにいた。チームオーダーよりなにより自分のスタイルや価値観を優先するタイプ。
チームからは煙たがられることも多いが、それでもトップレーサーなら許される。
あいつは海賊団の長だからアレでいいんだろうな。振り回される部下は大変そうだが。
騎士・槍騎兵
建造・不明
傭兵騎士、マリク・ウィンズロウがメイロードラップで搭乗した騎士。
雇い主がいくつか提示した騎士の中から彼自身が選んだもので、命名もマリクが行っている。
この世界におけるスタンダードな西洋鎧のような見た目。装甲はダークグレイに染められている。
装備の関係で機体重量が重めであり、直線的な機動はともかく、旋回性に難がある。
見た目と装備で特徴的なのは左手に装備された肩くらいまである細長い盾。
この世界における武装はカノン、エーテルブレードなどのいわゆる魔力により形成されたビーム弾などを撃ち合うのが主流である。
物理的な盾や剣は全体的に重くなる、重量バランスが崩れるなどの理由で忌避されがちなので、見た目の時点でかなり特徴的。
この盾にはいわゆるパイルバンカーが装備されており、盾の中に仕込まれた槍を撃ちだすことができる。
射出タイミングがシビアな装備ではあるが、胴体を貫通する程度の威力があり、直撃すれば通常の騎士であればほぼ致命傷になる。
盾自体もかなり頑丈に作られており、シールドでタックルを食らわせることも可能。
右手にはグラヴィティカノンというカノンの亜種が装備されている。
これは被弾した騎士を特殊なエーテルの力場で覆い、雲海のエーテルに引き寄せることによって騎士の機動を封じ込めるという装備。
エーテル系装備の開発初期に作られたが、射程や弾速がカノンに劣るため使われなくなったものである。また本編中には使われなかったが、右手には爪付きの射出ワイヤが仕込まれていて、これで敵の騎士を捕らえることも可能である。
震電のような近距離強襲型の騎士を、グラヴィティカノンで迎撃捕捉しパイルバンカーで止めを刺すというコンセプトでくみ上げられた試作型騎士。




