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最終日 苦境の乱入者

毎度毎度遅くなって申し訳ない。

待っていてくれた方、ありがとうございます。

轟音が聞こえる。ごうごうという風切り音。

真っ暗な意識の中で、自分の体が回転しているのが辛うじて分かる。

昔、スカイダイビングをして一度だけバランスを崩したことが有る。その時の音、その時の感覚だ。

あの時はインストラクターが辛うじて助けてくれて命拾いしたが。


視界に赤い光が映った。宿のランプの明かりか……それとも非常灯だろうか……いや、違う。これは、エーテルシールドの動作不能の明かりだ。


感覚が突然鮮明になった。堅いシートと体に食い込むシートベルト。絶叫マシンのように上下がぐるぐる回る。

今はスカイダイビング中じゃないし、フェルといちゃついてる途中でもない。

震電のコクピットだ。錐もみ状態になってる。


「ぐっ」


上下の間隔がまったくない、が落ちている事だけは間違いない。

視界が暗くなった。雲の中に入ったのか。と思ったらまた周りが明るくなる。雲を抜けたんだ。



もう一度周りが暗くなった。雲にまた入ったのか。

太陽の光が電球の光を弱めるように暗くなる。雲海に落ちたんだ、多分。

多分、気を失ったのは一瞬だ。もし長い時間意識が飛んでいたなら、今頃雲海の底に飲み込まれているだろう。そういえば雲海に突っ込んだらどうなるんだろうか……なんて考えてる場合じゃない


「立ち直れ!」


ペダルを踏み込む。

おかしなもんだが、レース時代にスピンした時もこうすれば立ち直る、なんてことは分からなかった。

そもそもスピンから復帰する練習なんてしないから当然なんだが。


こういう時は、理屈じゃない。頭で考えるよりはカンと自分の体の感性に従う方がいい。

タイヤのグリップを探る時のように、姿勢制御の左足、右足のアクセルとブレーキを調整して風を捕まえる。

幸いにもペダルに反応はある。左右の腕を広げて少しでも抵抗を増やす。


上下回転のスピードが少し緩む。

左足にわずかな抵抗感、いつもの姿勢制御の時の感覚が戻る。右足を力いっぱい踏み込んだ。

バレルロールするかのようにコクピットが一回転して、推進力が背中を押す。

……立ち直った。我ながら奇跡。


海の底に引きずり込まれるような、重さがあるかのような分厚い雲を吹き飛ばして震電が上昇した。次第に視界が明るくなり、雲を抜けた。まぶしい白い太陽の光が戻る。


周りは見渡す限りの雲の平原。どうやら本当に雲海に沈んでいたらしい。

そこそこ高度があるところで戦っていたのに、雲海まで吹っ飛ばされたのか。だが、あの砲撃を受けて死んでないんだから御の字か。


「やつらは……」


雲海から少し飛び上がって周囲を伺おうとしたが、するまでもなかった。

そうやらほぼ真下に飛ばされたらしい。視界内に4隻の飛行船がいた。もう少し遠くまで飛ばされていたら仕切り治せたんだが。

死なないってところでツキを使い果たしたか。


旋回していた灰の亡霊ブラウガイストと4機の騎士がこっちに向かってくる。

さっきは二機だと思ったが、各飛行船に1機づつ搭載されていれば4機いても不思議じゃない。


『あの状態から復帰できるとは信じられん……いったい何者ですか、あなたは』


「……あいにくとこういうのは経験済みでね」


ハイスピードでコーナーを攻めればスピンするなんて珍しくなかった。

タイヤバリアに突き刺さって病院送り&車体もオシャカってことももちろんやらかしたことはあるが、極力そうならないように立ち直らせて被害を抑えるのがテストドライバーの仕事だ。

スピンしていても心は冷静に。クラッシュばかりしているドライバーはテストでもメインでも早々にお払い箱だ。


『まあでも助かりましたよ。

あなたをここまでおびき寄せたのは、アクーラから引き離してあなたを捕らえたかったからでもありますからね』


そういえば、マリクがそんなことを言っていた気がする。

ホルストともう一人の雇い主が俺に興味があるようだった、とか言ってたな。


『周りを見なさい。貴方が孤立無援なのは変わらないですよ』


俺の周りを騎士が4機、旋回している。少し離れた所にいる灰の亡霊ブラウガイストも含めれば5対1。数的には不利だ。


『降伏してはどうですか?』


だが。

あの海賊の討伐に参加して分かったことがある。

地面に立って動く普通の戦いなら数の優位を生かして取り囲む、というのは圧倒的に有効だ。数の差はそのまま勝敗に直結する。

だが、三次元移動をする騎士を完全に包囲することはできない。機動力があれば数の差はある程度覆せる。それに多数で取り囲んでもカノンなら同士討ちがあり得るからそう撃ちまくるわけにもいかない。


「答えはノーだ!」


旋回している1機が軌道を変えた。ブレードを構えている。こいつが俺の足を止めて、他がカノンで仕留める作戦か。

だが、そうはさせない。先手を取ってペースを作ってやる。


まっすぐ突っ込んでくる騎士に対して、こっちもアクセル全開で一気に差を詰める。

実はこれはかなり恐ろしい。いわば正面衝突するようなもんだからだ。俺は何度も繰り返した動きだからもう慣れている。だがこれになれていなければ。

息をのんでキャノピー越しに迫る海賊の騎士をにらみつける


チキンレースでビビって先にブレーキを踏むドライバーのように。騎士の挙動が乱れた。スピードが落ち、シールドを前に構える。

左に震電をスライドさせる。


「ブレード!」


右手のシールドをブレードに替えてすれ違いざま切りつけるか、一瞬迷ったが。ブレードをシールドに戻して、そのまますれ違った。


エーテルブレードでシールドに切りつければ反発が生じてスピードが落ちる。もちろんシールドをかわして切れるかもしれないが。

今は一か八かで倒しに行くより、足を止めないことの方が大事だ。


周りを取り巻くように旋回していた騎士の一機に対して距離を詰める

自分が襲われることは考えていなかったな。慌てて右手のカノンを構えたが、もう遅い。


「一機目、貰うぜ!」


追い抜くようにブレードで切り払う。手ごたえがあって、ウイングの片方が飛んだ。まず一機。

ウイングを切られた騎士がバランスを崩す。あいつは戦線離脱だな。


視界の端で、砲撃艦が角度を変えるのが見えた。

流石にああれだけバカでかい主砲を連射するわけにはいかないようだが、それでもあまり時間はかけたくないな。


「どうだ!」


『流石にやりますね。では』


残った3機の騎士がコースを変えて此方の周りを取り囲むように飛ぶ。切り込みはあきらめて射撃戦をする気か。それぞれが右手のカノンをなにか別の武器に持ち変える。


3機の騎士が構えているのは……見慣れない武器だ。銃なのは間違いないが。

強いて言うなら、映画とかで見たことがある。リボルバー式のグレネードランチャーのような武器だった。


ガトリングガン並みに弾幕をバラまくならともかく、高機動で動く震電を通常の実弾武器でとらえることは難しい。

そもそも、この世界の銃は原始的な先込め銃で連射が効かない。カノンのような高速の光弾と比べて弾速も遅い。それに銃自体が重い。

実際に、実弾兵器を装備した騎士なんて見たこともないし聞いたこともないんだが。


しかし、発砲の煙が吹き上がり一発の弾が飛んだ。マジで実弾か。

だが黒い塊のような弾がとび失速して雲の海に落ちて行く。


「当たるかよ、そんなの!」


あの武器ならカノンを撃ちまくられる方がよほど脅威だ。

何をしたいんだかわからんが、あの妙な武器を構えているうちに、一機でも減らしてやる。


いつも通り盾を構えて切り込む。

実弾はエーテルシールドでは防げないから少し大きめの螺旋を描いて震電を飛ばす。

また立て続けに砲煙がひらめいた。震電をいつもより大きめに回避機動を取らせる。


一発目とすれ違う。2発目が少し近い所をかすめるが、躱した。

と、その瞬間。震電が後ろから引っ張られるようにおかしな制動がかかった。機体が左に傾いで、風切り音が変わる。


「くおっ」


とっさに左足をひねって姿勢を整える。機首を下げて一旦雲海近くまで降下した。


何かがはためくような音が左後ろ、ウイングからして、震電の挙動が乱れる。まっすぐ飛ぼうにもハンドルを取られるように、左に機体がぶれる。

ウイングに被弾したのか?と思ったが。だが被弾した時独特の、機体を貫くような振動はしなかった。推進音もおかしなところは無い。


「なんなんだ?」


なんて考えてる場合じゃなかった。

正面に回った2機からまたもや連続して発砲煙が上がる。トラブルの内容把握は後でいい。今は避けなくては。


ガタつく機動を抑え込み、右手のブレードをシールドを切り替えて防御を固める。一発が震電をかすめ、もう一発がシールドをそのまま突き抜けた。

布がぶつかるような音がして、視界が白くなった。


「なんだ!?」


これは布だ。白い布がはためいてキャノピーを遮っている。レバーを操作して右手を体の横に伸ばす。


「これは……ネットか?」


細い紐で編まれたネットが腕の装甲に絡みつき、網の端から袋のような白い布がつけられていた。布が風をはらんで音を立てている。

これと同じようなものが左のウイングにもついているのか。

これは……片方だけの空気抵抗を増やされたんだ。さっきから不自然に震電ブレるのはこれが原因か。

視界の端に、左のウイングに絡んではためく白い布が見えた。


レースでは空力が車の性能に大きく影響する。街中のスポーツカーのつけているウイングは見た目で実際の役割は余り果たさない飾りだが、実際のレースカーのウイングは空力を制御するためもので、飾りじゃない。

高速領域は空力の与える影響は大きい。それはレーサーなら身をもって知っている。


『ほぉ……その挙動を見る限り効果はあるようですね。流石だ』


「なんだと?」


『あの方の発想はいつも我々の理解を超える。

小さな動きで攻撃をかわして突撃する貴方を捕らえるための武器です。この弾は射出してしばらくすると広がるように設計されているんですよ。しかも実弾ですからね、震電のシールドでは止められない』


あの方……こいつは誰かの意向で動いているんだろうが。雇い主ってのは技師か何かなんだろうか。


『あなたのために作った武器ですよ。

帆網榴弾セイルネットランチャー、お気に召しましたか?』


「わざわざ説明ありがとな」


コミュニケーター越しにも伝わってくる勝ち誇った感じが非常にむかつく。

しかし、布を風にはらませて空力バランスを狂わせるとは。敵ながらうまいことを考えやがるな。恐ろしく単純な発想だが、効果的だ。


『あなたの震電の生命線は機動力だ。

それを封じられては減らず口ももう叩けないんじゃないですか』


左右にがたつく機体を抑え込んで飛ぶのは普段の倍神経を使うが、それ以上に、姿勢制御をしている左足にも負担がかかる。

このままじゃ姿勢制御をしている左足が持たない。

動きが悪くなったところで機体を壊せてもよし、持久戦で粘っても乗り手の体力を削れればそれはそれでいい、という武器か。

乗り手に負荷がかかる分、グラヴィティカノンより性質が悪いぞ。


『降伏するなら早いうちがいいですよ。

今なら特別です。奴隷ではなく、猟犬として飼ってあげましょう』


「断る!」


『相変わらずですね。

寂しいというならフェルも連れてきてあげてもいい』


「地獄に行け!ゲス野郎!」


『諦めなさい。それにあなたが此処で意地を張る義理はないはずだ。誰もあなたを責めはしませんよ』


「勝負を投げる奴に勝利の女神は微笑まねぇんだよ」


『この状況で逆転を考えるとは、楽観的を通り越してバカですね

まあ足掻いてくれた方が捕まえた時の楽しみも増えるというものです』


2機が帆網榴弾セイルネットランチャーを構えて距離を詰めてくる。

普段ならこれ幸いと、シールドを構えて切り込むところだが。あの武器は有効射程がかなり短いっぽい。実弾の上に弾が広がるんだから当然なんだが。


この状況で2機相手に切り込みはさすがに無謀すぎる。

コースを変えて距離を取ると、一機がブレードを構えてスピードを上げてきた。


「調子に乗るな、この野郎!」


1機ならば……こっちもブレードを構えてアクセルを踏む。

が、スピードが上がれば上がるほど左右へのブレが大きくなる。オフロードを全力でかっ飛ばしているかのようだ。


「くそが!」


機動が安定しない状態でラインが交錯する接近戦は自殺行為だ。極端な話、あいつらは一機落とされてもほかの機体がいる。だが俺は孤立無援だ。相打ちは負けと同じだ。

機動を変えて一気に急上昇させる。


「アクーラ!応答してくれ!」


コミュニケーターに呼びかけるが。相変わらず応答がない。

ネットが外れてくれないかと思うが、それも期待薄だ。

ただ飛ばすだけで左右に震電ががたついて、それを抑え込むだけで一苦労だが、しかし足を止めるわけにはいかない。


逃げようにも、いつの間にか灰の亡霊ブラウガイストともう一機が少しアクーラへの方向を防ぐように飛んでいる。

震電がベストコンディションなら二機相手でも突っ切れるかもしれないが、この状態では……


『相変わらずわからない人だ。なぜそこまでするんです?

アクーラが沈んでもあなたの友人が死ぬわけでもない。胸を痛める必要はないでしょう』


ホルストの声が響く。


『降伏すれば生きていられますよ。死ぬのは嫌でしょう?』


「……で、お前に土下座して生き延びて。アクーラが落ちるのを眺めるのか? 」


レーサー稼業をやってれば死を意識したことは何度もある。

どれだけ安全技術が発展しても、それとこれとは別だ。背筋が凍るようなあの感覚は何度味わっても慣れることはない。


死ぬのが怖くないわけじゃない。フェルを置き去りにするのは嫌だ。

だが。譲れないプライドってもんもあるのだ。


「……そんなのはお断りだ」


コミュニケーター越しにため息が聞こえた。


『強情も此処まで行くと立派なものですね。

まあ、拿捕されてから精々……』


≪……なかなかいいことを言うじゃないですか≫


突然コミュニケーターにもう一つの声が割り込んできた


≪しかし、いつまでたってもこないと思ったら≫


『誰です?』


≪私を放ってこんなところで遊んでいるとは、まったく≫


……システィーナ。厄介なところで、面倒な奴が。




騎士・灰の亡霊(ブラウガイスト


建造者・不明


商人海賊、ホルスト・バーグマンの専用機。名前の通り灰色に塗装されている。

機体の身長位に縦長の装甲板を、左右の肩に二枚づつとりつけている。

イメージ的にはクシャ○リア。


この装甲は防御のためではなく、光学迷彩装置であり稼働するとエーテルを機体周辺に展開し、周囲の景色に溶け込むようにして姿を隠すことができる。

連続使用には限界がある、被弾して装甲を失うとステルスが不完全になる(一部の姿が見えてしまう)等の欠点もあるが、高速機動、かつレーダーやロックオン機構のない有視界での戦闘が主流の騎士の戦闘では効果的な兵装。

ただし、搭乗者であるホルストの操縦の技術がそこまで高くないため本来の性能を発揮できていない側面がある。


武装は連射重視のガトリングカノンとエーテルシールド。

ガトリングカノンは武器専用のコアを搭載しているため高火力の弾丸を連射できる。


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