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最終日 開戦の砲声

月刊更新状態になってます。

思案が纏まらないまま翌日になった。

水差しから水を一口飲んで食堂へ向かう。


朝の食堂にも人影はまばらだった。

昨日は20人以上いたが、今日は14人まで減っているから少ないと感じるのも仕方ないといえば仕方ないんだが。


レースチームにいた時も、昨日までいたチームメイトが契約を切られていなくなる、ということはあったが、ここまで大幅に人数が減ることはなかった。正直言って違和感はある。

ただ、あくまでレースだから減った人数が死んだとかではない、というのは救いだ。何人かは死んでいるのかもしれないが……そこは今は考えないことにした。


壁にはご丁寧に順位表が張り出されてる。

1位はアレッタ。7位にはファティマことシスティーナ。俺は14位だ。


アレッタは昨日と昨日と同じように食堂の隅でお茶を飲んでいる。目が合ったらちょっと会釈をしてくれた。

システィーナの姿は見えない。もう食事は済ませたんだろうか、それともまだ部屋にいるのか。

考えがまとまっていないから、正直言って今は合わない方がありがたい。


「10時の鐘が鳴りましたら格納庫にお越しください」


昨日と同じように簡単にサンドイッチを作って食べていると、食堂に入ってきた船員が声を掛けて行った。レースの説明があるんだろう。


さて、どうしたものか。

順位表の横に貼られたコースの空図を見る。3日目は初日と2日目のミックスのようなステージ構成のようで、旗門フラッグゲートは5つだ。


2日目は障害物の少ない高速ステージだったが、地図を見る限り、今日は浮石の空域が含まれている。まあそれでも、初日ほどの極端な難所はない様だが。

確かにこれならそれなりに楽しい操縦の腕の比べ合いもできるかもしれない……ただ震電はベストコンディションではないしな。


ちまちまと食事をしていたが、ただ飛ぶのもつまらない、というのと、そもそもあいつと競り合うメリットがない、の二つの考えを行ったり来たりするだけで、結局方針がまとまらなかった。


---


10時の鐘が鳴る頃には、14人まで減った参加者が格納庫に集まっていた。ここまで来て、もたもたと遅れるような奴はいない。

そろったのを確認して、船員が簡単なコースの説明をしてくれる。


ちらりと見ると、アレッタは昨日と、というより初日とあまり雰囲気が変わらない。

これで2日間トップで逃げ続けていることになるわけだが、その佇まいには動揺も気負いも見られない。それがすごい。


3日間のレースを走ったことは俺にはない。

だが、先頭を走り続ける、というのは決して楽じゃないことくらいは分かる、というか1時間のレースであっても逃げ続けるのは楽じゃない。それが三日間ともなればなおのことだ。


よく言われることだが、追う方が逃げる方よりも気楽、というのは本当だ。

大量リードを保った余裕の逃げ切り、というのはあくまで見ている側の視点で、実際にやるのはそう簡単じゃない


リードがあるのは確かに有利に思える。

だが、実際に走っていると後ろから迫ってくるプレッシャーを感じないわけにはいかない。どれだけ大量リードを保っていてもだ。


誰だってリードがあれば勝利を意識する。

この勝ちを意識するというやつが曲者で、リードが縮まれば追う側は勢いづき、逃げる側は動揺する。

その焦りが普段とは違う走り方につながり、結果リズムを崩す、ということもある。


スポーツにおいてもレースにおいても同じだが、一方的な展開からまさかの大逆転が起きるのは、こういう先行する側のメンタルの動揺から生み出されるものだ。

だが、あのアレッタの落ち着いた雰囲気を見る限り……マシントラブルならともかく、メンタルが崩れての自爆はないだろうな。


アレッタは俺の元の年齢よりはるかに若い。あいつくらいの年の時はアマチュアのレースで勝ち負けに一喜一憂していた気がする。

そう考えるとあの年で百戦錬磨のレーサーのメンタルを備えているんだから、末恐ろしい。

しかし、最終日にしてようやくそれに気付くとは、我ながら鈍いもんだ。


「では、昨日と同じく11時にレース開始です。

準備をお願いします」


船員が言って解散となった。


「見ていたまえ、アレッタ。今日こそ逃がしはしない。勝つのは私だ」


アレッタに一人の騎士の乗り手が声を掛けた。

一人は年のころはグレゴリー位の30半ばって感じだろうか。大柄な体格だが、仕立てのよさそうな衣服やきちんと刈り込まれた髪や顎髭が上品な感じを漂わせている。

服にはどこかの商会のものらしき紋章が入っている。どこかの商会専属の護衛騎士ってとこだろうか。


さっき食堂で見た順位表には順位とともにスタート順と、スタートの時間差、要はタイム差が書いてあった。

それを見る限り、逆転が狙えそうなのは2位、ギリギリで3位までだろう。俺自身は面識はないが、名前は2位が男、3位が女だった。多分あれは2位の乗り手なんだろうな


かなり年上で、おそらく乗り手としての経験ならはるかに上の相手に凄まれてもアレッタは動じる様子はない。

軽く男に頭を下げると風精ヴァーユの方に歩き去って行った。


---


とりあえず俺はトップ争いとは関係ないからまあいい。

それより俺はむしろ自分の心配をしなくてはいけない。格納庫でしゃがむような格好で駐機している震電の方に行く。


いつも通り、騎士の周りには工事現場のような簡易な足場が組まれている。足場の階段を上って震電の様子、というよりキャノピーの様子を確かめた。


ひびの入った部分は白いセメントというか何かで埋められて、透明なキャノピーに太い白い線が縦に走っている感じになっていた。

キャノピーを開けて裏から見ても同じ感じだ。おそらく液状パッキンみたいなのをヒビの入った部分の注いで埋めたんだろう。


触れてみると、白い線の部分が少し盛り上がり、ざらついた手触りを伝えてくる。

一応埋まっているようには見えるが。ただ、現代の技術とは格段の差があるわけで、本当に完全に埋まっているのかは不安だ。

ちょっとした隙間でも風は容赦してはくれない。それどころか、隙間風状態になればより体に応えることになる。


「大丈夫ですよ、ディートさん。修理は問題ありません」


キャノピーをのヒビを眺めていると、足場に上ってきた整備担当の船員が声を掛けてきた。

昨日も見た顔だ。短く切った黒髪に日焼けした肌。オイルか何かがしみ込んだ黒い手がいかにもメカニックって感じがする。腰の周りに工具をつけたベルトを巻き付けている。

不思議なもんで、レースチームのメカニックと整備担当の船員やレーサーと騎士の乗り手には似たような雰囲気を感じる。


「ご心配なら確認されますか?」


そう言って渡してくれたのは木の水差しだった。なるほど。

水をかける前に目で船員に問いかけると、うなづいてくれた。水差しの水をキャノピーにかける。


水はヒビにしみこむことなく流れ落ちて行った。キャノピーの裏を見ても水が漏れてる様子はない。見事な修理だな。

白く線になった部分は視界を遮るが、こればかりはまあ仕方ないか。


「どうですか?」


「ありがとう。完璧だ。感謝するよ」


「仕事ですからね。それに、震電の整備をできるなんて名誉なことですよ」


船員がちょっと誇らしげに水差しを受け取る。


「……俺のこと知ってるのか?」


「ええ、騎士団員で知らないものはいませんよ。

前回の討伐の時の英雄ですし、あなたの訓練を受けた者から第一騎乗の団員が多く出ていますからね」


「そりゃうれしいね」


船員が腰から下げた布で震電のキャノピーをさっと一拭きして水滴を拭う。


「苦しい順位ですが健闘を。初参加で完走なら立派な成績ですよ」


「ありがとな」


軽く手を上げてとりあえず足場から降りた。


---


足場から降りたところにシスティーナがいた。


俺はまだ防寒着は来ていないが、システィーナは防寒着を着て準備万端という感じだ。

灰色の地に濃い青で風をイメージした様な感じの刺繍が入っている。なかなか落ち着いた感じで、中身がイカレタ戦闘マニアとは思えない。


「で、どうしますか?」


「どうしますって言ってもなぁ」


正直言ってまだ決めかねている。

確かにただ飛ぶのはつまらないといえばそうなんだが、こいつと競り合うメリットが無いのも確かなのだ。


「ただダラダラと飛んで何事もなくゴールするつもりですか?」


「ていうかさ……そもそも、待ち伏せして絡んでこればいいだけなんじゃねえの?」


現状ではシスティーナの方が先行してる。俺を待ち伏せする分にはあいつの勝手なのだ、迷惑な話ではあるが。

俺の言葉にやれやれ、と言いたげにシスティーナが手を左右に広げた。


「なにをいってるんですか。あなたがコースを変えたら私にはわからないでしょう。

初日は後ろに張り付きましたけど、今日は私が先行する側ですからね」


まあ確かに、コースはサーキットとかと違って広い空だ。待ち伏せ、と言っても言うほど簡単ではないのかもしれない。


「それに、なにより、あなたが真剣に飛ばないと面白くない。違いますか?」


そんなことを言わずに黙って待ち伏せして絡めばいいだけなのに、此処まで言うのは。

本当に単に真剣勝負がしたいだけなのかもしれない。


「……本当に戦闘は無しか?あくまで飛ぶだけだな?」


「ええ。約束しましょう。武器は使いません。もちろんあなたもですよ?」


なんというか得体が知れない奴ではあるんだが。こと騎士の戦いという部分に限れば、なんとなくこいつの約束は信用できる気がした。

というより、俺を殺したければ黙って待ち伏せすればいいだけなわけだしな。


「よし、なら受けるよ」


こいつとやりあうメリットはないが、どうせ黙って飛ぶだけなら対戦相手がいる方がいいのも確かだ。

それに、俺がどうしようとも、こいつが待ち伏せしてくる可能性はある、というか、してくるだろう。本人の弁によれば順位も賞金も興味はないらしいし。

どうせそうなるなら、いっそ戦闘しないという約束をして、こいつの行動を縛ってしまった方がいい。

俺の言葉に、システィーナが満足げな笑みを浮かべる。


「ふふ、嬉しいことですね。参加した甲斐がありますよ。では楽しみましょう。

スタートと第一旗門の間に浮石がある場所があります。私はそこであなたを待つことにしますよ」


俺の肩をポンと叩いてシスティーナがラサの方に歩み去って行った。

あの笑顔だけ見ると、普通の上品な奥様って感じなんだがなぁ。


---


11時にアレッタが出て行って15分ほど過ぎただろうか。この手の高速レースで15分と言えば、まあ圧倒的な差だ。

俺は出撃までコクピットの中で暇を持て余していることになった。


甲板には甲板員が何人かいるだけで他に騎士はいない、当然だが。

周りの空をキャノピー越しに見ても、青く晴れた空には何隻かの飛行船が見えるだけだ。

何機かのレナスが旋回している。他の飛行船とかはもうコースの方へ先行してしまっているんだろう

この閑散としている感じが、いかにも最下位、しかもダンラスの最下位のスタート前って感じがする。


『ディートレアさん、出撃準備を』


コミュニケーターからの声に従って震電を甲板の縁に向かって歩かせる。

青い空と畝のような凸凹の白い雲、いつもの果てしなく続く雲海が目の前に広がる。

天候に恵まれたのはよかった。


「さて、じゃあ行くか」


ハードなレースで正直2回ほど死を覚悟したが、これで終わりってのもなんだか名残惜しい気はする。来年はもう少し対策を練って上位進出を狙いたいもんだ。

そんなことを考えつつペダルに力を込めようとしたその瞬間。

ドンと鈍い音が響いた。


---


「なんだ?」


コクピットの中まで伝わってくる音、これは爆発音か。

キャノピー越しに、アクーラの右上あたりを距離を開けて旋回していた飛行船の気嚢から煙が吹き上がっているのが見えた。

バランスが崩れた飛行船が大きく傾ぎ、煙を噴きながら高度が落ちていく。


「どうした?何が起きてる?」


『分かりません!』


慌てた口調で返事が返ってきた。

ただ、何が起きたも何も、聞くまでもない。飛行船の気嚢から突然煙が上がる、なんて状況。海賊の襲撃としか考えられない。

だが……騎士団の威信をかけたビッグイベント、メイロードラップの真っ最中に海賊が仕掛けてくるなんてあり得るのか。というより、そんな無茶をするバカがいるんだろうか。

アクーラの周辺を旋回していたレナスがコースを変えて散開した。哨戒飛行に移ったか。


「おい!俺も飛ぶぞ!いいな?」


とりあえず呼びかけるが返事がない。


「おい!返事をしろ」


もう一度呼びかける。

一瞬の間を置いて、コミュニケーターから甲高い、金属を擦り合わせるような音が響いた。


「うわっ!」


ハウリングのような音が耳をつんざいた。慌てて耳をふさぐ。


「おい、どうした?」


『マリクは……』


「なんだ?」


『……やたら高い報酬を受け取った割にはあなたを落とし切れませんでしたが』


コミュニケーターから声が聞こえる。が、その声は明らかにさっきの船員の者じゃなかった。


「誰だ?」


『最下位で孤立させたのは怪我の功名でしたね』


コミュニケーターから聞こえるこの声……久しぶりに聞く声だ。そしてこの口調。

直接聞くのは3度目だが忘れようもない。


「……懐かしいな、おい」


『私を覚えていますか?』


「忘れるわけあるか、この野郎」


船員と音声がつながっているか分からないが、出撃許可を求めている状況じゃないことは間違いない。

震電を走らせて甲板の縁から飛び降りた。いつも通りの一瞬の浮遊感の後にアクセルを踏む。

俺の操作に応じて震電が飛び出した。装甲の調整もしてくれたのか、昨日のきしみ音はしなくなっていた。整備に感謝だ。

一度上昇して周りを見回す。


遠くに一機の騎士が見えた……見えるということは、どうやら今はステルスを展開していないらしい。

前に見たのと同じ、灰色に染められた機体、左右の肩に2枚づつ取り付けられた、機体の身長くらいに長い装甲。

忘れもしない、灰の亡霊ブラウガイスト

前と違うのは、槍のように長い銃身のガトリングカノンがないことか。


『孤立しているようですからね、私自身で仕留めてやろうと思ったんですよ』


「ホルスト・バーグマン。あの腕で再戦とはいい度胸だな」


一機で来ている、というタイプじゃない。周りに何機も潜ませているんだろうな。

だが、こちらも周りには騎士団の騎士がいるし、なによりこいつを落とせば終わりだ。


『今度はあの騎士団長はいませんよ?』


「種が割れてりゃ俺一人で十分だ。今度は確実に雲海に投げ捨ててやるよ!」


マリクを使ってちょっかいをかけてきただけかと思ったら本人自らお越しになるとは思わなかったぜ。

今回は逃がしはしない。




スコ速を見てお越しくださった皆様、はじめまして。夏風ユキトです。

見ての通り更新ペースは遅いですが、エタったりはしないと思いますので、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

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