二日目第四区画 死線
待っててくれた方、ありがとうございます。
ようやく書けました。
槍騎兵が突っ込んでくる。
距離を開けようにも普段より明らかに震電の挙動が鈍い。
機動力が落ちるのは二重の意味でマズい。
震電の生命線は機動力を生かした近接攻撃と一撃離脱だ。足を止められるとそれだけで不利。
そしてもう一つは、乗り手の俺の感覚が狂うことだ。
いつもより速すぎても遅すぎても、手足のように機体を操ることはできない。
長丁場のレースを戦うレギュラードライバーは、レース中のトラブルにあわせて感覚を修正するという経験を実践の中で積んでいく。
だが、俺のようなテストドライバーはそういう経験は明らかに不足している。テストドライバーはトラブルが出たらピットに戻って修理するからだ。
だが。泣き言を言っている場合じゃない。
カノンを撃ち牽制するが、槍騎兵がコースを変えて迫ってくる。
いつも俺がやっていることをやり返されてるようだ。
「くそ」
いつもなら機動力で間合いをコントロールして攻撃のタイミングを図るが機動力を殺されるとそれができない。
槍騎兵がパイルバンカーを構える。
貫通力は凶悪だろうが、射出タイミングがシビアな武器だ。
近距離ならブレードで勝ち目はある。タイミングをとって切り返してやる。
その瞬間、槍騎兵がすっと失速した。
何が起きたのか分からなかったが……ブレーキを踏んだんだ。間を外された。
『かかったな!』
マズい。こいつ、接近戦もかなり策を練ってきてる。
とっさに震電を傾ける。
同時にコクピットに轟音が鳴り響いた。切り裂かれた装甲片が飛んで行く。
キャノピーに亀裂が入り冷気が入り込んできた。
パイルバンカーが頭部の装甲をかすめたか。
……コクピットを狙ってきやがった、こいつ。レースの範囲内でケリをつけようって感じじゃない。
「殺す気か?」
『一応そういう指示が出ているのでね』
こともなげに返事が返ってくる。マジか。
「このレースじゃ反則だろ?」
『だれがそれを止めるんだね?周りを見たまえ』
コースマーシャル役の騎士団の騎士はいない。
広い空のレースだ。すべてをカバーすることはできないのは当然だが。メインのコースから外れたのが仇になったか。
……死んでたまるか、こんちくしょう。ゴールでフェルが待ってる。
もう一度突っ込んできた槍騎兵のパイルバンカーの穂先を交わす。
躱しざまにブレードを振るが、まったくかすりもしない。
近接戦では主導権を握って攻撃のタイミングを取れる側の方が圧倒的に優位だ。
待ち受けるスタイルは不利。
今まで機動力で海賊の騎士を圧倒してきたが。相手より速い、というのがどれほど有利なのか骨身にしみた。
「くそっ」
『その状況でまだ抵抗する気力があるか』
離れ際に槍騎兵がグラヴィティカノンを構える。
躱す間もなく、震電に軽い衝撃が走った。挙動がまたも重くなる。
「待ちやがれ!」
アクセルを踏むが、重りを付けられた震電はいつものように加速してくれない。
槍騎兵が悠々と飛び、あっけなく距離が広がっていく。
普段ならここで一気にアクセルを開けて距離を詰めて一太刀入れるところだが。
飛んできたカノンの弾をよける。
いつもならつめられる距離が詰められないのはもどかしい。
『一つ聞くが……』
コミュニケーターから声がする。なんだ?
『降伏しないか?もはや大勢は決しているのは分かっているだろう?』
勝手なことを言ってくれるな、この野郎。
「一つ。俺はシュミット商会所属だ。
二つ。俺には待ってるやつがいる。
三つ。俺は海賊に付く気はない。
以上、三つの理由で降伏する気はない」
……と言おうとしたが、喉元まで出かかった声を抑えた。
勢いで言っても意味がない。冷静になれ。
「……降伏を受け入れる余地があるのか?」
むしろ、正直言ってそっちの方が以外だ。
『ホルスト氏は確実に邪魔になるし自分たちの下に付くタイプじゃないから殺すべきだと言っていたがね』
「……だろうな」
『もう一人の雇い主は君におおいに興味があるようだったぞ』
もう一人、とやらが誰かは俺も興味があるが、今はそれどころじゃないし、降伏するつもりもない。
「……勝ったつもりか?まだ終わってないぞ」
『降伏しないなら潔く倒される気はないかね?女を嬲り殺しにするのは好みではない。
それに、君のような手練れが無様に逃げ回る姿は見たくなのだがな』
「お断りだ。あきらめが悪いのが俺のウリでね」
足を止められて圧倒的に不利ではあるが、まだ負けたわけじゃない。
不利な状況でメンタルまで折れたら完全に終わりだ。
勝つか負けるか、結果はわからない。だが、勝ちをあきらめた奴には勝利の女神は微笑まない。
『ならば仕方ないな』
もう一度突っ込んできてくれればよかったが……槍騎兵が距離を離していく。
遠い距離からグラヴィティカノンの弾丸が次々と飛んできた。
機動力を削がれたこっちはかわすのが精いっぱいだ。
「かかってこい、男だろうが!」
距離を取られても切り込まれても不利なのは変わらないが、パイルバンカーを当てに来てくれた方がまだ反撃のチャンスはある。
『ふ。挑発は無意味だ。この距離を維持すれば君に勝ち目はない』
堅実かつ冷静な声が返ってきた。あくまでこちらの足を完全に止める気か。
優位に奢って突っ込んできてくれればなんとかなる可能性もあったが。
これでは切り込みもできず、逃げることもできず、攻撃を避け続けるしかない。
この状況で一番いいのは……他力本願だが、騎士団の騎士が割って入ってくれることだ。
本来のコースからは外れたが、コースマーシャル役の騎士団の騎士が何機も飛んでいることは間違いない。
ここにきてくれれば、最悪でも撃墜だけは避けられる。
あいつも騎士団の騎士が割り込んでくる可能性を考えているはずだ。
悠長にしていられないことはわかってるだろう。
それに、これは楽観的な予想でしかないが、このグラヴィティカノンの重くなる効果は制限時間がある気がする。
まあ、その制限時間が1日とかだとどうしようもないが。
ただ、騎士の機動を制約できるってのは、食らってみるとわかるが相当強力だ。
これが相当長い時間効果が持続するならば……たとえ射程で劣っていたとしても消えていったのは不自然なのだ。
だろう、だろうで自分に都合のいいことしか考えてないが、ネガティブに考えても仕方ない。
いずれにせよ徹底的に粘ってやる。チャンスは必ず来る。
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期待に反して、騎士団の騎士はいつまでたっても来てくれない。
粘ってはいるが……躱し続けるにも限度がある。
被弾がかさんでしまって、震電の機動力はもう普段の半分程度になってしまった。いつもの軽やかに飛ぶ感覚はもうない。
『では仕事の仕上げだ』
こちらの様子を見て優位を確信したのか、槍騎兵がまっすぐに距離を詰めてきた。
この展開は予想できていた。
騎士団に割って入られる前に仕留めに来るはず、というのもあるが。槍騎兵は直接攻撃の武装がパイルバンカーしかない。
とどめを刺しに来るなら必ず一度は距離を詰めざるを得ないのだ。
相手に主導権を握られていることは変わらないが、ブレードの届く距離に来てくれれば、一刺しするチャンスはある。
逃げるように飛ぶがすでに震電のスピードは見る影もない。見る見るうちに距離が縮まっていく。
接触まであと5秒。
こっちに切り札はある。
最後のストレートの競り合い用につけた装備だが、まさかこんなところで使うことになるとは。
以前、仲良くしていた格闘家に聞いたことが有るが、より近い距離で大きく動く方が視野の問題で人間の目はその動きをにくくなるらしい。
ならこれもなるべく近い位置で使う方が効果が大きいはずだ。
逃げながらタイミングをうかがう。
『終わりだ!』
槍騎兵がパイルバンカーを構える。
失敗したら死ぬ。だが。
死ぬかもと思ったことは今まで何度もある。150キロ近いスピードでサーキットを走るのはいつだって死と隣り合わせだった。
生還の細い糸を掴むのは、いつだって自分次第。
接触まで2秒。
キャノピー越しに槍騎兵の姿が大きくなる。
コクピット内の始動レバーを引き、唇をかみしめた。
槍騎兵が尖った穂先をこちらに向ける。
俺があいつなら、此処で仕掛ける。その瞬間。
アクセルを目いっぱい踏んだ。
同時に、文字通りはじかれるどころか、下から突き上げられるように震電が真上にすっ飛んだ。
俺の切り札は、レースの最後のストレートの競り合い用につけたブースター。
一瞬だけ爆発的にエーテルを噴出して瞬間的にとんでもない加速を得られる、いわばニトロ的なものだ。
ただ、機体にも俺にもかかる負荷がきついと言われていたが……想像以上だった。
ドラッグレーサーのスタート並みの急加速、全開飛行時よりはるかにすさまじいGがかかり目の前が暗くなる。
衝撃が走り体が左に傾いた。
震電のバランスが崩れたのか。被弾したか。それともブースターの効果か。
「かはっ」
唇から刺すような痛みが走り、フラットアウト寸前から意識が引き戻された。
八重歯が唇を切り裂いたらしい。皮膚が避ける痛み、血が吹き出し口の中に鉄の匂いが広がる。
もう一度唇を噛んで無理やり意識を覚醒させる。
ブースターで上に飛んだ以上、あいつは下にいるはずだ。機体をひねり視界を下に向ける。槍騎兵の背中が見えた。
こっちの位置を見失ったのか。槍騎兵が失速しながらこっちを向く。
あいつがこっちを認識するよりわずかに、こっちが正気に戻るのがはやかった
『何が起こった?』
ここで決める。
切り札のブースターも使った。
もし、加速されて距離を取られたら……今度こそなすすべはない。
左手のカノンのトリガーを引いた。連射された白い光弾が尾を引き、雲に着弾する。狙いが定まらない。
「当たれ、この!」
震える左手を無理やり動かして、銃口で槍騎兵の軌道を追う。
次々に打ち出される弾跡が槍騎兵に迫り、3発が捕らえた。バランスが崩れたのが見える。
アクセルを踏み付けた。
俺の操作に応えて震電が力を振り絞るように加速する。装甲のあちこちから軋み音が聞こえた。
「頼むぞ、震電」
一気に距離が縮んだ。
槍騎兵の動きが鈍い。カノンを向けるかパイルバンカーを構えるか、一瞬迷ったか。その一瞬が命取り。
「死ね!」
狙いを定める余裕はないが、どうせ周りに騎士団の騎士はいない。もう殺し合いになってる。コクピットにあたろうと知ったことか。
すれ違いざま抜きざまにブレードを振りぬいた。
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視界の端で槍騎兵が大きくバランスを崩すのが見えた。
左腕が無くなっているが……まだとどめにはなってない。
「とどめだ!」
切り返して槍騎兵を視界にとらえた。
狙いを定めてアクセルを踏む。左手のパイルバンカーが無ければ近距離では何もできまい。
槍騎兵の姿が大きくなる。ここで倒す。
「くたばれ!」
ブレードを振り上げたその瞬間。
『そこまで!』
コミュニケーターに突然声が割り込んできた。
タイミングを外されて震電が槍騎兵とすれ違う。しまった。ていうか、誰だ、こいつは
「邪魔するな!!」
『ディートレアさん、勝負ありです。それ以上の攻撃はルール違反です!』』
一瞬誰だかわからなかったが……騎士団の奴か。
あわててもう一度切り返し、槍騎兵の方を向き直る。
『ははっ、いい援護だな』
振り返ったときには槍騎兵が体勢を立てなおしていた。
『……感謝するよ。騎士団員君』
そのまま上空に飛び上がっていく。
「逃げるのか、卑怯者!」
『すばらしいな、ディートレア』
そのまま槍騎兵が上空に重なる雲の間に消えていく。
『……騎士の操縦はまだ粗いが、刹那の判断とそれに身をゆだねるハートが素晴らしい。
その境地に至るには長い時間がかかるが、まだ20歳にも届かぬ若さでよく極めたものだ』
機影はもう見えないが、コミュニケーターから声だけが聞こえる。
追おうにも震電もまだ挙動が鈍い。俺自身もまだ意識が朦朧としている。追える状態じゃない。
『ここで倒されるわけにはいかん。また会おう、近いうちにな。ディートレア。
分かっていると思うがグラヴィティカノンの効果はじき切れる。
レースをつづけたまえ。健闘を祈るよ』
余裕を感じさせる声がコミュニケーター越しに遠くなっていく。
……逃げられた。
「くそっ、くそったれがぁ!」
『えっと……あの?』
状況がつかめない、という騎士団の団員の声がコミュニケーターから聞こえてきた。
この野郎。要らない時に来やがって……。
しばらく仕事が忙しい時期になるのと、本業の論文を書くので更新が不定期になります。
エタることは無いので気長に読んでいただけると幸いです。
今年一年ありがとうございます。読んで下さった方に百万の感謝を。
皆さまの来たる新年が良いものでありますように。
来年もよろしくお願いします。
夏風ユキト




