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二日目第四区画  変容する世界

あいつか。

この間の掃討戦の敗北でかなり派手な損害を出したはずだ。

それなりにショックを受けるのが当たり前だと思うが、もう立ち直っているメンタルについては感心する。


「あいつか……あいつがその騎士を?」


『その通り』


敗北からの立ち直りの早さはさておいても。次の機体を用意できているところが信じがたい。

中古車屋で安い軽自動車を買うのとはわけが違う。マリクの槍騎兵ランツィラーは明らかに新しい機体だ。どうやっている?


「なんであいつがそんな騎士を用意できるんだ?」


『さあね。だが他にも何機かの候補を示されたよ。これを選んだのは私だ』


何機か、だと?あれだけの被害があってまだそれだけの騎士を抱えているのか。ちょっと信じられない話だ。


「しかし意外だな。

あいつなら後ろから撃てっていいそうだがな」 


どう考えてもあいつは正々堂々の戦いを望むってタイプじゃないと思う。

それこそ、後ろから撃ってでも俺を落とせ、という方が似合うんだが。


『よくわかるな。ホルスト氏はとにかく君を撃墜すればいい、と言っていたがね。

もう一人が君との立会いをするようにいったのだ』


もう一人の誰か……やはりあいつの後ろには相当なでかい組織がくっついていてる。そいつが槍騎兵ランツィラーも含めた騎士を提供したってことなんだろうか。

少なくとも新規の騎士を惜しげもなく使わせるレベルだ。大商会か……それとも別の国か。


『さて、やる気になったかな?

まあ、なっていなくてもかまわないんだ。槍騎兵ランツィラーは震電ほど速くないかもしれないがそれでも容易に逃げ切られるほど遅くはない』


確かに、飛び道具もち相手にこの状況で回れ右して逃げるのは厳しい。


『私に背をさらして逃げるかね?

美女の後ろを追うのは嫌いではないが逃げ切られた事はないと言っておこう』


なんともきざったらしい野郎だな。開幕前夜に会った時はもう少し堅い感じかと思ったが。


「男に追われる趣味はない」


『そういえばそうだな。君の恋人は……』


意味ありげにマリクが言う。


『……君のような美女が女同士というのは。男としては悲しいね』


「手前、なんで知ってる?」


『我が雇い主のホルスト氏は君に随分ご執心の様だぞ。さて、やる気になったかね?』


「ああ。ホルストについているなら今後アンタは邪魔になりそうだってことは分かったよ」


 こいつがホルストについているってんなら、ここで倒しておく方がいい。

 今のを聞く限りあいつはまた俺たちに絡んでくるつもりだろう。それなら、あいつ陣営の騎士は一機でも減らしておくべきだ。

 どんな大組織がついているのか知らんが、騎士は工場で毎日何十台も生産できるものじゃない。一機落ちればそれだけで相手の戦力は削がれる。


『これで私も契約が遂行できるな』


「やってやる。死んでも恨むなよ」


---


槍騎兵ランツィラーが距離を取るように離れていく。とりあえずカノン装備の騎士としてはセオリー通り、というか今まで何度も見た動きだ。

こっちは着かず離れず相手を改めて観察する。


武装は右手のカノン。左手には肩まで届くような細長い盾。エーテルシールドをつけていないのは不思議だ。

エーテル系の武装が主流の今の騎士の武装を考えれば、蛇使いサーペンタリウスのような物理的な武器はともかくとして、物理的な盾は重くなるうえに相手のエーテル系の攻撃を防げない。ほとんどメリットがないと思うが。


槍騎兵ランツィラーが牽制のカノンを撃って来た。

撃ち返そうと思ったが……正直当たる気がしない。俺が射撃戦が下手なのを教える必要はない。ここは撃たない方がいいな。

それより、カノンの弾速が普段より遅いのが少し気になる。


「そういえば、あんたをぶった切る前に一つ聞きたい。

あいつが海賊だってことくらい知ってるだろ?なぜあいつに付いた?」


グレゴリーの話を聞く限り、こいつはかなり名の知れた傭兵のはずだ。あえて海賊に付く理由が分からない。


『金だ。私に最高の評価をくれたのが彼だった、ただそれだけだ』


何とも簡潔な答えが返ってきた。


「海賊なんぞに与するのか?金のために?」


『傭兵への評価は報酬以外に何がある。だれが払おうと金は金だ』


ある意味ご尤も、というかプロ意識に満ち溢れた発言ではある。

こっちの世界にも金がすべての銭闘タイプがいるとはな。間違ってるとは思わんが俺の趣味じゃない。


「じゃあその高い報酬を抱いて雲海に沈んでくれ」


金のためでも名誉のためでも、戦う以上は倒すだけだ。

それに、今はレース中だ。あまりここで足止めをくらうわけにはいかない。


カノンの弾をよけながら切り込みのタイミングをうかがう。カノンを軸にした遠距離戦機なら狩り方はわかってる。

なぜエーテルシールドをつけてないかわからんが、シールドがないなら、むしろいつもよりラクだ。


いつも通り、カノンの弾を躱しざまにラインを変える。


「シールド、来い!」


左手のエーテルシールドが展開され視界を薄白く染めた。いつも通り左右に切り返して的を散らすように切り込む。

槍騎兵ランツィラーが距離を離そうと後ろに下がるが、どうもおぼつかない動きだ。

このままなら一気に詰められる。視界に映る槍騎兵ランツィラーが大きくなる。

と、不意に槍騎兵ランツィラーが反転した。そしてこっちに向かってくる。


「なに?」


なぜ遠距離戦機であえて距離を詰めてくる?一瞬の驚きが命取りだった。タイミングを外される。

ラインが交錯し震電と槍騎兵ランツィラーが至近距離をすれ違う。風鳴音が響き震電が揺れた。

まさかの軌道だった。


「やるな!」


だが接近戦のエキスパートを甘く見てもらっては困る。

震電を180度スピンさせるようにして切り返した。姿勢を整え、槍騎兵ランツィラーを視界にとらえ直す。


槍騎兵ランツィラーも切り返してこちらを向き直りカノンを放ってくる。迫る光弾を左右のシールドで受け止めた。

下がるのかと思ったらまた突っ込んでくる。カノン装備なのにこの距離で戦うつもりか。


突撃してくるラインを読んで、引き付けて震電を右に振る。

あいつの左を取った。完璧なタイミング。盾ごとぶった切ってやる。


「死んどけ!」


ブレードを振る間際。またもや槍騎兵ランツィラーが左に流れるように飛んだ。

必殺の一撃が空を切る。

だが今度はすれ違いじゃない。ここで決めてやる。アクセルを開けて逃げる槍騎兵ランツィラーを追う。


「逃がさん!」


『まだだ!』


逃げていた槍騎兵ランツィラーが姿勢を変えて三度突っ込んできた。一気に機影が大きくなる。

またも突っ込んでくるのか。何考えてるのか分からない。ただ、2度の交錯でもうタイミングはつかんだ。

今度こそ仕留めてやる。ブレードを装備した右手の操縦桿に力を籠める。


槍騎兵ランツィラーが左手で殴りつけようかとするように、左手を差し出すような態勢でこちらに迫ってきた。

盾に似つかわしくない剣呑な先端がキャノピー越しに大きく見える。

だが、さっきもそうだがなぜ盾の側をこちらに晒すんだ?なにか意味が……


と、その瞬間。槍騎兵ランツィラーっていう名前、槍なんて持っていないのになぜそんな名前なのか。それがようやく分かった。

もしかして嵌められたのはこっちか。やばい!


考えるより早く。左足を右に目いっぱいひねり、アクセルを踏み込んだ。

俺の操作に応えて、震電がストレートのラインから右に弾かれた様に飛ぶ。

同時に何かの発射音と金属が削りあう音が響いた。震電が吹き飛ばされれるように揺れる。


『……外したか』


何かが装甲をかすめた。おそらく脇腹。こういう時は被害状況がわかるモニターとかがほしくなる。

左右のペダルを踏んで姿勢を立て直す。震電はいつも通りに反応してくれた。

助かった。致命的被弾じゃない。

だが、一瞬遅ければ。かすめる、じゃすまなかっただろう。体がぞっと冷える。


『まだ終わってはいないぞ』


息をつく間もなく、間髪入れずカノンの光弾が飛んできた。

ほっとしてる場合じゃない。螺旋のような軌道を取って光弾を避け一度距離を取る。

何発かがかすめていき、軽い炸裂音のようなものがする。被弾したか?だが不思議な事に被弾した時の爆発とが衝撃がない。気のせいか。


『見事。さすがに接近戦での動きは私より鋭いな』


すこし距離を開けて改めて槍騎兵ランツィラーを見る。

左手につけた細長い盾の先端部分、ちょうど手の甲にあたる部分の形が変わっていた。

カバーが外れたようになっていて、尖った槍の穂先のようなものが見えている。


『こいつはタネが割れると当てにくくなるんでね。できれば初太刀で決めたかったのだが。

さすがにやるものだ』


「それは……」


『スラッシュランサー、と私は呼んでいる。彼らが開発した新武装だそうだ』


あの妙に細長い盾。おかしな形をしていると思ってたが、あれは単なる盾じゃなかった。

内部に発射機構を組み込んで槍を打ち出す、パイルバンカーだ。

ガトリングガンに続き、まさかこんなものまで見ることになるとは。


『君の戦術は研究済みだ。カノンを見せれば突っ込んでくることはわかっていた』


「接近戦を誘ったのか?」


『何度か試したのだが。

この武器はどちらかというと迎え撃つほうがより機能を発揮することがわかっていたのでね』


確かに、射程が短いパイルバンカーは射出タイミングがシビアだろう。迎え撃ってカウンター気味にタイミングを計るほうがいい。

高機動での空戦では、あれは決して使いやすいとはいいがたい武器だ。


だが。あの武器はエーテルシールドでは止められない。

機動力重視で軽装化が主流で、防御はエーテルシールドに頼っている今の騎士相手なら……決して当てやすい武器ではないが、当てればまず耐えられる機体はないだろう。


『一撃必殺、というコンセプトが気に入ってね。こいつにしたのさ。

どうだね、嫌なもんだろう?』


当てにくくても、被弾が即致命傷になる近接武器はプレッシャーが半端じゃない。

万が一当てられたらおしまいだ……切り込んでいいものか。


『迷っているな。だがもう遅い。足枷ははめさせてもらったよ』


「なんだと?」


アクセルを踏んでも思うように震電が加速しない。

エンジン出力が落ちた、というより機体が重くなったというか、足に重りをつけられたような感じだ。


「さっきのはまさか……グラヴィティカノンか」


『その通り。よく勉強しているな。忘れられた騎士の装備の一つだ』


そういえば、エルリックさんが言ってたな。

カノンの急激な発展に伴い、弾速や射程で劣るため消えてしまったカノンの亜種。雲海のエーテルに反応して騎士の速度を下げる武器だ。

被弾したはずなのにダメージがらしきものもなく、衝撃も大したことがなかったが。そういうことか。


システィーナのスカーレット。あれは近接戦用機ではあるが、蛇使いサーペンタリウスを使うことを主目的にした、どっちかというとシスティーナの趣味で作られた感のある騎士だ。

そして、以前戦った海賊の強襲型機。あれは、ただ近接武装を装備しただけの急ごしらえの震電の劣化版のような騎士だった。

だがあれは、そのいずれとも違う。


グラビティカノンで足を止めてパイルバンカーで仕留める。

明確なコンセプトをもってくみ上げられた近接戦用機、近接戦を挑む相手を迎撃するタイプの騎士だ。


『近接戦用の騎士は今まではほとんど見かけなかったが。

君の活躍のお陰で少し増えてきたようだね。彼らもそのためにこれを作ったそうだ』


俺と震電の存在によって空戦の戦術が明確に変化しつつあることがわかった。そしてそれに対応する、新たな設計思想で組まれた機体もでてきている。


だがそんな思索は後回しだ。今はここを切り抜けないと。

距離を取るべきなのか、切り込むべきなのか。

今までなら切り込みだったが、必殺の武器がある、と思うと迷わずに行くのは難しい。

槍騎兵ランツィラーが再び迫る。


『もう逃げることはできんぞ』






浪漫武装、パイルバンカー。一部の要望に応えて登場です。

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