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一日目夜 因縁の再会

気分的にはヘルメットならぬ頭巾を壁にたたきつけたくなるところだったが。湯浴みをさせてもらうと少しイライラも落ち着いた。結果リザルトは変えられない、切り変えて明日のことを考えなくては。


「終わられましたら食堂へお越しください。食事の支度が出来てます」


濡れた髪をタオルで拭いていると外から声を掛けられた。ここら辺の待遇はしっかりしている。経験の蓄積なんだろうな。


---


広い食堂室には乗り手たちがいて、思い思いに食事をとっていた。

地球のレースではドライバー同士それなりに談笑したりするもんだが、同じチームのチームメイトが存在しないためか、こっちでは割と静かでそれぞればらばらにって感じだ。


「お疲れ様です。ご自由におくつろぎください」


ウェイター役であるらしい騎士団の団員が挨拶してくれる。

バイキング形式で食堂の壁沿いにテーブルが置かれていろんな料理が皿に盛られている。

さすがにあの祝勝会の時と違って質素な感じではあるが。この世界ではF1にあたるようなトップレースのはずだがケータリングの質はいまいちだな。

まあテストドライバー時代のことを考えれば十分有り難い待遇だが。


適当に皿に肉や野菜を盛り付けるが、一人で食べるのもなんだか寂しい。

見回すと見知った顔はアレッタしかいなかった。


「ここ、いいか?」


「あ、どうも、ディートさん」


アレッタが挨拶してくれる。別に俺たちは殺し合いをしているわけじゃないから、親睦を深めてもいいだろう。

彼女の前には肉だの野菜を焼いたものや、パンやチーズが山のような料理が置かれていて、俺にあいさつしながらも大きく切ったステーキを口に運んでいる。隣にはすでに何枚かあいた皿があった。


……あの細くて小さい体のどこに入ってんだ。

精霊人は胃袋も大きい、っていわけではない。フェルの食事量は俺と大して差はないしな。


「……今日はいっぱい体動かしましたからエネルギー補給しないと」


俺の視線で言いたいことを悟ったのか、ちょっと恥ずかし気にアレッタが言う。


「……そういえば、聞いていいですか?」


「ああ、いいぜ」


俺も切った肉を口に放り込む。塩気がちょっと強めだがなかなか美味い。


「どうやってあの雨雲を抜けたんですか?風精ヴァーユじゃ無理だから避けるように言われたんですけど」


「震電は風精ヴァーユより重いからな。ああいう風の強い場所でもいけると思ったんだ。勝算はあったぜ」


「へえ。そうなんですね。すごいです」


アレッタがチーズとパンを頬張りながら感心したようにいう。この辺の理屈をわかってないのだろうか。


「その辺考えてないのか?」


「……私はおじさんの指示と風精ヴァーユを信じて飛ぶだけですから」


レーサーが本当の意味で早くなるためには機械というか車体に関する知識がなければいけない。だからレーサーもプロレベルになればちょっとしたメカニック並みに車に関する知識を詰め込まれる。

俺はさすがに騎士の動力や構造に関する知識はそこまで多くはないが、ある程度構造については勉強した。


しかし、アマチュアにはたまにそんな知識なんて全くなくても化け物じみて早い奴はいる。

機体や車に愛されてるとしか思えないタイプ、いわゆる感覚派ってやつだが。アレッタもそうなんだろうな。


話をしているうちに皿の上に置かれていた料理は綺麗になくなった。ここまで食べるとなんというか壮観だ。

最後に大きめのカップに入ったお茶にたっぷりと砂糖を入れる。

俺としては甘すぎるものは好きじゃない、というか胸やけがしそうな量だが。糖分は疲労回復に効くから合理的な食べ方かもしれない。


「……普段は砂糖なんてあまり食べられませんので、この機会に飲まないと」


幸せそうな顔をしてアレッタが笑う。どうも単なる甘いもの好きらしい。女の子らしいといえばそうかもしれないな。


「ごちそうさまでした。また明日もよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げるとアレッタが食堂を出て行った。


---


ちびちびとワインを飲みながらパンをかじっていると食堂に一人の女が入ってきた。

皿に少しの料理を盛り、ワインをボトルごと取り上げる。そして、くるりとまわりを見回すとまっすぐこっちに歩いてきた。

にこやかに笑いながら俺の向かいの席に座る。誰だ?


「やあ、ディートレア。あなたと会いたかったですよ」


「誰だアンタ?て言うか……お前がさっきの騎士の乗り手か?」


俺の質問に意味ありげに笑って否定はしなかった、というかそうなんだろう。


湯浴みあがりだからなのか、濡れたとび色の長い髪をゆるく束ねている。

ちょっと垂れた目の柔らかい感じの雰囲気の女だ。美人ってわけではないけど、優しそうでいい奥さんになりそうな感じだ。30ちょい前ってところか。

しかし、フローレンスではあった覚えはないが……


「なんのつもりだ?あんなところで絡みやがって」


ルール違反では勿論ないが、こいつのしつこさのお陰で順位を落とした感はある。あのまま行ければ2位には入れただろうに。何の恨みだ、この野郎。


「私を忘れたのですか?……ってそうか、直接会うのは初めてでしたね」


女が言うと、すっと顔を寄せてきた。


「……そういえばホルストを叩きのめしたそうですね。

実に痛快です。あの小知恵の回る輩の泣き面を私も見たかったですね」


小声で言われた。こいつはホルストのことを知っている。

というかどこかで聞いたぞ。この声、まさか……


「お前……まさか、シス」


思わず声に出そうになったところで、唇に指を当てられる


「ご名答ですが、ここでは私はファティマ・カシム、護衛騎士です。一応賞金首なんでね」


……やっぱりか、こいつ。


「イメージと違いましたか?悪鬼のような女を想像してたんでしょう」


グラスにワインを注ぎながらシスティーナが言う。確かにイメージとは全然違う。


「ああ、そのとおりだ。というかなんで、お前が此処にいるんだ?」


「それはもう、ディート、貴方が出るとなれば出ないわけにはいかない。

それに、あのアレッタにも興味はありましたしね。

それより時化た飲み方してないで、あなたも飲みなさい」


返事を待たずに俺のグラスにワインを注いできた。


「随分余裕だが……顔は知られてないのか?」


「私は騎士の乗り手ですからそもそもあまり顔を見られませんからねぇ」


確かに言われてみると、よほどうまく戦闘不能にできない限り騎士の乗り手を生きて捕らえるのはかなり難しい。

戦闘機のように脱出ポッドがあるわけじゃないし地面もない。運よく岩にでも引っかからない限り、飛行不能はそのまま墜落して死だ。


賞金首については騎士その物や飛行船を落とせば賞金はでるらしいが、厳密な意味では確認できない。

だからあのホルストのように死んだと思ったら実は生きていたってことがあるんだろう。


「……俺がここに賞金首がいるぞ、って言ったらどうするつもりだ?」


「やってみたらどうです?」


緩めの眼光が一変した。背筋が凍るような目で睨まれる。


「甘く見てもらっては困りますね。そのときは貴方の喉を切り裂いて逃げるくらいは造作もないことです。

騎士に乗るだけしか能がないと思っているんじゃないでしょうね」


声にはっきりとすごみがある。おそらく本当に実現できるんだろう。

思わず椅子ごと一歩下がった。


「……ふふ、怯えた顔もなかなかですが。そんなことをしても私に得るものはない。

わざわざ危険を冒してここに来たのは、あなたと騎士で戦うためですよ。

お互い自重しましょう」


にこりとシスティーナがほほ笑み、雰囲気が元に戻った。

見た目だけならフローレンスの道を歩いていてもおかしくない感じだが……確かに百戦錬磨の海賊だと思い知らされた。


「ちなみに、私以外にも海賊は参加してますよ

まあ私ほどの者は居ないでしょうけど。トリスタン公も承知のはずです」


「なんだと?」


「分かっていないようですね。海賊の乗り手は別に全員が私のような好きで海賊で居るような戦闘狂ではありません」


ワインを一口であおりながら言う。

戦闘狂って自分で言うか。というか自分のことはわかってるんだな。


「自由騎士から様々な事情で海賊に流れてしまったものは居るのです。

そういうものにとってはこのメイロードラップは一攫千金と名誉回復を狙える大チャンスなのですよ。

優勝まで行かなくても好成績を残せばどこかの商会に雇われてまっとうな乗り手に戻ることもできます」


「えらくアバウトなんだな」


「もちろん相応に警戒はされますけどね。

そういうものが現実的にいる以上、わざわざ海賊を狩りまわるよりも、こういう場を設けて戻りたいもので実力がある者には機会を与えているのだと思いますよ」


なるほど。正義感の強い団長様、というイメージだったがここら辺は結構おおらかというか柔軟だな。

メイロードラップで上位に食い込むような乗り手なら海賊として暴れられるよりは復帰の糸口になればいい。上位にこれないような乗り手なら別に海賊に付いていても脅威にならないってところだろうか。

この辺のシビアな考えはトリスタン公というより、むしろパーシヴァル公のアイディアかもしれない。


確かに水準以上の乗り手と事を構えるよりは取り込んだ方がいいっていう考えはアリと言えばアリだ。

ただ、なんか警戒心が薄すぎる気もするが、そこらへんはどうしているのか気になる。


「そういえばファティマ・カシムってのは何なんだ?偽名か?」


メイロードラップは誰でも参加できるわけじゃないはずだ。偽名でほいほいエントリー出来るとは思えないが。


「ファティマ・カシムは実在しますよ。護衛騎士です」


「どういうことだ?」


システィーナがワインを飲み続けながら言う。

ペースが早い。地球のワインより少し大きめのボトルはもう半分が空になっている。


「少し前にそういう乗り手がいたんです。私と戦って敗れて足を失ったんですがね。

彼女を保護することと引き換えにその名前と地位をいただきました。

今は私の影武者が自由騎士の名目でフローレンスにいるようにしていますけどね」


「じゃあその人はまだ生きてるわけか?」


「ええ。もちろん。私たちの船で船員をしています。

もう騎士に乗ることはできませんが、哨戒役としては優秀ですよ。役に立ってます」


船員皆殺しとかヤバいことを言ってたから、名前だけもらってそのまま殺す、とかしてそうなんだが。生かしているのは意外だ


「ふふ、私を無法者と思っているようですがね。

私は約束は守ります。海賊には海賊の名誉があるのですよ」


なるほど。ますますあのホルストと気が合わない理由が分かった気がした。


---


食事はぼちぼちと終わった。

なんというかアレッタはよく食べ、システィーナはよく飲む。俺は見ているだけでお腹いっぱいな気分だ。


「そういえば……スカーレットじゃないな。あの騎士はなんだ」


「じつは3年前にスカーレットで出ましてね。3機落としたところで反則負けを宣言されて騎士団に囲まれたんですよ。

で、まあ包囲網を蹴散らして逃げたんですがね」


しれっととんでもないこと言うな、こいつ。そりゃ騎士団から賞金の一つもかけられるだろう。


「あれからそれなりのこともしていますからね。あれで出るわけにはいかないのです。

むしろ今回のラサの方が普段乗る騎士ですよ。

スカーレットは決戦機です。ディート、あなたのような特別な相手と戦うときに使うんですよ」


専用機を2機も持ってるとは豪勢なことだ。

あの妙なグレネードもどきも大概だが、蛇使いサーペンタリウスに比べればマシだ。


「ところで、明日もレースなのにそんなに飲んでていいのか?」


「この程度で調子が狂うようでは話になりませんよ……ってもう終わりですね。今日はこの辺にしておきますか」


ワインの瓶から最後の一杯を注ぐ。一人で一本開けているが顔色一つ変わってない。なんというか豪傑だ。


「……そういえば、明日は高速ステージのようですよ。

7つの旗門フラッグゲートを通過しますが、コース取りは比較的自由で障害物が少なめ。

こういうところは同じラインに騎士が集中しやすいから戦闘も起きやすい。楽しみですねぇ」


「……今日で終わりにしておかないか?」


また明日もあいつに絡まれるのは勘弁願いたい。今度はライトで目くらましする手も使えないだろうし。


「どうでしょうかね……ふふ、じゃあまた明日」


システィーナが去って行った。


背中を見ながら思う。

影武者を立ててフローレンスでのポジションを持っていることといい、あいつの海賊団はかなりフローレンスに浸透している。

確かあのグレネードみたいなのは確かエルリックさんが言っていた、対海賊用の新兵器だったはずだ。それを騎士の装備に転用しているのか。


おそらくあいつだけじゃないだろう。ホルストの手の勢力とかもいるのだろうな。

入国審査で指紋認証や顔認証をすることもできないし、戸籍とかもアバウトだ。どうにもならない部分はあるんだろう。


つまり、また前のシスティーナの時みたいな仕掛けがあり得るってことか。

明日のメイロードラップとは別になんとなく頭痛のタネが増えた気がする。






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