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2人のライバル

某所のTSの関するエッセイを読んで、ガールズラブ&男勝りの主人公、という本作の設定が超ニッチであることを知りました。

ナチュラルにマイナー方向に行く私。何の因果だ、これは。

バートラムとジョルナは翌日の準備とやらの為に行ってしまった。

前夜祭はまだにぎやかに続いている。時間的には夜の八時くらいだろうか。

ローディとグレゴリーは騎士でも見てるのか、姿が見えない。

フェルは俺の横にぴったりはりついてワインを飲んでいる。ほんのりの赤く染まった顔がちょっとかわいい。


「あの……」


一口グラスに口をつけたところで、か細い声で呼びかけられた。振り返るとそこに立っていたのは、アレッタだった。


「おお、チャンピオン」


俺の言葉にアレッタが小首をかしげる。そういえばチャンピオンでは意味が通じないんだっけな。


「失礼。こっちの話だ。どうかした?」


「あ……えっと……」


アレッタがくちごもる。


「そういえば、さっきはごめん。

まさか去年の優勝者だったなんてな。俺はフローレンスに来たばかりで知らなかったんだ。勘弁してくれ」


「いえ、そんなことどうでもいいんです。それより……有難う御座います」


アレッタがぺこりと頭を下げる。なにか礼を言われるようなことをした覚えはないんだが。


「何が?」


「……あんなふうにわたしをかばってくれる人、いませんでした」


ああ、そういうことか。

確かに、さっきの話を聞くと、この子はどちらかというと不遇の王者って感じになってしまうかもしれない。

F1とかスポーツでも成績スタッツはスゴイが人気はない王者ってのはいたが、そんな感じの立場だな。


「俺のいたところでもよくあったのさ。変わったことをする奴は疎まれるもんだ」


F1やレースの世界でも技術者やドライバーの飛躍した発想で技術や戦術に革新が起き、それに周りが追随して進化した。

だが、そういうのは異端や邪道として叩かれることも少なくない。こっちでもそれは変わらないってことだろう。


「しかし、そんなに細くて良く飛べるね、凄いよな」


俺も見た目は女の子だが、アレッタはそれに輪をかけて細いし背も低い。

ドライバーや騎手は小さい方が有利っていうが、騎士の乗り手は背が低くても有利なことはないと思う。


「……わたし、ちょっと変わってるんです」


アレッタが、目を覆うように伸ばした前髪を持ち上げた。

赤っぽい目、瞳の真ん中に縦のラインが見える。人間の目ってより、蛇の目のようだ。


「……珍しいね。火の精霊人の……ハーフなの?」


俺の横でワインを飲んでいたフェルが言う。


「はい。お父さんが火の精霊人でした」


長手袋を外すと、手の甲から上腕部にかけてうすく鱗がついているのが見えた。


「珍しいのか?」


「精霊人は精霊人同士で結婚することが多いからね。ハーフ自体が珍しいんだけど。

あたしは地の精霊人で、猫とか狐とか犬とか、あたしみたいに狼とか、体の一部がそういうのなんだけど。

火の精霊人は蛇とかトカゲとか竜とか、そういうのと一体化してるんだよね……だからさ。まあ」


なるほどね。フェルはそこで口を閉じたが言わんとしてることは分かった。

火の精霊人は、地球で言うところの爬虫類との融合なわけだ。

地球でも蛇やトカゲを気持ち悪いと感じる人は少なくない。そういう意味では火の精霊人とのハーフは確かに珍しいかもしれないな。ドラゴンハーフってかだと格好いいと思うが。


「ちなみに、火の精霊人は肉体的には精霊人の中で一番強いんだよ」


つまり細く見えても見た目ほどひ弱じゃないってことか。

よくみるとむき出しなった手やハーフパンツからのぞく足にはしっかり筋肉がついて体を鍛えてあるのが分かった。立ち姿勢もしっかりしていて、アスリート風だ。

しかし、地の精霊人のフェルの強さも大概なもんで、俺が男でも負けそうなんだが、それより強靭なのか。信じられんぞ


「確かに言われてみると、鍛えてる感じだな」


「はい。ずっと自分でいろいろと訓練してたんですけど。

最近はディートさんのやり方を人に聞いて……一人でやってました」


なるほど。

飛行船ギルドを通じた騎士の乗り手のトレーニングはまだ続いているし、そこから卒業していった奴もいる。トレーニング方法が知られていても不思議じゃない。

アレッタが目を伏せる。


「……卑怯だと思いますか?やり方を盗んだって」


「いや、全然」


俺の言葉を聞いたアレッタが驚いたような顔をする。


まあこの世界は独自のやりかたは秘伝にするものなのかもしれないが。

皆に教えた時点で秘密する気がないし、隠してもスポーツの世界では技術的なノウハウは真似されるもんだ。それによって全体のレベルが上がっていく。これはどうにもならない必然だと思ってる。

それに、元レーサーの感覚からすれば、ライバルの工房にスパイを送り込むとか、騎士を買って分解して解析とかしてないだけ、この世界は良心的だと思う。レースの世界はもっとえげつない。


このトレーニング方法は海賊に伝わっている可能性もあるが、これも正直どうにもならないと思っている。

ただ、海賊が体を鍛えるために地味なラントレとかやってるんならそれはそれで面白い。怠惰、無法な生活の為に勤勉に努力するってわけだ。


「あの……よかったら、風精ヴァーユをご覧になりますか?」


アレッタが口を開く。意外なオファーに驚いた。


「いいのか?」


「ディートさんのやり方を知って練習してきましたので。

わたしだけが秘密にしておくのってちょっと……」


正直、教えてもらっても今から震電を改造できるわけじゃないが。

一人の乗り手として独自の思想で作られた騎士ってのは興味があった。


「じゃあ、ありがたく見せてもらうかな」


---


駐機姿勢でおかれた騎士達の真ん中の目立つ場所に風精ヴァーユは置いてある。

チャンピオンの搭乗機なんだから、そりゃ目立つ場所に置くのは当たり前だな。

風精ヴァーユの周りには40歳くらいのやせた男と、若い男が3人いて何か話している。多分工房の主とその弟子ってところだろう。


「叔父さん……」


アレッタが声をかけると、男が振り向いた。


フローレンスの工房の職人は、ガルニデ親方も含めていかにも現場の人間です、って感じのごっつい人が多いが、この男は違った。痩せた体に工具が似合わない細い指。片眼鏡をかけているのは目が悪いんだろうか。アレッタと似た紺色の長く伸ばした髪を後ろで束ねている。

どちらかというと学者然とした感じで、現場でハンマーをふるったりしている感じではないな。


「どうした?」


「あの……この人にコクピットを見せてあげたいの……」


「おいおい……アレッタ、何を言ってる。そもそも誰だ、この女は」


男がアレッタを見た後に、此方を見る。ライバルに手の内を見せてどうするんだ、という視線だ。

まあどちらかというと、彼女のオファーが破格すぎるわけで、見せたくないと考える方が正常な考えだとは思うが。


「……お願い……叔父さん」


アレッタが頼むと、男が少し考え込むそぶりを見せる。


「ふむ……まあお前が言うなら仕方ないな。それに今から真似ができるわけでもないか」


男がやれやれという顔をして道を開けてくれた。


「早めに済ませてくれよ。明日のこともある」


「はい。叔父さん」


アレッタが風精ヴァーユに取り付けられたタラップの方に歩いていく。俺もそれに続いた。


「私のお母さんのお兄さんなんです。シンクレア工房のグレミオ叔父さん。風精ヴァーユの設計者です」


タラップを上がりながら説明してくれる。


「お父さんとかお母さんはどうしたんだ?」


「お父さんは護衛船員で、お母さんは工房で働いてました。

でももういないんです。飛行船の事故で……」


嫌なことを言わせてしまった。

聞くべきではなかった、というより、さっきの場にそれらしき人がいない時点で察するべきだった。


「……ごめん」


「いえ、いいんです」


アレッタが、コクピットが装甲とキャノピーを開ける。

キャノピーはガラスの面が広く、装甲も控えめだ。これは防御より視界の確保を優先しているんだろうか。


コクピットは震電とかなり違っていた。

震電との最大の違いは右手の制御レバーがないことだ。そのかわりに、中央に戦闘機の操縦桿のようなものがある。

左足の姿勢制御ペダルもないように見える。


「機体の操作はその操縦桿でやるんです。右足で加速、左足で減速です」


なるほど。右手の操作を無くし、つまり右手の武装による攻撃を放棄して機体の操作を手でやるわけか。

ラインどり、というか姿勢制御は手でやるほうが正確に行えることは間違いない。

というか、慣れてはきたが、左足での姿勢制御は単純に難しいこともあるし、脚にかなり負担がかかる。長期戦になると足がつりそうになったこともあったしな。


もちろん手で操縦できれば一番いいし、そんなことはおそらく誰もがわかっている。

ただ、騎士は戦闘を行うものだし、そうなると左右の腕の武装を操作するために左右の手を使わざるを得ない。結果、足で姿勢制御操作することになってしまう。乗り手に三本目の腕があればいいんだがな。

操縦と攻撃を切り離した複座が実は理想なのかもしれない。


「一応左はシールドとカノンです。でもほとんど撃ったことは無いですけど」


シートや左手の操縦レバーは震電と同じような感じだ。

ただ、シートを押してみると震電の堅いシートとは違い少し柔らかめで反発力のある素材を使っているようだ。よく見ると、シートの裏にはサスペンションのような硬いスプリングが仕込まれている。

長時間飛ぶことを前提にして、乗り手の負担をへらすためか。細かいところまで手が込んでいて工夫が凝らされている。大したもんだ。


「ありがとう。いいものを見せてもらったよ」


操縦性を優先し攻撃力を放棄した完全なるレース特化型。確かに他の騎士とは一線を画す作りだな。

此処まで辿り着くまでには相当の試行錯誤をしただろう。


「あたし……飛ぶ以外は何もできないんです。

剣や魔法がつかえるわけでもないし、頭がいいわけでもないし、顔もこんなので……」


アル坊やと同じくらいの年頃ですでに親を亡くしているのだ。

色々と苦労したんだろうなというのは想像に難くない。


「でも風精ヴァーユに乗っていれば、役に立てるんです。

叔父さんも……きっとお母さんもお父さんも喜んでくれるって」


「そっか……」


俺は突き詰めれば自分の為に飛んでいる部分がある。

だけどこの子は他人の為に飛ぶわけか。自分以外の物の為に体を張る、こういう相手は手ごわいことが多い。


「……かばってくれてすごく嬉しかったです……でも」


顔を上げてこちらを見る。前髪で目は隠れているが、強い目線を感じる。


「……負けません」


決意を感じる言葉。最初の弱弱しいイメージはまったくなかった。

一瞬背筋が震えるが。こういう相手と戦うためにこのレースに参加するんだ。王者が強そうでむしろうれしくなる。


「望むところだ。正々堂々と戦おうぜ」


「はい」


アレッタがぺこりと頭を下げる。


「じゃ、私もう行きますね」


アレッタがくるりと身をひるがえして、グレミオさんの方に歩いて行った。


「せっかくだから前夜祭を楽しめばいいんじゃないか?」


「明日から開幕ですし、お酒を飲むと体に差し障りますから」


プロのレーサーみたいな発言だ。意識の高さに感心した。

俺も飲んでる場合じゃないな。


---


アレッタが向こうに行ってしまったし、言われてみればレース前夜に深酒なんて言語道断だ。

まわりはまだ賑やかだが、そろそろ帰るほうがいいか。

ローディやフェルを探してあたりを見渡す。と、その時。


「失礼。君がディートレアかな」


きょろきょろしていたら後ろから声をかけられた。


振り向くと立っていたのは、40歳くらい感じの男だった。

鍛え上げたという感じの姿勢のいい長身の男だ。短く刈り込まれた灰色の髪と無精ひげが何とも精悍な印象を与えてくる。服装もきちんとした正装で、隙が無い。

地球でなんどかこういう感じのドライバーを見たことがある。年をとっても意気軒高、百戦錬磨のトップレーサーの雰囲気だ。

グレゴリーも乗り手としてのキャリアは長いが、身にまとっている雰囲気は違う。同じベテランでも、グレゴリーはチームの纏め役という感じで、こっちは孤高のベテランって感じだ。


「そうですけど、あなたは?」


年上だから、というのもあるが、雰囲気に押されてなんとなく敬語になってしまう。


「失礼した。

私はマリク・ウィンズロウ。今大会の参加者だ。普段は傭兵をしている。

騎士団の討伐に民間から加わって名を上げた君にぜひ会いたくてね」


低めの渋い声だ。落ち着いた口調が余裕を感じさせる。


「それはどうも。ディートレア・ヨシュアです」


「名高い震電はあれかな?」


マリクと名乗った乗り手が震電を指さす。


「ええ、そうです。

ただ、今回は少しメイロードラップ仕様に変えたんで、二刀流じゃないですけどね」


「それは残念だ。万全の君と矛を交えたかったのだがね」


少し残念そうにマリク氏が言う。


「じゃあ、あなたはメイロードラップ用に機体の仕様変更とかはしなかったんですか?」


俺としても心情的にはあまりセッティングはいじりたくない気持ちもあった。

ただ、ルールを考えるといつもの接近戦特化の武装はほとんどメリットがない。ルールに合わせてセッティングを変えるのは当然ではある。


「私は今回は提供された機体での参加なのだ。傭兵という立場なのでね」


「え?自分の騎士じゃないんですか?」


もちろん試乗はしてきているにせよ、不慣れな機体でこのレースに挑むってことなんだろうか。


「その通り。あれが今回の我が愛機、槍騎兵ランツィラーだ」


指さした先には置いてあった騎士はオーソドックスなサイズの騎士だ。震電よりは少し大きい。

目を引くのは左手に装備された盾だ。珍しい物理的な盾で、肩まで伸びるほど長い。

右手にはカノン。それに近接戦用なのか、親指の付け根というか手首の裏側に大きめの爪が取り付けられている

サイズ自体はさほど違わないが、盾のお陰で随分重々しく見える


「随分重たげですね」


こっちの世界に来てからいろんな騎士を見てきた。

俺はこの世界の歴史にはそこまで詳しくはないが、エーテル系の武装が普及するのに伴って、物理的な武器や盾は重量の関係もありほとんどなくなった、と聞いている。


実際に物理的な剣や盾を見たことはほとんどない。

物理的な剣はシスティーナの蛇使いサーペンタリウスくらいか。物理的な盾は練習機以外ではみたことがない。

左に重い盾を持つとバランスが崩れて操作が難しそうだ。


「まあ今回の騎士はこれなのでね。私はこれを乗る。それが仕事だ」


マリク氏が当然といった感じでいう。

こともなげに言っているが、それは簡単な事じゃないと思うんだが。


「できればスタート前に君に会っておきたかった。会えてよかったよ。

では、明日からはお互いよい戦いをしよう」


「ええ。此方こそ。よろしくお願いします」


礼儀正しく騎士の挨拶をしてマリク氏が槍騎兵ランツィラーの方に歩いて行った。


「……注意してください、姉御。かなりの強者ですよ」


いつの間にかグレゴリーが近くに来ていた。ローディとフェルも一緒だ。


「確かメイロードラップの順位はそこまで高くなかったはずだがな。

去年は3機も戦闘不能にしている武闘派タイプだぜ」


「護衛騎士としてもかなり名が知られてます。商会の専属になるのを断ってる変わり種ですぜ」


「……そうだろうな」


レースの世界では、車はチームが持っていて、ドライバーはそれを乗りこなすことになる。

しかしこっちでは商会が機体を所有していても、騎士はほぼ専属だ。傭兵のように商会を渡り歩くタイプの乗り手も大抵は自前の機体を持っている。

つまり、騎士を乗り換える、ということはほとんどないと言っていい。


その中で、身一つであちこちの商会を渡り歩くってことは、どんな騎士でも相応に乗りこなせるスキルが無くてはいけない。しかも、所有者である商会が、大事な騎士を任せていい、と思うレベルで乗れる、ということだ。尋常じゃない腕だろう。


まあ、しかし、難敵ぞろいの様で、楽しみになってきた。

順位を上げることに興味がないとは言わないが、まずは強敵と戦うことが参加の目的なのだから。



次からレース開幕です。

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