開幕前夜
書きあがっていたのに、なろうが全然つながらなくて難儀してました。
昨日の夜もつながらなかったけど、クラッキングでもされてるの?
メイロードラップがフローレンスの一大イベントであることは開催日が近づくにつれてわかってきた。
レース当日の2週間前から港湾地区を中心に、騎士団や騎士をモチーフにした刺繍が施された旗が飾られていった。食事をしに行っても、話題に上ることが多い。優勝者を予想する賭けもあるようだ。
この辺の浮足立った感じは、地球のお祭りの前に似ている。
ちなみに残念ながらローディは参加できなかった。あまり近い関係者は出れないのだそうだ。
八百長対策としては当然なんだが、案外徹底している。過去になにかあったのかもな。
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メイロードラップの開催日の前日は開会式が行われる。
開会式は夕方から始まり、夜からは前夜祭になるのだそうだ。
開会式の日は選手はいくつかの天幕の中で待機するように言われていたので、俺もそうしている。要は控室ってわけだ。
広めの天幕の真ん中には机が置かれ、その上には水差しとグラスが置かれている。
俺のいる天幕には俺以外に5人いた。全員男で30前後ってところか。
一人は騎士団の制服を着ているので騎士団団員、他は護衛騎士とかだろう。全員知らない顔だ。
俺は一人女なので目立っていて、ちらちらとこっちを見る視線を感じる。
自分で言うのもなんだが色々とこの数カ月で名前が売れたので、向うは俺のことを知っている、と思う。
しかし、改めて考えると、俺は横のつながりともいうか、乗り手同士のつながりが薄い気がする。
レーサーというかドライバー関連というのは広いようで狭い業界だったから、あるドライバーと同じチームにいて、その翌年は別のチーム同士で競争し、ということも珍しくなかった。なので、必然的に横のつながりは広がっていく。
だけど、こっちでは護衛騎士でどこかの商会の専属になると、同業者とのつながりってのは薄くなってしまう、というか顔を合わせる機会があまりない。
俺は飛行船ギルドの関係で若手の訓練とかもするし騎士団の団員にもそれなりに知り合いはできたが、現役の護衛騎士と知り合う機会はあんまりない。
なくても仕事に支障はないが。それはそれでなんか物寂しいものはある。
誰かに声でもかけてみるか、と思ったその時
「ディートさん……ですか?」
声を掛けられた。
振り返ると、俺の後ろに立っていたのは小柄な女の子だった。
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船員が着ているような地味な服装。マッシュルームカットのようなくすんだ紺色っぽいの短めの髪。前髪がちょっと長くてうつむき加減で顔が見えにくい。
今の俺は外見19歳だがそれよりも若いのは確かだ。アル坊やと同じくらいだろうか
「ああ、そうだけど。君も参加者?」
正直言って小柄で細身でとても乗り手には見えないが……ここにいるってことは参加者、というか選手なんだろう。
周りの乗り手たちがこちらを見てひそひそと話している。
「はい。
海賊との戦いで名を挙げた方が参加されるって聞きまして。とっても速く飛ぶって聞いて……お会いしたかったんです」
か細い声でちょっと聞きとりにくい。
「へえ。それは嬉しいな。俺はディートレア・ヨシュア。君は?」
「はい……私は……」
「姉御、そろそろ式が始まりますよ。来てください」
そのときグレゴリーが天幕の入り口から顔をのぞかせて声をかけてきた。その女の子がぺこりと頭を下げて小走りに去っていく。
すれ違ったグレゴリーが驚いたような顔を表情を浮かべた。
「……姉御、あの人と何の話を?」
「いや、声を掛けられただけで、まだなにも話してない。
参加者らしいけど、あんなに小さくて細くて大丈夫なのかね」
この点については余り俺も人のことは言えないんだが。
グレゴリーが頭を抱えている。どうも有名人らしいということは分かった。
「……開会式に出ましょう。見ればわかります」
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開会式は控室用の天幕からほど近い、広場でやることになっていた。団員が俺たちをそこまで案内してくれた。
広場には簡易スタンドのようなものが立てられていて観客が座っている。俺たち選手が会場に入ると拍手で出迎えられた。オリンピックの開会式気分だ、規模はだいぶ小さいが。
改めてみると、参加者は30人ほどだろうか。
周りを見回すが、さっきの女の子はいなかった。
ここに居ないってことは……まさかとは思うが。うーん。
考え込んでいると、ざわついていた客席から大きな歓声が上がった。
会場にトリスタン公が入ってきていた。いつも通りパーシヴァル公とイングリッド嬢が付き従っている。その後ろから旗を持った騎士団員が入ってきた。
トリスタン公が中央に置かれた演台に上り、騎士団員たちがその左右に列を作り旗を高く掲げる。
台の上でトリスタン公が手を掲げると、会場が静まり返った。相変わらず場を仕切る雰囲気がある。
「諸君、今年も我がメイロードラップに参加してくれたこと嬉しく思う」
いつも通り威厳のある声だ。そういえば直接顔を見るのも久しぶりな気がする。
「より速く、より強き乗り手に栄光は与えられる。
今年もルールに変更はない。
攻撃は自由だ。ただし意図的な撃墜は許さない。
コース取りは自由。旗門は8か所。日程は3日間だ」
攻撃自由、コース取り自由。改めて聞くと大概無茶なレースだ。
話を聞いてみるとやはり毎年少なからず死者はでているらしい。意図的な撃墜は許さない、という規制があるにしても、カノンがコクピットに直撃すれば無事では済まない。
こういう競技だしアクシデントは付き物で、参加者もその覚悟をしておくしかないってことだろう。レースだって安全対策はされているが、それでもクラッシュで死人が出ることもある。
「言うまでもないが騎士の名誉を汚すような真似は許さん。正々堂々と戦い栄光を勝ち取ってくれ。
では、昨年の勝者から旗を返還してもらおう」
控えていた楽団がファンファーレを吹き鳴らす。また歓声が上がった。
部隊の袖、ともいうべきところから赤い騎士団の紋章が刺繍された旗を携えて壇上に上がったのは。ひょっとしたらとは思ってはいたが、紺色の髪と小柄な体のさっきの女の子だった。
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開会式が終わった後は別の広場で軽食と酒が出る前夜祭になった。
会場は海賊討伐の祝勝会が行われた港湾地区の大きな広場だ。広場には参加者の騎士が駐機姿勢で並べられている。
ここは参加者やその付き添いとかの関係者だけだが、広場の周りでは騎士団が手配したらしい酒や料理がふるまわれて、市民も普通に飲み食いできるらしい。太っ腹だな。
広場には周りには参加者の騎士がしゃがんだ姿勢で置かれている。震電も勿論居る。
それぞれの騎士にはロープが張られて、騎士団員が張り付いていた。細工はできないように、ということだろう。メイロード家が仕切るレース、騎士の乗り手の名誉をかけたレースである以上、インチキは許さないってわけだ。
俺の周りにはローディとフェル、グレッグがいる。アル坊やは残念ながら今日は仕事だ。
「あの子がチャンピオンなんだな」
「チャンピオンって何ですか、姉御」
グレゴリーが聞き返してくる。
「ああ。優勝者ってことさ」
「そうですね。アレッタ・コンスタンティン。
3年前にエントリーしてその年2位、一昨年と去年は圧勝で優勝です
ついたあだ名が、最速の者」
ぶっちぎりの2連覇中か。それはスゴイ。というか見かけによらないな。
連続して勝ち続けるのはそれだけで十分にすごいことだ。圧倒的な実力があってもトラブルは避けられない。
それに、まわりもチャンピオン相手に対策を練り研究してくる。それを跳ね超えて勝ち切るのは尋常じゃない。
ただ、一つ疑問がある。
「……それだけ強ければ護衛騎士とかとして引く手あまただろうに。
でもあまり聞かない名前だよな」
前年度のチャンピオンだというのに周りを囲む人もなく、工房関係者らしき人と4人で隅の方で軽い食事をつまんでいる、という感じだ。
二年連続の王者なのに、周りの乗り手や工房関係者は遠巻きにちらちら見たり、ひそひそ話をしているだけだ。
孤高のチャンピオン、というならわかるが、そういう感じでもないし、絶対王者を囲む空気としては何とも微妙だ。
「それにはいろんな事情があるんだよ。ディートちゃん」
「久しぶりです、サー」
俺のつぶやきに誰かが声をかけてきた。振り向くとそこに居たのは、こちらも久々のバートラムとジョルナだった。ホルストとの戦いで二次包囲網で会って以来だな。
バートラムは最初にあった時のチャラい感じに戻っている。戦いの後に俺に食って掛かったのとどっちが本性なんだろう。
ジョルナは前に会った時と変わらず、いかにも人のよさそうな笑顔を浮かべている。一つ変わったところは、ジョルナの制服のライニングが赤になっていたことだ。
「お、最近は訓練に出てこないと思ったら、第一騎乗昇格か?」
「はい。おかげさまで。今はバートラム隊長の旗下です。今回は空域守護役です」
「うちの期待の星さ。君が鍛えただけあるね」
バートラムがまたもなれなれしく肩を抱いてくる。フェルの目線がちょっと怖い。
「そういえば謝らないといけないと思ってたんだよ。
前に合ったときは頭に血が上っちゃって悪いことしたね」
あいかわらずにこやかな顔だが目線は隙が無い。チャラいのは演技だろうな。
「いえ、気にしてませんから。それよりも……」
事情ってのはなんだろうか。
「ああ、あの子の騎士はメイロードラップに特化しているのさ。
通常の戦闘はほとんどできないんだ」
「通常の戦闘はできないってのは?」
「あの騎士、風精は武装がほとんどないんだ。
去年と同じなら左腕のシールド転換型カノンだけじゃないかな。装甲も薄めでね。
かわりに機動力は最高レベルだ。震電より速いと思うよ」
バートラムが説明してくれる。なるほど。完全なレーサータイプってわけか。
風精と呼ばれた騎士は、確かにラインが細目で全体的に小柄な機体だった。震電も少し小型だが、それより小さい。翼が大きめなのも共通している。
機体全体に青のライニングが施されていてなかなかに格好いい。騎士はどちらかというと実用一点張りで、装飾なんてないのが多いが、飾りが多いのもどことなくレーシングカー風だ。
「メイロードラップは騎士の乗り手の総合力を試すものなんだ。
つまり速さだけではなく戦いも含めてね」
「要するに戦闘を完全に避けるんです。そしてコース取りとスピードで逃げ切ってしまうんですね」
ジョルナが補足してくれた。
「で、まあ、そういうのはメイロードラップの趣旨に反するんじゃないかって声もあるってことさ。
俺個人としてもあまり気に入らないってのが本音だね」
「このレースに勝つことは工房関係者でも名誉なんです。
だから彼女の勝ちにはいろいろと言われたりすることもあるんですよ」
「どう思う?ディートちゃん」
バートラムが聞いてくる。
まあ騎士の乗り手は戦うのが仕事だ。騎士の乗り手の力を試す競技、というならその意見は分からなくもないが。
「……別にいいんじゃないですか、なにも卑怯なことはしてないでしょう」
レーサーの感覚から言わせてもらうとレギュレーションの範囲内での工夫なんだから何の問題もない。
レギュレーションの裏を突くような姑息な手を使ってるわけでもない。
堂々とスピード勝負でぶっちぎってるんなら何の問題もない。
「へえ。君みたいな攻撃的な乗り手がそういう風に言うなんて、意外だね」
バートラムが驚いたような顔をする。
確かに騎士の乗り手という立場なら偏り過ぎたセッティングだなとは思う。だがレーサーとしてはまた話が違う。
「スピードの代わりに武装は貧弱なんでしょう。
なら自慢の武装でスタート直後に落としてしまえばいいだけですよ。
同じようなスピード重視の騎士を組んでもいいわけですし」
ただ、同じ騎士に乗っても乗れるかは分からない。速く飛べる機体はそれだけ扱いも難しいし、体にも負担がかかる。
性能がよくても、それを引き出せなければ話にならない。
「あの子が勝ってるのはあの子が強いからだと思いますよ。
そうじゃないといいたいなら、自分の騎士で勝つしかないです」
実戦では手段を択ばず最後まで生き残った者が勝ったものが強い、となるかもしれない。
だがレギュレーションのあるレースでは、そのレギュレーション内で勝った奴が強者だ。
メイロードラップの勝者は戦闘能力もあるべきだ、というならば、そのスタイルで王者になるしかないと思う。
不安定な投稿ペースになってますが、引き続きお付き合いいただけると幸いです。




