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メイロードラップ

スポーツではゾーンに入るって言葉がある。今日の模擬戦のローディはまさにそんな感じだった。


「どうした、姉さんよぉ!全然当たらないぜ!」


俺の撃つカノンの弾をことごとくかわしていく。しかも際どいところではなく悠々と。

普段の動きより数段鋭い。


「このクソガキャぁ」


震電にはカノンは装備されていない。

震電はあくまで近距離戦専用機で、俺がカノンを撃つのはローディやグレゴリーと練習機で模擬戦をするときだけだ。

一方で、ローディのフレアブラスは汎用機だからカノンも持っている。

訓練の時、実戦の時と両方使っているのだからカノンの打ち合いで分が悪いのは分かっていたが、これほど当たらないのは初めてだ


「動きが見え見えだぜ!」


距離を詰めようにも、此方の動きを察したかのように的確にカノンを撃ってくる。スピードに乗せるラインをふさがれてはなかなか切り込めない。

高機動を活かして距離を詰めることが前提の設計である震電と練習機では、そもそも加速性能や限界スピードにかなり差がある。

震電ならシールドを構えて強引に加速、切り込んで距離を潰すこともできるが、練習機ではそこまではできない。

直線的に押すのは無理だ。いったん右に大きく振って回り込みつつ加速を狙う。


「そこだ、おらぁ!」


「マジか?」


が、その動きを読み切られた。

こちらの軌道に重ねるようにカノンの弾が飛んでくる。慌てて左手のレバーを上げて盾を構えた。

盾に立て続けにカノンの弾が当たり、機体が大きく傾ぐ。コクピットが大きく揺れる。

震電ならすぐに立て直せたかもしれないが、練習機では無理だった。

体勢を立て直すまでに数秒のロスが出てしまう。致命的。


「くそっ」


「終わりだぜ!!」


コミュニケーターからローディの声が聞こえると同時に、機体が大きく揺れて吹き飛ばされた。


「くそったれがぁ!」


追撃をくらった。ぐるぐるとコクピットが回る。

左足の姿勢制御と右足のアクセルを操作する。ウイングからエーテルが噴き出し、雲海すれすれでかろうじて立ち直ったが。


「勝負あり!そこまで」


アル坊やの、ちょっと驚いたような声がコミュニケーターから響いた。


……待ってくれ、まだやれる……という言葉は言わなかった。

俺にも矜持ってもんがある。システィーナじゃないが、負けを認めないのは無様だ。

しかし……


「どうだ、おらぁ!炎の王ロードオブフレイムの力、思い知ったかぁ」


アル坊やの声に続いてローディの勝鬨が聞こえてきたが、正直ショックで言い返す気力もなかった。


---


「よくやったな、ローディ。姉御に土をつけるとはやるじゃないか」


「まあこの俺様なら時間の問題だったがな、グレゴリーさんよ、次はお前がやる番だぜ」


ローディとグレゴリーが二人がハイタッチしている。俺はその横でどんよりしていた。

まさか……この俺が。


「どうだ、オイ、ディート。俺の強さはよ」


「……」


「昨日までの俺じゃないぜ、どうだ?」


「……」


「……てめえ、おれに負けたのがそんなに残念なのかよ!相変わらず腹たつ奴だな、おい」


黙って沈んでる俺にローディが怒鳴る。というか少しくらい落ち込ませろ。


「……そりゃお前、弟子にやられれば悔しいにきまってんだろ」


ローディの調子は間違いなくよかったと思うが、俺も悪くはなかった。その状態で負けたのは正直言ってショックだ。

もちろん通算成績では大幅な勝ち越し、というより負けたのは今日が初めてってレベルではあるんだが、それでも俺としては痛恨の一敗だった。


「俺がいつお前に弟子になったんだよ」


「弟子だろ、どう考えても。それ以外だと、じゃあなんだ?」


俺の問いかけにローディが胸を反らす。


「ふん。ライバルだろ。当たり前だ」


ライバルと来たか……お前を鍛えてやったのは誰だと思っている……と言いたいところだが、まあその辺の認識の差は置いておこう。


ローディ、グレゴリーは二人とも確かにかなり強くなった。

基礎トレをこなして体力がついたのと、耐Gの適応が進んで騎士の機動力を引き出せるようになったのが大きい。


ローディのフレアブラスは汎用機という難しい扱いタイプではあるが、武器の切替や距離の詰め方や離し方の決断が速い。

時に裏目に出ることもあるが。思い切りの良さが強さにつながっている。拙速は遅巧に勝る、という言葉もあるので今はこれでいい。それは俺も大いに認める所だ。


たまに海賊の騎士が強襲をかけてくるときもあるが、グレゴリーが牽制、ローディが前衛で追い払ってしまって、俺の出番がないことも最近はある。

そう、強くなったのだ。だが、さすがに力負けするのはもう少し先だと思っていた。ショックだ。


「……いや、姉御、こういうときもありますよ。

姉御だって調子が悪い時くらいあるじゃないですか」


あいにく調子は悪くなかったんだ。

グレゴリーが慰めてくれるのはわかるが、正直今は立ち直れなかった。


---


思うに。

今のおれに必要なのは目標だ。そして出来れば格上のマッチアップ相手だ。


テストドライバーをしているときは、周りは俺より格上がほとんどだった。レギュラーシートを取るためには、目標となる先輩のドライバーに競り勝たなくてはいけなかった。

周りには俺と同じような立場のテスト生がいて、そいつらとの競争に負ければチームから放出されることもあった。

なかなかレギュラーシートを取るまではいかなかったが、格上を追いかけ、周りと競い合いながら強くなってきたと思う。


それがいまはどうだ。

不動のレギュラーシートともいうべき専用機の震電を与えられた。

騎士団からもそれなりに認められ、騎士団員や乗り手候補のトレーニングのコーチ役もやっている。レギュラーシート。名誉。求めていたものを得たことは間違いない。最高に恵まれた、幸せな立場だ。

だが、この恵まれた環境が俺の今のヌルさになっているんじゃないだろうか。


俺がグレゴリーくらいの年になったら、後進を育てて、負けてもその成長を喜ぶこともできるかもしれない。

が、今は無理だ。俺はまだ強くなれる、早くなれる。停滞はできない。負けてまあいいかとはできない。


と言っても、格上のマッチアップ相手なんてそう転がっているわけはない。

トレーニングの相手として一番いいのは……おそらくシスティーナなんだが、海賊相手にトレーニングなんてできるわけもない。

そもそも連絡をつける手段がない上に、仮にとれたとしても殺し合いになりかねない。


現実的には騎士団当たりに頼んで六騎隊長クラスとトレーニングしたいが、あのレベルになるといろいろと忙しいらしくこっちの都合で訓練につきあってもらうというのも難しい。

バートラムに頼めば相手してくれるだろうか……


「何か目標がないとだめだな……」


「目標ですか?」


俺のつぶやきに、グレゴリーが聞き返してくる


「ああ。どうも最近は実戦で戦うことも少なくなっちまったし、緊張感が無さすぎる。

つっても海賊に喧嘩売りに行くわけにもいかないしな」


暫く考え込んだグレゴリーが口を開いた。


「姉御、じゃあメイロードラップに参加されてはどうです?」


「メイロードラップってなんだ?」


トリスタン公の家がからむイベントなのは分かるが。


「メイロード家が主催する騎士の速度と戦闘力を競う競技ですよ。

期間3日間で規定時間以内に特定の場所を通過してゴールを目指すってやつですね。

参加者への攻撃も自由ですが、威力に制限が付きます。故意の撃墜も禁止です」


なるほど。

コース取り自由で制限時間内にチェックポイントをくぐる、というのは、聞いている限りではサファリラリーとかの耐久レースのような感じだ。

攻撃自由ってあたりは耐久レースどころじゃない過激さだが。


「レベルは高いのか?」


「当たり前だろ。これに優勝するのはフローレンスの騎士の乗り手としては最高の名誉なんだぜ。

参加者は名うての護衛騎士や傭兵、騎士団のメンバーばかりだ。

かなりのハードさだぜ」


今度はローディが教えてくれる。

こんな下手すれば死にかねない無茶なルールの競技だってのに、それでも参加者が多いってのは、確かに勝てれば相当な名誉なんだろう。参加者のレベルも相応に高そうだ。

これは面白そうだ。最高の参加者と競う、最高レベルのレースか。

俄然やる気が出てきた。


「それはいつだ?今から参加できるのか?」


「たしか1か月後に開催だったかと思います。

まだ参加できますし、姉御なら騎士団へのコネもあるんですから出れるでしょう」


言われてみれば確かにそうだ。


「よし。俺は出る。グレゴリー、お前はどうする」


「俺程度じゃ無理ですぜ、姉御。参加者には審査があるんですよ」


グレゴリーが手を顔の前で振る。

こいつもかなり速くなったと思うんで、出てみればいいのにと思う。


「俺は出るぜ!そのレースで俺がお前を超えたら、俺を認めろよ」


ローディは意気軒昂だ。


「ああ、いいぜ。俺を超えてみな」


「見てやがれ。今度こそは俺を認めさせてやる」


総合力が問われるレースのようだし、これで負けるようでは弟子どころかライバルと言われても仕方ないな。


---


目標が決まるとテンションもあがる。

アル坊やも特に問題なくOKを出してくれたので、翌日に騎士団の詰め所に行って即エントリーを済ませた。


かなりの距離を飛ぶことになるから、最低限の方位の掴み方くらいは理解しておかなくてはいけない。今までの俺にはあまり必要はなかったが。

コースには騎士団の騎士が監視役兼ナビゲーターとしてついていてくれるから、迷子になる可能性は低いらしい。それでもショートカットルートを飛んだりすることもあり得る。

道に迷うのはあまりにも情けないし、勝ちに行くならタイムロスになる。


レーサー時代にもいろんな本を読んだり車体の仕組みを学んだりした。

レーサーはただ運転が上手ければいいってもんじゃないし、テストドライバーである以上、車体構造に無知では話にならなかった。

そんなわけで、俺は実は勉強には慣れっこだ。


幸い、飛行船で待機する間に時間はたっぷりある。

しかも船員が補助についてくれるのだ。本職から直接レクチャーを受けれるのは都合がいい。

太陽や月と時計で方向を確かめる方法や、スピードから位置を推測する方法、覚えることは多い。

最近は海賊の襲撃もなく、夜はただただ退屈な時間が流れるだけだったので、船員たちも喜んで教えてくれた。


---


最後の詰めは機体セットアップだ。

普段の海賊との戦闘ならともかく、今回はレースという特殊な状況での戦いになる。

それに、普段は遠距離の敵にはグレゴリーが仕掛けてくれるが、今回は単独だ。

ここはやはり専門家の意見が聞きたい。ということで、久々にレストレイア工房に顔を出した。


「ほう。メイロードラップに出るのか。お前さんならそれなりにいい線行くかもしれんな」


ガルニデ親方が言う。

久々に会うが、相変わらず油まみれの現場の技術屋、といった風情だ。

俺が言うのもなんだが、震電が活躍したのでレストレイア工房も仕事が増えたらしい。

そこで誰かに任せる、ではなくあくまで自分で最前線に立とうとするあたりは、職人魂を感じる所だ。


「優勝狙ってるんですけどね、俺としては」


「……うーむ。お前さんの腕は認めるがな。

初参加で優勝はフローレンスの歴史で過去に例がないんじゃ。難しいぞ」


「じゃあ俺が歴史に名を刻んで見せますよ。

っていう話はおいておきまして、震電をこのままの仕様にして出ていいんですかね」


震電は完全な近距離特化タイプだ。

機動力については負けない自信はある。ただ、参加者同士の戦闘もOKのレースでこの仕様でいいのかは疑問だ。


「……まあ最低限の飛び道具は有った方がいいじゃろうな。

左右のブレード転換型シールドをカノン転換型に切り替えるのがよいじゃろう。

消耗は激しくなるがな」


やはりそうなるか。

飛び道具一切なしというのが結構リスキーなのは、システィーナのスカーレットと戦った時に身に染みた。

俺の技術で当てれるか、という問題はあるが、ないよりはいいだろう。


「じゃあ、左手をそうしてくれます?」


「ふむ。両手の方がいいと思うがな。

確かにメイロードラップは戦闘はあるが、海賊と戦うのとはわけが違う。

知っての通り近接戦はリスクが高いから、そうは発生せん。ブレードはあまり意味がないと思うぞ」


「信頼できる武器はやっぱりほしいんですよ」


これはどちらかというと気分の問題だ。

抜き差しならない展開もないとは言えない。いざというときに頼れるのは使いなれた道具だと思う。


「なるほどの。まあそれもそうかもしれんな。

なら大会の直前になったら切り替えてやる」


武装はエントリー間際に左手のブレード転換型シールドをカノンに切り替えてもらうことになった。

これで準備は万端。あとはレース当日を待つだけだな。










しばらく休んでいた関係で更新が安定しなそうなんですが、なるべく早めに日曜ごとのペースに戻したいと思ってます。

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