思いを伝えあうということ
ここまでのクオリティを考えると、メインもかなり期待できる。
冷たい水、多分井戸からの汲みたての水とかなんだろうけど、それを飲みながら待っていると、ウェイターが大きめの皿を携えて入ってきた。
テーブルにいかにもステーキ用っぽい、ギザギザしたナイフとフォークをセットしてくれる。
「こちらが本日の古典料理のメインディッシュ。
大角牛のステーキ、芯肉焼きレア仕立てです」
ルービックキューブのようなサイズの正方形のステーキが大きめの皿に鎮座している。
こんな創作料理みたいなのを異世界で見ることになるとは。
ほとんど赤くて生のように見えるが、ステーキと言っていた以上まさか生肉ではあるまい。超レアな焼き方なんだろうか。
ナイフで切って口に入れると、ほとんど生に見えたけどしっかりと火が通っていた。
「肉の塊を焼いてその真ん中だけ取り出したステーキです。
古典料理の看板料理ですよ。食べれてラッキーです」
アル坊やが教えてくれる。
生のようなのに全体にきちんと火が通りほんのりとあったかいのはそういうことか。
しかしなんとも贅沢な肉の使い方だ。
こんなの地球でもあまりお目にかかったことはないぞ。最高級というだけある。
「どうです?美味しいでしょう?」
「すげー美味い。胡椒の味が久しぶりでいいわ」
柔らかい歯ごたえが最高にいいが、岩塩と胡椒の刺激が効いた肉汁とハーブのソースもまた美味い。
それに胡椒の味もなんとも懐かしい。香辛料を味わうのは随分久しぶりな気がする。
「胡椒は魔導士領でしか取れないかなり変わったものですから。
普通のお店じゃまず見かけないですね」
「地球でも、昔は同じ重さの金貨と交換してたくらいだぜ。今はどこでも売ってるけどな」
「そうなんですね、凄いな。僕も一度行ってみたいですよ」
適度に酒も回ってほろ酔い加減、アル坊やもなんとなく嬉しそうだ。
美味しい食事はやっぱり楽しいもんだと思う。
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しばらくしてウェイターが入ってきて、ステーキの皿が運ばれて行った。
部屋をどこかで覗いているんじゃないかってくらいに、きちんと間を取って入ってくるのは大したもんだと思う。
「これで終わりか?」
量もさることながら、ゆっくり食べたせいか結構満足感がある。
「いえ。デザートがありますよ」
水を飲みながら話していると、ウェイターが入ってきた。
「お待たせしました。
本日の締めくくりは、刻み氷、レモンシロップ掛けです」
テーブルに置かれた涼し気な白い皿には、氷の破片のようなものが盛り付けられている。
ウェイターがガラスの水差しのようなものから金色の液体を氷にかけた。
氷がパキパキとちいさな音を立てる。かき氷みたいだな。
「これは?」
「氷室に保存した氷にレモンシロップを掛けたものですね。美味しいですよ」
わりとこってりした料理が続いたのでさっぱりしたデザートは有難い。
しかし、冷凍庫もない世界で氷を使ったデザートが出てくるのは驚きだ。というか値段が怖い。
値札の無い寿司屋で食べているような気分になる。銀座とかの。まあ俺は行ったことは無いんだが。
「……今更聞いてもしょうがないんだが。これってさ、高いんじゃないか?」
「値段を聞くのは野暮ですよディートさん」
アル坊やがいたずらっぽく笑う。
「気にしないで。さ、食べましょう」
アル坊やがスプーンで氷をすくって口に入れ、かき氷を食べた子供の用に口をすぼませる
スプーンですくって、ちょっと大きめの氷を口に入れた。
冷えたさわやかなレモンシロップが、氷の表面で解けかけの氷のような感触で覆っている。
舌に触れる半分溶けたようなシロップのレモンの香りと氷の冷たさがたまらん。
この触感のために氷の破片を大きめにしてあるんだろう。細かい氷にするとシロップが氷を溶かしてしまって単なるかき氷だ。
体温が下がり酒で少しぼんやりした頭がさえる
しかし……
「これ作った奴は俺と同じ転生者じゃないだろうな?」
「……うーん、どうでしょうね。わかりません。
もうフローレンス建国から200年は経ってますから調べるのも無理ですし」
なんというか、あまりにも手間がかかりすぎている気がする。文明レベルを超えてないか?それとも時代を超える料理の大天才だったのか
いずれにせよ、どの材料も希少っぽいし料理も手間のかかるものばかりだ。贅沢極まりない。権力者じゃないとできないレシピだな。
食べ終わったタイミングを見計らったようにウェイターがワゴンを押して部屋に入ってきた。ワゴンには酒瓶とグラスが並べられている。
金のトレイを恭しくアル坊やに差し出す。上には紙が置かれているようだ。
「ほんとに奢りでいいんか?」
「もちろんですよ」
アル坊やが紙にサインしながら言う。
これは請求書にサインしたとかそんな感じなんだろう。
ウェイターが酒瓶とグラスを机に並べて頭を下げて出て行った。
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置かれた酒は好きに飲んでいいということらしい。
アル坊やは細いグラスにいれた白ワインのようなものを飲んでいる。
俺はトリスタン公と一緒に飲んだ、ハーブを効かせた蒸留酒を頂いた。
そういえば、フローレンスでは未成年の飲酒とかの問題はないんだろうか。俺もこの体は19歳だから、日本基準では未成年なんだが。
グラスを半分がた開けたところで、アル坊やが突然口を開いた。
「すみません、ディートさん。ずっと謝らないといけないって思ってました」
何とも藪から棒ないい様だ。アル坊やから謝られるようなことは何もないと思う。
「なにが?」
「……昔、うちの商会にとても優秀な乗り手がいたんです。僕はあまり面識はなかったんですけど。
4年前、彼は別の商会に引き抜かれたんです。うちの報酬よりはるかに高額な報酬で。
アストラの前の乗り手です。ショックを受けてふさぎ込む父のことを今も覚えています」
「そうなのか……?」
騎士の乗り手はそこらに転がってるものじゃない。ましてや腕利きになればなおさらだ。
いきなりエースを引っこ抜かれたようなものだろう。
しかし、なんか唐突な話だが。酔っているんだろうか。まあいいか。黙って聞こう。
「恨んでるのか?」
アル坊やが黙って細いグラスのワインの残りを飲む。
「……あの時は今までずっと一緒に仕事をしてくれたのに、お金でどこかに行ってしまうなんてひどいって思いました」
この辺はアスリートにも通じるものがある。プロへの誠意は契約金で示せってタイプはいる。
俺も昔はそんな奴は金の亡者だとか思ってたもんだが。
ただ、アスリートはどれだけ順調でも怪我をすれば立場が一変する可能性がある。だから現役の内により良い待遇を求めるのはおかしな話じゃない。
自分でプロ契約をして、そして、あっさり契約を切られるという体験も何度もして、その気持ちは分かるようになった。
この世界は回復魔法があるから地球とは事情が違う部分もあるにせよ、スポーツ選手と違って、騎士の乗り手は負けは死につながる。
四肢を失ったりしたとしても、社会保障のシステムも碌にない。より良い報酬を求めるのは当然だろうな。
「でも今はそうは思わないです。
騎士の乗り手は命がけで戦いに挑む。よりいい待遇を求めるのは当たり前だと思います」
アル坊やの言葉に改めて感心した。
俺が16歳の時、もし好きなチームの選手が大金に釣られて移籍したら……俺は多分怒り狂っただろう。
とてもこんな風には到底割り切れない。しかも応援してるチームじゃなくて自分の経営する会社なのだ。
アル坊やがワインを飲む。ペースが早いが大丈夫か?
グラスを持つ手がおぼつかない。目がトロンとしている。
「ディートさんはもっといい待遇で飛べる。名誉だってつかめる。それなのに……」
なんか脈絡のない話だな、と思っていたがそういうことか。
「僕が、クリスがあなたを商会に縛り付けてしまってる。
騎士団に入るなり、傭兵騎士になって名を上げるなり、ディートさんなら何でもできるはずなのに……もっといい報酬を取って……」
そんなことで悩んでいたのか、気にしなくていいのに。
俺にとっては力を発揮できる場所があるのがまず大事で、それに伴う金とか名誉そういうものは副次的なものでしかないんだがな。
だけど、そういう俺の感覚はなかなかつたわりにくい
フェルじゃないが、大事なことは口で伝えないとだめだ。
「……俺が地球でレーサーをやってたのは言ったよな。
俺たちプロレーサーはチームと契約を結んで、チームの車で走るんだ。
ちょうど俺とシュミット商会みたいな関係だな」
アル坊やが黙って聞いている。
「どこのチームに入るかって時にさ、そりゃどれだけ年棒をくれるのか、とかそういうのは考えたよ。
だけど一番大事なのはそうじゃない」
まあ現実では渡り鳥ドライバーとしては選ぶ余地は余りなかったんだが、それは格好悪いから言わないでおこう。
「一番大事なのは、尊敬できるチームと契約できることだと俺は思ってた。
そのチームのためなら力が湧いてくるって感じの相手とな」
完全に金の為に動く選手もいたが、大体のアスリートは愛着あるチームにいたいという気持ちと、いい契約を結びたいの間で揺れていると思う。
実際いろんなスポーツで、巨額の契約を蹴って古巣にとどまるとか、自分の信念であえて条件が良くないところを選ぶ選手はたくさんいた。
「俺が今ここに居て、シュミット家の魔女なんて二つ名を貰って騎士団とともに戦えたのは、お前のお陰さ。
ウンディーネ号での迎撃や、震電を作ってくれたこと。任せてくれたこと、お前が俺を信じてくれたから俺は此処までこれた」
「……」
「アルバート店主、素晴らしい契約と機会を与えてくれて感謝してます。
今後とも宜しくお願いします」
背筋を伸ばして頭を下げる。
「まあそれでも気に病むんなら、シュミット商会をフローレンス屈指の大商会にして、俺にバーンと大金払ってくれよ。
そんときは俺はフローレンス屈指の大商会の護衛騎士隊の団長だ。
な、大出世だろ?」
「そうですね……」
我ながら臭いことを言ってるな。
俺自身、どことなくこいつから大事な恋人を奪ってしまった、という感覚がある。
今の俺は望んでいたものの一部を手に入れて、正直楽しくやっている。
でもこれでいいんだろうか。俺のせいではないし、どうすることもできないが、時々罪悪感はある。
「なあ、お前の側にいていいのか?」
「……勿論ですよ。当たり前じゃないですか」
一瞬口ごもったあたりにいろんな感情が渦巻いた気がいた。
割り切るにはおそらくこの後も長い長い時間が必要だろう。
俺がいる方がいいのか、いない方がいいのか、時々分からなくなる時はある。
だが、コイツがいいというならそばにいよう、と思った。
クリス嬢のためにも。
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路面汽車ではうとうとしていたが、本島へいく汽車に乗ったところで限界が来たらしく、アル坊やは寝てしまった。
エーテル炉は静かだから、線路を走る車輪音と線路が触れ合う金属音と数かな風の音だけが聞こえる。
静かな窓の外は月に照らされた銀の雲海が広がっている。吹きさらしの飛行船の通路から見るのとはまた違う景色だ
今は車内の注目を一身に集めている。
酔ったアル坊やが俺の膝に頭を乗せて寝ている。いわゆる膝枕スタイルだ。
フローレンスではあまり人前ででいちゃちゃするのを見かけないので中々に目立っている。
ほとんど男装に近い姿とはいえ、俺は見た目は女の子だしクリス嬢のルックスは結構いい。それに、一応二つ名を頂く程度には知名度のある騎士の乗り手だ。
アル坊やもひいき目に見てもかなりの美少年だ。ついでに商会の主だしな。
見ている客がひそひそと話をしている。おそらく俺たちのことを知っている奴もいるんだろう。なんか明日以降あらぬ噂が回りそうでアレだが、今日はまあいいか、と思った
「……クリス」
俺の膝に顔を乗せて寝てるアル坊やのつぶやきが聞こえたような気がしたが。
それは聞かなかったことにした。
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「店主、これは何ですか!」
トレーニングを終えて、フェル、ローディ、グレゴリーとくつろいでいたら、不意に2階から怒声が響いた。ニキータの声だ。
ちなみに、最近はフェルも体力トレーニングに参加したがるので、ローディ、グレゴリー、俺と4人でラントレをしている。
体力に関してはとてもフェルにはかなわない。一応地球では格闘技もやっていたのに、組み討ちもまったく相手にならない。正直言って、もとの体でも負けるんじゃないかと思うほどだ。
流石は護衛船員の隊長。精霊人は身体能力も高いんだろうか。
組み討ちで投げ飛ばされたりするたびに、やたらと密着してくるのはやめてほしいんだが。
「あーそれは、この間ディートさんと食事に……」
「食事は構いません。ですがこの額はどういうことですかな?」
アル坊やがしどろもどろに言い訳している。
組織においては最高責任者よりも財布のひもを握っている奴の方が権力があることは往々にしてあるが、シュミット商会もそうなのか?
フェルがこちらをじっとりとした目で睨む。
自分だけ美味しいもの食べて。あたしは連れてってくれないの?という目だ。目は口程に物を言う。
このままではニキータに責められ、フェルから非難される、二正面作戦待ったなしだ。
とりあえずここは逃げるが勝ちだな。音を立てないように椅子から立ち上がろうとしたが。
「そこ、待ちなさい!」
逃げ切り失敗か。ニキータが俺を見つけて階段を下りてきた。手には1枚の紙を持っている。
「ディートさん、貴方の活躍は誰もが認める所です。
騎士団との契約もあなたがいなければできなかった。私としても大いに感謝しています。
ですが、ものには程度というものがありますよ。
これをごらんなさい」
ニキータが、豪華な金の飾りを施した紙を俺に突き付ける。
見せられた紙、というか請求書に書いてあった額は……俺の月の生活費の1/4ほどだった。
感覚的には10万円弱とかそんな感じか。高そうだとは思っていたが、銀座の寿司屋どころじゃなかった。
俺がねだったわけではないんだが、これは怒られるのも仕方ないな。
しかたなくお説教を拝聴する羽目になった。
……その後、俺の奢りでフェルと食べ歩きデートをする約束をさせられたが、それはまた別の話。
アル坊やとディートの関係性を書きたくて入れてみました。
次回から本編に戻ります。ロボット空戦再開します。
フェルとディートの食べ歩きデートは幕間で書く予定です、多分。




