(アル坊やの奢りで)フローレンス料理を食べに行こう
1人称視点のロボットものの制約的なものかもしれませんが、アル坊やとかの裏方の影が薄くなりがちな感があるんですよね。ということで、今回はアル坊やとディートの回です。日常回が書きたかった、というのもありますが。
料理に関しては完全な妄想です。筆者も料理好き&自炊もするのでそこまでおかしなものはないと思いたい。ルビはイタリア語をもじりました。
あの宴の日から2月ほどが過ぎた。
騎士団の対応は非常に早く、宴の3日後には騎士団の本部でシュミット商会と騎士団との間に正式な契約書が交わされた。
契約書はかなり豪華な装丁がされた羊皮紙で作られていて、すぐに作れるものではなさそうだった。もとより準備万端で、宴の日のあれは最終確認を一応しておくか、という程度だったんだろう。
契約から3日後には騎士団から騎士団との契約の証となるプレートが贈られてきた。今は、誇らしげに店頭に飾られている。
修理が終わったシュミット商会の飛行船の気嚢にはメイロード家の紋章が描かれた。
俺はこの世界の人間じゃないから、騎士団との契約がどのくらいの効果があるのかは具体的には分からなかったが、その後1週間でその威光の強さが分かった。
まずロビーで見ているだけでわかるほどに客が増えた。忙しそうなニキータとかアル坊やとかを見ていると、単なる冷やかしではないっぽい。
しかし、騎士団との契約は別に大々的に告知されたわけでもないのに、いったいどこから情報を得ているのかは分からない。口コミのスピードが地球より速いってことなんだろうか。
騎士団の仕事は騎士団の国境線の砲台や駐留施設への物資運搬だ。
これに加えて、激増した普通の物資運搬も受けている。こんな感じで船に乗る頻度は前より増えた。
しかし、国境線とかを飛ぶのだから相応に危険なはずなのに、海賊からの襲撃はぱったりとなくなってしまった。
まあこれはある意味当たり前で、メイロード家の紋章が染められた飛行船に喧嘩を売りつけるバカはいない、ということだろう。
寝ずに控えていても何事もないことばかりだ。
それに完全に経営基盤が安定し、資金繰りも問題がなくなると、リスクを冒して海賊の騎士を狩る必要はなくなる。もし攻撃されても無難に追い払えば事足りる。
まあそれ以前にそもそも戦闘自体が発生しないんだが。
この状況がいいことなのは間違いない。
レースでいうなら、無理なバクチを打たず堅実に勝てるレースを拾うのが強豪チームだ。商売で言うならきちんとリスクを冒さずに稼ぐのが良い商売だ。
経営は順調らしく飛行船も1隻増えた。事務を行うための職員も増え、商会の規模が大きくなっていることが実感できる。
次の騎士の乗り手も入ってくるかもしれない、という話にはなっている。
ただ俺としては何とも欝々とした状況だ。
俺の出番がないというのは勿論素晴らしいことではあるんだ。だが……出番がないのは何とも物寂しいし、腕がなまる。
以前からやっていた、騎士団員や飛行船ギルドから紹介された乗り手への稽古も続いている。
それなりに忙しい日々で充実はしているが、どうも緊張感がない、というのがこの2カ月の本音だ。
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「おや、ディートさん、今日はトレーニングはもう上がりなんですか?」
夕方、シュミット商会のドアを開けるとアル坊やが一人でテーブルに座って号外を読んでいた。
フローレンスに新聞は無いが、各ギルドが定期的に会報的なものを発行しているし、大きなニュースがあれば号外も出る。紙1枚の瓦版的な感じだ。
「ああ。終わった。今日は一人なんだな」
いつも影のようにアル坊やに付き従っているウォルター爺さんだが、今日は姿が見えない
「セリエとニキータには飛行船ギルドと騎士団に次の仕事の打ち合わせに行ってもらっています。
ウォルターは今日は休みです。奥様の命日なんですよ」
「なるほど」
この世界にも、命日に供養する習慣はあるのか。
「フェルはどうしたんです?」
「そういえば今日は見かけないな」
フェルは普段は何かにつけて側に居たがるが、今日は朝から姿が見えない。
「……珍しく二人ですね」
そう言われると久々の二人きりだ。
フローレンスに来てからの日々は慌ただしかったうえに、誰かがいつも同じ場所にいた。
完全な二人きりはウンディーネ号の船室以来かもしれない。
「そうだな……じゃあたまには二人でどこか行かないか?
なんかこの世界にきて慌ただしかったしさ。フローレンスの名所ってやつを案内してくれよ」
この世界にきて6カ月程にはなるが、のんびり観光を楽しむ状況じゃなかったから、ちょっと名所めぐり的なものをしたい気もする。
俺の提案にアル坊やが考え込む。
「いいですね。じゃあ……ヘンリーの厨房に行きましょうか」
「なんだ?それ?」
「農業地区にある農業ギルド直営のレストランです。
フローレンスで一番古いレストランですよ。建国当初からありますからざっと180年くらいの歴史があります」
「いいな、そりゃぜひ行きたいぜ」
遠征でいろんな国を回ったが、観光といえばまずは現地の食事を楽しむことだと思う。
フローレンスで過ごしてすでに半年ほどになる。機械油亭の夕食は中々バラエティに富んでいて飽きることがないし、屋台とかで売られている食事も結構レベルが高い。
香辛料がないのと米がないのだけが残念だが。
ただ、高級料理とは縁がなかった、というより食べる場所がなかった。建国当時からの伝統あるレストランならとても期待できそうだ。
「じゃあ行きましょう。今日はもうお客様も来られないでしょうし」
アル坊やが新聞をおいて立ち上がった。
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改めて思うと、俺はフローレンスの本島から出たことがない。
宿があり震電が置いてある港湾地区、シュミット商会がある商業地区、レストレイア工房がある工業地区でほとんど生活が回っていたからなんだが。
なので、それを見るのも始めてだった。
「どうしたんですか?」
本島の端の方にある駅。アル坊やが指さす先にあったのは、路面機関車を大型化したような2輌だての機関車だった。
横幅がかなり広い。これは居住性のためというより安定性のためだろう。というのは、その機関車の線路が伸びる先は、雲の海に櫓のように組まれた橋の上だからだ。
はるか向こうに一応島の影が見える。
「この汽車に乗るのか?」
「遠くの島には飛行船で行きますけど、近くの島はこれで行くんですよ」
アル坊やがこともなげに言う。
新幹線にのるような気軽さだが、ちょっと俺には抵抗がある。
見下ろすと、複雑に組まれた橋げたが浮島に建てられている。その下には白い雲海。
勿論高所恐怖症というわけじゃないし、飛行船に乗っているときは怖いとは感じないんだが……これは恐ろしい。
「いつもあんなに騎士で飛び回っているのに、なんで怖いんですか?」
「いや、怖いだろ、これ。騎士に乗るのとは違うぞ」
騎士は自分でコントロールするものだからあまり怖さは感じないが、これはそうじゃないからだろう。
レーサーやってた時も実はジェットコースターは苦手だった。
「大丈夫ですよ。風よけの壁もありますし、転落事故なんて一度も起きてませんし。
さ、行きますよ」
アル坊やが改札に立つ駅員さんに二人分の料金を払って汽車に乗り込んでいく。
正直恐ろしいが、ごねていても仕方ない。渋々俺もそれに続いた。
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最初は恐ろしかったが、乗ってしまえばどうということもなく。何事もなく20分ほどで農業地区についた。
そりゃ事故が多発するようなものではないんだろうけど、理屈と感情はまた違う。
着くまでは気が気ではなかった。
農業地区の駅で、いつもの路面汽車に乗り換えて農業地区の市街地に向かう。
農業地区は見渡すかぎりの麦畑、あちこちにサイロのような建物が点在していた。ここだけ見ればヨーロッパの農村地帯、ってかんじだ。
農業地区の市街地といっても本島のような感じではなく、酒場とか雑貨屋とかのような商店が立ち並んでいて、人が住む場所というより、仕事のあとに皆で集まる場所、という雰囲気だ。
路面汽車の停留所から歩いてしばらくのところに農業ギルドがあった。
背の高い重厚な建物だった工業ギルドと異なり、横に長く、とにかくだだっ広い。延々と塀が続いている。
そのそばにたつようにクリーム色の塀に囲まれたレストランがあった。
スーツのような制服に身を包んだウェイターさんが店の前にびしっと立っていて、店の前に来た俺たちに折り目正しく頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。
……お席は静かなところがよろしいでしょうか?」
店員が俺たちを見る目は恋人同士を見る目だ。
まあ当然か。見た目は俺は19歳女、アル坊やは16歳男。
姉弟、という関係もあり得るけど、姉弟二人でこういうレストランにはこないだろう。
それなりにお互い有名になったはずだがここでは誰にも気付かれない。いつもの生活圏から離れているからか。
「はい。お願いします」
いつも通りアル坊やが堂々と答えると、ウェイターさんがもう一度頭を下げて店の中に案内してくれた。
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通されたのは、中央にテーブルが置かれた、10畳くらいの部屋だった。
高級レストランだけあって、テーブルウェアも高級感がある。
幾何学模様が織り込まれたテーブルクロスの上には、地球の物より硝子は肉厚だが綺麗に磨かれたグラスが並べられている。
天井からはたくさんのランプが下がり、部屋はかなり明るい。
壁には木の象嵌模様が施されていて何とも豪勢だ。
此処だけなら、200年の伝統のあるレストランだ、とか言って地球にもっていっても通用するかもしれない。
「実は僕も来るのは久しぶりなんです。
父が亡くなって商会の経営を継いでからずっとそれどころじゃなかったですし」
アル坊やも少し嬉しそうな雰囲気だ。
いつもの商会にいる時のようなちょっと張り詰めた空気がない。経営者でも監督でも休みは必要だと思う。
並べられた銀のナイフを珍しそうに見る姿は年相応だ。案内してもらったが弟を見守る様な気分になる。
「どうせなら一番いいのを食べましょう。いいですか?」
「任せるよ」
俺にはフローレンスの名物メニューとかはよくわからない。
アル坊やが笑って机の上のベルを鳴らす。
涼やかな音がして、部屋の外に待機していたウェイターが入ってきた。
「古典料理を下さい」
「……かしこまりました。少しお時間がかかりますのでご了承ください」
ウェイターがちょっと驚いた顔をして、一瞬で表情がもとに戻る。
一番いいのを頼む奴はあまりいないんだろう。
「古典料理はフローレンスでもっとも古いレシピの一つです。
7大家の一つ、オーギュスト家の初代、ヘンリー・オーギュスト公が考案したレシピですね」
ギルド直営のレストランを作って、ギルドマスターみずから厨房に立っていたってことだろうか。
職権乱用にもほどがある。よほどの食道楽だったんだろう。
「だけどさ、なんか随分高そうじゃないか?」
「騎士団との契約金も頂きましたし、大丈夫ですよ。
今は結構余裕あるんです」
確かに皆にボーナス的なものも配られていて、フェルと一緒に乾杯した。
しかし予想を上回る豪勢さにはなんか腰が落ち着かない。
地球でもあまり高級レストランなんて縁がなかったしな
「そういえばディートさん、ちょっと聞いていいですか?」
「なんだ?」
グラスに入った水を口に含む。
「ディートさんは、フェルと……その……」
アル坊やが口ごもるが言いたいことは分かった。
「まあ察しの通りだ」
吹聴するつもりはないが、バレたからとって誤魔化すつもりはなかった。
同性愛は一般的ではないらしいが、恥ずかしいと思って変に隠すのはフェルになんか失礼な気がする。
アル坊やに対してはなんとなく後ろめたいが、永遠に隠しているわけにもいかない。
「やっぱりそうですか」
「……なんでわかった?」
人前ではベタベタしないという風に決めてあったので、そうは分からないはずなんだが。
「フェルは今までみんなと親し気ですけど、どこか壁があったんですよ。
でも最近はそれが少し無くなってる気がして。観察してたら……何んとなくそうかなって」
さすが店主。よく見てる。
「はじめは女の子同士って思いましたかけど、ディートさんは男ですもんね。
おかしくないですよね」
そんなことを話している間に細長いグラスに入った金色のビールが運ばれてきた。
「まずはこちらをお楽しみ下さい」
ウェイターがビールと、焼き菓子のようなものを並べた小さ目の皿を置いて頭を下げて出ていく。
「それじゃあ」
2人でグラスを掲げてビールを煽る。さわやかな炭酸と酸味のあるフルーツの香りがした。あんまりアルコールは強くない。
地球でも地ビールメーカーがフレーバービールとか果汁入りのビールを作っていたが、それに近い感じだ。
冷えていればもっとうまいだろうな。冷蔵庫がないのが惜しまれる。
つまみとして出てきたのは、四角く焼き上げたタルトのようなものだった。
細い金色の串のようなものが刺さっている。
「フリコっていう古いパンです」
アル坊やが説明しつつ、手で串をつまんで一つ口に放り込む。俺もそれに倣った。
ジャガイモのパンケーキだ。東ヨーロッパに遠征したときに何度か似たようなものを食べたことがある。
カリッと焼かれた表面に対して中はしっとりとしている。千切りにしたジャガイモとチーズが混ぜられているので香ばしく、歯ごたえも楽しめる。一つのサイズが小さいから手軽に食べれるのもいい。熱いパンを口の中で醒ましながらビールを流し込む。
「うまいな。地球にもこういうのがあったよ」
「そうなんですね。
今は小麦のパンが普通ですけど、昔はこんなパンを食べてたんだそうです」
ビールを飲みつつ待つ事15分ほど。
ウェイターさんが深皿にいれた料理をワゴンにおいて入ってきた
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「お待たせしました。
古典料理の一皿目は野菜のスープ煮込み、炒め米添えです」
一品目はキャベツのような葉野菜やニンジンとかのような根菜を皿の周りに盛り、真ん中はまさかの米らしいものが盛られていた。
「まずは野菜からどうぞ」
早速米を食べたいが……はやる心を抑えてナイフで野菜を切る。
何も味がついてないように見えるが、口に入れると野菜から染み出したスープの香りが口いっぱいに広がった
多分、コンソメスープとかのようなもので煮込んで味を浸みさせてあるんだろう。柔らかすぎず野菜の歯ごたえが適度に残っていて美味い。
真ん中の盛られた米らしきものをスプーンですくって口に運ぶ。
さっくりぱらりとした口当たり、忘れられない味だ。オリーブオイルのようなものでチャーハンのように炒めたっぽい。
「どうしたんです?」
無言で米をかみしめる俺をアル坊やがいぶかしげに見る
「いや、米の味が懐かしくてさ」
「ディートさんの故郷では米をよく食べたんですか?」
「ああ。国民食だよ」
この感動はアル坊やには理解できまい。まさか異世界で米が食べれるとは。
海外での遠征が続くとやはり恋しくなるのは和食だ、というか米のご飯。
今は割と海外でも和食屋があって有難い。高い割には微妙なケースが多いが。
個人的は餃子ライスが好きだった。ああ懐かしい。
「これってどこで買える?」
「買うのは難しいでしょうね。
収穫量が少ないからなかなか出回らないんですよ。今日食べられただけでもついてます」
「……そうか」
残念な返事ではあるが、買うことができないわけではないらしい。
農業ギルドにコネはないが、エルリックさんあたりに口をきいてもらおう。
幸いにも見た目は日本のコメと似ている。きっと白米として炊けるはずだ。それに釜も必要だ。釜でご飯を炊くなんてしたことは無いがなせばなる。
懐かしい米の味を堪能して、一皿目が終わった。
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2品目に運ばれてきたのは魚料理だった。二匹の魚大きさが違う魚が皿に並べられている。
魚を丸ごと焼いたらしく、腹にはなにかのペースト状のものが詰められていた。
「雲飛魚の香草詰めオーブン焼きです」
ウェイターがナイフで器用に切り分けて、皿に盛りつけてくれる。
フォークで刺して口に運ぶと、腹に詰めたペーストから出たオリーブ油っぽいなにかが白身魚のあっさりとした身に回ってたまらないうまさだった。
秋刀魚も腸を取らずに塩焼きにすると身に油が回るというけど、そんな感じなんだろうか
ただ疑問なのは、二匹の魚はサイズや顔の形を見る限りどう見ても違う種類だが、どっちも雲飛魚というくくりなのか。
「魚の名前とかないのか?」
「魚は魚ですよ。ディートさんの世界では違ったんですか」
「俺の故郷じゃ何十種類も名前があったぜ」
「覚えられませんよ、そんなの」
アル坊やがあきれたように言う。日本が細かすぎるだけか。
雲の海を飛び回る魚を取るのは結構大変そうだし、魚を食べること機会自体があまりないのかもしれない。
普段の食事でもたまに焼き魚とかが出てくるくらいで、あまり魚料理は見かけなかった。
一般性が無ければあまり細分化しないで、魚というひとくくりになってしまうのかもしれないな。
「魚を状態とかを見て、ハーブの配合や油の量を調節するんです。
それが料理人の腕の見せ所なんですよ」
たしかに、両方とも身の味も形も違うんだが、どっちも実にうまい。
しかしこの魚の区分の適当さでは刺身を食べるっていうのは期待できそうにない。
醤油もわさびもないし、これはもう仕方ない。
料理を食べ終わって一息ついたところで、ウェイターが入ってきて皿を下げて口直しの水を置いて行った。
「次がメインディッシュとなります」
料理描写を増やしたら長くなりすぎました。
前後編に分けます。後編は明後日には上げます。




