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最終決戦

自分で戦う気か。おとなしく降伏するタマではないとは思っていたが、戦うのを選択するのは意外だった。当然逃げるかと思っていたんだが。


あらためてホルストの騎士を見る。

全体の装甲は灰色っぽく塗装されている。

ガンダムのなにかに出てくる大型モビルスーツのように、左右の肩に二枚づつ取り付けらえた身長ほどもある大型の盾を思わせる装甲が機体を囲むように配置されている。

右手に持っているのは槍のような長大なカノンだ。太く、口径も大きいっぽい。


震電もいざというときに近接戦でタックル食らわせることも想定して、肩装甲を少し大きめにして強化してある。しかし、どう見てもそういうような用途とは思えない。

はっきりと見えるわけではないが、そこまで頑丈ではなさそうだし、単なる弾除け用の追加装甲なんだろうか。


巨大な肩装甲に長大なカノンと何とも個性的というか、こっちの世界では見たことのない姿だ。

外連味たっぷりの機体だが……俺とトリスタン公の二人を相手にするつもりか?


「降伏したほうが身のためだと思うぞ、たぶん。俺たち二人に勝てると思うのか?」


「降伏とはご冗談を。どうせ降伏しても雲海投棄刑ですからね。死刑なのに降伏する意味はないでしょう。

それにこの灰の亡霊ブラウガイストはなかなか強いですよ」


「そうかい」


どうやら本気でやるつもりらしい。

乱戦エリアに逃げられたり、部下を盾にされたりすると逃げられる可能性があった。正面からきてくれるなら望むところだ。


「トリスタン公、俺が切り込みます。援護を頼みます」


一対一の状態で高機動型の震電をカノンでとらえるのは相当に難しい。それは今までの経験で分かっている。

距離を詰めて一気に終わらせてやる。


「まかせておけ。戦乙女ヴァルキュリエ、行くぞ!」


トリスタン公の騎士、戦乙女ヴァルキュリエの翼が光りを放ち無数の光弾が飛んだ。

夜空が眩く照らされる。カノンとはけた違いの光弾が雨のように降り注ぐ。

弾幕を避けるように灰の亡霊ブラウガイストが軌道を変えた。コースの先を読み、距離を詰める。

灰の亡霊ブラウガイストがこちらにカノンを向けた。が、崩れた体制では正確な狙いはできまい。

いつも通り左右に切り返して的を絞らせないように切り込む。


「かかりましたね!」


カノンから光弾が撃ちだされるのが見えた。

其処まではいつも通りだが……その弾数が予想を超えていた。

すさまじい密度の光弾が迫る。通常のカノンの何倍もの弾数だ。よけきれない


「シールド!」


白く展開されたエーテルシールドの表面に被弾を示す波紋が何十も浮き上がる。持たない。

震電が弾に押されて失速する。エーテルシ-ルドがたわみ砕け散った。

足を大きくひねって震電を左に逃がす。

傾ぐように横にそれた空間をカノンの弾が貫いていく。

かろうじてかわしたが……なんて弾幕だ。


左のエーテルシールドの残弾を示すコアが赤く染まっている。左のエーテルシールドとブレードはしばらくは使えない。

バランスが崩れた震電をかろうじて立て直す。今まで会った騎士のカノンとは速射力が違いすぎる。

よくみると灰の亡霊ブラウガイストのカノンの銃身が回転しているようにも見えるが……あれは?


「……ガトリングガン?」


「驚いた。何故この武器の名前を知っているのですか?我々の開発した新武装なのですが」


本当に驚いた、という口調の声が聞こえた。

ガトリングカノンが正式名称なのか?


「……なぜ名前が……情報が……いや、そんなことは」


ブツブツとコミュニケーターから声が聞こえてくる。なんか先方もいろいろと驚いたようだが、驚いているのは正直こっちも同じだ。

こっちの世界に来てから、人間の発想とか行動パターンなんてあまり変わらない、ということを何度も体験してきている。

しかし、ここまで同じ構造で、名前まで同じなんて物ができるもんなんだろうか。


「……騎士は時には一つの被弾で機能を停止する。

だから単発火力より速射力を可能な限り高めるべきだというそういう発想だそうですよ。このカノンはね」


灰の亡霊ブラウガイストがガトリングカノンを再び構える。

シールドは一枚割られてしまってる。それに、あれを正面から受け止められないのはさっき分かった。

それにあの弾幕はさすがにかわし切れない。いつもの感覚で突撃するのは無謀だ。

雲海すれすれをジグザグに飛びながら一度距離を取る。

連続して撃ちだされる光弾が俺の後ろを追うようにして雲海に着弾し、震電に振動が響いてくる。

直撃ではないが掠っていったらしい。ウイングに直撃とかだったら終わってた。


とにかく相手の位置を確認して立て直さなくては。

大きく旋回して雲海から上昇した。戦乙女ヴァルキュリエの光の翼が視界の端に移る。しかし肝心の灰の亡霊ブラウガイストの姿が見えない。


「逃げた?」


サーチのラインに目を凝らすが機影が見えない。どういうことだ?


「上だ!避けろ!」


トリスタン公の声が聞こえた。とっさに震電を右に振る。

たった今いたところに光弾が降り注いだ。声をかけてもらわなかったら危なかった。


「感謝します!」


「注意しろ!なにかおかしな装備を持っているようだ。姿が見えん」


姿勢を立て直して上を見るが機影はない。

スピードを落とした瞬間、何もない夜空から再びガトリングの光弾が打ち出された


「なんだこりゃ?」


とっさに左に動いてかわした。目を凝らすがやはり見えない。

あんなデカい装甲を着けた騎士が見えない、なんてことはありえない。


「どこを見ているんですか?私はこっちですよ」


今度は右から衝撃が来た。震電が大きく揺れる。キャノピー越しに右肩の装甲がめくれているのがみえた。直撃で肩の装甲が逝かれただけで済んだなら幸運だ。

あいかわらず灰の亡霊ブラウガイストの機影は見えない。


まさか、あの飛行船が使っていたものと同じか。騎士にもステルス機能があるのか。

よく見ると、雲に不自然な影が映るのが見えた。あれがそうなんだろうか。

ただ、有視界で双方が高機動で動き回る騎士の戦闘では、影を追いかけて撃つなんてとても無理だ。


「団長殿!!」


「援護します!!」


海賊との戦闘も落ち着いたのか視界の端に2機のレナスが見えた。こちらに向かってくる。


「来るな!」


トリスタン公の叫びと同時に、2機のレナスに虚空から雨のようなカノンが撃ち込まれた。

見えない敵からの攻撃は警戒しようにもできるはずがない。

一機は右腕を吹き飛ばされ、もう一機がウイングを撃ちぬかれた。右腕をやられた一機は体勢を立て直したが、ウイングを撃ちぬかれた方は墜落して雲海に消えていった。乗り手が意識を失ったんだろうか。クソ。


「騎士団の精鋭も口ほどにもありませんね。団長殿、質が下がったのではないですか?」


コミュニケーターからバカにしたような笑い声が聞こえる


「てめぇ、この!」


「全員下がれ!!こいつはディートと俺で始末する!」


こちらに来そうだったレナスが旋回していく。


「いかがですが?私は貴方たちは勿論、騎士団の団員と比べれば乗り手としての才覚も技量もはるかに下です。

ですがご覧の通り、たった一機でもこの有様。所詮、騎士同士の戦いで最後に物を言うのは性能ですよ」


夜空から湧き出るように灰の亡霊ブラウガイストが姿を現す。やっぱりステルス機能付きか。

しかしわざわざ姿を見せるとは、舐めてくれたもんだな。


「ディートさん、あなたも私の部下になれば震電よりもっと素晴らしい機体に乗れますよ。

トリスタン公の首を取って投降しなさい。今なら鞍替えを認めましょう」


カネの無いチームの車が金のあるチームの車にストレートでなすすべなくぶっちぎられる、というのはレースじゃよくある光景だ。

確かに機体の性能が戦闘に与える影響は大きいだろう。

騎士の性能の差が戦力差、という現実があるのは認めよう。

だが、それだけじゃない。


「そんなつもりはないね」


むしろそういうのを覆すのが楽しいってもんだ


「騎士の性能差が戦力の決定的差じゃないことを教えてやるぜ」


「……そうですか。これがラストチャンスだったというのにね。

現実を受け入れられない愚か者では部下にする価値もない。せいぜいあがきなさい」


灰の亡霊ブラウガイストが再び夜空に溶け込むように姿を消す。消えるその瞬間を見ていても、その後に何処に行ったのかは全くわからない。目で追うのは無理だ。


「くそっ」


強気で啖呵を切ってみたものの、対応策があるわけじゃない。

虚空から連射されるカノンの弾をかわす。撃ち続けるのではなく、場所を変えながら撃ってくるから気が抜けない。射撃の精度はお粗末だが位置取りはうまい。

トリスタン公の戦乙女ヴァルキュリエも今のところ致命的な被弾はない。


ホルストの操縦の技術はおそらく高くない。あれだけの連射をできる武器で打たれているが、こちらは決定的な被弾はしていない。こちらの軌道のワンテンポ後ろに着弾している感じだ。だがいつまでもは続かないだろう。

仕掛けるなら速くしなくては。いつまでも幸運は味方してくれない。


飛行船と同じ原理であるなら多少の被弾でもステルス効果は薄まるはずだが、兎にも角にも一発当てないと話にならない。目とサーチでとらえられれば何とかできるかもしれないが。


「トリスタン公、一発だけでも当てられませんか?」


近距離用の震電の装備では見えない相手に当てることは不可能だ。


「おやおや、今度は其方が悪だくみの相談ですか?飛行船と違って騎士は小さいですよ」


嘲るようなホルストの声が聞こえてくる。

此方の会話が相手に筒抜けなのはかなりの制約だ。作戦を立てようにも立てられん。


「ディート。間を置けば不利になるばかりだ。仕掛けるぞ!」


コミュニケーターからトリスタン公の声が聞こえる。

何かをする気だ。だが何をするかは分からない。

こちらはもう合わせるしかない。


「団長殿も現実が見えていないようだ。目で追えないものをどう打つんですか?」


「そうかな?まきこまれるなよ、ディート。

行くぞ、海賊。戦乙女ヴァルキュリエの力を見るがいい」


戦乙女ヴァルキュリエの光の翼が大きく広がり、光が強くなった。さっきのあれか。

震電を急降下させる。


「最大火力だ!受けよ、葬送の羽フリングホルニ!」


羽根からレーザーのような光の線が無数に伸びる。銀の糸のような光が戦乙女ヴァルキュリエの前の空域を文字通り埋め尽くした。何本かが震電を掠める。降下が遅れてたらこっちも危なかった。

夜空をエーテルの光弾の輝きが一瞬昼のように白く染め上げる。

姿を見えにくくしている、というだけで消えているわけじゃない。超広範囲攻撃ならとらえられる。

それにしてもすさまじい攻撃範囲だ。流石の団長専用機。


「がっ!」


虚空に光弾が当たり、白い爆発のようなものが起きる。

装甲の一部が砕けて飛ぶのが見えた。夜空に裂け目ができたように灰の亡霊ブラウガイストの姿が見える。

あの無意味にしか見えない肩の大きな装甲が恐らく透明化の効果を生み出しているんだろう。

光弾一発一発の威力はそこまで大きくないようだが、装甲の一部をはぎとり、動きを止めるなら十分だった。


「こちらは打ち止めだ。あとは頼むぞ!」


戦乙女ヴァルキュリエの光の翼が消えそうなほど薄くなっている。最大火力ってのはそういうことか。

二発目はない。ここで決めないと。一気にアクセルを踏む。


「近寄らせはしませんよ!」


「逃がさん!」


大きな螺旋を描くように飛び、ガトリングカノンから打ち出される光弾を(かわ)す。

長大な銃身から打ち出される弾幕は、距離を取っての打ち合いや、逃げる敵を追い回すなら強いだろう。

だが、万能の武器はあり得ない。あの長く重い銃身は小回りは効かない。大きく動く方が的を外しやすいと見た。

左右の切り返しと高機動でシートに縛りつけられた体がきしむ。姿勢を制御する左足がの筋肉がけいれんし始めているのが分かった。

二次包囲網からの連戦で俺自身の体も限界が近い。だがレースも終盤。ここは気合で何とかする。


灰の亡霊ブラウガイストが逃げながらカノンを撃ってくるが動きは明らかに悪い。

被弾のせいもあるのかもしれないが、やはり乗り手の腕自体がよくないんだろう

距離を離すラインどり、スピード、射撃精度、どれをとってもお粗末だ。


「次はその銃、軽量化しといたほうがいいぜ!次があるならな」


後退する動きより震電の突撃の方が速い。

ステルスの効果で一部だけしか姿が見えない機体が間近に迫る。


「ブレード!」


「させませんよ!」


灰の亡霊ブラウガイストの前に白い幕のようなエーテルシールドが張られる

それが狙いだ。シールドの真ん中に敵機がいる。そして。エーテルシールドは物理攻撃は止められない。予想通り。


「そうすると!」


ブレードを消しアクセルを床まで踏み込む。左肩が前に来るように震電の姿勢を変える。


「思ってた!」


ターボカーのような蹴飛ばされるような加速。シートが背中を押す。覆い布を強く噛んで顎を引き、首に力を入れて左足を踏ん張り衝撃に備える。


一気に最高速まで加速した震電が鉄の砲弾のように灰の亡霊ブラウガイストに衝突した。

耳をつんざくすさまじい金属音が響き、コクピットが揺れる。前に飛び出そうとする体が4点シートベルトに食い込み、胸元に激痛が走った。

ひび割れたキャノピー越し。肩のステルス装置がひしゃげ、ステルスが解けた灰の亡霊ブラウガイストが見える。機体のほぼすべてが見える。

もう外さん。


「ショットガンモード!」


アクセルを踏み、体勢を崩して吹き飛んでいく灰の亡霊ブラウガイストを追う。


「これで終わりだ!」


右のエーテルショットガンが火を噴く。束のように撃ちだされた光弾が、ガトリングカノンにあたる。銃身の真ん中からへし折れたのが見えた。


「もう一発!」


二発目が胴のど真ん中にぶち当たる。装甲が大きくゆがみ、機体が大きく後ろに吹き飛んだ。かろうじてつながっていた肩のステルス装甲がばらばらと外れ、ゆっくり雲の海にむかって落ちていく。


「言ったろ。乗るのは結局人間さ」


返事は帰ってこなかった



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