時にそれは命より重く
爆発音がコクピットの中まで聞こえてくる。
まさかこっちの飛行船が落ちたなんてことは、と思って回るを見渡す。周りの飛行船は被弾して煙を上げているものはるが、すべて健在だった。
キャノピー越しに目を凝らすと、遠い空の向こうでまばゆい赤い光、というか火柱が次々と吹きあがる。
今のは海賊の母船が撃墜された音か?
「敵騎士の増援全機を確認。周囲に伏兵なし」
「3次包囲網のレナスは全機攻撃開始せよ」
コミュニケーターから声が聞こえる。
見ると、雲の向こうから銀色に輝くレナスが次々と飛んできていた。
「退路は遮断した。
捕虜を取る必要はない、どうせ全員投棄刑だ。殲滅しろ。裁判の手間が省ける」
パーシヴァル公の恐ろしい命令が聞こえてくる。
動揺して動きが鈍った海賊の騎士に新たに飛来したレナスがつぎつぎと襲い掛かった。
いままでは射撃戦に徹していたバートラム達もエーテルブレードを構えて突撃する。
こうなるともはや一方的な展開になってしまった。
ただでさえ騎士の性能や連携に差があるのに、援軍の参加で数の優位を奪われ、退路を断たれ動揺した海賊と騎士団では勝負にならない。
申し訳ないが、こうなったら俺は一度下がらせてもらう。
この後にあるはずの、一時包囲網でホルストと決着をつける戦いに混ざれないのは避けたい。
大勢が決まった状態では無駄な破損を避けるのはプロの常識だ。震電の機首を上げて上空に離脱する。
上から見下ろしていると、わずか10分もしないうちに、海賊の騎士の半数以上は撃墜されて雲の海に消え、残りは戦闘不能になって捕らえられた。
逃げきれたのはおそらく3機もいなかっただろう。しかも母船を落とされていてはどこへ逃げるのやら。
しかし、このコミュニケータからパーシヴァル公の声が聞こえる、ということは、俺の声も聞こえていたわけか。まずいことを聞かれたか、と一瞬思う。
だけど、命令違反をしたわけではないし、そもそも俺は騎士団員じゃない。降格とか契約解除されるわけでもない。まあいいかと割り切ることにした。
震電を飛行船に帰投させると、二人の船員が出迎えてくれた
「お見事でした」
「ところで……パーシヴァル公が戻り次第ターラントに来るように、との仰せです。
今から移動します」
……さすがにおとがめなし、というわけにはいかないか。まあ仕方ない。
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つい半日ほど前に一度来た指令室で、再びパーシヴァル公と面会した。
長机の奥にパーシヴァル公が立っていて、周りには騎士団員が10人ほど並んでいる。
2人が黒のラインの六騎隊長、他は赤のラインが入った制服だ。第一騎乗、要はレギュラーシートもちの精鋭か。さっきまで戦っていた連中だろう。
パーシヴァル公は最初に会った時とあまりかわりはない。感情が読み取れないポーカーフェイスだ。
一方、バートラムや騎士団員は憮然とした表情である。まあ当然か。
「お前、なぜ俺の命令に背いた?
たまたまうまくいったからいいものの、お前の勝手でパーシヴァル公の作戦を台無しにしたかもしれないんだぞ、わかっているのか?」
ハンガーであった時のチャライ印象とは打って変わって、険悪な顔でバートラムが俺をにらむ。
あの時の姿は演技でこれが本当の姿なのか。
勝手な行動、と言われれば否定はできないから怒られても仕方ないとはいえるが。
しかし、こっちにも言い分はある。
「結果論でうまくいったから良いじゃないか、というつもりはないですよ。
でも、あのままだったら数で負けた状態の射撃戦が続いて犠牲は増えていたと思いませんか?
俺だって、あんな無茶はしたくなかったけど、作戦の全容を知らない中ではああするのがチームにとって最善だと思っただけです」
チームの控えや二番手の仕事はチームの価値に貢献することであって、人形のようにオーダーに従うことじゃない。
まあそもそも今回はチームオーダーを伝えられてさえいなかったんだが。
「貴様、騎士団員を何だと思っている。あの程度の連中に我々が後れを取るとでも……」
「……少し黙れ、バートラム」
「しかし。こやつは公と騎士団を冒涜しております。私としては……」
なおも言いつのろうとするバートラムをパーシヴァル公が目で制する。
「黙れ」
「はっ」
バートラムが渋々といった表情で一歩下がる。
「見事な腕だった。認めよう」
超広範囲に飛行船を展開させて三次包囲網を敷いたうえで、二次包囲網をあえて手薄にして敵を誘い込む。
たぶん相当広域に飛行船を展開させて、海賊をあえてターラントに攻撃できるようにお膳立てしたんだろう。
そして、敵の騎士が全員補足できたところで、騎士の機動力で挟み撃ちにして殲滅。向こうが拠点に目を引き付けて包囲網の後ろを衝こうとしていた作戦を、そのままやり返した感じか。
見事な手並みだ、結果だけ見れば。だがやはり納得がいかない点はある。
「こちらも命令違反ギリギリだったのは認めますよ。だがあれ以上犠牲は見たくなかった。
一つ聞きたい。あんな危ない橋をなぜわたる必要があったんです?」
実際あまりにも仕掛けが遅かったもんで、途中までは本当に援軍を使って包囲する戦術なのか疑問だった、というのが本音だ。
もっと早く包囲を閉じれば、リスクは低かっただろうし、損害も少なかったと思うんだが。
「今回の作戦の要諦は海賊勢力、というかホルストにくみする海賊の殲滅だ。
そのためには誘い込んで一網打尽にするのが最良の策だ。周辺に完全に敵残存勢力がいないことを確認する必要があった」
「数的不利で押し切られる可能性もあったでしょう」
「ふん。その心配はない」
パーシヴァル公が窓の外を指さす
窓越しに見ると、今まで雲間に隠れた飛行船が周囲に展開していた。
「一次包囲網と二次包囲網の間にも予備選力は待機させてあった。ここを破られることはありえん」
「そういうことじゃなく。
さっさと戦力を投入してやれば被害は減ったんじゃないですかってことですよ」
俺が確認でできただけで1機は戦闘不能になっているはずだ。
その後どうなったあのかは分からない。救助されたのか、それとも……
「言っているだろう。
ここで残敵を逃して後背を脅かされ続けてはいけないのだ。一開戦でケリをつける。そのための策だ」
そのためには犠牲が出ても構わない、ということか。
だがそれとは別にもう一つ聞きたいことがある。
「もう一つ聞いていいですか?
ターラントが襲われる可能性が高いと思っていて、何であなたは撤退しなかったんです?」
戦争には万が一がある。
流れ弾一発が指揮官を負傷させ、その結果戦局が一変するなんてことは地球じゃ珍しくなかったはずだ。
旗艦が最前線にいるのはいいこととは言えないと思う。
「馬鹿なことをいう女だな。
私の作戦は万全であったし、ターラントを攻撃させることが前提の作戦だ。
それに、ターラントの火力は作戦遂行に必要だった。後退などありえん」
「じゃあ、あなたはなぜ船を下りなかったんですか?
あなたに万が一があったらどうなるかなんて、分からないわけはないですよね」
パーシヴァル公があきれたような顔で俺を見る。
「くだらないことを聞くな。
指揮官が真っ先に安全地帯に後退するなど恥の極みだ。私が前線にいなくて、どう最善の指揮を執る?どう部下に命を懸けて戦えと言える?
それに私が倒れたとしても、わが副官やバートラムが指揮を執るからなんの問題もない。
不利になれば逃げるような護衛騎士と違い、我等騎士団はフローレンスのために命をかけねばならない時がある。
乗り手も私も例外はない」
正直言って、指揮官も危険地帯に身を置く、というのはいいことかはわからない。
士気を上げるという点ではもちろんいいんだろう。だが、彼が倒れたらすぐにほかが滞りなく指揮を執る、ということは現実的にはありえない。混乱も起きるし、指揮能力も下がる。
監督が倒れたらナンバー2に指揮権が移るのはレースチームでも同じだが、相応に混乱することは俺も経験がある。
理想通りには絶対に行かないのだ。
ただ、一々偉そうで腹立つ言い草だが、こいつなりの筋は通っているのはわかった。
部下に無茶なことはさせるが、自分も必要とあれば危険地帯に身をさらすってわけだ。
バートラムのような凄腕に忠誠を誓わせるのだから、それがこいつの指揮官としてのカリスマなんだろう。
おっかない目で睨んでくるバートラムはとりあえずスルーする。
「逆に聞くがなぜ私の作戦の意図が分かったのかね?」
「一応言っておくと、アンタの部下が漏らしたわけじゃないですよ」
一次騎乗とやらを間近にしているジョルナに迷惑がかかるのは本意じゃない。
「船の配置や、妙に少ない戦力、そして足止めに徹した騎士団員の動き。
それに、あなたが優秀な指揮官であれば、とるであろう作戦は、少し考えればわかることです。
だが、乗り手を駒みたいに扱うのはやっぱり気に入らないですね」
手薄な状態で敵の攻撃をしのぐ、というのは一定の時間は味方が大きなリスクにさらされることでもある。
大きな犠牲が出てもおかしくはなかった。
「戦略目的の達成のためには犠牲は時には避けて通れない」
「ああ、そうですか」
確かに正論なんだが。面と向かって言われるのは気分がいいもんじゃない。
トリスタン公が彼を評して、好きになれない、といった理由がわかる気がする。
有能しかし冷徹。ある意味ホルストと似た者同士かもな。
「しかし、優れた乗り手は珍しくないが、戦術を明確に理解し、状況に対応して乗る乗り手はそうはいない。
見事だ。まあ騎士の訓練はやることが多すぎて戦術理解までやる余裕がないから仕方ないのだがな」
そう言ってパーシヴァル公がこちらを見る。
「トリスタン公はお前を騎士団に引き抜こうとしていると聞いていたが。
正直私としては過大評価だと思っていたがね。護衛騎士で多少名を売った程度の、得体のしれないものを入れるべきではないと」
それは初耳。
しかし、一々護衛騎士を見下してくれるな、何か恨みでもあるのか、こいつは。
「だが、戦術を理解して飛べる騎士は貴重だ。
騎士団に入り我が旗下になれ。お前の能力を一番引き出せるのは私だ。
飛行船の護衛のような退屈な仕事からは手を引け」
入るのが当然と言わんばかりの言動だ。
なんというか、伝統ある名門チームの監督、という感じの自信満々の言い草だな。
まあどちらかというとトリスタン公が物分かりが良すぎるというか、気さくすぎる気もする。
エリート集団の指揮官クラスなんて、むしろこっちのほうがありがちな姿だろう。
「遠慮しておきますよ。堅苦しいのは好きじゃない。
それにあんたの下につくのはごめんだ。使い捨てにされたくないね」
「使い捨てとは心外だな。
まあいい。名誉ある立場に身を置きたければ言いたまえ」
そう言って、パーシヴァル公が騎士団員たちの方を向く。
「では引き続き警戒態勢を維持。
確認できた敵は全滅させたが、まだこれ以外に余剰兵力がいる可能性もある。全員気を抜かず警戒に当たれ。
では解散」
騎士団員が一糸乱れぬ敬礼をし、部屋から出て行った。
「さて、君のことだが……」
「飛行船はそのまま使わせてください。一次包囲網に戻りホルストと決着をつけます」
「こだわるのだな。何か因縁があるのか?」
「まあいろいろとね」
おそらくあいつから邪魔者として付け狙われていることもある。
それに、この戦いに参加できなかったフェルの無念も思えば、直接対決から降りるわけにはいかない。
「構わない。では行っていいぞ」
「ありがとうございます。色々言いたいことはありますが、見事な作戦でした」
パーシヴァル公がつまらなそうな顔で俺を見る。
「つまらない世辞を言うな。それより、騎士団のために生き残るように。では行け」
一応ここでは騎士の乗り手の挨拶をして、指令室から退出した。
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飛行船に戻って早速ハンガーに行った。
震電はワイヤーでうつ伏せ状態のように船底に係留されている。
あちこちに被弾の跡があり装甲にも深い傷があるが、さっきの感じなら十分戦えるだろう。
一次包囲網まで一時間ほどのはずだ。少しでも休めるときは休んでおきたい。
「ちょっと仮眠をとる。一次包囲網に着いたら起こしてくれ」
ワイヤーを張ったり、装甲の状態を確認している船員に声をかける。
「了解です。お休みください」
船員が頭を下げたのを確認して乗り手の待機室に入った。
ツナギのような防寒着の上半身部分を脱いで、硬い寝台に寝そべる。
まだ緊張を切らすわけにはいかないんだが……横になると、長い時間の高速機動による体の疲労と、自分に向けて弾が撃たれ続けそれをよけ続けた精神的な疲労が襲ってきた。
瞼が落ち一瞬で眠りに落ちた。
「……ディートさん!」
声が聞こえる。まだ寝てあまり時間は立ってないと思うが。
「大変です、ディートさん。一時包囲網が攻撃を受けています。
出撃して援護してください!」




