死闘の終わり。
「やりますねぇ」
「もう武器はないだろ?まだやるか?」
などと言っては見たものの、此方も満身創痍だ。
エーテルブレードが機能しないから、あとは殴り合いをするかタックル食らわすかくらいしか攻撃手段がない。
「余裕を見せていますが、あなたの左手の武器ももう使えないでしょう。シールドの展開もできていませんよ」
外からでも分かる奴にはわかるらしい。
「お前だって蛇使いはもうないぜ?
武器もないから、最後は殴り合いでケリをつけるか?」
言ってはみたものの、それをやると共倒れまったなしなので避けたい。
それはこいつもわかっているとは思うが。
コミュニケーターが沈黙する。
「それは……うーん、美しくないですねぇ。
まあいいです。私の負けです。認めましょう」
「なんだと?」
余りにあっさりと負けを認める言葉が出てきたので逆に警戒してしまう。
油断させて何か企んでたりしないだろうな。
「腹立たしいことですが、貴方は私の上を行った。
明らかに騎士の性能では私の方が上だったのにね。
まさかあんな風に蛇使いを止めるとは」
「随分潔いな」
「私は自分の強さを知らしめるために戦った。
負けを認めない醜態をさらす気はありません」
こいつは、海賊のリーダー、というより、あくまで強さを求める騎士の乗り手ということなんだろうな、と思う。
海賊のリーダーというのはこいつにとってはおまけの要素なのかもしれない。
「ただしお互い、約束は守るということでいいですね。
私は撤退命令を出す。貴方は我々を安全に見逃す。
もしそうでないなら、私も部下を守らなければいけない。降伏はしませんよ」
「ああ、それでいい。わかってるよ」
船がどうなっているか分からないが、海賊に完全に抑えられている可能性もある。
今制圧している船員を殺せ、とか言い出されるとこっちの方が不利なのだ。
「よろしい。
さて、ポルト、聞いてますか?」
「はい、頭。聞こえてます」
コミュニケーターから声が聞こえた。
おそらく俺の出撃を手伝ってくれたあいつだろう。
この人も破天荒なご主人をもって苦労してそうだな。海賊ながら同情する。
「今の状況はどうなってますか?」
「3隻は船長室も含めて占拠しましたが、私のいる船は狼の精霊人と船員数名が食堂に籠って頑強に抵抗しておりまして、未だ陥落しておりません。
私は今は食堂を包囲中です。
こちらは死者4名、けが人は多数。
船側はわかりませんが、数名の死者が出ています」
狼の精霊人はフェルだ。
あの状況から食堂に戻って籠城してるんだから大したもんだ。
「結構。
占拠している船については、船員全員を武装解除して拘束しなさい。
そのうえで撤収すること。殺してはいけませんよ。ホルストから借りている連中にもきちんと伝えなさい。
無体なことをしたら私がそいつを殺しますよ。
ディート、あなたはその狼の精霊人を説得しなさい。わかってますね」
「ああ、分かってるよ。
ポルトさん、でいいのか?
コミュニケーターをその精霊人に渡してくれ」
「わかりました」
しばらくの間があって、コミュニケーターからフェルの声が聞こえてきた。
「ディート、無事かい?どうなってるんだい?」
「いろいろ複雑なんだ。後で話すよ。
とりあえず話がついた。言いたいことはあると思うが、そいつらは見逃せ。これ以上は戦うな」
返事が返ってこない。
ホルストとの間柄のことを考えれば納得いたしかねる、というのはわかるが。
「……信用していいんだね、ディート」
「海賊を信用しろっていうのは無茶言ってると思うが。
とりあえず俺を信じろ」
「……わかったよ。こいつらも下がるってことなんだよね」
「そういうことだ」
そんな話をしているうちに、雲間から2隻の飛行船が現れた。
クリムゾンの飛行船だろう。
見ていると、一隻がゆっくりと俺たちの飛行船に近づいていき、船の間にロープが渡される。
あれで撤収するわけか。
「……見事でしたよ。
スカーレットに乗って勝てなかったのは貴方が初めてです」
「俺もだ。俺と同じ速さで飛べる奴なんていないと思ってたぜ」
スカーレットが飛行船の方にふらふらと飛んでいく。
と、大事なことを聞き忘れていた。
「そうだ。ちょっとまて」
「ああ、あいつの居場所ですか?
フローレンスから竜の牙の6階の方角に通常の飛行船の速度で4日間飛びなさい。
そこの浮島に拠点を構えてますよ」
こともなげに答えが返ってきた。
竜の牙の6階の方角、というのは多分地球で言うところの東西南北みたいなものなんだろうか。
船長とかに聞けばわかるだろう。
「あいつを売っていいのか?聞いといていうのもなんだが」
「私は貴方と賭けをして負けた。だから話した、それだけですよ。
それに私としてはあいつのせせこましいやり口は好みじゃないのでね。
貴方と戦えそうだから話に乗っただけです。彼には恩も義理もないですよ」
ぶっ飛んだ戦闘狂ではあるけれど、こいつなりに筋は通している、ということなんだろう。
目的のためには策を巡らし汚い手でも使う、という感じのホルストとはあまり気が合わなそうだな。
「しかし、肉を切らせて骨を断つ、ですか?
貴方の国には面白い言葉があるのですね。
貴方のような乗り手がたくさんいるならぜひ行ってみたいものです」
俺の故郷か。
ちょっと地球に思いをはせてしまう。
わずか3カ月ほど前なのに、もう遠い昔のようだ。
「……遠いところさ。たぶん行くことはできない」
「そうですか。それは残念です。
まあいいでしょう。スカーレットが直ったらもう一度貴方に会いに来ますので。また相手しなさい」
「……いや、来なくていいから」
リターンマッチは正直遠慮しておきたい。
右手でうまく蛇使いを止めれたからよかったものの、右手ごと真っ二つの可能性もあった。
刃が腕の装甲に引っかからずに切り抜けられたら、此方は右手を失ってスカーレットは無傷だっただろう。そうなれば確実に負けてた。
運も味方した紙一重の勝ちだったのは骨身にしみている。
「つれないことをいいますね。
私の首にかかっている賞金をフローレンスに戻ったら聞いてみなさい。
もう一度私に会いたくなりますよ」
スカーレットが飛行船に収納された。
俺たちの飛行船から海賊の船員たちが撤退していき、二隻は雲の向こうに消えて行った。
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右腕がなくなってバランスがとりにくくなったが、どうにか着艦できた。
コクピットから出ると、船員に肩を借りたフェルやテオ船長が出迎えてくれた。
「やあ、ディート。勝ったんだね、大したもんだよ」
「お前もな」
フェルは何か所かに弾を受けたらしく先祖返りをした体には血に染まった包帯が巻かれている。
「ご無事で何よりです。ディートさん。それにフェルメールも。
あなたたちがいなければどうなっていたことか」
「船長も無事でよかったです」
船長室を真っ先に襲われたからどうなったかと思っていたが、けがはしているものの命に別状はないようだ。
「頑張ったご褒美にキスしてくれてもいいんだよ?」
「そういうのはフローレンスに帰ってから、だろ」
「……あおずけなんて意地悪だね」
フェルも傷だらけだが、これだけ減らず口が聞けるならまあ大丈夫だろう。
「今の状況は?」
「芳しくはありませんな。まともに飛べるのはこのプロセルピナだけです。
あとの3隻は修理が必要でしょう」
4隻のうち3隻はエーテル炉に細工をされたらしく飛ぶことができないらしい。流石に飛行船まで無傷で返してくれるほどお人よしではないってことか。
このプロセルピナはフェルが暴れたおかげでまだ飛べるが、一隻で移動しても仕方ない。
システィーナが負けたことはホルストに伝わるのか。
自分の居場所が割れたことは伝わるのか。
いずれにせよ行動は速いほうがいい。
「ここからフローレンスまで騎士で飛ぶことはできるか?」
飛行船が飛べないなら騎士でいくしかない。
「あまりやらないことではありますが、一応できなくはありませんな」
幸いにも、アストラとフレアブラスは無傷らしい。
どちらかでフローレンスに戻れれば。
グレゴリーとローディにコミュニケーターで連絡してみる。
「姉御、俺には無理です」
グレゴリーは自信はなさそうだ。
騎士の乗り手の訓練は基本的には短い時間での戦闘のためのものだ。
長い距離を飛ばすのは騎士の用途からは外れるし、おそらく未体験だろう。無理はない
「俺が行ってやるぜ」
ローディは相変わらず勇ましい。
が、この大事な任務をまだ新米のこいつに任せていいのか。
「俺が行くつもりなんだがな」
「てめえじゃ無理だ。
手前はフローレンスがどっちにあるかとかわかるのかよ?」
言われてみると、俺は操縦はできるが、どういう方向に飛べばいいかなんてことは全然わからないことに気付いた。
いつもは船に乗せてもらってるだけだ。
「俺ならわかる。一時期は飛行船の船員の訓練も受けたからな。
それに」
「それに?」
「フレアブラスは俺の騎士だ。だから俺が行くのは当然だろ。
お前が俺の立場だったら、はいどうぞって席を譲るのか、ああ?」
まったくその通りなお言葉だった。俺だって譲りはしないだろう。
「いや、絶対に譲らねぇわ。任せるぜ、ローディ。
埠頭の訓練施設か工業ギルドで、騎士団の誰かかエルリックさんに話を通すんだ。
早く飛ぶ必要はない。普段の何倍もの距離を飛ぶんだ。
体力を使い果たして落ちるなよ?」
「いわれるまでもねぇ。
フローレンスで待っててやるぜ。ちんたらしねぇでさっさと戻って来いよ」
準備を整えて、フレアブラスが飛び去って行った。
あとは俺たちは待つしかない。
前にも体験したが、待つだけ、というのはとにかくじれったい。
電話やGPSでの位置把握なんてものはないから、無事にたどり着いたのか、どこかでトラブルに巻き込まれていないか、騎士団とかにうまく連絡がつけれたのか、いろいろと考えてしまう。
それに今海賊に襲撃されたらひとたまりもない。
震電は戦える状況じゃないし、アストラ一機で動けない4隻の飛行船を守るのは無理だ。
じりじりしながら待っていた二日目の夕方。
「飛行船が見えます。2隻です。騎士団の旗を立ててます」
見張り台から明るい知らせが聞こえてきた。
どうやらあいつはうまくやったらしい。
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2隻の飛行船のうち一隻から渡し綱がつなげられた。
騎士団の飛行船から乗り込んできたのは、トリスタン公の護衛のイングリッド嬢だった。
「状況は、ローディ殿より伺っています。
あと半日ほどで騎士団旗下の大型双胴飛行船が到着します。行動不能の3隻はその飛行船で曳航します。
ディート殿は震電をこちらの飛行船に直ちに載せ替えてフローレンスへ帰還。
修理の段取りは付けてあります。修理が済み次第、ホルストの掃討戦に加わるようにとのお言葉です」
「ちょっとまて。
騎士団でもない、しかも一戦終わったばかりの俺をこき使う気か?」
俺は騎士団旗下じゃない。どう考えても俺の出る幕じゃないと思うんだが。
抗議する俺をクールな目線で一瞥すると、イングリッド嬢が懐から一枚の紙を取り出した。
「トリスタン公の御言葉を伝えます。
クリムゾンのシスティーナを退けたということは、お前はすでにフローレンス近郊では屈指の乗り手である。
そのお前が悪を打ち滅ぼす決戦に参加せぬということは正義の名において許されない。
四の五言わずに速やかに戦列に加われ。
以上です」
まったく勝手なお偉いさんだ。
だが。フローレンス屈指とはね、出世したもんだ、我ながら。悪い気分じゃない。
「そこまでいわれちゃ仕方ないな。やってやるよ」
いつもの防寒具を着こみ第三層のハンガーに降りる。
準備をしているとフェルがやってきた。
「ディート。行くんだね。あたしの分まであの野郎をぶちのめしておいてね」
グローブを手渡してくれる。
フェルは傷が深いし、ホルストとの戦いは騎士同士の戦いになる。色々と無念だろうが、今回は出る幕はなさそうだ。
「必ず帰ってきてね。キスをお預けのままにしちゃ嫌だよ?」
「任せとけ。俺は強いんだぜ、さっきわかっただろ?」
シートに座ってベルトを締めつつ答える。
「そうだね。フローレンスで待ってるよ」
キャノピーと半分切り裂かれた頭部装甲が絞められた。
キャノピー越しにフェルがいつも通りの笑顔で手を振っているのが見える。
生きて帰らないといけないな、と思った。
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快速飛行艇でフローレンスに戻ると、アル坊やとローディ、そしてガルニデ親方が出迎えてくれた。
「無事だったか。ディート」
これはアル坊や。
「どうにか。死にかけましたけどね」
「儂の騎士がシスティーナと互角に競り合えるとは感無量じゃ。
良い乗り手に巡り合えて儂も嬉しいぞ。
大至急で完璧に直してやるから待っていろ」
ガルニデ親方とレストレイア工房のスタッフが震電を台車に乗せて運んでいく。
右腕と肩の装甲を失い、それ以外にも切り傷が多数。
どのくらいで直るのだろう。
「どうだ、俺を少しは認めたか?」
これはローディ。
「いや、大したもんだよ。見直したぜ、炎の王さん」
GJポーズ付きで称えてやる。
これはお世辞じゃない。
居住性最悪で、長距離飛行には向いてない騎士を少なくとも半日以上ノンストップで飛ばしてフローレンスまで辿り着いたのだ。
クソガキかと思っていたが、認識を変えなきゃな。
「いい呼び名だろうが。手前に言われると最高にいい気分だぜ」
GJポーズには応じなかったが、炎の王、といわれるのはまんざらでもないようだ。
中二病患者への冷やかしのつもりだったが、本人的には満足らしいのでまあいいか。
「では、休養を取り出撃に備えるように。
修理が終わり次第、騎士団の飛行船に震電を搭載し出撃します」
イングリッド嬢が言い残して去って行った。