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二つの褒章

「困りますなぁ、ディートさん」


捕獲した海賊の騎士を網で括って飛行船につりさげ、前にやった通りに騎士を船に戻す。

装甲とキャノピーをあけて船に戻った俺をテオ船長が渋い顔で出迎えた。

シャンパンを用意して出迎えてもらうならともかく、文句を言われることはないはずだぞ。


「もう船は荷物で一杯ですぞ、船足が遅くなるではないですか。

予定外の行動は困ります。

余分な荷物を増やす際には先に一言いただかなくては」


なるほどね。渋い表情を作ろうと努力はしているようだが、口元が緩んでるな。


「そうか……ごめんなさい。じゃあ捨ててきましょうか?]


ちょっとからかってみる。


「いやいや、そんなことはしなくて結構ですよ。

ですが、これで到着が遅れたら店主に叱責されるのは私なのでしてね」


船長が大げさに手を振る。

この世界でも突っ込み待ちがあるとはね。ここはあわせてやるべきだろう。


「まあいいじゃないですか、堅いこと言いっこなしですよ、船長。

帰ったら一杯奢りますから、わがまま言わせてください」


仕方ないな、というように船長が肩をすくめた。


「いいでしょう。今回は特例にしておきますよ。次からは……」


「次からは事前に、何機落とすか申告しますよ。二機はやりすぎだったみたいですし」


というところで笑いをこらえられなくなったらしく船長が噴き出した。

同時に周りの船員達が大歓声を上げてくれる。


見ると、3層の狭いはしけ、2層に続く階段にいたるまで船員たちであふれて、思い思いに手を振ったり口笛を吹いたりして祝福してくれていた。

シャンパンファイトできないが、これはうれしい光景だ。

勝って帰ってくるっていうのは感動的だぜ。


「いや、すばらしい。もう、お嬢さん、などと呼ぶのは失礼ですな。

ディートさん。店主が拾ってきてローディを押しのけた乗り手がどんなのかと思っておりましたが、本当に海賊の騎士を捕獲できるとは」


船長がいつものこぶしを合わせて健闘をたたえあうポーズをしてくれる。

俺も前にやったとおりに通り応じる。


「うまくいってよかったですよ、ほんとにね」


これは本音だ。色々と未知数だったんで、うまくいってよかった。

拍手をしてる中に出撃の準備を手伝ってくれた船員たちを見つけた。


「そこの二人、どうだ、俺の腕は?」


「いや、すごかったです」


「女の乗り手なんてありえないって思ってました。すいません」


二人がすまなそうに言う。


「それはいいさ。

それよりこういう時はこうするんだ」


親指をあげてGJポーズを取る。


「なんですか、それ?」


「俺の出身地で、いい仕事をしたときにする挨拶だ、覚えといてくれ。

流行らせてくれていいぞ」


「こうですかな?」


船長が親指をあげたGJポーズをしてくれた。


「ディートさんに祝福を!シュミット商会に祝福を!」


船員の皆が親指を上げて歓声を上げてくれる。

皆が俺の勝利を祝ってくれる。最高の気分だ。

一通り皆が大声援をあげるのをみて、船長が手をたたく。


「よし、みんな。浮かれるのは一度やめにしよう。持ち場に戻りたまえ」


船長が大きな声をあげて指示を飛ばす。


「まだ何が起こるかわからないぞ。仕事が終わったら心行くまで喜ぼう。

帰ったら皆で祝宴を上げようじゃないか。

支払いは商会が持ってくれるに違いないぞ、期待していたまえ、君たち」


船員たちが威勢のいい声をあげて、それぞれの持ち場に戻っていく。

浮かれっぱなしにならないあたりはさすがにプロの集団だ。


商会が払うって勝手に決めていいものなのかは知らんが、まあこのまま帰ればこの仕事は大成功だし、このくらいはいいのかもしれない。

船員たちが散っていくのをみて、船長が満足そうにうなづく。さて、俺はどうすればいいんだろう。


「ディートさん、君はとりあえずは休んでいてください。

もう一度出撃がないとは限らないが、しばらくは大丈夫。

何かあったらよぶのでよろしく頼みますよ」


---


仕事をやりとげた達成感でふわふわした気分のまま、3層の自分の部屋にもどった。

出撃前は2人の船員がいたが誰もいない。風の音とローターが回る音が聞こえるだけだ。

壁に頭巾をかける。

ひんやりとした空気が心地いい。防寒具を上だけ脱いでベッドに腰掛ける。


今になって震えが来た。

生き残れた、責任を果たせた。

襲ってきた海賊の騎士を捕獲できた。


戦っているときは夢中だったが、どこかで一発くらっていたら、俺が雲の海の藻屑になることだって十分にあり得た。


レギュラーシートをもらって走れるドライバーをただ羨ましいと思っていた。

でも、いろんなものを乗せて走るのは結構しんどい。

以前はただ見上げてうらやむだけだったが……立場が変わって始めて分かる気持ちだな。


酒か何かが欲しいところだが今は無理だし、寝るわけにもいかない。

夜が早く開けてほしい。


「ふう」


「疲れた?」


「そりゃもう」


「初陣は疲れるよね」


「ああ。それにいろんな人の期待とか、命とかを背負うってのは初めてだからな」


「わかるよ。自分の後ろのいる人のことを考えると怖くなるよね」


って俺の独り言になぜ返事があるんだ?と思ったら部屋の隅にフェルが佇んでいた。


「だあっ、またか、コラ!」


「そんなに驚かないでよ」


いつの間に入ったんだ、コイツは。


「いつからいたんだ、おい」


「最初からいたよ。ディートが気づかなかっただけ」


気配の消し方がうますぎる。ニンジャかこいつ。


「何の用だよ」


「初陣の後だからさ、何か話したいこともあるんじゃないかと思ってさ」


ベッドの横に座られる。俺が黙っていると、やわらかく抱き寄せられた。

普段なら放せ、出て行け、と言いたいところだが、今日はそんな気分にならなかった。

俺もヤキが回ったか。


「なんでそう思うんだ?」


「ディートよりあたしの方が経験があるからさ。

あたしだって初陣を経験した時は怖かったし。乗り切った時は眠れなかった。

この仕事が長くなればそういうのをたくさん見てきたってだけ」


抱き合う、というか身長差があるから胸に抱かれる、という感じではあるが。

独特の体臭と体温と鼓動が伝わってくる。しばらく抱き合うと少しづつ気分も収まってきた。


「ありがとう。

どんなに腕利きが護衛についていてもやられるときはやられちゃう。

グレゴリーのおかげ、そしてなによりディートのおかげ。すごかったよ」


そのまま唇を寄せようとしてくる。


「ちょっとまて」


キスされそうになったのを手で制した。


「心は男なんでしょ。じゃあご褒美じゃない?」


男だったら美女……といっても獣耳装備だが……とのキスは有頂天になる場面だが、なんか抵抗を感じるのはやはり体が女だからなのか。


「待て待て、ちょっと俺にもやらせろ」


やられっぱなしなのは男の沽券に係わる。しかも俺のほうが年上だ、たぶん。


「あは、男にリードさせろって?いいよ。リードされるのも嫌いじゃない」


フェルがほほ笑む。

よく考えれば、会って以降、勝手にキスされるわ、ベッドに潜り込まれるわで、やられっぱなしだ。一泡吹かせてやりたいがさてどうしたもんか。


身長差があるので立って、上から見下ろしてみる。

フェルがいつでもどうぞ、と言わんばかりに目を閉じて唇をとがらせる。キスするときはこっちでも目を閉じるもんなんだな。


余裕綽綽、という感じが何か腹立つ。首筋を抱いて上からかぶさるようにキスしてみた。

唇が触れ合う時に、はふっと吐息が漏れ甘い香りがする。

唇を合わせて舌を差し込むと、八重歯にあたってちょっと痛い。


キスするついでに獣耳に触れると体がぴくっと震えて一瞬力が抜ける。

身をよじらせて逃げようとするので首筋を抱えて、ベッドにそのまま押し倒した。

一度キスをやめて、獣耳にもう一度指を這わせる。


「……んんっ」


切なげな表情でフェルがのけぞった。

チクチクする短い毛が指先に心地いい。ここが弱点か?


もう一度、今度は獣耳に触れながらキスした。

首筋を抱えている上に、俺が押し倒した状態だから逃げられない。


今まで主導権を握られっぱなしだったし、仕返しの一つでもしていいだろ。

耳のふちをじっくりなぞると、しなやかな体が身じろぎし絡ませた舌がキュッと強張る。

耳の奥に指を入れると舌からも腕からも力が抜ける。


と、調子に乗って耳を触っていると


「痛っ!」


舌を噛まれた。慌てて唇をはなす。


「かわいい顔してなかなあかやるじゃない。でも、おいたはだめだよ、ディート」


いつもの余裕の口ぶりだが、頬がぽうっと上気している。

普段は取り澄ましたクールビューティな感じなので、雰囲気が違ってなんかかわいい。


「そういうのはフローレンスに帰ってから。続きはまたね」


椅子に掛けたままの上着を羽織ってフェルが立ち上がった。


「元気出たみたいだね」


「……ありがとな」


「今日はもう海賊は襲ってこないと思うよ。大丈夫、ゆっくりしてね」


「なんでそう思うんだ?」


「海賊にも縄張りがあるんだよ。二つの海賊が同じ縄張りにいることはないんだ。

船長はみんなが気を緩めないようにああいっただけ」


そういうものか。

正直言って休ませてもらえるのはありがたい。


「じゃあお休み。いい夢見てね」


ドアが閉まり、部屋に静寂が戻った。

硬いベッドに横になって厚手の毛布をかぶると一瞬で睡魔が襲ってきて、文字通り眠りに落ちた。

気づいたのは次の昼、フローレンスまであと数時間のころだった。


---


ちなみに、フローレンスに帰還した後、海賊の騎士は工業ギルドに引き取られていった。

あとから聞いた話だが、2機で800,000クラウンになったそうだ。


俺の生活は商会が面倒を見てくれているので金銭感覚がまだいまだにつかめないが、普段の宿の夕食は10クラウン。

一概には言えないが、ディナー1000円と考えれば、大体100倍すると日本円になる。


ってことは、二機で8000万円だ。8000万円!大事なことなので2度言っておく。8000万円。

単独のレースでこれだけ賞金がつくことはたぶんない。結構すごいことをやったな、我ながら。


遅筆ですみません。本当にすんません。プロットはあるんでなるべく早めに書きます

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