5日目、その夜。
今回の仕事は片道3日の貨物輸送の旅。
エミリオ鉱山地区なるフローレンスの鉱山島への貨物輸送だ。
エミリオ鉱山地区は、コアやエーテル砂を採掘する鉱山で、それ以外は産業がなくライフラインは飛行船頼みなのだそうで、定期便が常に飛んでいるらしい。
その仕事をうまく拾ってきた、というわけだ。
重要航路だけあってフローレンスの軍にあたる騎士団も警戒はしているが、船が多く行きかう、ということは海賊からすれば獲物に事欠かない、ということでもある。
こんなわけで完全に安全が確保されているというわけではないらしい。
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初めて飛行船に乗った時は、思いだしたくもないメイド姿でアル坊やの後ろを付き従っていただけだったが、今回は好きに見て回れる。
シュミット商会の飛行船ケレス、プロセルピナ二隻でサイズはほぼ同じ。
プロセルピナのほうが若干小型で、型は新しい、ということらしい。
俺と震電はケレスに、グレゴリー及びローディとアストラはプロセルピナに乗っている。
二隻とも貨物船で、200メートル近い巨大な気嚢を金属の骨組みが覆い、その骨組みに四本のローター付きの翼がついている。
骨組みには縦横にはしごのような足場と見張り台が設置されていて、船員たちが身軽に上り下りしている。
俺は別に高所恐怖症というわけではないが……ちょっと真似できない。
命綱の着用は必須だそうで、船員の制服ともいうべきベルトには、工具や武器をつるす金具以外に、命綱を固定する大きなカラビナがつけられていた。しかも二つ。
命綱は二本装備がスタンダードらしい。
地球の海と違って、足を滑らせたら命はない。用心するのがプロというもんなんだろう。
ローターにはそれぞれに動力としてエーテル炉が設置されていて、常時2名が詰めておりエーテル炉の管理をしている。
蒸気機関に石炭をくべるように、エーテル砂といわれるエーテルの粉を炉に入れているのだ。それぞれの翼から銀色の煙が上がっている。
粉塵や熱が出ない、という点では違うが、エーテル砂を燃やした時には煙は出るというのはあたりは、蒸気機関と同じだな。
重労働ではあるらしいが、粉塵と熱がないだけましだろう…と思ったが、あまりにも長くエーテル炉の近くで作業していると、エーテルに「当てられる」状態になるらしい。
人間の体内にも多かれ少なかれエーテルがあるそうだが、それのバランスが狂うそうだ。
死ぬとかいうわけではないようだが、意識が朦朧として短ければ30分ほど、長ければ何日も動けなくなるという。
俺は入れてもらえなかったが、万が一乗り手がエーテルに当てあれて動けなくなってしまっては困る、ということなんだろうな。
気嚢の下には大きめの船室がある。
船室は3層構造で上から数えて第1層が巨大な倉庫スペース。実質4層構造の2層分なみ、というサイズだ。
今はエミリオ鉱山地区のための大量の食料品、水、酒、油、布地などの生活物資や機械部品などが詰め込まれている。
第2層は船員の居住スペースと待機スペース、操舵室。ちょっと回ってみたが、広い食堂と、ハンモックがつるされた大部屋があり、普通の船員はそこで雑魚寝のように過ごしている。一応男女はカーテンで区画分けされているがプライバシーなぞあったものではない。
船長やフェル……一応護衛船員長という立場なのだ、あれでも……には個室が与えられている。
第3層は騎士の収納スペースで昼の間は騎士はうつ伏せになるような状態で飛行船に縛り付けられている。
夜になったら係留を解かれ立っているような姿勢でつるされる。これはいつでも出撃できるように、ということだ。
俺の部屋もここに用意されてる。一応個室だが、ふきっさらしに近いので寒い。
もう少し待遇を改善してほしいところだぜ。
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船をうろうろしていると、フェルとばったり出会った。
「何してるのさ、ディート」
「いろいろ珍しくてさ。見回ってたところだ」
船の上でのフェルは、風を孕まないように細身のつくりの動きやすそうな船員着を着て、その上にいつもの和服の様な上着を羽織っていた。
腰には手斧と中世を舞台した映画にでてきたような単発式のピストルを2丁を指している。
「ディートが起きててもしょうがないよ。言われただろ?」
「ああ、分かってるよ。乗り手は昼は寝ておけ、だろ?」
海賊の襲撃は主に夜。だから昼は乗り手は寝ておくものなんだそうだ。
「昼は寝るのがディートの仕事。夜は戦うのがディートの仕事。
今起きてるのは職務怠慢だよ、ディート」
「……そうだな。じゃあそうするよ。しかし意外に真面目だな」
いつもはぐらかすようなことばかり言っているが、船に乗ったら案外真面目だ。
ちょっと調子が狂うな。
「あたしはいつだって真面目さ。船の上では特にね。肝心な時に寝ぼけないでね」
まあもっともな話なので、3層に用意された俺の部屋に戻ることにした。
プロはコンディションを整えておくのも仕事の一環だ。まだ日が高いから寝られるかわからんが。
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つつがなく航海は過ぎる。
飛行船は3日間で予定通りにエミリオ鉱山地区に着き、荷物を下ろした。
代わりにエーテル砂を詰めた樽を貨物室に満載にする。
船長や航海船員たちが忙しく働く中、俺は手持ち無沙汰だ。なにもなければ騎士の乗り手にはやることがない。
今度、グレゴリーに乗り手の暇つぶしの仕方でも教えてもらおう。
エミリオ鉱山地区を出て二日目の夜、全体の行程としては5日目だ。
昨日も何も起きなかった。そして今日も淡々と時間が過ぎていく
海賊の襲撃は殆どが夜なので、乗り手は夜は寝れない。
まあそりゃ当たり前で、白昼堂々と突撃してくる泥棒は居ないだろう。
夕方6時くらいに起こされて、翌朝8時まで3層の部屋で待機することになる。14時間拘束とか、なんというブラック環境。
同じ部屋には二人の船員がいる。彼らは出撃の時の補助要員だ。
彼らも夜通し寝られない。二人とも二十歳少し過ぎ、というところだろうか
俺の方をちらちらとみてくる。
いわゆるフリーエージェントの騎士の乗り手がたむろしている酒場にも行ってみたが女の乗り手は殆どいなかった。
三次元的な空間把握能力は女性の方が高い、ということを聞いたことはある。そういう意味では乗り手の適正としては女性の方があるかもしれない。
しかし一方でGに耐えるにはある程度の肉体的な強さは不可欠だ。
女性の乗り手が少なくなるのは致し方ない。
この体は見た目より体力というか強さがある。
これはクリス嬢の運動神経のなせる業なのか、何らかの形で俺の元の肉体的な強さの一部が受け継がれているのか、此処の辺はよくわからない。
ただ、それはあくまで俺がわかっていることであり、周りから見れば俺は19歳女なわけで。若さ、性別のいずれの意味でも乗り手としては異色だろう。
視線については、不安感、というところか。無理もない。
壁に掛けられた大きめの時計は午前1時を指していた。
夜はまだ長い。
地球だったらネットサーフィンするなり、音楽聞くなり、何でもできるんだが。
このままいけば明後日の朝にはフローレンスに戻る。
何も起こらないで仕事が終わる……いや、それ自体は結構なことなんだが、なんというか焦れた気分だ。
待っている人が来ないような何とももやもやした気分とでも言おうか。
俺が必要とされる何かが起きることなく、仕事が無事に終わる。もちろんそれはそれでいいことだ。
その一方で襲撃があってほしいと思う自分もいる。
俺がいるのは、単なる護衛のためではない。
護衛騎士なら何も起きなくてよかった、でいいと思う。
だが俺は違う。俺は海賊の騎士を倒しとらえるためにここにいる、と言っていい。
特殊な機体を作ってもらって、何もありませんでした、でいいんだろうか。
商会の経済的な内情はわからないが、資金的に余裕があるとは言えないだろうし。
しかし、こればかりは自分でどうできるもんでもないんだが…
……何も起きないと思考がどんどんネガティブになっていく気がするぞ。
何事もなくじりじりとした気持ちで時間が過ぎていった、ちょうど午前3時くらい。
二人の船員もうとうとしている。何もなさ過ぎて俺も寝そうになる。
その時。
カーンカーンと甲高い金属音が連続して鳴り響いた。鐘の音、此処の世界でも、地球でも同じだ。警告音だ。
もやっとしていた意識が一瞬でクリアになる。二人の船員も飛び起きた。
「……海賊の騎士と思しきものが接近している可能性があります。出撃準備」
伝声管からくぐもった声が響く。
待ちに待っていた本番が来た。そう、ついに。来てしまった。
続きは明日か明後日には書きます。




