シュミット商会の現状
昨日更新するつもりでしたが、ブラウザの操作を失敗して2時間かけて書いた文を消してしまいました。
最悪中の最悪だぜ…
「あまり調子がいい状況じゃない、と言っていたけど。
今のこのシュミット商会の状態を教えてくれないか?」
色々と荒れた感じの顔合わせが終わって解散となった後、俺とウォルター爺さん、アル坊やは店主の専用の部屋に引っ込んだ。
今は俺たちだけなので、タメ口でいいのは有難い。
部屋は、アル坊やにはあまり似合わない大きめの机、机の後ろには大きめの窓があり、光が差し込んできている。
壁にはフローレンスのものらしき地図、その周辺との航路らしき海図というか空図がはってある。
もう一方の壁には巨大な本棚があり、本や書類が納められていた。
あまり社長室という豪華さはない。
「まあ色々とあるんですが…」
て感じでアル坊やが説明してくれたのは大体以下のような感じの事だった
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シュミット商会は飛行船3隻、騎士2体を保有するフローレンスではよくある輸送、貿易会社だったらしい。
最初に会った時にウォルター爺さんが、フローレンス屈指の貿易商、と言っていた気がするが、まあそれは置いておく。
かつては最大8隻の飛行船と騎士6機を擁し、南の魔導師領とも交易をするほどの勢いだったそうだ。
南の魔導士領は、かつて世界を制していた魔法使いの末裔たちの国だそうで、往復で30日ほどかかる航路らしい。
途中には中継地点はあるものの、海賊が出没したり、モンスターの住処があったりと、かなりの危険を伴う。
かつての地球の大航海時代の、ヨーロッパとインドの往復で1年、というのに比べれば期間は短いと言えばそうだが。
しかし、少なくとも大航海時代にはモンスターは居なかったわけで、期間が短いからと言って楽だとは言えないだろう。
シュミット商会の災難は20年ほど前のこと。不幸にも魔導士領からの帰路にクラウドサーペントなるモンスターと遭遇したことだそうだ。
死闘の末にかろうじて全滅は免れたものの、飛行船と騎士の半分を失って、一気に商売の規模が縮小したらしい。
ちなみにクラウドサーペントは、雲の中に生息する最大で100m近い巨大な蛇で騎士の装甲さえ溶かす強力な酸性の雲を吐くとか。恐ろしい。
しかし航行中にモンスターと遭遇、ってあたりは異世界だよな。
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「ところでアル坊や、ドラゴンとかは居ないのか?」
やはりこういう世界の最強モンスターに君臨するのはドラゴンだろう。
「ドラゴンですか?居ますよ。ディートさんの世界にも居たんですか?」
「いや、居ない、居ない。物語とかの中だけさ」
やはりいるのか。
「ドラゴンは恐ろしいモンスターではありますけど、数が少ないですし、縄張りがはっきりしていますから、そこに入らなければあまり危険じゃありません。
クラウドサーペントは雲海や大きめの雲に潜んでいるんで、どこにいるのかわかりにくいんです」
「なるほど、そりゃ性質が悪いわ」
「それにドラゴンなら飛んでますから。遠くから発見して逃げればいいですが、クラウドサーペントを先に見つけるのは難しいんです」
なるほどね。強いと厄介とはまた別の問題か。
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話を続けよう。
そして、しばらくはその規模で仕事を続けていたが1年前に貨物を輸送中に海賊の襲撃を受け、飛行船一隻が拿捕され、騎士一体が撃墜。
しかもアル坊やの父親もその時に亡くなったという。
海賊に襲われて積み荷と船を失ったこと、そしてなにより店主がなくなって、次世代がまだ少年、ということが大きな影響を及ぼし、仕事は激減。
今の苦境につながっているらしい。
会ってくれればアル坊やがなかなかの男であることは分かってもらえると思うが。
やはりあっちでもこっちでも、商売には一定の貫禄は必要ということだろう。
まあ店主が若い若くないという話はおいておいても、船が一隻減るということは、こなせる仕事量が2/3になるということだ。
それは売上が2/3になるということなわけで、会社としては厳しい状況なのは言うまでもない。
売上33%減とか、普通の会社じゃ大規模リストラが始まりかねない。
それ以上の問題は騎士が一機撃墜され、今は一機しかないことらしい。
というのは、輸送飛行船につく護衛の騎士は2機以上が原則なのだそうだ。
これについてはわかる気がする。
まず単純な話として、いざ海賊の騎士と戦闘になった時に、多対一になれば不利なのは明らかだ。
それに、万が一の被弾で騎士が戦闘不能になったら、飛行船は全くの無防備になってしまう。
どんなエースでもニュータイプでも不測の事態を完全に避けることはできない。
弾が自分を避けていくのはアニメかハリウッド映画の中だけだ。
ということで、シュミット商会の解決すべき問題は、客を探す、仕事を取るという以前の問題として騎士を2体そろえること、ということらしい。
なるほど、それでアル坊やとウォルター爺さんがレストレイア工房とやらを訪れて、そこでクリス嬢に一目ぼれした、というわけか。ようやく話がつながった。
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「今のところ、近郊の航路での輸送を請け負っておりますが、こういう路線はやはりあまり利益にはなりませんので…」
まあそうだろう。誰もが手を出しやすい仕事は価格競争になる。
そして価格競争になれば規模が大きい大手が有利ってわけか。
……なんとも世知辛い話だ。あっちでもこっちでも経済の理論てやつは容赦がない。
「もう一機を手配できる当てはあるのか?」
「今レストレイア工房で建造中です。
基本骨格はできていて、今後はどのような機体にし上げるかを打ち合わせなくては……」
次の機体を建造する余力もない、ということではないらしい。
とりあえず騎士が作れず詰んでる、ということはないのは結構なことだ。
「ただですな、それを建造した時点で我が商会の資金はかなり苦しくなるのです。
早急に仕事を確保しなくてはなりますまい。失敗は許されません」
「一足飛びに稼ぐ方法とかないのか?」
「そんなのがあれば苦労しませんよ、ディートさん。
危険な航路に行けばそれは稼げますけど、そういう危険な仕事で騎士や飛行船に被害が出たら…
機体の損傷の修理もお金がかかるんですよ?」
この世界にはメンテナンス費用は雇い主持ち、などという契約はないらしい。
そして、その時何となくわかった。
あのアーロンという飛行船の護衛騎士の乗り手が俺にあれだけ腹を立てたのか。
飛行船の護衛の仕事は、海賊を撃墜することじゃないのだ。
勿論敵を船に近づけないことが仕事だが、それは最低限。
護衛の騎士の仕事は敵を近づけないこと、そして被弾を最小限にすること、なのだ。
距離を取って海賊の騎士を牽制し、安全な航路や騎士団……てのが何だかわからんが、多分軍隊なんだろう……が守護している安全地帯まで飛行船を戻らせる。
海賊を撃墜することは二の次、三の次。
単に海賊を船にたどりつかせなければ勝ちではない。
被弾が嵩んでしまえば、修理代で赤字、ということもあるんだろう。
そして、逆に海賊は船をなるべく安全地帯から引きはがそうとする。
その間に、護衛の騎士を戦闘不能に出来ればよし、飛行船に一撃食らわせてもよし、というわけだ。
だからこの間の海賊の騎士も、こちらを狙うよりむしろ飛行船の航路を妨害してこようとしたわけか。
そして海賊だって機体が壊れれば修理が必要になるのは変わらないから、無茶な接近戦を挑んだりもしない。
リスクを避けて距離を取りつつ射撃戦を行い、飛行船の航路を奪いあう、おそらくこれがこの世界の空戦のセオリーだ。
となれば俺が海賊の機体に対して接近戦を挑んだことに、アーロンがあれだけ怒ったのも理解できる。
俺自身は避ける自信があったが、万が一がないとは言えないし、そんなことは見ている側にはわからない。
そりゃ寿命が縮む思いだっただろう。
彼からすれば、チームオーダーを無視しての大暴走に見えたわけだ。
こう考えると申し訳ないことをした。
いずれあったら詫びを入れよう。
しかし、一発逆転の方法か。うーん。
一つアイディアがある……こんなのはどうだろう?
「なあ、アル坊や…こういうのはどうだ?」
俺の考えを話してみる。
「え?それは?ちょっと…あまりにも無茶じゃないですか?」
「無茶なのは承知さ。だがな」
予想通りの反応が返ってきた。確かにリスクはある。しかし…
「だが、今は不利な状況なんだろ?
全く勝ち目のない時に無茶をする奴は単なるバカだ。
だが、苦しい時に地道にやっていても、結局は手詰まりになるだけだぜ。
俺の世界でもそうだったけど、弱小チームが上位に噛みつこうとするなら、多少のリスクは避けられんぜ」
「本当に出来ると思いますか?」
「俺はできると思ってるから言ってるぜ。
それに前の戦いを見てたらできると思わないか?」
アル坊やが沈黙する。
「どう思う、ウォルター?」
「率直に申しまして、非常に危険ではあると思います。下手をすれば我が商会のとどめを自分で刺すことになりかねません」
普段は表情を崩さないウォルター爺さんだが、さすがに俺の意見は想定外だったのか、困惑した表情だ。
「ただ先日の戦いを見るに、ディート殿なら可能かもしれない、とも思います」
あとは、アル坊やの決断次第だな
「……正直不安ですが、ディートさんの言うことももっともかもしれないですね。
このまま、ただ商会が衰退していくのを見るのは……」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だぜ」
「なんですか、それ?」
「俺の世界のことわざだよ。竜の巣に自分で踏む込むくらいでないと、宝物は得られない、ってこと」
しかしここで注意しておかなくてはいけない。
「ただ、アル坊や、これを実行するためには…」
「ええ、分かってます。これができるのはディートさんだけですね」
「そういうことだ。
悪いがあのローディの兄ちゃんには我慢してもらわないといけないな」
なにはともあれ、2機目がないと話にならない。
「そうですね。では明日にでもレストレイア工房に行ってみましょう」