それぞれの決別
「勿論、ディートさんの身柄については僕が保障しますよ」
そういわれてほっと安心した。
16歳の子供に生活を保証すると言われて安心する23歳男もどうかとは思うが。
「ディートさんがいなければ僕たちはどうなっていたか分かりません。そうだろう?ウォルター?」
「勿論で御座います、坊ちゃま。しかし問題がいくつかございますぞ」
そうなんだ。確かに解決すべき問題がある
「まずどのような名目でダイト殿を受け入れるか、ということですが……個人的に坊ちゃまが養われるので?」
「ちょっと待った。俺はただ飯食う気はないぞ。
できればアル坊やのシュミット商会とやらで働きたい。騎士の乗り手としてだ」
繰り返しになるが、巨大ロボのパイロットは男の夢だと断言したい。
しかも正式な騎士の乗り手になれたら、念願だったレギュラーシート獲得だ、ちょっと方向性は違が。
いずれにせよ、帰る当てがないなら少しでもこの世界でやりたいことを見つけなくては。
「騎士の乗り手ですか……」
アル坊やとウォルター爺さんが顔を見合わせる。
俺が十分に乗れるのはさっき見せたと思うが、何か問題があるんだろうか
「如何しましょうか?」
「……それについては海賊に襲われた時に騎士に乗って乗客を救ったから、それでスカウトした、というのはどうだろう?」
「それが最善でしょうか。しかし……ひと悶着あるかもしれませんな」
なんか懸念材料はあるようだが、俺としてはいい流れ。
パイロットになりたいというのもあるが、単に食べさせてもらって、ただ生きるだけなんてお断りだ。
「申し上げにくいのですが……クリス様についてはどうしましょう?」
その名前を聞いてアル坊やが一瞬辛そうな表情を浮かべた。
「海賊の襲撃で僕を守って……死んだ……ということにしよう。そうするしかないだろう」
「……さようですな。船員には因果を含ませておきます。レストレイア工房には私めが」
「……済まない。頼むよ」
当り前だがまだふっきれるもんじゃないだろう。
だが俺には何も言うことはできない。
「あとはダイト殿をどういう方として受け入れるかですが」
「頼むから女言葉を使わなくていいようにしてくれ、これだけはホント頼むわ」
「そうで御座いましょうな」
「それに女の振りをしていてもすぐにボロが出てしまうでしょうしね」
二人がうなづく。
「辺境出身で、男として育てられた女、ってのはどうだ?」
どっかの小説とか映画で見たことがある設定だがどうだろう?
「ふむ、なるほど、それはよいアイディアですな」
「じゃあそれで行きましょう。それでは、一度船員にまぎれて船から降りて下さい。
何日ほどしたら迎えに行きます。宿はウォルターが手配しますのでそこでくつろいでください。頼むよ、ウォルター」
「仰せのままにいたします」
これで当面の身の処し方は決まったか。
最後に、区切りをつけるという意味で一つやることがある。
「ウォルターさん、ナイフか何か持ってます?」
「ナイフは御座いませんが、刃物でよければ」
ウォルター爺さんはそういうとステッキをひねり、仕込杖を抜いた。くるりと回して柄をこちら側に、刃を向うにして俺に渡してくれる。
その刃を少し眺めた。
どうやって帰るかのあてはまったくないが、帰る当てができるまで俺はこの世界で生きなくてはならない。
吉崎大都ではなく、この世界の人間として。
自分のため、という意味では、夢だったレギュラーシートを得るため、そして男の夢であるロボットのパイロット、騎士の乗り手として。
そして、人のためという意味では、自分を捨ててまで俺に体を譲ったクリス嬢の意思を継ぐため。
勿論本当の意味で彼女の代わりはできないけど、俺なりに。
仕込杖の刃をうなじの後ろで髪に当てて一気に引き切った。
背中の中くらいまであった金髪がさっくりと切り取られる。風に巻かれて何本かの髪が飛んで行った
アル坊やが息をのむ。
「これは俺の決意表明だ。この世界にいる限り。クリス嬢のために、アル坊や、俺はお前の力になるよ」
握った髪を差し出す。
「アル坊や、要るか?俺の世界じゃ思い出として髪を取って置いたりしたもんだけど」
死んだ人の、とは言わなかった。
少し迷ってアル坊やが髪を受け取った。
受けとってじっとその髪を眺め、アル坊やは手のひらを開いた。またたく間に髪の束は解けて格子を抜けて行く
「あっ……おい……」
絹の様な細い金の髪が太陽に輝きながら風に吹かれていった
「いいのか?」
「……良いんです」
静かに掌を見つめていたアル坊やが大きく息を吸った。
「クリス!大好きだったよ!僕は強くなるから!
守ってもらわなくていいように強くなるから!
クリスが誇りに思ってくれる男になるから!
だから見ていて!」
……結局のところ、辛くても何処かで別れは受け入れなければいけない。
涙は見せなかった。ホントに強い奴だと思う。
はらはらと散った髪がフローレンスの空に消えていった。