帰港
テラスから見下ろしていると、視界のうちに先ず入ってきたのはそれなりに巨大な島だった。
飛行機の着陸態勢の時のように森とおそらく畑、そして小さな家が見える。
農業の島、という感じだろうか
「思ったほど大きくはないんですね、フローレンスでしたっけ?」
「何を言っておられるのですか、ダイト殿。
あれはフローレンスの一部に過ぎませんぞ。本島までは今しばらく時間が掛かります」
テラスに出てきたウォルター爺さんが応じてくれる。アル坊やは一度部屋に入った。
少し落ち着く時間が必要だと思う。他人にできるのは静かに見守ることだけだ。
そして、これはフローレンスの一部か。
まあ確かにこの島だけでは自治領と名乗るにはあまりに小さい。単なる農村だ
「あれをご覧ください。あの路線をたどった先がフローレンスで御座います」
改めてみると、テラスから見える島には線路が敷いてある。
道だと思ったが違った。テラスの格子が一部蝶つがいで開くようになっていたので、それを開けて身を乗り出した。
線路は長く伸び、島の端も超え、橋になって空に伸びていた。巨大な骨組みで組み上げられた橋が見える。
すごい……が、崩れたら死ぬだろ、あれ。俺は乗りたくないぞ。飛行船ならともかく。
橋はかなり遠くまでのび、その先には巨大な島影が見えた。あれがフローレンスか。
飛行船は体感的にはゆっくり、実際は結構な速度で村の上を通り過ぎていく。
フローレンスが近づくと島の大きさが見えてきた。
結構巨大に見えるが、どのくらいの規模かは分からない。佐渡島とかそのくらいの規模はあるんだろか。
フローレンスに近付くに従い次第に飛行船の数も増えてきた。スピードが段々ゆるんでいく。
「港の水先案内人とかいるんですか?」
地球では港は港湾管理人等がいて交通整理をしていて、動きがとりにくい船はタグボートとかで牽引されたり、というイメージだが、こっちではどうなっているんだろうか。
「見ていれば分かります。多分ディートさんには面白いと思いますよ」
おや、アル坊やが部屋から出てきた。涙の跡はもうない。
「面白いって?」
「すぐわかりますよ」
そう言っているところで、格子に何かがぶつかった。
鳥か何かか?なんだ?と思って見てみると。
「おお!すごいぜ!」
そこには両手が羽根になった女の子が飛行船に並んで飛んでいた。鷹の羽のような焦茶色の立派な羽根だ。
髪の毛の一部や頬からも鳥の羽みたいなのが生えている。
くりっとした目がちょっと子供っぽい、愛嬌のある顔立ちだ。
服装は動きやすそうだが、前合わせのあたりとかがどことなく和服っぽい。
こういうファンタジーとかそういうのに疎い俺でもこういう種族は見覚えがあった。
確かハーピーっていうんだっけ?昔なんかのゲームで見た覚えがある。
空飛ぶ島を見た時も思ったが、こういうのを見ると、ああ、異世界にきたんだな、と思わされる。
「もうじき帰港できますから。もう少し待っていてくださいね!」
そのハーピーはにっこりと笑って飛んで行ってしまった
「彼女達が港の案内人です。見たことないでしょう?」
「そうだな。ああいうの見ると、やっぱり違った世界だな、って思うよ」
「ディートさんの世界には精霊人はいないんですか?」
「あれは精霊人っていうのか?俺たちの世界は人間だけだよ」
「彼らは地水火風の4大神の力を受け継いだ精霊人です。今きたのは風の精霊人ですね」
ハーピーという区切りではなく、そういう種族がいるとことか。
しかし、素朴な疑問もある
「ああいう身体だと面倒じゃないか?手が羽根になってたら」
「精霊人には先祖がえりという魔法があるんです。
それを使うとああいう風に羽根が生えたりするんです。普段は人間とあまりかわりませんよ」
なるほど、改めて周りを見ると、風の精霊人が飛び回りそれぞれ船に何かを伝えている。
顔まで鳥になっているのもいれば、人間に羽根が生えただけ、という感じのものまでいろいろだ。
先先祖がえりとやらにも効果の差があるらしい
そのときドアがノッカーでノックされた。テラスまで音が聞こえる。
「どうぞお入りください」
ウォルター爺さんが返事をすると船員が一人入ってきた。
「もうあと1時間ほどで入港します。下船の準備をお願いします」
唐突に違う世界に放り込まれ戻る術も思いつかないが、陸地に戻って、さてこれで一つ区切りになるんだろうか。
……だが、この後、俺はどうすればいいんだろう。