空戦初陣
「おろします!!いいですか?3!2!1!…ゼロ!」
ガクンと衝撃が伝わって、そのまま機体がまっさかさまに落ち始めた。高速エレベーターの下りのように、シートから体が浮く感覚がある。
アクセルをふかすまで10秒待て、だったか。長いような短いような時間の中、心の中で数を数える。
9.10、ここだ!
左足レバーをニュートラルにしたまま、右足のアクセルを思い切り踏み込む。
背中の方からがくんと振動が響いた。見上げると畳まれていた翼が開いているのが見える。ふわりと受け止められるような感覚があり、落下が止まった。
同時に、月に照らされて銀色に輝く雲が波しぶきのように舞い上がった。視界が真っ白になる。
一瞬の静止の後に、はじかれたように機体が前に飛び出した。
F3のマシンのテストをしたとき並みの強さで体がシートに押し付けられる。
エンジン音のようなものはしない。シートの後ろの方から何かが噴き出すような甲高い音と、風きり音がコクピットの中に吹き込んでくる。
動力はなんだろう。ジェットエンジン、ということはいくらなんでもないだろう。あとで動力を聞いてみよう。
「ひゃっほうー、こりゃすげ……じゃなかったすごいです!!!
ジェットスキーで海面を走ったときのように、機体の周りに雲が舞い上がる。高く吹き上がった雲がまるで谷間のように見える。
ためしにかかとを押し込むと機体が上を向いた。再び雲が爆発したように吹き上がりGが斜め上から掛かってくる。
上昇するというより、上向きにまっすぐ進む、という感覚だ。
「バカ野郎!飛ばしすぎだ!気絶するぞ」
「何言ってんですか、このくらい余裕ですよ!」
実際、かなり強烈だが気絶するほどではない。
訓練を積んでなければ厳しいだろうが、俺の経験的には問題なく行けるレベルだ。
「船長、この嬢ちゃん逝かれてますよ!なんか口調もおかしいですし!」
「……超楽しいじゃねぇか、これ。最高!!」
すくなくともGで気絶したりすることはなさそう、というのがわかり気が楽になる。
旋回すると今度は横Gが襲ってきた。車だと2次元だが、飛行だと3次元からGがかかり全然違う感覚だ。
「サーチを起動しろ。お前の仕事を忘れてんじゃないだろうな。
お前の仕事は足止めだぞ!」
「ごめんね!ところでサーチってどうやって起動するんだっけ?」
「……さっき言った装置にダイヤルが付いている。それを押し込め。
一番近くにいるコアに向かってラインが伸びる。
ダイヤルを回せば他のコアにラインを向けれるが今は関係ない」
足の間にある戦闘機の操縦桿のような棒には確かにダイヤルが付いている。
押し込んだら、棒の先端についている石が赤い光を放ち、そのまままっすぐ伸びていった。
「そのラインの先に敵がいる。しっかり頼むぞ、しっかりな」
コアってのが何だかわからんが多分動力源か何かだろう。
これはターゲットラインを飛ばす装置というか、簡易ロックオン装置といったところか。
ラインの刺す方向を改めて見るとやや後ろの方に伸びている。
敵の騎士とすれ違いかけていた、こりゃまずい。飛ばし過ぎたらしい。
左足のペダルを捻って左旋回した。視界は良くないがサーチのライン上に敵の騎士の白い装甲が見えた。
アクセル全開にすると一気に距離が詰まる。こっちと比べると敵は随分鈍足なようだ。
「遅い遅い!」
右手のトリガーを引くと、白いビーム弾のようなものが続け様に打ち出された。右手はカノン、といっていたが要はビームマシンガンか。
連射したら何発か当たったらしいが、かすり傷のようだ。敵もこっちを向き直ってラインを変えた。
しかし旋回速度も大したことはないように思える。やはりこっちが高性能なのか。
「ラインが温いぜ!」
大きく円を描くような敵の機動の先を狙ってカノンを連射すると敵があわてて軌道を変えた。
何発か敵からもカノンの弾が飛んでくる。
「シールド、来い!」
左トリガーを引くと白いシールドが展開された。視界が白い膜のようなものに覆われる。
右手はビームマシンガン、左手はビームシールド。気分はマジでガンダムだ。
ビームシールドがでてきたのはF91あたりだっだろうか。
あの時はビームの盾なんて役に立つのかと思っていたけど、カノンの弾をシールドで受け止めることができた。
シールドに波紋のような波が走り、押し返されるような失速感がある。ビーム同士で相殺しあってる、という感じだ。
ここらへんの理屈は異世界の謎原理なのでわからない。
お互いに円を描くような軌道を取りながら撃ち合うが、移動しながらの打ち合いの上に距離がありすぎる。中々有効打にならない。
しかも敵の騎士は飛行船の航行ラインの先に割り込むような動きをしている。
一刻も早く離脱したいというのに、なかなかいやな動きをするな。
それでもこのまま適当に撃ち合いをしていれば時間は稼げるだろうが、此処は。
「いいぞ、その調子だ。あと少し時間を稼いでくれよ!」
「距離を詰めるぜ!仕留めてやる」
「だから!お前の仕事は足止めだって言ってんだろうが!」
「落としてしまえばそれが一番安全でしょ!少しでも距離を取って!」
ちまちま撃ち合ってるうちにこっちが被弾したら最悪だ。
それに変に航路を邪魔されてるうちに増援が来ないとも限らない。短期決戦に持ち込む方がいい。
飛行船の前に回り込もうとする敵の前を遮るようにラインを変えた。そのままアクセル全開で一気に敵に詰め寄る。
カノンの弾丸が飛んでくるが、左右の切り返しでかわす。
たまに当たりそうな弾はエーテルシールドでガードする。
敵が一気に近付き、サーチを使うまでもなく有視界でもう充分に捉えられた。
衝突すれすれのライン取りで敵に急接近する。
敵の狼狽がよくわかった。飛行ラインをあわてて変えて衝突軌道から逃れる。
が、遅い!
「もらったぁ!」
こんな無茶なライン取りはレースでやったら罰金ものだが、海賊相手なら別にいいだろ。コースマーシャルがいるわけでもない。
衝突ラインから逃れようとして無理な軌道修正をした敵のスピードはガタ落ちだ。
ガラス越しに映る敵がどんどん大きくなる。
数メートルまで近づいたところで右トリガー!
カノンから立て続けに白いビーム弾が打ち出され敵の機体を捉えた。
白い爆煙が舞い上がり、敵がそのままはじかれたように吹き飛んでいく。
きりもみ状態からかろうじて立ち直ったようだが、右手がめちゃくちゃになっているのが見える。
左手に武器を持っていない限り、もう攻撃能力はないな。追撃に何発か撃ったがこれは外れてしまった。
「どうだ!奴の右手は死んだぞ!止めを刺すか……じゃなかった刺しますか?」
「もういい、戻ってきてくれ。騎士団の防衛空域までもうすぐだ。これ以上戦っても意味はない」
「撃墜しなくていいんですか、海賊だろ……ですよね?」
「今は船の安全が最優先だ。帰還してくれ」
確かに今は船の安全が優先だ。
それに撃墜するって気楽に言ったは見たものの、それは相手のパイロットを殺すことだ。そう思うと頭が冷えた。流石に寝覚めがいいものじゃない。
もう一度海賊の騎士を見ると、不安定な挙動でこちらから離れていく。
少し安心した。別に殺し合いをしたいわけじゃない。
「了解、帰還します!」
最後に高々と上昇して強烈なGと疾走感を楽しむ。ウイニングランだな。
3次元機動っていうのは初めてだったけど実にすばらしかった。
元の世界に帰れたら、レッドブル・エアレースにエントリーしたくなる。
機体を水平に戻す。上空には銀に輝く巨大な月と満天の星。足元にはどこまでも果てしなく続く一面の銀の雲海。俺の機影が映っている。
今まで夜のサーキットも少し走ったことはあるが、その何百倍も素晴らしい景色だった。見とれてしまう。
「早く戻ってこい」
コミュニケーターからの声で我に帰った。
ぽつぽつと浮かぶ雲の塊を避けるように飛行船がゆっくりと遠ざかっていく。
いつまでも飛んでいたい気分になるが、いつかまたこれに乗る機会があると思いたい。
名残を振り切るようにアクセルを踏み、飛行船を追いかけた。
「……ありがとう」
「ん?なんか言いました?」
「いや、なにも言ってない。早く戻ってこいよ」
気のせいか。
「わかりました。今戻ります」