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ある日のシュミット商会

「この度、わがシュミット商会とマルセル商会は業務提携をすることになりました」


アル坊やが言って、飛行船ギルドの広々としたホールに拍手が響いた。

盛り上げるように音楽が響く。


正面のステージのような少し高くなった場所では、アル坊やとマルセル商会の店主、ノイアー・マルセル氏が握手をして書類を儀礼的な感じで書類を好感していた。

相手は40歳くらいの太めのオッサンって感じだ。


広いホールには飛行船ギルドの副ギルドマスター、ルイ・ロートシルトさんやお偉方もそろっていてかなり人が多い。

酒と料理を置いたテーブルが並べられて、ホールの隅にはちょっとした楽団がいて音楽を演奏している。

豪華な立食パーティの風情だな。


今日はシュミット商会とマルセル商会なる飛行船会社の業務提携だ。

普通に店の事務所で書類でも交わせばいいと思うんだが、色々あって飛行船ギルドで大袈裟に発表になった。


---


その後は宴会になった。

料理も酒も中々美味しい。戦争直後なのによくこれだけ揃えたもんだな。美味いものが食べれるのは嬉しいが、少し後ろめたい気もする。


「食べてる?」


フェルも今日は奇麗に着飾っている。

いつも通り着物っぽい長い上着だが、薄い青の生地に木と風をモチーフにした文様が奇麗に織り込まれていて、いい品なのは分かる。

ソースが跳ねて汚れないか、こっちが心配してしまうな。


フェルが何か言えって感じで俺を見る。


「ああ、似合ってるよ」


そう言うとフェルが嬉しそうに笑って、耳に口を寄せてきた。


「店主には悪いけど……早めに抜けて、二人きりになろうよ」


耳元で小さくフェルがささやく。

こういう風に距離が近いと前は奇異な目で見られたりもしたが、今はあまりそう言う事も無くなった。

周囲も見慣れてしまうと気にしなくなるものなのかもな。


「よろしいでしょうか?」


フェルと話していたら、声が掛かった。見てみるとノイアーさんだった。

ちょっと太めの体にスーツっぽい正装が窮屈そうだ。


「この度はありがとうございます」


ノイアーさんが汗を拭きながら言う。

なんとなくだが、良くも悪くも気のいい小さな会社の社長ってイメージだな。


「騎士を失ってしまってどうしたものかと思っていたのですが……こういう風になってくれて、店員や船員の生活が保たれるのは本当に助かります。

ディートレアさん、その武勇で今後は是非我が船もお守りください」


「ええ、勿論。こちらこそ、うちの店主をよろしくお願いします」


なんでもマルセル商会は、所属の護衛騎士を今回の黒歯車結社との戦いで失ってしまったらしい。

護衛騎士がいないと飛行船での商売はできないわけで、シュミット商会と業務提携ということになった。

業務提携とは言っても、実質的にはシュミット商会に吸収される形だが。


なんでも、飛行船ギルドが復興に向けて合併とかを進めているというんだそうだ。

だから今日もこんな大袈裟な話になった。


今後は小規模な飛行船会社は大手に統合されていくだろうな。

昔、日本の自動車メーカーでもあったような光景ではある。なので、同じようなオファーは既に何件か来ているらしい。


効率化のためには致し方ない流れなんだろう。

とはいえ、個人的には少し寂しい気もする。どの商会にも店主や店員の思いがあるはずだから。


---


マルセル商会の保有する飛行船は3隻。シュミットの3隻と加えて一気に倍の規模になったわけだ。

今後も増える見込みだが。


「しかし、手は足りるのかね」


「心配ないって、アタシが加わってあげるんだからさぁ、感謝しなよ」


いつの間にか近くに寄ってきていたミオが言う。

手には串焼き肉だの野菜サラダを乗せた皿と、ワイングラスを持っている。


こいつも捕虜にできた。

青く染めたショートヘアに大きめの青い目、気紛れ猫を思わせる雰囲気そのままの猫耳精霊人だ。

フィーネとは姉妹らしいが落ち着いた感じのフィーネとは似ても似つかぬって感じだな。


今のところは俺の預かりの捕虜と言う扱いだが、捕虜のくせに遠慮がない。

今日もアル坊やを説き伏せて強引にこのパーティについてきた。この辺のずぶとさは呆れる。

まあ騎士の乗り手向きともいえるが。


宵猫アーヴェント・ミーツェは騎士団が鹵獲して管理している。

正式に赦免が通ればこいつは宵猫アーヴェント・ミーツェと一緒にシュミット商会旗下になる予定だ。流石に無罪放免ってわけにはいかないから、俺が監視しろってことだろう。


捕虜の赦免は騎士団に強く言っておいた。

配慮してくれると思いたい。


「いや、その言い方はおかしいだろ。それにお前はまだ飛べないだろ」


「大丈夫だってぇ、世の中何となくいい方向に行くもんだからさぁ」


ミオが串焼きの肉をかじりながら言う。どこまでも口が減らない奴だな。


フィーネが死んだことを伝えた時は少し落ち込んでいたようだったが、割とすぐに立ち直った。

なんでもケントとフィーネは片時も傍を離れないくらいの仲だったらしい。

今頃は黒歯車結社の未来がどうとか心配することも無くなったから、二人でイチャイチャしてるよ、だからいいの、と言っていた。


「しかし、やっぱり足りないだろ」


今は3隻に対して、俺、ローディ、グレッグの3機で守っている。

できれば1隻につき1機は付きたいところだ。3機で守れるのはせいぜいで4隻までだろう。

ミオが加わるとしても、6隻まで増えると騎士の手が足りない


「その問題については大丈夫だよ」


正装に身を固めたアル坊やがいつの間にかそばに来ていた。

グレッグとローディ、ニキータにセリエも一緒だ。


「なんでです?」


「自由騎士から入社希望が殺到している。

シュミット家の魔女ソーサレス・オブ・シュミットと共に戦いたい、というのもあるようだけど、ローディやグレッグのように君に訓練を見てもらえるというのも大きいようだ」


ローディとグレッグも黒歯車結社との激戦を生き延びて数々の手柄を上げた。

今やフローレンスでは名が知れた護衛騎士の一人と言っていい。

特にローディは果敢な戦いで名を上げて若手のライジングスターと見做されているらしい……生意気なことに。


まあでもそう言う事なら問題は無いか、と思ったが。


「勿論全員を受け入れるわけにはいかない。なので、今後は入社試験をして君の眼で受け入れるに相応しい人を選んでほしい」


「俺が?」


「勿論だよ、ディート」


「それに飛行船が増えても一つの航路で全部の船倉が埋まるわけではありません。

全部を纏めて動かすのは効率が良くない。当面は船を二手に分けて仕事を受ける予定です。その方が効率よく稼げますからね」


ニキータが言う。


「その護衛騎士の配置とかも頼みたい、よろしく頼むよ」


アル坊やが知れっというが、要はローテーションを組めってことか。

ヤバい。なんか異様に仕事が増える気配がある。

シュミット商会のために戦うのは不満は無いが、デスクワークが増えるのは遠慮しておきたい。


「いや……なんというか、そうだ。ローディ、新規入社の審査はお前がしろ。お前ならできる。大丈夫だ、そうだろ?」


「……まあな、この俺様なら、その程度は余裕だぜ」


「よし、よく言った。流石だぜ」


「それによ……てめぇだけに任せておくわけにはいかねえしな」


ローディが言うが……意外な一言だ。こいつも成長したな


「そして、その配置ですが、やっぱりそうのいうのはベテランの人の方が適切だと思う。そう、グレッグのような」


「ちょっと待ってくださいよ、姉御」


グレッグが慌てたように言うが……悪く思うな。

面倒事は押し付けるにかぎる。俺はまだ一ドライバーでいたい。


---


話から逃れて飛行船ギルドの外で少し涼んでいたらアル坊やとウォルター爺さんが来た。


「此処だけの話ですが……おそらく近日中にあと二つの商店を吸収します。今のところの想定ですが、恐らく最終的には飛行船は15隻ほどまで増えます」


アル坊やが言う……知らないうちに随分話がデカくなってるな。

俺がこっちに来たときは廃業寸前だったはずだが、遠い昔のようだ。

クリスティーナはこれを見ているだろうか……喜んでいるだろうか。


「これは……父さんが死んだあの時とほぼ同じ規模です」


ウィルター爺さんが後ろで感慨深げに頷いている。


「ありがとう……ディート、いやダイトさん。あなたのおかげでここまで来れました」


アル坊やとウォルター爺さんが頭を下げてくれた。


自分が結果を出したいと思っていた。勿論そう思わないアスリートは居ないだろう。

だが、それと同じくらい望んでいたことは、自分の活躍でチームが盛り上がるということだ。

個人成績だけじゃなくて、自分の力でエースとしてチームを引っ張って盛り上げること。

これも叶ったな。


「尊敬すべきオーナーだから、こっちも頑張れる」


そう言うとアル坊やが嬉しそうに笑った。


「今後ともよろしくな」


「こちらこそ、ダイトさん」





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