そこにたどり着いた理由
スライドが切り替わるように、俺の目の前で不意に視界が変わった。
明るい昼の光の中で懐かしいレースチームのチームカーがパドックにずらりと並んでいる。
大きな機材運搬用のトラックには派手な赤と黄色のカラーリングでスポンサーとチーム名が描かれていた。
どうやら遠征中らしい。まだサーキットについたばかりなんだろうと言う事は分かった。
スタッフたちが荷物をトラックから降ろしている。部品とかタイヤは梱包が解かれていない。
オイルの臭いまで感じられそうだ。
チームカーの前には簡易なテーブルと椅子が並べられていた。食事の時間らしいな。
そして、キッチンカーの中からエプロン姿の「俺」が出てきた。
大きなトレイに野菜やハムにソーセージを山盛りにした大皿を乗せている。
なんとも懐かしい自分の姿。
自分の体が動いているのを第三者の視点で見るのは、自分の愛車が人に動かされているのを
みるようでなんか不思議な気分だ。
俺が大きめのテーブルに手際よく皿を並べて行った。そして、よく見ると片足が義足だ。
「私は死ぬはずでした。
というか、だからこそ神が願いを聞いてくれて、入れ替われたと思うんですけど……」
クリスティーナが横に立っていた……なんか不思議な光景だな。
鏡がないから分からんが……俺はいまどういう姿なんだろうか。
「私にはよくわかりませんでしたが、ギリギリのところでいんすとらくたー、という方が助けてくれたそうです。
足に怪我をした上に……れーさーといわれても私には何が何だか分かりませんでしたが」
「まあ……そりゃそうだろうな」
俺も何となく馴染んだが……今から思えば初戦の空戦で死んでいてもおかしくはなかった。
そして、こういう言い方はなんだが、文明レベル的にはクリス嬢にとっては、はるか未来に飛ばされたようなもんだ。
俺以上に何が何だか分からなかっただろう。
「今は、チームのケータリング部門というところでお仕事をさせていただいてます」
クリスティーナが言う。
そうなのか……正直言ってかなり温情的な措置だ。
足を失ったうえに、文字通りの意味で中の人が違うわけで、傍から見れば恐らく事故の恐怖で人格が壊れたようにしか見えなかっただろう。
プロ契約解除で放逐、というドライな対応が当然だと思うが。
そうなればクリス嬢、というか俺というか、表現しずらいが、右も左も分からない世界でどうなっていかことやら。
映像を見ていると食卓に監督とGMがやってきて、俺と何事か言葉を交わしていた。
首脳陣はあの時と変わっていないらしい。
俺が笑顔でランチョンマットとナイフとフォークをセッティングして、ワインをグラスに注いだ。
俺はあんな笑い方をしてただろうか。うーん。中の人が変われば雰囲気も変わるもんだ。
まるで創作動画を見ているで全然現実感が無い。
「しかし……なんでこんなことになったんだろうな」
「分かりません……私にも貴方にも魔法の素質があった、というのも理由かもしれませんけど」
クリスティーナが意外なことを言う。
俺にも魔法の素質なんてものがあるのか……魔法使いはたまに見かける。フェルも使えるし、あのホルストも使ってたが。
俺にも素質があるなら訓練してみたいところだ。
「この世界では、魂は風に乗って世界をめぐり転生の時を待ちます。
風の神、アネモスが私達の声を聴いてくださったんでしょうか」
クリスティーナが続ける。
「貴方は死にたくないと望んだ……私は命に代えてもあの人を助けたいと望んだ」
「そうだったのか……じゃあお前は俺の代わりに?」
死ぬつもりだったのか?という部分は言わなかったが、察したようにクリスティーナが頷いた。
非現実的な話だが……お互いの死ぬよりもかなえたい何か、が二人の体を入れ替えたってことなんだろうか。
「はい。でも後悔はありません。
私はあの人を愛していました。心から。あの人を守るためならもう一度同じことをします」
クリスティーナが静かに言う。
「……俺も感謝するよ」
「恨んでおられないですか?あなたをこんな知らない世界の命がけの戦争に引き込んだこと」
「あのままなら俺も死んでいたか、足を失ったんだろ?そうなったら、それこそ死んでも死にきれなかったよ」
あの時、死ななくても片足を失ってレーサーとして生きる道を断ち切られていたら。
まともでいられただろうか、割り切って自分の生きる道を切り替えることができただろうか。
多分出来なかった気がする。
「こっちで俺は望むものを得られた……まあちょっと違ってはいるけどな」
そう言うとクリスティーナが少し安心したようにため息をついた。
「ありがとうございます……あの方を愛してくれて」
「愛するって?」
「あなたは命を懸けてアルバート様のために戦ってくれた。それって愛じゃないですか?」
クリスティーナが言う。
「そうかもな。女の子としては無理だが」
体はクリス嬢のものだが心は今も吉崎大都のままだ。恋人という意味ではフェルがいるしな。
クリスティーナが首を振った。
「その気持ちは私のものですから」
クリスティーナが静かだが強さを感じる口調で言った。
「女としてアルバート様を想う気持ちは私だけのものです……貴方には渡しません」
クリスティーナがやわらかい笑みを浮かべる。
まるで映画のように流れていた地球の映像が薄れ始めた。なんとなく俺も何処かから引っ張られるような感覚がある。
この不思議な状況も時間切れっぽいのが分かった。
「次に会えるかどうかは……分かりません」
「そうだろうな」
どうやって体が入れ替わったか分からない。今もなぜこんな風に話せているかもわからない。
何かしらの偶然と言うか波長というか、そういうものが合った結果なんだろうか。
夢なのかと思ったりもするが、それにしてはあまりにもリアルだ。夢ではないだろう。
「GMと監督に宜しく伝えてくれ。もう少しチームに貢献したかったってな」
そういうとクリスティーナがほほ笑んで頷いた。
「お前に会ったことは伝えるか?」
そう言うとクリスティーナが首を振った。
「いいのか?」
「言わなくても伝わっていますから」
クリスティーナが自信ありげに言う。
確かにそうかもな。
アル坊やは今やフローレンスでは有名な商店主になった。浮いた話の一つもあってもよさそうだが、そういう話は聞かない。
とはいえずっと過去の思いに囚われることが良いかは分からないが。
これは、いずれ時が解決してくれる……というか、そうするしかない問題だろう。
「会えてよかった。ありがとう」
手を差し出すと、クリスティーナが俺の手を握り返した。
「私もです……お会いできてよかった。私はあちらで私の人生を生きますから……大都さん、あなたも好きに生きてください」
クリスとの入れ替わりの要素は、活報で「物語上の大きなフック」と指摘されていましたが。こんな感じで回収となりました。
もともと考えていたんですけど、構成的には最後に持ってくる方がおさまりが良かった。
最期まで描き切ってこのエピソードを入れられて良かったと思ってます。