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やさしさの行方

震電を浮島に近づけた。

滑走路のように整備された一角に、ターラントにもあったような着陸用のクッションが設置されている。

あそこになら降りれるな。震電を慎重に着地させる。


『少しお待ちください。護衛を付けますよ』


コミュニケーターから声が聞こえたが。


「いや……いい。一人で行かせてくれ」


装甲板を押し開けて外に出る。

一応コクピットに置いてある短剣と銃は持つが、もう抵抗されるとは思えない。


---


大きめの四角い建物に近づいた。平屋建てで片側は背の高い建物。格納庫だろう。何となく地球の研究施設を思わせる。

流れ弾でもあたったのか、あちこちから火の手と煙が上がっていた。


格納庫を覗くと、何機かの修理中の騎士がしゃがんだ駐機姿勢で並んでいた。ウイングやアームが破損して戦える状態じゃなさそうだが。

その周りには分解された騎士が転がっている。部品取りの為だろう。


格納庫を抜けて建物の中を行く。あちこちで火が燃えているせいか熱い。

がらんとした廊下を辿っていくと、広い研究室のような部屋に出た。


中には20人ほどの男女がいた。

騎士の乗り手らしき背の高い3人の男が、剣を構えて皆を守るように立ちふさがる。


緊張感が漂ったが……両手を上げて戦意が無いことをアピールしたら、男の雰囲気も少し緩んだ。

見るとそいつらもあちこちにけがをしていて、顔には深い疲れが見て取れる。

連日、追撃を受けて戦い続けていた奴らだろう。


「この戦いは終わった……ケントは死んだ。だがあんたらの命は俺が保証する。

俺はディートレアだ。外に出てくれ。フローレンスの飛行船がいる。保護してもらえる」


すすり泣く声がして、技師らしき男たちが悲しげなようでもあり安堵したようでもあるような表情を浮かべる。騎士の乗り手たちが先導するように外に出て行った。

これで約束は果たせたかと思ったが……部屋の真ん中の一人の女の子が残っていた。


---


短めに切りそろえた栗色の髪から獣耳が見えた。猫耳の精霊人だ。騎士の乗り手が着る防寒着を着ていたが小柄な体には今一つ似合っていない。

大きめの目のかわいらしい顔立ちだが、その目は泣きはらしたように真っ赤で頬には涙の痕が見えた。


「あんたも行くんだ」

 

その子が首を振って俺を見た。


「貴方がディートレアなのですね」

「ああ」


すぐわかった。この子がフィーネだ。

ケントが言っていた子だ。


「あなたに一つお聞きしていいですか」


回りで火が燃えているのに、まるで何事もないかのように彼女が言う。


「ああ、何でも」


「あの人が言っていました。ディートレアは自分と同じだ、と。自分と同じ故郷から来た、と。

もしかして、貴方たちは……別の世界から来られた。違いますか?」


おもむろにフィーネが聞いてきた。

疑問形ではあるが、ほぼ確信を持ったって感じの口調だ。頷いて返すと、フィーネが小さく笑った。


「……なぜわかる?」


「それしか考えられなかったのです……あの人はすべてが違っていた。技術も発想も。

あの人の作った騎士は、この後100年たってもおそらく誰も作ることはできない。そのくらい異常でした」


フィーネが静かに言う。

だからこそ、恐らく黒歯車結社は攻勢に出てきたんだろう。あれほどの騎士を作れるなら、もしかしたらと思う気持ちは分かる。

もし、あいつがいなければどうなっていたんだろうか。この戦いは起きなかったんだろうか。


「考え方も違っていました。私を傍においてくれた。人は精霊人と違いますから、普通は恋人になんてなれない。

妹に……ミオにも騎士の乗り手として生きる道を与えてくれた。精霊人を騎士に乗せるなんて有り得なかった」


そう言ってフィーネがうつむく。ミオはこの子の妹なのか。

ミオは最後まで戦い続けて捕虜になった。正直言うと賞金稼ぎとか言ってたから途中で逃げ出すと思っていたが。

あいつが最後まで黒歯車結社と共に徹底抗戦した理由がようやくわかった。


「最後までともに居たかった……遠くから来てしまったあの人の傍に居たかった」


幽霊の王マイストル・デル・ガイストが前ほどの強さを感じさせなかったのは、複座の騎士を一人で操作していたからなのは分かったが。

副操縦士コ・パイロットはこの子だったのか。


「……本当に酷い人です、あの人は」


フィーネが悲しそうにつぶやいて、俺を見た。


「ここはもう焼け落ちます。黒歯車結社とともに……行ってください」

「あんたも行こう」


彼女が拒むように小さく首を振った。だが。


「あいつは最後にあんたを生かしてほしいといった。

あいつがあんたを最後に幽霊の王マイストル・デル・ガイストに乗せなかったのも生きてほしいからだ……生きろよ」


せめてこいつは助けたい。それがケントの遺志のはずだ。

フィーネが拒むようにまた首を振った。


「あの人のいない世界で生きていたくはない……ミオや皆はどうか助けてあげてください」


揺るがない口調で彼女が言う。

説得しようとしたが……システィーナが言っていたことを思い出した。


「生きるも死ぬも、誰を愛するかも自由にすること。それこそが幸せ……か」

「ええ。ありがとう。貴方はあの人に似ていますね、ディートレア、不思議です」


その子が静かに笑った。

回りの炎が強くなって建物が崩れる音が聞こえた。もう時間が無い。

もう一度フィーネを見る。


「あいつの本当の名前は春原賢人だ。

俺と同じ、違う世界の日本という国の出身。元は技術者……技師だったと言ってたよ。

あいつは大事な人のために、逃げずに戦った。自分がやりたいことができたとも言ってたよ」


あのフローレンスで会った夜を思い出す。

彼女が驚いたような表情を浮かべて、わずかに微笑んで頷いた。


「ありがとう」


入口の方を向く。もうかなり火の手が回ってきていた。火に焙られて防寒着の中が汗まみれだ。

もう一度フィーネを見る。気が変わらないかと思ったが……フィーネが首を振って小さく会釈した。

小さく胸が痛んだが……きっとどうしようもないんだろう。


「……じゃあな」


---


戦いが終わってフローレンスに帰投した。

戦後処理は色々とあるようだが、それには俺は関われない。捕虜を絶対に処刑しないことだけを念押ししたくらいだ。


特にすることもなく過ごし戦いが終わって一週間ほどした日に、機械油亭で朝飯を食べていたらシスティーナがやってきた。

挨拶も無しで椅子にどっかと腰かける。その後ろにはいつも通りアランが付き従っていた。


「どうした?、朝から」


「今日フローレンスを離れますのでね、一応あいさつに来たんですよ」


「なんだって?」


「スカーレットの修理も終わりましたし、黒歯車結社との戦闘も終わりました。もうここにいる理由はありません

それに今は戦後でごたついていますが、落ち着いたらいつ海賊として捕縛されるとも限りませんのでね」


素っ気ない口調でシスティーナが言う。

なんだかんだでフローレンスに居つくんじゃないか、などとも思ったがそうもいかないか。


システィーナは今回の戦いの初戦、フローレンスを奴らが強襲してきたときに、黒の亡霊シュヴァルツ・ガイストを撃墜し戦線を押し返した功労者だ。

戦功をアピールして免罪を求めることも出来たかもしれないとは思うが……こいつはそんなタイプじゃないな。

とはいえ、こういわれると一抹のさみしさはある。


幽霊の王マイストル・デル・ガイストとやらと戦えなかったのは残念ですが、あの黒い騎士の男もなかなかでした。

このままあなたと共に戦うのも悪くないですが。やはり敵味方で向かい合うほうがおもしろい」


そう言ってシスティーナがアランの方に視線をやった。


「アラン、あなたはどうします?いい機会だから足を洗いますか?ブルーウィルムの返済をするなら構いませんが」


「いえ、船長。お供しますよ、あなたのそばにいるほうがおもしろい」


アランが間髪入れず答えてシスティーナが薄く笑った。


「いい心がけです」


頷いてシスティーナが席を立った。


「ではまた、戦場で会いましょう。ディートレア。楽しかったですよ」

「有難う……というべきか?」


色々あって何度も命がけで戦ったが、何度も助けられた。

こいつは気紛れなやつで海賊ではあるが、不思議な親近感もある。敵のようでもある、味方の様でもある。


「さて……どうでしょうね」


システィーナがちょっと困ったように笑った。

珍しい表情だな。


「それでは、あの堅苦しい団長殿によろしく」


システィーナがドアに向かって歩き去る。

それを追うようにアランが俺に一礼して機械油亭を出て行った。

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