最後の戦い、あるいは別れ・下
幽霊の王の周りを衛星が回るようにブレードが旋回している。
とはいえ今までに戦った時のような、意思を持って本体を守るって感じの動きじゃない。
これは自動制御っぽいな。
跳ね上がるように幽霊の王が真上に飛んだ。
太陽を背にした巨体から何かが打ち出される。
「誘導弾だ!」
《全員!散れ!》
大型のナイフのような弾丸が獲物を探るように一瞬止まって、加速してきた。
カノンの光弾が何発かを撃ち落とすが全部ってわけにはいかない。誘導弾が小鳥を追う鷹のように軌道を変えて、騎士団の騎士に向かって飛ぶ。
こっちの動きを待っていたかのように、幽霊の王の両腕のガトリングカノンが火を噴いた。
雨のように光弾が降り注いで、誘導弾に追われた三機が被弾した。大きくバランスを崩す。
【死を恐れるな!】
≪倒すぞ!≫
[取り囲むんだ!]
騎士団のフレイヤとレナスが幽霊の王を囲むように動く。
数はこっちの方が圧倒的に優位だ。
《ディートレア!隙があれば切り込みを!》
「任せろ!」
幽霊の王の肩装甲から威嚇するようにワイヤーウィップが伸びた。
あれはたしかに厄介なんだが……幽霊の王に対峙したときの最大の壁はあのシールド。
あれは今はただ回っているだけだ。パターンを読めれば切り込める。
『行くぞ!』
幽霊の王が左右のガトリングカノンを放つ。
フレイヤたちがさっと散ってそれを躱した。
ガトリングカノンは少し反応が遅い。今までは恐ろしい切れ味でこっちを追ってきていたが、今日は銃口に迷うような動きがある。
あのシールドの動きを見る限り、複座を一人で操作しているんだろうというのは察っしが付いた。
今までは副操縦士がサポートしていたから分からなかったが、今は拙さが目に付く。
あくまでこいつは乗り手じゃなくて技師か。
【行けるぞ!】
『そう甘くは無いぞ』
機体のあちこちでフラッシュのような光が瞬いて、カノンが打ち出された。
絶え間なくあちこちから光弾が打ち出されて、フレイヤたちの包囲が広がる。
機体各所に全方位をカバーするように追加のカノンが装備されている。囲まれる状況も想定済みか。
シールドは前より機能が落ちているが、火力はむしろ増している。
狙い撃ちしてきてるわけじゃなく、機械的に撃ってきているだけっぽいが……ハリネズミのような全身武装だ。
これじゃ後ろに回っても攻撃される。
≪ひるむな!≫
【撃て!撃ちまくれ】
被弾をものともせずにフレイヤとレナスが幽霊の王の周りを飛びながら光弾を浴びせかける。
幽霊の王の巨体が被弾で揺れた。
あの盾が機能してるうちは後ろからの攻撃も防御されていたが、この状況じゃ完全に防ぐことはできない。
しかし、何発も被弾しているが……まったく動きに陰りはない。
デカい分だけ頑丈なのか。
取り囲むフレイヤたちからカノンが浴びせられる。
一歩も引かない幽霊の王の巨体の各所からカノンが打ち返された。
光弾が幽霊の王とフレイヤたちの間を結ぶ糸のように交差して飛ぶ
数の差をものともしない雨あられと浴びせられる光弾を受けて次々と騎士団のフレイヤやレナスが戦線を離脱する。
当たり所が悪かった何機かは雲の海に消えていった。コミュニケーターから悲鳴と悪態が聞こえる。
あれだけ打ってもまだ弾切れにならないとは、コアの出力は相当高いらしい。消耗して動けなくなるのは期待できない。
全方位をカバーするカノンの弾幕、近づこうとすると振り回されるワイヤ―。
相変わらず攻撃力が桁外れに高い。早くケリを付けないと犠牲が増えるぞ。
雨あられと打ち出される光弾を避けつつ、切込みの隙を伺う。
衛星の用に回るシールド。あれの軌道は読める。そして、ワイヤーウィップには死角がある。
機体の中心を回転軸として振り回してくるから、真上か真下ならかいくぐれる。
ワイヤーウィップは一発食らったくらいなら沈みはしないが、被弾してダメージを受けたら震電の生命線の機動力は失われる。そうなれば戦線離脱だ。
ケントとの約束を果たすために……この戦いだけは、撃墜覚悟で戦うわけにはいかない。最後に立っていなくてはいけない。
どっちから行くかと一瞬考えたが、下から行く。
上からだとあいつから丸見えだ。流石に下部を見るカメラまでは持っているまい。
幽霊の王の視界から外れるように大きく旋回して、震電を真下に向けて加速させた。雲海が猛スピードで近づいてくる。
真下に回り込んだところで縦に急旋回して姿勢を180度切り返した。
体にかかるGが一瞬で逆転して、視界が回る。
キャノピーの向こうに幽霊の王の巨体を捉えた。アクセルを踏み込む。
急降下から急上昇で意識が飛びそうになるが唇をかんで意識を保つ。
『下か!させない!』
真下に向けて小型カノンの光弾が降り注いできた。
「チャージウイング!」
チャージウイングで震電が加速した。真上にまっすぐ飛んで体がシートに押し付けられる。光弾が震電を包む白い繭のようなウイングにぶち当たって光が明滅した。
突進の勢いとエーテルの反動で、岩だらけの悪路を走るときのように震電が上下左右に揺れる。
エーテルの反動を押し返すようにアクセルを床まで踏み込んだ。今は最短距離を行く。
突進している途中で白い光の幕が消えた。チャージウイングは弾切れだ。
だが距離は稼げた。本体は目の前。
あとは震電と俺の十八番、機体を左右に振りながらの突撃。
「南無三!」
シールドは張らない。シールドでカノンを止めたらスピードが落ちる。急上昇の時に失速は致命的だ。
光弾が降り注いで震電の間近をかすめる。もう当たらないことを祈るのみだ。
不意に機体が揺れた。キャノピーの向こうで吹き飛んでいった肩装甲の破片が見える。
だが、構わない。無傷で勝てるとは思ってない。
ペダルを操作してガタつく震電の軌道をまっすぐに向ける。切込みに支障はない。
幽霊の王の、本来は足がある部分の推進装置が一気に近づく。
あのエーテルシールドを自由に操作できないなら、超至近距離まで飛び込めばこいつに反撃手段はない。
騎士団のフレイヤとレナスがここぞと撃ちかけた。こっちへの攻撃が緩む。
此処で決める。
『くそ!』
ケントの悪態が聞こえた。
あいつは死を覚悟している、でもこっちを殺すつもりで戦う。あいつだって負けられない理由がある。もちろん俺にも。
震電を幽霊の王の機体に沿うように飛ばす。
幽霊の王が逃げるように加速したが……カーキ色の装甲が間近に迫る。
もう遅い。
「すまん!」
左右のブレードを最大出力で形成する。
ブレードが装甲板に食い込んで操縦桿から重い手ごたえが伝わる。アクセルを踏みぬく。
一瞬の拮抗があって、白く輝くブレードが幽霊の王を逆袈裟のようにわき腹から切り上げた
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切り抜けたまま真上から幽霊の王を見下ろした。
……狙いは外れていなかった。
わき腹から切り上げた震電のブレードは狙いたがわず幽霊の王のコクピットを切り裂いていた。
ブレードに切り裂かれたコクピットのガラス片がきらめいて、巨体がぐらりと揺らぐ
……チェッカーフラッグを受けた時とは違う、叫びたくなるような、遣る瀬無いような、そんな気持ちの中で、さよならと声が聞こえた気がした。
何発ものカノンを受けて傷だらけになった幽霊の王がバランスを崩して、そのまま力を失ったように落ちていく。
騎士団の騎士が見守る中、幽霊の王の機体が雲海に沈んだ。
まるで水面に水柱が上がるように雲が大きく吹き上がる。長い沈黙の後でコミュニケーターから声が響いた。
【やったぞ!】
≪お見事です、サー!≫
[倒した!ようやく終わった!]
《ざまあ見やがれだ!クソ野郎が。思い知ったか》
騎士団の乗り手から歓声が上がる。いつの間にか半数以上が戦闘不能に追い込まれていた。
何機かは姿が見えない。撃墜されてしまったんだろう。
『よくやった、ディートレア……各飛行船、砲撃準備。あの連中を跡形もなく焼き尽くせ』
トリスタン公の声が聞こえて、飛行船団が動き始めた。
気を抜きたいが……まだやることは残っている。
「やめろ!」
震電を反転させて島と飛行船の間に割り込む。
『何をするのだ、ディートレア』
「大将は死んだ。もうこの戦いは終わった……戦ってないやつまでこれ以上、殺すな」
『なんだと?』
戦乙女に乗ったトリスタン公が驚いたように聞いてくる。
彼は最後の戦いには参加しなかった、副団長のパーシヴァル公が死んだ今、万が一団長を落とされたらそれこそ形勢逆転だからだ。
「聞かないというなら……次は俺が相手になるぞ」
『なんだと?なぜ、お前がそこまでする』
トリスタン公がいぶかし気に言う……だが答えられるはずもない。答えても信じてはもらえないだろうが。
「俺は騎士団じゃないが最後まで戦った。そのくらい主張する権利はあるだろ。
この戦いはもう終わりだ。あいつらは立ち直れない。これ以上殺すな」
強い口調で言う。全員が沈黙した。ひそひそと小声で何か話す声が聞こえる。
コミュニケーター越しにもピリピリする緊張感が伝わってきたが。
『わかった……認めよう』
長い長い沈黙の後に団長が言った。
・幽霊の王
・建造者・黒歯車結社
ディートと同じ転生者、春原賢人こと、ケント・ヴァルハラ専用機。
フローレンスに保存されていた大型機大蛇の大型かつ最高品質のコアを接収して完成した騎士。
旧式の設計の大蛇と異なり、大型のコアの出力をケントの考案した最新鋭の技術で引き出すように作った超高性能機。
強力なコアの出力を背景として高火力と巨大な図体に似合わない高機動を両立しており、単純な戦闘能力では機械仕掛けの神に匹敵する。
亡霊シリーズと同様に独特の大型な肩装甲を持ち、上から見るとウイングも併せて5枚の花弁をもつ花のようにも見える。
当初から脚部を排した設計でバランス取りを行い、脚部を補助推進装置にした完全な機動兵器。
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主兵装は左右の腕に取り付けられた高性能ガトリングカノン。
いずれもカノン専用のコアを持ち高密度の弾幕を貼ることができる。
また近接戦用にワイヤーウイップを装備している。
これは肩装甲の裏に2本づつ、計8本仕込まれており、旋回しながら振り回す仕様となっている。
一撃必殺と言うほどの破壊力は無いものの、被弾すれば騎士のフレームをゆがませて戦闘不能に追い込む程度の威力はある。
また長いワイヤーによる線の攻撃を回避しきることは難しい。
本機は中距離戦を得意とする騎士であるため、あくまで牽制して近づかせないことに主眼を置いた自衛兵装である。
これに加えて機体の各所に誘導弾を装備している。
これは射出後に騎士のコアのエーテルを感知し追尾するという仕様のものであり、弾体の推進剤が切れるまではロックした相手を追尾する。物理的な弾丸であるためエーテルシールドでは止められない。
ちなみに誘導性自体は其処まで強力ではなく、相手を動かしてガトリングカノンで仕留める為の武装といえる。
誘導ミサイル的なものだが、着弾すると爆発する仕様でなく貫通性を重視した徹甲弾。
これは爆発すると乗り手を高確率で殺してしまうが、貫通弾の場合は余程当たり所が悪くない限り、一撃で撃墜にはならないため。
犠牲を増やすことを好まなかったこと、敵の犠牲が憎悪に変わることを危惧した賢人がこのような仕様にした。
本機の最も特徴的な装備は星明りの衛星という操作可能な4枚の浮遊タイプのエーテルシールド。
これはアン・エヴァースが開発したカノンを反射狙撃するための衛星、衛星を応用した物。
小型の鏡のような盾を核にエーテルシールドを展開したものであり、カノンの弾丸等のエーテルによる攻撃を受けたら、それを収束し打ち返す特殊シールド。
また、エーテルを変化させてブレード形態にもできる。
中距離戦ではカノンの攻撃を止めて自動反撃することにより手数を補うことができ、近距離戦ではブレードで迎撃を行う。
本機の攻防の要の装備である。
これは専属の副操縦士が操作する。
肩装甲から不可視のエーテルの糸のような物を形成して操作しているため、肩装甲を壊されると機能を停止する。あまり遠くまで飛ばすと制御を失う。
また、4枚のシールドを同時に操るのは、副操縦士に高い集中力と操作精度を要求する。
このため長期戦には向かないには向かない装備ともいえる。
因みに副操縦士が操作できない場合に備え、ブレード形態かシールド形態を維持したまま、本体の周りを衛星のように旋回するモードもある。
最後の戦いではこの仕様で操作されていた。
強力な装備であるが、エーテル系の攻撃を打ち返す瞬間にエーテルを収束させる関係でシールドが消滅し防御が薄くなる。
また、これ自体は其処まで高機動ではないため、本体が最大戦速を出すとこれがついてこれなくなると(逆に言えば、これを捨てて単独で戦えばもっと機動力を発揮できる)
物理的にも脆弱で壊れやすい、などいくつかの弱点もある。
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射撃戦では2門のガトリングカノンとホーミングミサイルで攻撃しつつ、敵のカノンの攻撃を星明りの衛星のシールドで止めて自動反撃。
近距離への切込みはワイヤーウイップで迎撃し、仮にかいくぐられても星明りの衛星のブレード形態で迎撃が可能である。
上記の通り、星明りの衛星を運用すると機動性能に制限ががかるため、どちらかというと攻勢に出るより迎撃戦を得意とする。
とはいえ、主兵装であるカノンの火力が高いためどのような状況でも対応できる万能機。
設計のほぼすべてに賢人が関わっており同じ機体を作ることは不可能。
元々は彼の趣味と、エストリン公国のような協力関係にある相手に黒歯車結社の技術力を誇示することを目的として設計、建造されたもの。
稼働させるための大型のコアが無いため実戦に投入される予定は無かった。
主戦派の暴走などもありフローレンスとの決戦は避けられないと悟ったケントが、これを稼働させるために大蛇のコアを奪ったと言う経緯がある。
しかし、この騎士が強力すぎるがゆえに、主戦派の暴走が加速したという皮肉な側面を持つ騎士。