戦端再び。
翌日、工業ギルドに行くと、物々しい雰囲気が漂っていた。
広い作業場に、取り外された騎士の壊れた腕が並べられていて、その周りに何人もの技師が囲んであれやこれやと話し合っている。
俺に気付いた技師の一人が奥の部屋に案内してくれた。
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「やあ、ディートレア」
奥の部屋には大きめの机が置かれていて、その上にはなにやら設計図らしきものを描き込んだ紙が何枚もおかれていた。
エルリックさんともう一人、フードを被った小柄な奴がいる。
図面を見ていたエルリックさんが顔を上げて出迎えてくれた。
「それは?」
「これは飛行船や騎士に刺さっていたものを解析したものの図面だよ」
エルリックさんが応えてくれる。あの誘導ミサイルみたいなやつのことか。
「どうやら騎士のコアが発するエーテルを追尾してくるようだね。まったくこんなものが作れるなんて信じられないよ。素晴らしい発想だね、敵ながら」
妙にうれしそうな口調でエルリックさんが言う。
技術マニアのこの人にとっては、敵の技術も面白い存在なんだろうが。
「さあ、それじゃあ、君の見たその幽霊の王について聞かせてくれないか?」
とりあえず促されるままに戦いの様子を一通り話した。
話をし終わると、エルリックさんが感心した用のため息をつく。
「なるほど。信じがたい性能だが……アン。なにか君からは情報は無いのかな?」
「はいはい、払ってくれた分についてはお役に立ちますよっと」
そう言ってフードをかぶっていた奴がこっちを向いてフードを脱いだ。女だ。
この場にはいまいちそぐわない、女の子と言っていいくらいの若そうなやつだが、何処かで見た顔だ……少し記憶を探るが思い出した。
藍色の髪を猫耳のように左右で結った独特の髪型。幼げな外見には似合わない小生意気そうでもあり知性を感じる目。
あの鳥篭とかいう騎士の乗り手だ。確か、アン・エヴァース。
なぜここにいる?
「処刑されるという話もあったんだが、私が説得してね。私の直属の技師にした」
俺の疑問を察してくれたように、エルリックさんが言う。
アンが手を大きく振って、やれやれって感じの芝居がかった仕草をする。
「まあ雲海に捨てられるよりは、お貴族さんの下で堅苦しく技師をやってる方がマシさね」
アンが軽口をたたく。
処刑されるところを助けられたらしいのに、まったく感謝する様子が無いな。
「優秀な人間は惜しむべきさ。殺してなんになる。技術への冒涜だ
それに、技術に善も悪もない。悪党が作った技術も善人が使えばよいものとなる。アンは海賊に与していたが、その頭脳を私たちが用いればフローレンスにとって有益だろう?」
エルリックさんが平然と言う。
合理的ではあるが、なんというか倫理観が色々と欠如している気もするぞ。貴族がそんなことでいいのか。
「で、アン。その幽霊の王について何か知っていることはあるかい?」
「アタシが知ってるのは、星明りの衛星のことだけさ。他は知らない」
そう言うと、エルリックさんが問いただすように鋭い視線でアンを睨んだ。
アンが慌てたように首を振る。
「これは本当だ。あの騎士についてはケントの旦那が殆ど自分で設計して作ったからね。
そもそも、アタシが黒歯車結社にいた時は、コアが無かったからアレが動く姿は見てないんだよ」
「まあ……確かにそうだね」
エルリックさんが納得したように頷く。
大蛇のコアを搭載するまでは、あの騎士は動けなかったはずだ。細かいことは分からないか。
ただ。
「なんだその……?」
「星明りの衛星。戦ったんなら見なかったかい?幽霊の王の周りを飛ぶ盾みたいなやつだ」
アンがあの盾のように手をひらひらと動かしつつ言う。
「あれを見ても居ないのに手も足も出なかったんなら、諦めな。
手を抜かれてるどころじゃない。アンタたちに勝ち目はないよ」
「ああ、それは見た。そんな名前なんだな」
「あれだけは動いてるのを見たけどね、アタシの反射衛星を応用して作ったらしいよ。
エーテルの盾を展開して、エーテルによる攻撃を受けたらそれを収束して増幅し反射する」
あのカノンの反射狙撃をしてきた衛星の技術を改変してるわけか。
「受けたエーテルを反射する。信じられないな……そんなことが可能なのかい?」
エルリックさんが呆れたように言うが。
「まあこの天才、アン様とケントの旦那の才能があわされば可能ってことさ。そもそも既にあるんだから可能も何もあったもんじゃないだろ」
「それはまあそうだな」
とんでもない技術だとは思うが……あるものはあるんだから、それについて論じても仕方ない。
あの異様に正確な動きは複座だからだろう。どういう風に制御しているかは謎だが。
副操縦士があの盾で防御を固めてパイロットの賢人が機動と射撃担当ってことか。
「弱点はないのか?」
名前と特徴は分かったが、付け入るスキが思いつかない。
闇雲に突撃してもアレを切り崩せる気がしないぞ。
「反射させるエーテルは無限じゃないからね、射撃を集中させるか……あとは、物理的な弾か剣なら壊せるけど……どれも簡単じゃないのは分かるだろ?」
「……まあな」
少なくとも数機分のカノンの直撃に耐えたから、許容量は低くなさそうだ。
そのうえ、シールドが相互に補って動く。一枚に集中砲火は難しいだろう。
いわゆる普通の銃は存在はするが、構造としては火縄銃のような感じで一発撃つと終わりだ。
あんなものを当てられる気がしない。
そして物理剣で切るならワイヤーをかいくぐらなくてはいけない。
システィーナの蛇遣いで切ってくれれば話が速いんだが。
あれを斬れるんだろうか。
しかし、改めて考えるとよく考えて作られている。敵ながら感心するな。
主兵装はあの盾じゃなくてむしろガトリングカノンとワイヤー鞭。
どっちもシンプルな構成で、其れゆえに対策がしにくい。
それを抜けてもあの盾が待っている。
あの盾を封じても、火力とワイヤーだけでも十分に手ごわい。それに機動力も含めた本体の素の性能も侮れない。
灰の亡霊のステルスや黒の亡霊のテレポートのように、特殊装備を封じられると一気に戦力が落ちるタイプじゃないな。
「結局、数で押し切るしかないんじゃないかい?10機くらいで同時に切りかかれば抜けるかもしれないよ。
まあ9人くらいは死ぬかもしれないけどね」
アンがさらっと言う。当たり前すぎてあまり役に立たん情報だな。
だが、数に任せた攻撃が一番確実かもしれないのも事実だ。そして、恐らく騎士団はそれが必要だと思ったら躊躇しないだろう。
そんな犠牲前提の特攻戦術はあまり見たくない。
「……その才能を僕等フローレンスのために生かしてほしいもんだね。海賊なんぞに与えておくのは勿体ない」
重たい沈黙を破るように、エルリックさんが大きくため息をついて言う。
……どういう経緯であいつがこっちに転移したのか分からないが、もし巡り合わせが違えば……賢人がフローレンスの天才技師と呼ばれることもあっただろうな。
そして、転生の仕方によっては俺が海賊であった可能性もあるのだ。
あまりにも理不尽に生じた自分とあいつの境遇の差をなんとなく感じた。
「まあ分かったよ。他に何かわかったら使いを出す。君も何か思いついたら教えてくれ、ディートレア」
「分かりました」
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とりあえず待機となった二日目。
機械油亭の部屋で寛いでいたら、突然ドアが叩かれた。いかにも急ぎって感じだ。
ベッドから飛び起きてドアを開けると、そこには騎士団の制服に身を包んだ男が立っていた。
「どうした?」
「ディートレアさん、直ちに出撃準備をしてください」
血相を変えたそいつが言う
「どうした?」
「フローレンスの最北端の島が黒歯車結社のものと思しき騎士の襲撃を受けています!」
連投は此処でいったん終了。
変なところで切って申し訳ない。年内にもう少し更新できるはず。
引き続き、よろしくお願いいたします。