戦いの後始末
ちょっと遅れました。お待たせしました。
ボロボロの状態でフローレンスに帰投した。
飛べる程度に手加減されていたのは何となく腹立たしいが、全滅するよりはいい。
当然連絡が行っていたようで、フローレンスに着いたら休む間もなく騎士団本部での会議と言うか報告会に駆り出された。
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俺と六騎隊長、それにサラが戦闘の証言を一通り終えると、広い会議室は重たい沈黙に包まれた。
大きめの窓からは太陽の光が差し込んできていて、窓越しに訓練の掛け声が聞こえてくる。
ちょっと肌寒い気がしたのは雰囲気の問題もあるかもしれない。
広いテーブルの向こうにはトリスタン公が居て、その後ろにはパーシヴァル公が立っている。
テーブルの両サイドには六騎隊長や技師の責任者たちが座っていた。
全員に共通するのは、本当なのか?という疑惑の顔だ。
色んな意味においてそういう感想になるのは分かる。
あの性能。そして俺たちが生きて帰れたこと。
「信じがたい性能だが……本当なのか?」
トリスタン公が口を開く。
「臆病風に吹かれて大袈裟に言っているのではあるまいな」
パーシヴァル公が問いただすような口調で言うが。
「それは無いと思います」
答えると六騎隊長とサラも頷く。
恐らくあれでも全力じゃないと思うが、それは言わないで置いた。
こういう時は車載カメラとか映像の記録媒体があればいいんだが、そんなものは無いから説明に難儀するな。
それに、映像記録がのこればそれを何度も見て映像研究ができる。
それができないのは痛い。
客観的に報告しているつもりだし、なるべく敵のイメージも過大にも過小にもしていないつもりだが、自分の頭の中のイメージは実際とは確実に食い違う。
特に相手が強い時は。
「まあ、それは信じるしかないな……マクローリン」
「はい」
トリスタン公が技師……マクローリンというらしいが、に声をかけた。
「修復の過程で分かった点については全て報告しろ。工業ギルドのエルリック、ランペルール公とも情報を共有し敵の解析に努めること」
「承りました、団長殿」
40くらいのがっちりした髭面のいかにも現場の技師って感じのオッサンが頷く。
「今後どうなると思う?パーシヴァル」
「……大攻勢に出てくるか、それとも当面は間を置くか、でしょうな」
少し考えて込んでパーシヴァル公が言う。
「個人的にはしばらくはおとなしくしていると思いますが」
「その根拠はなんだ?」
「もし攻勢に出る気があったなら俺たちは今頃沈められてますよ」
そう言うと、団長が頷く。
パーシヴァル公も無言だが、否定はしなかった。
あの時点で俺たちを落とすのは造作も無かった。
本気で大攻勢にでるなら俺たちを沈めただろう。飛行船2隻と騎士団の正規兵を含む8機の騎士を撃墜できれば戦果としては悪くない。
あれは本人も言っていたが示威行動だ。
それに、あの性能は恐ろしいが、高性能な機体は修理にも整備にも手間がかかる。
今のアイツらは補給に難を抱えているはずだ。万が一被弾したら、痛いのはあいつらの方だ。
戦場では何が起きるか分からない。あの妙なシールドがあっても無敵じゃない。
そして、賢人と会って感じたが……あいつは恐らくバカな真似はしてこない。冷静で計算高く、知恵も回る。
だからこの位はあいつも分かっているだろう。
相手を侮り甘く見れば勝ちは無い。かといって過大評価しても勝てない。
敵を信頼するというのもおかしな話だが、敵を理解し相手の能力を正確に推し量ることは信頼に似ている。
「そうであることを祈るか」
トリスタン公が言って、皆が頷いた。
確かに今のはあくまで推測に過ぎない。可能性はあくまで可能性で、実際にどうなるかは分からない。
それにあいつらの思惑は本当のところは分からない。
賢人の話を思い出すと、黒歯車結社はどうも一枚岩ではない節もあるしな。
「こちらも攻勢に出るべきか……どう思う?」
トリスタン公が聞くが……全員が沈黙した。
確かに今は相手にとっては仕掛けてほしくない時期だろう。だからあれほど派手にお披露目をしてきたともいえる。
ただ、あいつらを追うということは幽霊の王と正面から対峙することになる。
それに、未だにあいつらの居場所は分からない。
今のように小部隊で捜索していたら、それこそ各個撃破されかねない。
決断が難しいところだな。
「当面は防御態勢を維持する。捜索は一旦停止せよ」
全員の注目が集まる中、しばらくの沈黙の後にトリスタン公が言った。
「今日は此処で解散とする。各員、警戒を怠るな。非番のものはしっかり休息をとること。いつでも攻勢に出れるようにしておけ」
トリスタン公が表情を変えずに言うと、全員が立ち上がって敬礼をした。
……俺より若いというのにこんな決断を迫られるんだから、指揮官は大変だ。
「ディートレア、お前は工業ギルドに言って戦闘の証言をしてくれ。今日でなくても構わんが。お前の戦術眼は信頼できる」
「了解しました」
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騎士団本部を出たところで、システィーナがいた。
いつも通り、後ろにはアランが従っている。
「やあ、ディートレア。楽しい捜索だったようですね。私も行けばよかったですよ」
「……楽しいわけじゃねぇよ」
「まあその辺の見解の違いは置いておきましょう。少し付き合いなさい」
フェルが心配していそうなんだが。
有無を言わさずという感じでいつもの酒場に引っ張って行かれて、経緯を一通り話させられた。
ただ、百戦錬磨の海賊であるこいつの意見は貴重ではある。
「どう思う?」
「概ねあなたの言う通りだと思いますよ。一度大きく相手を叩き畏怖を与えて相手の行動を縛るのは常道です。暫くは動かない可能性が高い」
「あいつらの本拠地の近くに近づいたから、追い払いに来た、というのはどうだ?」
実はそれを考えていた。
今回に限って姿を現したのはそう言うことじゃないかと思ったんだが。
「まあそうかもしれませんが……近づかれたから慌てて迎撃というのは二流の仕事ですね。場当たり的です」
システィーナがテーブルの上のかごからナッツを摘まみながら言って首を傾げた。
「しかし、貴方は常識が悉く欠落している割には戦闘にだけは妙な知恵を発揮しますね。
どういう育てられ方をしたらそうなるんです?」
システィーナが真顔で言う。
もう少しお前はソフトな物言いができないのか。
システィーナのスカーレットの蛇遣いならあの盾を間合いの外から壊せるだろうか。
蛇遣いも本当の意味での性能は俺にはわからんが。
「その性能だと……なかなか直接対峙するのは厳しい相手ですね。落とすだけなら、アラン、貴方の攻撃は有効でしょうが……しかし、貴方が落としてしまうのもなにか不満を感じますね」
「いや、勝てればいいだろ」
アランの狙撃なら流石にあの盾でも受けられないだろう。
幽霊の王は的は普通の騎士よりは大きいから案外当たるかもしれない。
「まったく野暮なことを言いますね、貴女は。そんなものは勝ちとは言いません。
強い敵は正面から戦ってねじ伏せてこそ意味があるんでしょうが」
システィーナがいつも通りの口調で言う。
勝負の世界に身を置くものとしてその気持ちは分かるが……サーキットでのレースならともかく、生きるか死ぬかの状況では賛同しかねる部分もある。
レースは負けても命までは取られない。
「だが、負けたらどうするんだ?」
「その時は死ぬだけですよ……何の問題もありません。まあ負けるつもりはありませんがね」
平然とシスティーナが言う。
こいつは本当にそう思っているんだろうな。
なんだかんだと話しているうちに1時間ほど経った。
酒場から部屋に戻ると……案の定、不満げなフェルが待っていて、さらに1時間ほど抗議を受けた。
連投はあと1話。
長くなり過ぎたので分けました。