出撃準備
「ちょっといいですか!」
俺が声を張り上げるとホールがようやく静かになった。ホールの全員が俺に注目する
「私が騎士にのって食い止めます。時間を稼げばいいんですよね?
船長はあっけにとられた、というか、なにいってんだ、こいつ?という顔をしている。
「バカなことを言わないでくださいお嬢さん
貴女のかわいい体じゃ、最初の加速で気絶してしまいますよ」
「大丈夫です、お任せください。そういうのは得意です。気絶なんてしません」
「黙ってろ!……アルバート様、あなたのおつきのメイドでしょう。少し黙らせてください。話がややこしくなる」
俺を無視してアル坊やに船長がいう。みてくれは小娘だから仕方ないが。
アル坊やが俺と船長に間に入って俺を船長から遠ざけた。
「ディートさん、無茶言わないでください。
言ったでしょう、乗り手になるには長い訓練が必要なんですよ。とても無理です」
「操縦の方はともかく、俺はレーサーだ。
馬車なんかの100倍は速く走る乗り物に乗っていた。
俺の世界にはそういうのがあったんだ。Gに負けて気絶するなんて失態はしないぜ」
本番のサーキットを殆ど走ったことは無いが、テスト走行も限界まで攻めることは珍しくない。
Gへの耐性はレギュラーシートを持ったレーサーにだって負けてないという自負はある。
「じーってなんですか?」
「……まあ気にするな。要は猛スピードで加速するとかいうのには仕事上慣れてるってことだ」
「と言ってもですね……」
「それに、追いつかれそうなら、誰かがとめるしかないだろ。
部屋で震えながら運を天に任せて祈っとくか?俺はいやだね」
そういうと、流石にアル坊やも沈黙する。
「でも、本当に大丈夫なんですか?ここにいるのはフローレンスのそれなりに名士ばかりです。
あなたが失敗したら……商会の評判にもかかわるんですよ」
「100%大丈夫とかいうつもりはないが、恥はかかせねぇよ。
それに此処でその騎士とやらに追いつかれて全員人質とかになったら商会の評判とか言ってらんないだろ」
「ひゃくぱーせんと、というのも何だかわかりませんけど……そういわれればそうですね」
「とりあえず簡単に操縦をレクチャーしてくれるように誘導してくれ。
この機体には乗ったことないから、とか言って」
気絶することはまずないだろうが、流石に操縦は説明がないと無理だ。
「ウォルター、どう思う?」
黙って聞いていていたウォルター爺さんが口を開く
「私としては正直不安ですが、他に騎士に乗れるものはおりません。
ダイト殿が大丈夫と言われるなら、お任せするしかないでしょう」
「そうか…」
「ただ、ダイト殿」
ウォルター爺さんが真剣な顔でこちらを見る。
「2日前にお会いしたあなたにこんなことをお願いするのは無茶であることは承知していますが、それでも申し上げます。
もし行かれるのであれば、相打ちになったとしても止める、その覚悟でお願いしたい」
それはあれか、死んでも足止めはしろ、ということか。
まあでも執事にとっては何処から飛んできた馬の骨より主人が大事なのは当然だな。
レースチームにだって優先順位はあった。どこだって同じ、当り前のことだ
「大丈夫だ。あんたの主は俺が守ってやる。だが死ぬ気もないぜ」
ウォルター爺さんが深々と頭を下げた。責任重大だな、これは。
アル坊やがうつむき、決意したように顔を上げた
「船長!」
アル坊やの声に再びホールが静まり返った。
「なんですか?アルバート様」
「わが付き人のこのディートは騎士の乗り方について訓練を受けたことがある。わが商会の今後の戦力だ。
訓練期間は短いが、防御に徹して時間を稼ぐことくらいはできるだろう。
彼女に任せてもらえないか」
「こんな小娘……失礼、お嬢さんがですか?あとクリスティーナ様では?」
「クリスティーナ・ディート・レストレイアだ。
ミドルネームを言い忘れていたな。すまない」
なんていうかさっきから思うがこの坊やはきちんと話すと威厳があるというか、えもいわれぬ説得力がある。
声もいい。カリスマっつーのか、これは。
「本当に大丈夫なのですか?」
「私が保証する。
ただし、この船の騎士の操作には慣れていない。簡単なレクチャーを頼む。
時間がない。早く決断してほしい」
ホールに重い沈黙が下りた。
客のひそひそ話と好奇心丸出しの視線が微妙に痛い。
船長は深く考え込み、けがをした本来の乗り手や船員と目配せを交わしている。船全体が揺れ、砲撃音が断続的に響く
「わかりました。信じましょう。
アーロン、予備の装備をこのお嬢ちゃん、じゃなくディート嬢にお渡ししろ、急いで操縦の仕方も教えるんだ」
続きは明日、区切りまで一気に上げます。重ねて読んでくれた方に有難う。