幽霊の王・下
ホバリングしていた巨体が突然高々と上昇した。
同時にガトリングカノンから雨のように光弾が降り注ぐ。
同じように大柄だが鈍重だった白の亡霊や宝玉の騎士とは違う。重さを感じさせない軽やかな軌道だ。
震電には及ばないが、サイズ的には半分近いフレイヤにも負けてないぞ。
レナスとフレイヤが弾をよけるように散開した。
≪打ち返せ!≫
隊長の命令と共に、レナスとフレイヤのカノンが火を噴く。
輝く光弾が次々と幽霊の王に向けて飛ぶが、舞うように飛んだ4枚のシールドが射線をふさいだ。
カノンの光弾がシールドに当たる。
シールドのエーテルが発光して光弾が掻き消えた。シールドが収束されるように円盤に吸い込まれる。
一瞬遅れて円盤からカノンの光弾が束のように撃ち返されてきた。
「反射だと?」
避けたところにガトリングカノンの光弾が降り注いだ。二機が被弾してバランスを崩す。
大きく避けたレナスがそれぞれにカノンを撃つが、シールドが意思があるように幽霊の王との射線に立ち塞がる。
カノンの弾を受け止めたシールドが発光して消えて、また光弾が打ち返されてきた。どういう構造なんだ。
そして、盾の動きが的確過ぎる。
複座だ。恐らく。自律兵器はいくらなんでもあり得ない。操縦してるやつと、盾をコントロールしている奴が分かれているな。
「迂闊に撃つな!」
撃ったらその分不利になりかねない。
だがどんなものにも特徴があり、弱点もある。それを見極めれば攻略の一口はつかめるはず。
【逃がしはしないよ】
こっちに考える間を与えないかのように、距離を開けたところで装甲板の陰から何かが打ち出されてきた。
それが太陽の光を受けて煌めく……さっき飛行船に向かって飛んできた奴だ。
それが空中で姿勢を整えてまっすぐにレナスに向けて飛んだ。
「なんだこれは?」
誘導ミサイルというか、まるで目があるように弾が騎士を追尾してくる。
一機がエーテルシールドで止めようとするが、貫通して機体がバランスを崩した。あれはエーテル弾体じゃなく物理弾か。
それに追われたレナスの逃げ道をふさぐようにガトリングカノンが降り注ぐ。カノンの弾を受けたレナスが姿勢を乱した。
撃ち合いが始まってわずか5分もしない間に4機が戦闘不能にされた。
どれも撃墜はされていないが、ウイングや足に被弾しているおそらく戦線離脱だろう。
「無事か!」
〈何とか!〉
返事が返ってきて少し安心する。
機動力を失った騎士は、戦闘にはたとえカノンとかで攻撃が出来ても参加しないのが暗黙の了解だ。
それをやったら自分も完全に撃墜されても文句は言えないし、敵であっても戦闘不能の相手に追撃はしないのが礼儀ではある。
ただ、黒歯車結社、というか賢人がそれを守るかは分からない。
どうなるかと思ったが、幽霊の王はそっちに攻撃しようとはしなかった。
撃墜する気はないらしい。
【まだまだ終わってはいないよ】
安心したのもつかの間、2枚のシールドが左右に大きく展開した。
幽霊の王がガトリングカノンをシールドに打ち込む。
シールドが光って光弾が反射してきた。
左右から十字砲火のように光弾が降り注ぐ。あのアンの鳥篭の反射衛星の様だ。
こっちが逃げようとしても、幽霊の王の本体のガトリングカノンと、それに追従するシールドが反射した弾が位置を変えながら撃ち続けてくる。
基本的に動かなかったアンの騎士よりはるかに厄介だ。
≪くそっ≫
誰かの悪態が聞こえた。
ガトリングの光弾をかわしつつレナスとフレイヤが散発的にカノンを打つが。
幽霊の王に二枚のシールドが護衛についていて、それがカノンを反射してくる。
だめだ……震電が近接戦型というのを抜きにしても遠い距離で戦ってたら勝ち目がない
「サラ!行くぞ。間合いを詰めないとどうにもならない」
『分かった!』
あの反射シールドとガトリングカノンの火力を考えれば中距離戦をしていたら撃ち負ける。
1対4でも相手にならない。
ヴァナルカンドの長めのカノンの先端にエーテルの銃剣が形成される。
≪無事なもの!応答せよ!≫
[こちらジョルナ!命令を!]
隊長の命令に久しぶりの声が応じた。ジョルナか。
≪ブレード戦に切り替える!突撃準備!≫
「良い所見せてくれよ!」
[了解です!サー!]
レナスとフレイヤがエーテルブレードを抜く。
シールドがまた軽やかに飛んで幽霊の王の周りに戻った。
迎え撃つ気か。
同時に二本づつワイヤーが触手のように伸びた。威嚇するようにワイヤーが振られる。
意図は分かった。あれはワイヤー鞭か。
【かかってきたまえ】
あれをくぐらないといけないのか……だが行くしかない。
4機が示し合わせたように幽霊の王の周りを囲むように飛ぶ。
[行きます!]
先陣を切るようにジョルナのレナスが突進した。ワイヤーが振り回される。
一呼吸遅れて俺の震電とサラのヴァナルカンド、隊長のフレイヤが突っ込んだ。右上から袈裟懸けのようにワイヤーが降ってくる。右に切り返した。
〈くっ!!〉
悲鳴が聞こえてサラのヴァナルカンドがバランスを崩すのが見えたが、今は構っていられない。
もう一本のワイヤーが左から飛んできた。とっさに機首を下げる。
視界が急激に上に流れて体にベルトが食い込んだ。
重いものがすり抜ける風の音がしたが……衝撃は無い。躱せた。
キャノピー越しに幽霊の王のカーキ色の巨体が見える。
この距離なら遠心力が必要なワイヤー鞭は使えないはず。アクセルを踏みこむ。
幽霊の王滑るように後退するが、この距離なら詰められる。
ブレード戦ができる超至近距離なら震電の方が有利だ。
≪頼む!ディートレア!≫
舞うようにシールドが軌道に割り込んできた。
円盤自体はお世辞にも硬そうには見えない。強引でもタックルで叩き壊してやる。
接触まであとわずかってところで、目の前の遮るように光っていたエーテルのシールドが消えた。
背筋に悪寒が走る。とっさにアクセルを抜いた瞬間、円盤からエーテルがブレードのように伸びた。
マジか!
「くそったれ!」
考えるより体が先に動いた。左右のレバーを押してブレードを振りぬく。円盤のブレードと震電のブレードが交錯した。
エーテル同士が反応する突き刺すような光が瞬く。反発で震電に急制動が掛かって弾き飛ばされた。
コクピットのブレードの状況を示すコアの右が一瞬で真っ赤に染まった。
左も鈍い赤色。キャノピー越しにも左のブレードは見えるが、白いエーテルがかなり薄くなっている。
幽霊の王のシールドはまったく元のままだった。出力が違い過ぎるぞ。
〈あぶない!〉
[右です!サー!]
声と同時に、横から殴られたように衝撃が来た。シートから放りだされそうになって首が左右に振られる。ベルトが体に食い込んで骨が軋むような気がした。
左足をひねって辛うじて立て直したが震電がきしみを上げる。
視界の端にワイヤーが見えた。あれで殴られたんだ。
アクセルを踏むが反応がおかしい……どこか傷んだな。
幽霊の王が悠然と距離を取った。
青白く光るシールドがまた本体を守るように飛んで周りを取り囲む。
周りを見回す。サラ、それに六騎隊長のフレイヤはまだどうにか戦えそうだが……
こっちは手負いばかりだっていうのに、幽霊の王は完全に無傷だ。
【まだ来るかい?】
まだ戦えなくはないが……震電の挙動が怪しい。フレームが歪んだか、それともウイングを痛めたか。
万全の状態でもあのワイヤー鞭をかいくぐるのは難しい。バランスが崩れた状態で特攻するのは自殺行為だ。
大蛇のコアを搭載した騎士が出てくることは勿論考えていた……ただ、ここまでとは思わなかった。
中距離でも火力もだが、あのワイヤーを切り抜けても、至近距離でもあのシールドがブレードのように迎撃してくるんじゃ隙が無い。
レーサー時代もそうだが同じレギュレーションで動いている相手は、どんな高性能でも金満チームの車でも相手にも付け入るスキはある、とは思っていた。
だが、こいつは対策なしに切り崩せる気がしない。騎士団も勝気なサラも突っかかる気配はなかった。
【終わりだね】
こっちが戦意を失ったことを確信したかのように、幽霊の王が悠々と上空に飛びあがった
【君たちを無意味に殺戮する気はない。言ったとおりだ。これはデモンストレーションだと】
勝負はついたことは分かっているんだろうが……勝ち誇った様子でもなく淡々とした口調で賢人が言った
【これが僕達……黒歯車結社の力だ。
君たちのために言っておく。これ以上我々を追うな。君たちの騎士ではこれを倒すことはできない。犠牲者が増えるだけだ】
そう言って幽霊の王が雲のかなたに飛び去って行った。
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≪全員、無事か?≫
長く重たい沈黙を破るように六騎隊長の声がコミュニケーターから聞こえた。
「俺は大丈夫だ」
《こちらも平気です》
[なんとか]
それぞれの返事が返って来る。どうやら犠牲者は出ていないらしい。
周りを見ると被弾してる騎士も自分で飛ぶくらいは出来そうだな。
≪飛行船、其方は無事か?≫
『無事です。そちらは』
どうなる事かと思ったが、飛行船からも応答があった。
≪飛行は可能か?≫
〈それは問題なく〉
≪分かった……今から帰投する≫
戻ってみたが、確かに飛行船はさっきのままだった。船員たちが気嚢にとりついて作業をしている。
こっちの戦力をほぼ壊滅させたが、それでもあいつは止めも刺さず飛行船も沈めなかったわけだ。
≪手を抜きやがって≫
誰かが吐き捨てるように言うが……手を抜いたってわけでないだろう。意図的に止めを刺さなかったんだ。
俺たちを戦闘不能にしたんだから飛行船を落とすことも造作なかったはずだ。
飛行船を沈められたら騎士も戻る場所を失うから結局全滅だが。
それをしなかったということは……文字通りの、示威行為。
そして、おそらく本気で来てはいない。それでもこれか。
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応急修理を済ませた飛行船でどうにかフローレンスまで飛ぶことができたが。
帰りの飛行船の中では誰も何も言わなかった
ちなみに幽霊の王の独立機動する反射シールドを使った攻撃パターンにはモデルというか元ネタがあります。
知っている人はかなりのゲームマニア。