幽霊の王・上
翌日、騎士団の飛行船で捜索に出撃した。
とはいっても乗り手は待機する時間がやることが無い。
普段と違うのは、護衛をするときは徹夜で出撃に備えるが、捜索の時は昼に出撃して夜は寝れるということだ。
捜索なら太陽の光があるときの方がいい。時差ボケ状態にならないのはありがたいな。
暇つぶしをしようにも、この世界には携帯もインターネットもない……そういう概念も今や遠い昔だ。
このやることはないが、気は休まらないという時間が過ぎる感じはシスティーナが同行を嫌がるのも分からなくはない。
取り留めもなく話していると、飛行船が下から突き上げられるように揺れた。
その後にウインチの駆動音とワイヤーの軋む音。捜索していた騎士が帰ってきたらしい。
少しの間があって控室のドアが開いて、乗り手が入ってきた。
「どうだ?」
「なにもありませんね」
戻ってきた騎士団の女の乗り手が防寒着のボタンをはずしつつ答えてくれた。
船員が四角いますで区切られた空図にバツ印を書き込む。
こんな調子でしらみつぶしに、ということらしい。
執念深いが、それも分からなくはない。あの連中の騎士は野放しにはできないだろうしな。
どうしても賢人のことを思うと同情的になってしまうが、騎士団があいつらを殲滅しようとするのは理性では分かる。
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今回の出撃は3隻の飛行船と8期の騎士。六騎隊長と民間から二人という編成だ。
民間枠は俺とサラだ。サラもいまだに民間枠らしい。
この船にはいないが、ジョルナもこの編成に入ってきている。
順調に戦果を上げているらしく、中堅どころという位置づけにはなっているようだ。やるな。
この数では大規模戦になるとヤバいからあくまで偵察だ。
ただ今のところ、捜索している遭遇の気配が全くない。
地道な作業だからしかたないんだが、結果的には無駄足続き今一つ全員に緊張感が無い、というより疲れた空気が漂っている。
「次は俺の番か?」
「ええ、そうなりますね」
船員が答えてくれた。
ジャンプスーツのような防寒着に足を入れて準備を整える。
正直言うと、黙って待っているよりは飛び回っている方がいい。
何もないから出撃と言っても半ば遊覧飛行のようになっている感じはするが……これはこれでいい。
果てしなく広がる空の景色、広がる雲海やいろんな形の雲の峰は見ていて飽きない。
騎士は商会の持ち物だし、そもそも戦闘用だからドライブ気分で乗り回すことはできない。
そもそも飛行船が無いと遠くまではいけないんだが。
ただ、平和になったら、複座の騎士を使った遊覧飛行のようなサービスも出てくるかもしれないな。
「いってらっしゃい。気を付けて」
一人の乗り手が緊張感なさそうな口調で言う。
防寒着を顎まで引き上げたところで、飛行船が揺れた。
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この揺れは風にあおられたという感じではない。
何かにぶつかったという、そんな感じの揺れ方だ。一度の揺れのあとに、乱気流のようにまた何度も揺れが走った。
「なんだ?」
乗り手の詰所から外に飛び出す。吹きさらしの格納はいつもどおりだ。
騎士を係留している部分は飛行船の下部だから、頭上には鉄骨で組まれたフレームと気嚢が見えるだけだ。
何が上で起きているか分からない
「ディートさん!あれを」
船員の一人が空を指さす。
太陽の光を浴びて金属的に輝く何かが飛行船に向けてまっすぐ飛んできた。
飛行船のローターがうなりを上げて回転数を上げる。気嚢を包む竜骨のような金属フレームがきしみを上げた。巨大な船体がゆっくり動くが……避けるのは無理だ。
衝撃に備えて手摺を握る。金属がぶつかり合う音が立て続けにして、船体が揺れた。
一瞬の間があってぐらりと飛行船が傾ぐ。
誰かが悲鳴を上げた。
墜ちるか、と思ったが……少し傾いただけで止まった。
隣の船員と顔を見合わせる。まだ少年のような船員が青ざめつつも安心したように息を吐いた。
『館内に伝令!被弾はしましたが航行に支障はありません!』
伝声管から声がした。
『騎士は直ちに出撃してください!』
その言葉に、乗り手の一人が弾かれたように騎士の方に走った。固まっていた船員たちも慌ただしく動き始める。
俺も防寒着をしっかり着込んで頭巾をかぶった。震電のコクピットに乗り込む。
追撃が来るかと思ったが、その気配はない。
ベルトを締めている間にキャノピーと装甲版が閉じられた。
合図なしに係留ワイヤーが解かれて震電が降下する。
アクセルを吹かして震電を旋回させた。
飛行船は気嚢やキャビンに何か所か穴が開いているのが見えたが、火災が起きていたりとかそういうことはなさそうだ。
何人かの船員が船体によじ登って気嚢の穴をふさごうとしている。
【よく来たね、騎士団の諸君】
不意にコミュニケーターから声が聞こえた。
飛行船の上を黒い影が横切る。上か。
震電を旋回させて上を向かせると、太陽を背にするように巨大な黒い影が浮かんでいた。
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黒い影、というか、騎士らしいが……
大蛇よりは小さいが通常の騎士の1.5倍くらいのずんぐりした巨体。
灰の亡霊のような左右2枚づつの大きめの肩装甲が覆うように取り付けられている。
全ての騎士が持っている、背中から2枚伸びたウイングはなくて背中には一枚大きなウイングがついていた。なんとなく花弁が5枚の花を思わせる。
カーキ色に塗られた装甲は塗装の下地のようで、なんとなく急ごしらえっぽい。
手に当たる部分には左右に一門づつ少し短めのガトリングカノンが装備されていた。さながら剣か棍棒を構えているようにも見える。
脚がある部分には足の代わりに尻尾のようなものが長く伸びていた。
初めて見た人型じゃない騎士だ。
と言うかあれを騎士と呼んでいいのか。俺的にはむしろモビルアーマーと呼びたい。
そして、いつの間にあんなに近くに寄っていたんだ。
それに、なぜ仕掛けてこない。この距離にいたなら出撃する前に飛行船ごと沈めることはできただろう。
ここで乱戦になると飛行船があるこっちは圧倒的に不利だ。何を考えている。
【騎士団の諸君】
またコミュニケーターから声が聞こえた。
重々しい風情の口調ではあるが……声は賢人だ。何となく視線がこっちを向いた気がした。
【ここでは戦いにくいだろう。ついて来たまえ】
そういうと、大きめの肩装甲が動いて巨大な機体に似合わない軽やかな動きでそいつが飛行船から離れていった。
あの肩装甲は補助推進装置なんだろうか。
『何を考えている?』
誰かのつぶやきが聞こえた。
飛行船の近くで戦う場合、圧倒的に守る側の方が不利だ。
飛行船を落とされれば俺たちは帰る場所を失うから、飛行船を何としても守らなければいけない。
一方で相手は飛行船と騎士のどっちを狙ってもいい。
飛行船は距離が詰まってしまえばデカい的だ。騎士相手に守り切るのは難しい。
【ついてこないのか?ここでの戦いが希望ならそうしても構わないが】
また賢人の声がコミュニケーターから聞こえた。
六騎隊長のフレイアが慌てたようにその騎士を追い、それに騎士団のレナスとサラのヴァナルカンドが従う。
わざわざ敵の飛行船の近くと言う地の利を捨て、しかも不意打ちの有利も捨てた。
しかもこっちは8機、相手は1機だ。正気とは思えないが。
誘った先に更なる罠をしかけているのか。
飛行船からかなり離れたところでそいつがこっちを向き直った。
5機のレナスと1機のフレイヤ、それにヴァナルカンドと俺の震電。8機がそいつを囲むように旋回するが、そいつは全く動じる気配が無い。
悠然とホバリングしている。
≪黒歯車結社のものだな?大人しく降伏せよ。今なら慈悲が与えられる余地がある≫
六騎隊長が呼び掛けるが。
【今から我々黒歯車結社の力、幽霊の王の力を見せよう】
その呼びかけを完全に無視した言葉が返ってきた。
周辺は広く、雲の塊も少ない。隠れる場所は無い開けた空だ。ステルス飛行船がいる可能性もなくはないが、その気配も敵影も感じられない。
本当にこいつ一機で戦う気か。
あえてここまでしているということは、1対8の真っ向勝負で勝てると確信できる性能を持っているということだ。
震電で8機から逃げることはできる。だが8機を落とすことは多分できない。
さすがのシスティーナも8機相手で勝てるだろうか。
【いいか。これは戦闘じゃない、デモンストレーションだ】
肩装甲の裏から4つの鏡のように光る円盤のようなモノが飛び出した。
幽霊の王を守るように円盤が飛んで、円盤を中心にエーテルシールドが形成される。
左右の腕に当たる部分のガトリングカノンが戦闘態勢のように此方を向いた。
武器はこれだけか?だが、黒の亡霊を思い出すと、見えない部分にどんな機能を持っているか分からない
【では始めよう、騎士団の諸君】




