再出撃の日
相も変らぬ遅筆ですみません。
4連投くらいで行きます。
あの襲撃の日から1月ほどが過ぎた。
暫くは建物のあちこちが壊れたりしていて酷いありさまだった。
市街地上で騎士同士の空戦があったから、墜落した騎士や切り落とされた部品とかがかなり広範囲に被害を出した。
ちょっとした金属片でも高い位置から落ちてこれば人を殺せるくらいの威力になったりする。
ただ、その惨状も急ピッチで復旧が進んで襲撃の跡は大分見えなくなっている。
暫くは全体的に街にも緊張感が漂っていて人通りも少なく、締めていた店も多いが一月もすると日常が大体戻ってきた。
逞しい、というよりだれもが元の日常に戻ろうと努力している、と言うべきなのかもしれない。
落ち込んでいても崩れた瓦礫は無くなりはしないし、死んだ人も戻りはしない、ということだろう。
タフな人たちだな、と思う。
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今日はフェルの部屋に来ている。なんでも料理をご馳走してくれるらしい。
俺は機械油亭の部屋にずっと住んでいるが、フェルはアパートというか貸し部屋に住んでいる。
フローレンスは土地が狭いから建物は高くなるし、個人での持ち家は余程の豪商とか貴族とかでないと所持できない。
なので、必然的にアパートとかマンションのようなところに住むことになる。
フェルの部屋は寝室とリビングと台所の2DKっぽい部屋だ。
結構広いが整理されていていい。壁やソファには独特の文様の敷布やタペストリーが飾られていた。
機械油亭の部屋は掃除とかの雑事は宿側がやってくれるから便利ではあるんだが、いずれ自分の部屋が持ちたい気もするな。
ただ、すっかり人任せ生活に慣れきっているから、自堕落になりそうだが。今は食事も宿任せだ。
昔の貧乏レーサー時代は全部自分でやっていたもんだが。
とはいえ、ガスコンロも電子レンジも水道もないから、自炊するのはハードル高い。
「お待たせ、ダイト」
そう言ってフェルが部屋に入ってきた。ふわっと不思議な香草の香りが漂う。
大きめの皿に盛られていたのは、トマトっぽい赤味がかった金色のシチューを、豆くらいの粒粒のパスタのようなものに掛けたものだった。
ちょっと厚めに切られた肉や野菜がゴロゴロと入っている。
カレーのようでもあり、煮込みシチューのような料理だな。
「さ、召し上がれ」
スプーンで一口食べる。
トロッとしたシチューはいろんな香草とかスパイスが入っているんだろうという感じの複雑な味だった。
見た目を裏切る辛みと独特の後味。タイカレーっぽいな。
粒粒のものは小麦粉を練ったものらしい。
歯ごたえを残すように茹でてあるらしく、プチプチした触感が面白い。イタリアに遠征したときに食べたクスクスのようだ。
ボリュームあるシチューとこのパスタ、野菜や肉も大きめに切ってあるせいか、食べ応えがある。
「どう?ねえ、どうかな?」
フェルが不安げに聞いてくる。
「美味いぞ。ありがとな」
そう言うとフェルが嬉しそうに笑った。
時々、地球について聞かれて話している。と言っても、この世界にないものやあっちに無いものも多いから中々説明が難しいが。
ただ、食べ物の美味しさは分かってもらえているようだから、心配だったんだろう。
「俺のために作ってくれたんだから、それで十分さ」
手料理はいつだって嬉しいもんだ。
「あ、ダイト……口元」
フェルが不意に言って俺を指さした。
布でぬぐおうとしたが。
「じっとしてて」
フェルが身を乗り出して顔が近づく。思わず固まってしまったが、柔らかい舌先が口元を舐めて行った。
あったかい舌先が唇に触れる。フェルがちょっと得意げに自分の唇を舐めた。
「お前な……」
「二人きりだからいいでしょ」
そう言ってフェルがちょこんと隣に座って撫でるのをねだる犬のように体を寄せてきた。
とはいえ、俺の方が体が小さいから、大型犬に抱き着かれている感じだが。
柔らかいしっぽがふわりと手に絡む。
「だって、またすぐ出撃するんでしょ?」
「ああ」
街の復旧も進み損害を負った騎士団の再編成もほぼ終わっていて、捜索が開始されている。
あの黒歯車結社による襲撃と言うかテロの傷痕はかなり深い。騎士団にも市民にも相当な数の死者が出た。
ケントが危惧した通り騎士団は彼らを追うだろう。恐らく息の根を止めるまで。
俺も1週間後の捜索隊に加わってほしいと言われている
「一緒に行ければいいんだけどね……騎士には乗れないけど船員として志願しようかな」
フェルが物憂げにつぶやく。まあそれはいいような気もするな。
船内での戦いになることはめったにないが、腕も立つし経験が長い優秀な船員だ。
「本当に行きたいなら紹介するぞ。まあ店主が良いといえばだが」
シュミットの仕事も普通に入っているかたら、俺に加えてフェルが抜けていいのかって感じはする。
「でも……最近は暇だからね」
そういえば、最近はフローレンス近辺では殆ど海賊が出たという話は聞かないな。
この間の捜索には騎士団だけでなく一部の商会や自由騎士も加わっている。
一部の商会には乗り手や従業員、船員に犠牲者が出たらしく、その捜索に加わってる。
その影響か定期船の数は減っている上に護衛も薄くなりがちなんだが、案外襲撃がない。
だからこそ戦力を捜索に向けられているし、俺もそんなわけで今回の捜索に加われるというのはある。
とはいえ、とにかく空は広いからまだ見つかっていないようだ。
騎士団だけで探せばもっと時間がかかるから、手は多い方がいいだろうな。
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この間、海賊による輸送船の襲撃はぱったりとなりをひそめているらしい。
全くないわけではないようだが、それでも普段の10分の1に近いレベルと聞いている。
油断させておいて輸送船を襲うのかと最初は皆が警戒していたが、その気配もないから、今は商店の所属の騎士も捜索に加わっているわけだ。
ただ、何というか不気味な静けさでもあるんだよな。
なぜなのか分からないが、この手の話は海賊に聞くのが一番いい。
システィーナとアランは普段は騎士団に与えられた宿にいて、あとは好きにしているらしい。
ということでシスティーナに聞きに来たわけだが。
会いに行ったときはシスティーナは昼だというのに宿の食堂でワインをチビチビと飲んでいた。隣の椅子にはアランが座っている。アランはお茶を飲んでいるようだが。
しかし露骨に暇そうだな。
「やあ、ディートレア。どうかしましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあってな」
「まあ座って一杯やりなさい」
そう言って、システィーナがワインを注いでくれる。
何となく昼から飲むのは抵抗があるんだが、まあいいか。一口グラスに口をつける
「海賊は静かなもんだが……何か理由があるのか?」
「前にも言いましたが、フローレンスに義理立てしているわけではないですよ」
システィーナが面倒そうな口調で言う。
「今、貨物船の襲撃をしたら必要以上に恨みを買いますからね。短期的には稼げますが、長い目で見れば損の方が大きい」
「なるほどな。以外に色々考えているんだな」
確かに警備の手薄をこれ幸いと襲えば、良い稼ぎにはなるだろう。だが、黒歯車結社の戦いが落ち着けば追い回されることは確実だ。
目の前の獲物に食いつくだけではないらしい。
「なにを言っているんですか、貴方は。愚か者が生き残れるはずないでしょう。
考え無しのバカはすぐ騎士団に刈られるか、護衛騎士に返り討ちにされて雲海の藻屑ですよ」
システィーナが呆れたように言う。
言われてみればそうかもしれない。
無法者の世界で生き残るためには、ただの荒くれものだったり無謀だったりするだけではだめだろうな。
しかし、その能力をもう少し良いことのために使う気はないんだろうか
「で、お前は今回も不参加か?」
「ええ、無駄足を踏むのは嫌ですからね。そこまでする義理はありません」
今回の出撃も含めてシスティーナは捜索には殆ど参加していない。
スカーレットとブルーウィルムは港湾の倉庫に収められていて、時々訓練飛行しているとは聞いている。
最初は何度か参加していたようだが、途中からしなくなった。端的に言うと空振りが多くて暇だから、ということらしい。
訓練飛行しているくらいなら参加しろと言いたいところだ。
「で、あなたは出撃ですか?」
「ああ、明日出発だ」
「私としては長引く方が今後に期待できそうですからね……貴方たちの事情は知りませんが」
システィーナが意味ありげに言った。
……こいつが暗に言っていることは分かる。
あいつらが大蛇のコアを持ち去ったのは、普通に考えれば別の騎士に乗せる為だろう。
それが何かはしらないが、さっさと終わらせれるなら終わらせた方が良い。
亡霊シリーズを賢人が設計したとしたら。
あのスペックを見る限り、賢人が強力な動力源を手に入れたらどんな厄介なのが出てくるのは想像もつかない。
それに……勝手な話だが、賢人とその周りの数人だけでも助けてやりたいとは思う
「まあ強い騎士が出たら呼びなさい」
やる気なさそうにシスティーナがまたワインを飲む。アランがシスティーナの隣の席で苦笑いしていた。
何処までもマイペースな奴だが、騎士団としても命令する権限が無い。そもそもこいつが命令を聞くタマではないとも思うが。
現状では気紛れな敵にならないだけまだいいか。
アランだけでも同行してもらえるとありがたいんだが、それも許可してくれるつもりはないらしい。
視線を送るとアランが肩をすくめて申し訳なさそうに首を振った。




