本当の狙い。
戦闘機が飛び去って行って、降伏宣言をしたアンを捕虜に取って帰還した。
シャロンは何か所か被弾していたが、どうにかしのぎ切ってくれた。
フローレンスの周りの黒歯車結社の騎士は撃墜されて戻ったときには戦闘は終わっていたが、街のあちこちでまだ煙が上がっていて、そこかしこで怪我人を治療院に連れて行っているのが見える。
治癒術を使えるごくわずかな魔法使いが治療に当たっていた。
震電から降りて格納庫の外に出ると、硬い表情の騎士団員が出迎えてくれて一礼してくれた。
焦げ臭いにおいと肌を刺すような炎の熱気が伝わってくる。
崩れた建物の瓦礫が散らばっていて、あちこちから悲鳴と何かの指示を出すような大声が聞こえた。
まさしく戦争の後って感じだ。
騎士団の格納エリアの外に出ると、フェルが無言で抱きついて来た。
ようやく今日の夜が終わったな。
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物々しい空気のまま数日が過ぎた。
次の攻勢があるかもしれない、ということだろう。
この状況じゃ商店も営業どころじゃない。街には人通りも少なくてピリピリした空気が漂っていた。
俺やグレッグやローディも含めて殆どの自由騎士たちや商店所属の騎士たちも駆り出されて空域の警護に当たっている。
ただ、何も起きなかった。
あの攻撃はかなり念入りに準備をして騎士や人員を配置したうえでの内部からの奇襲だ。もう第二波はないだろう。
賢人のことを思い出す。あいつが指揮してるなら、この警戒網に向けて突撃してくるようなバカじゃないだろう。
その日の哨戒飛行を終えて戻ってきたら
「ディートさん、少しお時間いいですか?」
騎士団員が二人出迎えてくれた。何の用だ?
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連れていかれたのは騎士団本部のかなり奥の部屋だった。
ランプが吊るされた窓のない狭い部屋でなんとも圧迫感がある。
壁際に二人の武装した騎士団員がいて、一人の背の低い女の子が椅子にふんぞり返るように座っていた。
藍色の髪を頭の左右で結い上げている。猫耳のようだな。
幼げな可愛い容姿と低めの背で年は俺より下っぽい。
15歳くらいにも見えるが……俺を見上げる視線は年相応じゃない。
小生意気なマセた子供って感じではなく、見た目とは違う鋭い知性を感じさせる。
賢人に似てるな。見た目より年上だろう。
そいつが俺を見て鼻で笑った。失礼な奴だな
「アンタ、ディートレア?ふーん、騎士の乗り手より酒場の看板娘の方が似合ってんじゃないの?」
「……誰だ、お前は」
「アタシだよ。アン・エヴァース」
「お前が……全然イメージと違うな」
あの騎士の乗り手か。
はじめて会ったがちょっと予想外の見た目だな。
騎士での空戦の後に倒した相手と直接対面するのは珍しい。
「へえ、噂通りか。本当に可愛いナリなのに男みたいに喋るんだね」
アンが面白そうに笑いながら言う。この状況でいい度胸だな。
「……何事もなかったみたいだな」
正直言って拷問でもされているんじゃないかと思ったが、そんな感じはない。
戦って敵を倒すのは兎も角、そうじゃない所で無駄な血は見たくない。
少し安心した。
「話すこと話せば無茶はされないさ。アタシは大事な大事な情報源だからねぇ」
そう言ってやれやれといった感じでアンが首を振る。
後ろの騎士団員が苦い顔をしていた。色んな意味でつくづくいい度胸だ。
「まあアタシは金で雇われただけだからね。あの連中のために意地を張る義理もない」
要するに隠し立てはしなかったってことか。
こいつは雇われだったわけだ。
「まあそんなことはね、どうでもいいのさ、ディートレア。アンタに聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「なあ、ディートレア、あたしの騎士は……鳥篭はどうだった?」
そんな事を聞くためにわざわざ呼んだのかと思ったが……さっきまでの人を舐めた感じの態度じゃなくて、真剣な顔だ。
昔見たことがある表情、新技術を搭載した新車へのコメントを求めるときのエンジニアの表情。
「一人じゃ勝てなかったよ」
偶然、反射衛星を見つけられなければ攻撃手段が分からなかった。
分かっても俺一人ではあの多角攻撃をかわし切れなかっただろうし、距離を詰めた時こいつがもう少し操縦能力があればどう転ぶかわからなかった。
ワンチャンスで詰め切れたからこそ勝てたが……逃げ切られていたらやられたのはこっちだった可能性は十分ある。
アンが満足げに笑みを浮かべた。
「そういえば、一つ礼を言っておくよ」
「はあ?何がだい?」
「戦闘不能になった騎士を撃ち落とさなかったことさ」
最初に戦闘不能になったあの騎士を人質にとることも出来ただろうに。
こいつは最後まで真っ向勝負してきた。自分の機体に誇りがあったんだろうと思う。
アンが小ばかにしたような感じで首を振った。
「はっ、全く甘ちゃんだね。聞いていた通りのセンチメンタルバカだ。アンタを撃ってたら撃つ暇がなかったんだよ」
そう言ってアンが顔をそらした。
「あいつは……あのケントの旦那は天才さ。アイツの騎士はアタシのより強いよ。せいぜい頑張りな、ディートレア」
言うだけ言ってアンが席を立って兵士にドアの方を指さす。こいつは本当に捕虜なんだろうか
アンが兵士に連れられて出て行った。
しかし……賢人の騎士はあれより強いのか……先が思いやられる。
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数日後。
騎士団の飛行船でアンが吐いた空域に行った。
薄雲の中、岩礁がまばらに浮かんでいて、中央にはちょっと開けた島がある。
島にはぽつんと広い工房のような建物が建っていた。
周囲を警戒するようにレナスが飛んでいるが、機影は全く見えない。ここも、もうもぬけの殻だろうな。
飛行船から縄梯子が下ろされる。最初に武装した船員が下りて周りを警戒しているが。
下りてきていいという合図が来たから縄梯子を伝って下りた。
前は高さに目がくらんだが、いい加減これも慣れてしまったな。
平たい島は半分くらいが石畳で舗装されていて、貨物集積所みたいなスペースがある。
騎士団の兵士たちが銃と剣を構えつつ周囲を警戒するが、風の音しか聞こえなかった。
地面には大きくえぐられた跡があって、そこらへんに装甲版の破片らしき鉄クズが散らかっていた。
「ここに降りたらしいな」
バートラムが言う。
「ああ」
おそらくここに大蛇を強行着陸させたんだろう。
足跡と何かを引きずったような跡が工房に伸びていた。
工房の中に入る。
鉄で作られた粗末な工場のような建物だ。いったい何に使われていたんだろう。
天窓から差し込む光に照らされて、がらんとした工房の中には見慣れたクレーンとか騎士の駐機台があった。
その周囲にはいかにも仮り組みしましたって感じの足場。
工具がそこら中に散らかっている。とるものもとりあえず逃げたって感じだな。
足場の真ん中には巨大な大蛇の姿があった。
一瞬兵士たちが警戒するが……当たり前だが動く気配はない。長く伸びたウイングは片方がへし折れていてた。
近づくと状態が分かった。
胸の装甲板が真っ二つに切り開かれていて、いかにも急いで作業したって感じで乱雑に断ち切られた装甲版が周りに散らかっている。片腕は地面に転がっていた。
真っ二つになった機体の中央はがらんどうだ。
「……コアか」
何のために危険を冒してまで、あえてあんな変な場所に格納されていた大蛇を狙ったのか、漸くわかった。
目的は機体じゃなかった。動力の方だったのか。
連投此処まで。
アン・エヴァースとオルゴ、及びその機体は緋金さんの応募してくれたアイディアをベースにしました。
ご協力に感謝。
・鳥篭
・建造者・アン・エヴァースによるワンオフ建造。その後黒歯車結社により一部改修
海賊兼エーテル技師であるアン・エヴァースの騎士。
ブルーウィルムとは別方向で狙撃戦に特化した極めて特殊な設計の騎士。
本体は通常より細身のオーソドックスな人型であるが、通常の騎士の倍近い大型のウイングを装備している。
この大型ウイングは機動戦用ではなく、ホバリングによる位置確保のしやすさを実現するためのものである。
また、騎士本体の周りに装甲板を浮かせており、それによってバリアのような防御フィールドとステルスを展開している。
武装は迎撃用の速射性重視のガトリングカノンと反射攻撃用の長大なカノン、射撃補助用の高精度なレーダー。
また、騎士本体とは別に衛星を多数装備している。
衛星は鏡張りの浮遊気球衛星で、カノンの光弾を増幅反射する機能を持つ。
雲間にこの衛星を複数設置しそれを反射させて遠距離からの多角的な狙撃を可能としている。
これにより自分の位置を隠しながら、多角攻撃が可能となっている。
ちなみに衛星本体はほぼ浮遊しているのみであるが、コミュニケーターの技術を応用して若干の位置変更程度はできる。
一方で、コアの出力のほぼすべてをカノンの火力、防御フィールドとステルスの維持に回しているため、動きは鈍重である。
武装も申し訳程度に迎撃用の速射性重視のカノンを装備している程度で、本体に殆ど戦闘能力は無い
これは操縦者のアン本人が操縦適性が無いことを自覚しているためであり、このような割り切った作りになっている。
機動兵器としての騎士というより浮き砲台に近い性質を持つ。
本人のエーテルに関する理論を実証するために作られた実験機ともいえる。
衛星の展開に時間を要する上に、本体が接近戦に持ち込まれるとほとんどなすすべがないため、きわめて戦場を選ぶ騎士。
また、衛星の位置を把握し反射射撃を行うため、自分の位置を変えにくい。このためウイングは最高速度や旋回性能ではなく、ホバリングによる姿勢制御重視となっている(自分の位置を変えながら衛星を狙い撃って、相手を打ち抜くのはまだ不可能である)
このため機動戦の戦闘力は皆無。
一方で衛星の展開が終わった状態でその戦場に誘い込めば、高出力のカノンでの多角攻撃が可能であり、複数相手をものともしない。
雲間に展開された衛星を破壊するか本体を倒す以外に対抗策は無いが、衛星は小型で捕捉しにくく、本体は防御フィールドとステルスで守られているため簡単にはとらえきれない、という特徴を持つ。
迎撃戦や陣地防衛で真価を発揮する。
現時点では操縦者のアンのマニュアルの射撃技術に依存しているが、コンピューター等による射撃支援があれば恐るべき性能を発揮すると思われる。
ある意味早すぎる発想で作られた騎士。
アンの完全なワンオフ設計で建造された機体であり、ステルスは黒歯車結社からの技術提供で後付けされた。