追撃開始・下
震電が夜空に舞い上がった。
地上の建物を見てさっきの戦闘機と大蛇が飛び去った方向を見定める。
『ディートレア!』
≪ちょっと遅いわよ≫
コミュニケーターから声が聞こえた。
サラと、シャロンか。
カノンの先端に青白いエーテルの銃剣をつけたヴァナルカンドとその後ろには赤いエーテルの光をなびかせて幻狼が見える。
夜空には何とも目立つ機体だな。
『援護ありがたい。まだ何機かが周囲にいる。応戦を……』
「いや、それよりも。大蛇が持ち去られた。俺が追う」
【大蛇だと?】
通信に男の声が割り込んできた。バートラムか。
【……あんなもの、今やデカいだけの老朽機だぞ、放っておけ。むしろ次の攻撃があるかもしれん。それに備えるべきだ】
バートラムが言うが。
「ならなおのこと……あれを持っていく理由があるはずだ。違うか?」
賢人を助けたいというのもあるが……あいつが頭が回り、そして用心深いことくらいは分かる。
そのあいつが、危険を冒してまでわざわざアレを狙ったのには理由があるはずだ。
バートラムが沈黙した。
【オスカル、アウレリア、リカルドの三機、ディートレアに付け】
そういうと、三機のレナスが寄ってきて俺たちの周りをまわった。
【用心しろ。深追いはするな】
『気を付けろ』
「ありがとよ」
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方向転換してフローレンスに背を向けた。
いつも通りの広々とした空と、月明かりで白く輝く雲海。
大きな雲の塊が岩のように浮かんでいる。騎士の姿は見えない。
『方向はこちらで正しいですか?』
「多分正しいはずだ」
あの飛行機と大蛇が飛んで行った方向としては正しい。
ただ、途中で方向を変えることもあり得るから何とも言えないんだが。それを言い始めるときりがないな。
騎士の反応をとらえるサーチはあるが……広域をとらえるレーダーは今のところは騎士には実装されていない。
【わずかですが、サーチに感があります……おそらくこちらで正しいかと】
もう一人の声がコミュニケーターから聞こえた。
手掛かりはない。今は信じて行くしかないか。
「よし、行くぞ!頼むぜ」
【了解です、サー!】
『我々が先行します!』
三機が編隊を組むように俺の前に出た。
震電ほどではないが、かなりのスピードで飛んでいく。やるもんだな。
あの飛行機は兎も角、大蛇はどう見ても整備不良状態だった。図体もデカかったし、あれじゃ大して速度を出せるとは思えない。
なんとか追いつけるか。
フローレンスから離れるにつれて、雲の塊が増えてきた。
岩場のような、谷の間のような感じだ。
雲の隙間の道を縫うようにレナスが銀の飛行機雲と航跡を残して先行していく。
だが、ここは見通しが悪い。上空に出た方がいいんだろうか。
考えたときに、前の雲の中で稲光のような何かが光った。
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……カノンの発射光。
「危ない!」
声を出すのと同時に雲の中から何発かの光弾が飛んだ。
真横から撃たれたレナスの一機が被弾して姿勢を崩す。
わずかに遅れて、また雲の中で光が走った。
雲が内側から照らされて断続的にカノンの光弾が飛んでくる。
『待ち伏せ?』
だがサーチに全く反応がない。
しかも雲の中は気流が悪い。加速して通り抜けるなら兎も角、潜むなんてことは難しいはずだ。
視界の端にまた光が走った。とっさに震電の軌道を変える。
今度は真下の雲の塊から光弾が飛んできた。高射砲のような光弾が真上に貫いていく。
こっちはぎりぎりで躱せたが、また一機、今度は足を吹き飛ばされてバランスを崩した。
「囲まれてるだと?」
震電の姿勢を変えて下を見るが。
連なる岩のような雲の塊と、その下には雲海が見えるだけだ。
今のは明らかに複数からの射撃だったが……機影も航跡も見えない。
「大丈夫か?」
【大丈夫です】
『どうにか!』
返事が返ってきた。見た感じ墜落する感じもしない。
ただ、被弾状況が酷い。一機は足、もう一機は片腕がかなり派手に壊れている。
おそらく戦闘はできなそうだ。
戦闘不能の騎士を抱えて、しかも囲まれてるとしたらかなりまずい。
どうするかと考えたとき、コミュニケーターから甲高い金属音が聞こえた。
[ようやくお越しだね、でも、ここはアタシが通さないよ……おっと、あんた、ディートレアだね]
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[来てくれてうれしいわぁ、アンタを待ってたよ]
ちょっと高い女の声だ……回線割り込みか。
「誰だ、名乗れよ」
[黒歯車結社の……っていうのはちょっと違うかね。まあいいわ、アタシはアン・エヴァース]
コミュニケーター越しに何やら含み笑いのような声が聞こえた。
[いや、ホントに来てくれてよかったわぁ。アンタを落とすと報酬が3倍になるんだよ]
「そりゃどうも」
またずいぶんと恨まれたもんだ。
しかし、なんとなくわかった。黒歯車結社には間違いなく派閥がある。
賢人の派閥と、恐らくもう一つ。
賢人が俺の撃墜に賞金を懸けるとは思えない。
俺を殺したければあの戦闘機で簡単に殺せたわけだしな。
[一応言っておくけどねぇ、逃げるのはダメよぉ。アンタが逃げるならその騎士団のやつを撃つからね」
釘を刺すかのようにアンとやらが言う。
[ま、全員撃ち落としてからアンタとやってもいいんだけど、ザコを落としても稼ぎにならないからエーテルの無駄だしねぇ。優しいアタシに感謝しな]
何がどう優しいんだか知らんが。
少なくとも被弾した奴に追撃をしないのは助かるな。
ただ今まで戦った亡霊シリーズや宵猫、あの飛行機を思い出せば、こいつも一筋縄ではいかない。
特殊なギミックを持ってると考えるべきだ。
今のところさっきのように雲の中から射撃してくる気配はない。
包囲されているのかいないのかわからない。
だが、選択の余地はないか。
声からなんとなくシスティーナと近いものを感じる。
こいつは俺が逃げたり迂回したら躊躇なく騎士団の騎士を落とすだろう。
「ああ、やってやるぜ」
[これも仕事だからねぇ、恨むんじゃないよ!]
機体名・大蛇
建造者・フローレンス騎士工房
30年ほど前に建造された大型機。
エーテルが共鳴する双子とよばれる二つのコアを使って作られており、通常の騎士に比べて倍近い大きさを持つ。
左右の手には、当時は実戦投入されたばかりの大型の内蔵式カノンと物理装備の爪をもち、遠距離戦、接近戦のいずれにも対応できる。
ワイヤーを鞭のように撃ち出して線での攻撃も可能。また数か所に補助的な小型のカノンを装備しており全方位への攻撃が可能である。
装甲も厚くある程度の被弾に耐え、重装甲ながら機動性も現行のレナス程度の水準を実現している。
大出力のコアによる一定の機動性、分厚い装甲による堅牢さ、主力のカノンの高火力に加えて鞭と小型のカノンによる広い攻撃範囲と火力を有する高性能機。
建造時期を加味すると破格の性能といえる。
一方で機動性はあるものの物理的に被弾面積が大きいことはどうしようもない、という欠点がある。
また、大型過ぎて運ぶのに時間がかかる上に、空は広く強力な一機の騎士でカバーできる範囲は限界がある。
加えて、カタログスペックは強力なものの実際の戦闘では乗り手の技量の制約等もあり、複数相手をものともせず薙ぎ倒すより、むしろ包囲されて集中砲火を浴び、撃墜されかかったこともある。
結局、戦場では一定の戦果を挙げたものの、運用面も含めた全体としては期待されたほどではなかった。
このような経緯もあり、その後は魔法使いとの戦争が再燃した場合に備えてフローレンス防衛のため使用する迎撃機という名目で、最低限のメンテナンスのみを施されて倉庫で眠ることとなった。
実際はエストリンの攻撃まではフローレンス本土への攻撃は無かったため、実戦での稼働実績はすくなめ。
建造コストがかかりすぎること、上記の運用の難しさ、騎士の建造技術の進歩による通常サイズの騎士の性能の向上、強力な大型機一機より通常機の数を増やす方が有益であるという戦術理論が普及したことにより、この大蛇以降は同種の大型機は作られていない。
騎士の建造の技術がまだ未熟で、空戦の戦術の試行錯誤が行われていた時代の数多い実験機の一つといえる。
ビジュアルイメージは下のイラストを参照。




