運命の一夜・上
お待たせしました。
3連投の予定で行きます。
翌日。
早速騎士団の本部に話をしに行った。
幸いにもバートラムがいてくれたので話が通しやすかった。
「黒歯車結社が……何かを起こすってか」
「どう思う?」
「ありえるだろうなぁ」
バートラムが砕けた口調で言って、ため息をついた。
いつもの港湾地区の騎士団の詰め所の芝生で話しているが、周りの騎士団員たちは忙しそうに動き回っている。
勿論海賊が侵入していることくらいはバートラムたちも把握しているだろう。
「だが……どう思う?デマを流してるかもしれないぜ?ディートちゃん」
バートラムが真顔で聞き返してきた。
あいつは俺にいえば騎士団にも伝わることくらいはわかっているだろう。それも踏まえた撹乱の可能性も確かにある。
信用できるか、と言われると困るものもあるんだが。
「それは勘ぐりすぎだと思うんだよな」
そんな暇な手を打つくらいなら黙って事を起こす方がいいだろう。
確かに騎士団を混乱させる情報になるかもしれないが……警戒が強まることは得じゃない。
奇襲攻撃の先制する利を捨てるメリットは殆ど無い。
「それに」
「それに、なんだい?」
バートラムが怪訝そうな顔をした
「多分あいつは嘘は言ってない」
そう言うとバートラムの表情が引き締まった。
「なぜそう思う?」
「カンだ……そうとしか言えない」
こればかりは直感以外に根拠が無いんだが……ウソは言っていない気がする。
気がするだけだが、こういう直感というのは案外あたったりするのだバカにはならない。
バートラムがそうだなって顔で頷いた。
「分かった。警戒しよう。情報感謝するよ、ディートレア」
バートラムがそう言って宿舎の方に歩き去って行った。
撹乱なのか、それとも本当なのか。
ただ。どっちみち近いうちになにか起きることは間違いないんだろうな。
---
「起きて、ダイト」
不意に体をゆすられて起こされた。
まだ頭が眠気でぼんやりしている。
半分空けた窓の外は暗くて、月明かりと街灯の明かりが差し込んできていた。まだ夜だ。
フェルが真剣な顔で俺の顔を覗き込んでいる。
普段は俺の宿と自分の部屋を行ったり来たりしているフェルだが、例のテロの話のあとはずっと俺の部屋で泊っている
「起きないとキスして唇噛むよ」
「今は止めろ」
一体何だ、と聞く迄もでもなかった。
普段は夜は静かなフローレンスだが……開いた窓から声と散発的な銃声や剣戟の音が聞こえてくる。
窓の外を見ると月明かりだけの黒い夜空が赤く照らされていた。
市街のあちこちで火が上がっているのが見える。
……本当に始まったのか。
「行くんでしょ?」
「ああ」
俺が言ってどうできるもんでもないんだが……ただ宿にこもっている気にはなれない。
動きやすいいつもの船員用の服に手早く着替える。
「ほら、ダイト」
革のグローブをフェルが付けてくれた。鉄の鋲が拳の部分に打たれたごつい奴だ。
地球にいる時は総合格闘技も齧ったから素手での戦いの方がまだましだ。接近戦用に一応作ってもらった装備だ。
この世界に合わせて剣や銃の稽古もしては見たが、畑違いすぎて大してモノにならなかった。
拳を握ってみると、革が締まって石のように固くなる。
これを使う日は来てほしくなかったな……ドライバーの仕事は肉弾戦じゃない
「準備いいかい?」
フェルは胴だけを覆うタイトな茶色の革鎧を着て、その革鎧には短めの投げナイフが何本も挿されている。
腰には装填済みの短銃と短めの曲刀。
手足は俺と同じようにグローブと脛当てが付けられいて、銀色の髪は止められている。
しなやかな太ももとすらりと伸びた手はむき出しのままだ。
「``悠久に連なる我が祖霊よ、この身に降りよ。我に力を``」
小さく唱えると、フェルの姿が変わった。
手足の白い肌に銀色の毛にが映えた。顔にも隈取の様に毛が生えて、髪も長く伸びる。
前に一度だけ見たことが有る、先祖返りをしたときの姿だ。
「大丈夫だよ、こういう時はアタシが守るからね」
フェルが不敵に笑う。
こいつの強さは良く知っている。
組み討ちのトレーニングでは今の所連敗街道まっしぐらで何連敗したかすでに覚えてない。
「ああ、頼りにしてるよ」
---
宿を出ると通りにはたくさんの人がいた。
何やら言葉を交わしたり空を見上げたりしている。
「みんな!落ち着いてくれ!海賊は騎士団と我々自警団が抑えている。安心してくれ!」
フローレンスの民間警察、というか自警団の団員らしき男たちが声をあげている。
そのおかげか特にパニックが起きる感じじゃなかった。
こういう時は市民のパニックが起きると収拾がつかなくなって、テロリストというか海賊というか黒歯車結社の連中の思うつぼになる。
「少し待っていてね、ダイト」
フェルが軽々と屋根に飛び上がって周りを見回した。
尾根で様子を伺う狼そのものだのような動きだ。
事前に警告を出していたためか、概ね大きな騒動にはなっていないようだ。
あちこちから火の手が上がっていて悲鳴とかが聞こえてくるが。
ただ、港湾の倉庫街の方の火災が激しいようだ。無事ってわけにはいかないか。
騎士団員や自警団員がコミュニケーターで連絡は取りあっている。
ただ、通信はできると言っても、連携という点では現代の警察とかとは比べ物にならない。
風切り音がして影が頭上をよぎった。
見上げると何機かの騎士が空中で戦っている。カノンの光が断続的に光った。ウイングから噴き出すエーテルが夜空に筋を描く。
壊れたパーツが落ちて地響きがした。
遠くから悲鳴が聞こえて、周りにいた皆が建物の中に逃げ込んでいく。
フローレンスの真上で騎士を飛ばしているのか。黒歯車結社の連中、ムチャクチャやりやがるな。
フェルが軽やかに屋根から飛び降りてきた。
「ダイト」
「どうした?」
「あいつらの一部が変な所に行っている……中心街の外れの方に行ってるみたいだ」
フェルが指し示したのはフローレンスの中心の方だ。
だが何もその方面からは炎とかは上がってないが
「一応……行ってみるか?」
此処にいてもやることが無いが、さりとて港湾地区に行っても俺が戦力になるかと言われると怪しい。
上空の騎士も騎士団のフレイヤとレナスが迎撃に出ている。
そこまで敵の数は多くなさそうだ。俺の出る幕はないか。
それに。
あの少年はテロが起きることは良しとしてなかったが……この機会に何もしていないとは限らない。
むしろ俺としてはあの彼の動向の方が気になる。
---
フェルが先導してくれた場所は工房が立ち並ぶ工業地区の外れにあった。
工業地区は人が住んでいないせいか夜は静かなもんだ。広い路地に街灯がまばらに並んでいるだけで人影はない。
門には騎士団の紋章と倉庫の表示がされていた。
ただ、倉庫というには……何とも変な場所だ。
騎士団の工房はこことは全然違う場所にある。なぜここに騎士団の倉庫があるんだろう。
高い煉瓦の壁は古びていてすすけていた。
ただ、ここで何か起きたことくらいはすぐ分かった。
僅かに開いた門を抜けると、緑の芝生に騎士団員の遺体がそこかしこに転がっている。
……誰かが来たことは間違いなさそうだが。
フェルがナイフを構えたまま周りを警戒して頷いた。とりあえず危険はないらしい。
「此処は何なんだか分かるか?」
「さあ」
フェルが首を振る
騎士団とはそこそこ長くかかわっているが、此処の倉庫は来たことが無い。
中はそこそこに広い敷地に、古びた大きめのレンガ造りの建物がまばらに並んでいた。
明かりも無くて月光に照らされた倉庫が黒い壁の様に浮かんでいる。
その倉庫の一つに明かりがともっていた。
あそこに誰かいることは間違いない。
騎士団の主力の騎士であるフレイヤやレナス、団長機の戦乙女は港の方の騎士団の格納庫に収められているはずだ。
此処に何があるんだろう。そして何のためにここにきているんだ。
フェルが俺に少し待つように手で合図して静かに倉庫に近づく。
が、倉庫よりはるかに前で倉庫から音が聞こえた。
---
フェルが足を止めた。
軋み音と硬いものが折れる音。
そして耳慣れた鎖の擦れ合う音がして、地面に重いものが次々と落ちる地響きのような振動が伝わってきた。
明かりのついた倉庫が崩れ始めて中から光が漏れる
天井を何かが突き破った……巨大な腕、あれは騎士の腕か。
何度も聞いた、騎士が飛ぶ時のエーテルの噴出がして天井が破れる。
煉瓦の塊がばらばらと周りに落ちた。
レンガの倉庫を粉砕して姿を現したのは、見たこともないほど巨大な騎士だった。