黒歯車結社の動向
今回はこれでラスト。
震電の改装が終わって数日後に、すぐまた物資の輸送任務に出たが今回も何事もなかった。
8日間の航海を終えてフローレンスに戻った。
「高名なシュミットの魔女の戦いを見れなかったのは残念ですが。貴方のおかげで海賊も襲ってこないのでしょうな。平穏で助かりますよ」
フローレンスに戻って荷の積み下ろしをしているところで、今回臨時で一緒に行動した別商会の船長が言ってきた。
初老で日焼けした顔、ちょっと太めの愛嬌のある人だ。いかにもベテランって感じだな。
「ありがとうございます。無事に終われて何よりです」
ここのところ海賊は動きがないから俺は関係ないと思うんだが。
だが、俺が居なくても大して変わらなかったと思います、などと言うほど俺も空気が読めないなんてことは無い。
プロのドライバーたるもの、スポンサー対応も大事なのだ。
「またお願いしますよ」
そう言って船長がアル坊や達の方に歩き去って行った。
しかし何もないのは暇なもんだし、新武装を実戦で試してみたい気持ちはある。
訓練で何度かローディやグレッグと戦っては見たが、本番の緊張感というのは別格だ。
こういう言い方は問題発言かもしれないが、黒歯車結社の騎士と戦う前に海賊で試しておきたい。
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この後はいつも通りフェルと合流して食事になるか、と思ったが。
「ディートレア」
声をかけてきたのはバートラムだった。サラも後ろにいる。
ここは貨物用の港湾施設だ。騎士団員が来ることは珍しい。
「どうした?」
携帯に直電するかメールすれば事足りる世界じゃない。
わざわざこの二人がここにいるってことは、伝言では済まない重要な用事を伝えに来ただろうということは察しが付く。
「此処だけの話だが、いいかディートレア」
バートラムが真面目な口調で言う。今日はチャラ男モードではないということはやはり深刻な話だな。
また参戦の依頼かと思ったが。
「なんだ?」
「一週間前、騎士団は黒歯車結社と思しき勢力をとある空域で発見……戦闘を行った」
予想を裏切る意外な言葉が出て来た。
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俺が知らないうちに一戦交えたのか。そして、よく捕捉出来たな。
「マジか?お呼びがかからなかったぞ」
「お前はもう仕事に出ていたようだったからな」
バートラムが言う。タイミングが悪かったらしい。
「それに急だったのだ。遭遇自体も偶然に近かった」
「一部隊が哨戒中に接敵してな。そのまま戦闘になった」
「で、どうなったんだ?」
「相手からの奇襲に近かったが、こちらの本隊が近くにいたのが幸いした。騎士数機を撃墜、海賊のものと思しきものを捕虜にした」
小部隊と見て奇襲したが、本隊と合流されて返り討ちって感じだったんだろうか。
しかし、何ともお粗末な手口だ……エストリンの背後に隠れて仕掛けてきた巧妙さが全く感じられないぞ。
「亡霊シリーズはいたか?姿を消す奴とか」
「いたぞ。私が戦った」
サラが応じてくれる
どうやら本物のあいつららしいが。
「それで?どうなった?」
「姿を隠す騎士……灰の亡霊と言ったか。あれは撃墜できなかった。亡霊シリーズとやらは逃がしてしまったな」
サラが悔しそうに言う。
主力には逃げられたか。あれを撃墜するのは簡単じゃないよな。ただ。
「これでほぼ終わりなのかね」
「全滅させたわけではないからな、まだしばらくは警戒は必要だ」
「だがエストリンが動けなくなった今、補給にも不自由するだろう」
「……そうだな」
サラとバートラムが言う。俺も同じ意見だ。
レースでもそうだが、スポンサーがきちんとついて部品の供給や資金が安定しているときとそうじゃないときはまるで環境が違う。
ちょっとした部品の破損に対応できずパフォーマンスがガタ落ちになるなんて珍しくもない。
同じ機体の喪失や損傷でも、補給を受けられる状況と受けられない状況では全く意味合いが違ってくるのは想像に難くない。
流浪の兵力は少しづつ削られて行き、士気が下がって脱走兵とかを出しながら消えていく。
歴史を見ればよくある話だ。
正直言うと、亡霊シリーズとの直対はかなり気が重い。
このまま消えてくれるなら結構なことかもしれない。
「お前には伝えておくが、今の所はこの話は内密にしてもらうぞ」
「分かった」
「あと、システィーナには何も言うな、とのことだ」
バートラムが念を押すように言う。
確かにあいつが海賊家業に戻ったら……何をやりはじめるのか想像もつかない。
ただ、あのカンの鋭い奴が気づかないとも思えんが
「ともあれ、今後は掃討戦になるだろう。亡霊シリーズや黒歯車結社とやらが何者なのか。確かめねば根本的な安全は測れない」
「まあ、そうだな」
エストリンを操ってフローレンス攻撃を主導した勢力だ。
大損害を受けたとは言えど、残党を見逃したまま野放しと言うわけにはいかないだろう。
ふと気づくと、フェルがもう行こうよって顔でこっちを見ていた。
「今後も必要があれば協力してもらうぞ。いいな」
「そう言う話はうちの店主としてくれ」
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「やあ、お姉さん」
その日の夜。いつも通り食事をしてフェルは自分の宿に帰った。
定宿になっている機械油亭でもう一杯飲んでそろそろ俺も休むか、と思っていたところで。
不意に声をかけてきた奴がいた。
「誰だ?」
「……覚えてないかな?」
そう言ってそいつが席に座る。
15歳くらいの子供って感じで、騎士の乗り手の酒場にいるには不似合いな感じだ。
短く整えた真ん中わけの茶髪と片眼鏡……目立たない顔立ちだが、鋭さを感じる目線に覚えがあった。
前に港で会った、マリクたちといた少年だ。位置関係的にマリクの雇い主っぽかったが。
あの時は誰だかわからなかったが。
今ならこいつがエストリンの兵士とか海賊じゃなく、黒歯車結社の連中であることくらいは想像がつく
「……何の用だ?」
酒でぼんやりした頭がすっきりした。
周りを見るが……マリクやあの時に一緒にいた男はいない。
店内は半分くらいが席が埋まっているって感じだが、大体は普段見る常連客だ。
「騒ぎを起こす気は無いよ。僕だけだ」
俺の動作を見て彼が周りを見回しながら言う。
「時間がないからよく聞いてほしい……何日か後におそらくテロが起きる」
「なんだと?」
明日は晴れだよ、と言う位にあっさりととんでもないことをその少年が言った。
店内のざわめきが一気に遠くなったように感じる。
テロだって?
「それはお前がやるんじゃないのか?」
「それは少し事実に反する」
淡々とした口調でその少年が言う。
黒歯車結社の本隊が損害を受けたのなら。なにか無茶をしでかす可能性は、言われてみればあり得るだろう。
コイツがここにいること自体が、黒歯車結社の人間がフローレンスに侵入していることの証明みたいなもんだ。
顔認証ソフトで国境で犯罪者を排除できる世界じゃない。入り込む方法はいくらでもあるだろう。
「なぜそんなことを教える?」
いずれにせよ、黒歯車結社としては一発逆転の策のはずだ。
黒歯車結社の人間が俺に教えるのはおかしい。
「色々と思うところはあるんだけど……僕としては無差別テロは得策じゃないし容認もできないと思っている、とだけ言っておくよ。君には分かるはずだ」
少年が意味ありげな顔で俺を見て言う。
「いいかい?警戒するんだ。頼むよ」
それだけ言うとさっとその少年が立ち上がった。
俺が席を立つより早く酒場の人ごみに紛れる。そのまま入り口をくぐって行ってしまった。
今の話は本当なのか。それとも囮情報で他のことを企んでいるのか。
意図は分からない。が、流石に放っておくわけにはいかないか。
とりあえず連投は此処まで。
書き溜めしてくるのでお待ちください。
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