ケイロン家の乗り手・下
3連投目です
「何?」
消えたはずはない。
反射的にアクセルを一気に踏み込む。跳ね上がる様に震電が急上昇した。
今いたところをカノンの弾が貫いていった。見なくても感じる。
『流石!』
コミュニケーターから声が聞こえる。
震電をバレルロールさせるように捻って切り返す。右の視界の端に機影が横切った。
今の一瞬で横に回り込まれたのか。
「やるな!」
甘く見てたわけじゃないが。こいつは……かなりの使い手だ。
今のはステルスとかじゃない。
緩急をつけた動きで視点を左右に振って視野の外に消える動き。
レースのコーナーでの競り合いや追い抜きの時に、あえて大きく動くことによって視界を振って相手を幻惑したり、ミラーの死角に隠れる技はあるが。其れと同じ系統の技術だ。
自分が相手からどう見えているのか意識して動いている。
そして、闇雲に突っ込んでくるように見えて、ブレードの距離には入ってこない。
此方が間合いを詰めようとしたら急制動と加速で上手く距離を開けてくる。
ただ速いだけじゃなく、恐らく俺の動きも研究してきているな。
カノンの弾がシールドに当たって白く波紋を放った。
「やるじゃないか……なら!」
同じ近距離を主戦場にする機体ではあるが、震電の戦闘スタイルは高機動を活かした強襲と一撃離脱だ。
この距離での撃ち合いは相手の土俵……此処は仕切り直すのが得策。
「本気で行くぜ!」
距離が離れたスキをついて、機首を下げてアクセルを踏む。
沈み込むように動いた震電が一気に速度を上げた。
『くそっ、待て!』
コミュニケーターから悪態が聞こえるが……さすがに最高速度では震電には及ばないらしいな。
体がシートに押し付けられて一気に雲海が迫ってくる。
重力の力も借りて加速したところで急上昇に転じた
Gが反転して震電が今度は太陽に向けて駆け上がる。幻狼とすれ違った。
十分に行動を稼いて震電を宙返りさせる。
キャノピー越しに赤い機体を捕らえた。白い雲と青空にあの赤い機影は何とも目立つ。
「行くぞ!」
上から下に急降下して切り降ろす。
速度が乗る上に上からの攻撃は視覚的に凌ぎにくい。震電の必殺パターンの一つだ。
『来なさいよ!』
急降下するが、幻狼が逃げることなく上昇してきた。
下から撃ち上げられる光弾を左右に振って躱す。
いいハートだ。
それに、この局面で半端に逃げを打てば、姿勢が崩れたり失速したりして不利なことを分かっている。
カノンの弾を裁くように右に強引に機体を振った。荷重がかかるのを手足で踏ん張って凌ぐ。
今度は左。
コーナーを曲がる時のように震電が弧を描く。カノンの弾がワンテンポ遅れて震電の航跡を貫いた。
横に流れる視界の中、幻狼の赤い機体が急激に大きくなる。
幻狼がシールドを構えた。そのままチャージするように突っ込んでくる。
震電を交錯するラインから外して、切り抜けるようブレードを薙ぎ払った。
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ブレードとシールドが交錯した。ガンと機体に急ブレーキがかかってベルトが体に食い込む。
エーテルがぶつかって干渉しあう光がキャノピー越しに目を貫いた。
「おっと」
『くっ!!』
エーテル相殺の衝撃で左右に揺れる震電を立て直す。
大きく離れたところに幻狼が見えた。体制は崩れているが被害はなさそうだ。
急降下から旋回しての今の切り込みを無傷で防ぐとは……なかなかやるな。
こっちを見失ったかのようにしばらくふらついていたが、幻狼が姿勢を整えた。
まだまだ戦意はありそうだ。
勿論続けてもいいんだが……これ以上は意味がない気がするな。
「聞こえますか、トリスタン公」
【ああ、聞こえる】
「殺し合いじゃなくて腕試しが目的なら、この辺でいいと思いますが」
『えっ、ちょっと、まだもう少し……』
シャロンの不満げな声がコミュニケーターから聞こえるが……これ以上は本当の命のやりとりになりかねない。
一応ブレードの威力は絞っているが、コクピットに当たれば無事じゃ済まない。
今の交錯で分かったが、度胸もあって腕も立つ。
コイツを戦闘不能にすることはできるかもしれないが、ウイングやアームを狙い撃つ余裕はなさそうだ。
コミュニケーターがしばらく沈黙する。
恐らく何か話し合っているんだろうが。
【いいだろう。ここまでだ】
『いえ、まだまだ……』
【ここまでだ。いいな。両機とも帰還せよ】
トリスタン公が強い口調で言う。
やれやれだな。
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震電を駐機姿勢に戻して地面に降りると、普段通りのトリスタン公と、なにやら複雑な表情を浮かべたケイロン公が出迎えてくれた。
震電の隣には幻狼が駐機している。
幻狼のコクピットの装甲とキャノピーが持ち上がって、中ならピンク色っぽい防寒着に身を包んだ長身のパイロットが下りてきた。
頭巾を取ると金色の長い髪がふわりと舞う。髪を纏めてシャロンがこっちを見て歩み寄ってきた。
女性かと思ったが。
「ありがとう」
コミュニケーター越しのちょっとわかりにくい声でも何となく感じていたが。
その声は明らかに男性のものだった。
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美しい長い髪と整った顔立ちは女性的だ。
目元がぱっちりして見える。恐らく化粧もしているっぽいな。唇に紅でも刺しているんだろう。
防寒着もピンク色の地に白で花の様な刺繍が入っている。機体の色と同じくなんとも乙女チックだ。
ただ、がっちりと鍛えた体と少し低い声は男の物だ……何と言うかギャップがあるな。
「父様、これで私をみとめてくれますよね」
シャロンがケイロン公に言う。
ケイロン公がそれを無視するように俺の方を見た。
「どうだったね、ディートレア。こいつは」
「見た通りです。大した鍛え方だ」
至近距離であれだけ機体を左右に振れるのは、操縦技術もそうだがかなり体を鍛えてあるんだろう。
厚手の防寒具越しにもそれが見て取れる。
「それにいざと言うときに逃げずに向かってくる度胸もいい」
そう言うと、シャロンが嬉しそうに笑った。
まあ強気がいつも良いふうに作用するわけじゃないんだが。それでもいざと言うときに強気で戦うメンタルは大事だ。
それに、俺の見立てではあるが、フローレンスにはまだ近接戦に強い騎士の乗り手は多くない。
騎士団の乗り手も訓練がそう言う風になっているから仕方ないんだが、総じて万能型が多い。
こういうタイプは貴重だろうな。
「まあいい腕の乗り手だと思いますよ」
そう言うと、ケイロン公が不満げに頷いた。
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ケイロン公とトリスタン公が何やら話しながら歩き去って行った。
どうやらこいつの腕試しと言うかテストだったらしいが……いまのやりとりには、なんというか親子の確執を感じるな。
シャロンがため息を一つついて俺に一礼した。
「ありがとうございます」
「いい腕だったぜ」
そう言うと、シャロンが嬉しそうに笑みを浮かべた。
顔だけ見ていると女性なんだがな。
「なんだ?」
「男の様に振る舞う女の乗り手。フローレンスのエースの一人。噂通りね」
そう言ってシャロンが騎士の敬礼をする。
「でも、あなたのおかげ。感謝してるわ」
「なぜ?」
「男のごとく振る舞う女……奇妙なものであっても強ければ認められる」
そう言ってシャロンが小首をかしげて俺を見た。
「あなたが居るなら。私の様な女のごとく振る舞う男がいてもおかしくないと、強さを証明すれば認められると思ったの」
「なるほどね」
褒められているんだかディスられているんだか分からないな。
こういうタイプは日本というか地球じゃそこまで珍しくもなかったしテレビとかでも見たもんだが……フローレンスでは会っていない。
ただ、居ても不思議じゃない。恐らく隠しているんだろうな。
「あたしのこと、あまり訝しがらないのね」
シャロンが首を傾げた。
「まあな」
一昔前までは兎も角、地球でもそういう人がいることは広く知られている。
ただ、この世界の思想はかなり保守的だ。大変だろうとは思う。
フェルと俺との関係は建前上は秘密のままになっているし、俺も活躍できたから変わり者の騎士の乗り手として認められているが。
そうじゃなければ変な女扱いだっただろう。
ケイロン公に偏見を捨てろと説教はできない。
この世界にはこの世界の価値観がある。だが。
「強くなればいい、そうだろ」
「ええ。分かってるじゃない」
シャロンが不敵に笑った。
総じて保守的な世界ではあるが、フローレンスの騎士の乗り手に関して言うなら、男も女も関係ない。
騎士の乗り手に求められるのは騎士の誇りを持ち戦えること、そして強いこと。
それだけだ。
この世界は思想については保守的だし、こいつのような奴は好意的には見られないだろうが、騎士の乗り手としては別だ。
国で最高峰のレースであるメイロードラップの絶対王者が女の子で周りがそれを認めているってのは結構凄いことだと思う
今回の新キャラ、シャロンはこれまた新キャラ募集に応募してくれたPhiy様のアイディアをベースにしてアレンジしたものです。
外見というか乗り手が特徴的なので、敵方から騎士団関係者に変更しましたが。
引き続き新キャラは募集しております。
・幻狼
・建造者・フローレンス騎士工房。その後一部改修
騎士工房で作られたレナスに改良を施し近接戦タイプに作り替えたもの
ケイロン家の息子アルベルト(本人は女性名であるシャロンを名乗っている)用に改良された騎士。
父親はアルベルトの性格は疎んでいるが騎士の乗り手としては一定の評価をしており、戦いの中で揉まれればこの変な性格も変わるかもしれないと期待してこの機体を与えたという面もある。
武装は右手は短銃身で射程距離を犠牲にし速射性や取り回しを重視にしたカノンとエーテル砂を使った三連装ショットガン。
左手はエーテルシールドで短めのエーテルダガーを転嫁することも出来る。武装については比較的オーソドックスな構成。
本体に関しては軽量化とウイングの改良により、主に近距離での機動性を重視した機体に仕上げられている。
軽量化の効果もあり直線スピードも平均以上。
また、明るめの赤に塗装されており、白いレース模様のような飾りが付けられている。これはシャロン本人の趣味によるもの。
機動性に優れた本体性能に加えて、乗り手であるシャロンが、自分が相手からどう見えるかを意識しつつ戦っているためフェイントの効果が高い。
ただし目を引く色の装甲がそれを一部台無しにしている部分が有る。
高機動と中距離から近距離での火力を併せ持っているため、そのまま使ってもそれなりの強さを発揮する。
しかし、一方で高機動の代償の軽量化の弊害で被弾したときに被害は大きく、またカノンの特性上、中距離戦での撃ち合いに大きな優位を持つわけではない。
このため、何も考えずに使うと、足が多少速いだけで被弾に弱い凡庸な機体であるともいえる。
本来の強みを発揮するためには、機動力を生かして近距離と中距離を行き来し位置を変えながら飛び回る必要があり、操縦技能と乗り手の勇気を要求する。
また急制動、急加速の連続は乗り手にかなり負担をかける。
本当の意味で性能を引き出すためにはかなりの熟練を要する騎士。