ケイロン家の乗り手・上
二連投目行きます。
システィーナと会って翌日。
今日は、騎士団の本部に呼ばれてきた。
本部の大仰な門の所に行くと、門衛の団員が頭を下げて門を開けてくれた。
既にフリーパスに近い状態で入れてもらえるのも不用心な気がするが、この辺はあまり気にされていないらしい。
信用されているってことかな。
今日も何か面倒事を頼まれそうでなんとなく気が重いが。
……シュミット商会が大繁盛なのは騎士団の仕事が優先的に回ってくるからというのはある。この点では騎士団には感謝だな。
仕事が増えて手が足りないから先日捕獲されたエストリンの飛行船を買い取って規模を大きくしようかという話もあるらしい。
一時期は倒産寸前まで行ったんだからその時に比べるとずいぶん変わったもんだ。
騎士団の敷地内でも団員が列を組んでランニングしていた。俺の教えたトレーニングの理論とかそういうものもだいぶ浸透してきているらしい。
しかし、高校とかの運動部を思い出す光景だな。
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「失礼します」
団員に案内されて着いた部屋は騎士団の会議室だった。此処は何度か来たことがある。
部屋の中は大きめの窓から差し込む太陽の光で明るい。
中央に長机があって壁には剣や紋章入りのタペストリーが飾られていた。
「よく来てくれた、ディートレア」
座っていたトリスタン公が鷹揚に挨拶してくれた。
今日もいつも通り白い騎士団の正装に身を包んでいて、後ろにはこれまたいつも通り、イングリッド嬢が付き従っている。
今日も騎士団の若手に稽古をつけるとか、そう言うのかと思ったが。
……どうやら今日は違うらしいのは何となく察しがついた。
トリスタン公の後ろにははじめて会う男が立っている。
40歳くらいのようで、きちんとした騎士の正装に身を包んでいた。
服に装飾が多い。雰囲気的に騎士団の重鎮って感じだな。なんとなく貫禄が感じられる。
ぎょろりとした大きめの目と逆立ったような濃い茶色の髪。ちょっと額が後退していて日焼けをした肌にはいくつか細かい傷があった。
がっしりした体格も相まって厳つい印象を受けるが、顔立ちは中々整っている。若いころは美男子だったかもしれない。
多分、俺に用があるのはこの人だな。
「お久しぶりです、トリスタン公」
「ああ、そちらも息災で何よりだ」
「それで、今日は何の御用でしょうか」
「ああ、そうだな。ディートレア、早速だが一つ頼みがある」
「なんですか?」
「こいつはケイロン家のものだ。騎士団の重鎮だ」
ケイロン公とやらが頭を下げてくれる。頭を下げる姿が体が傾いていて少し不自然だが。
……どうやら片足が義足だ。騎士の乗り手ではない。
「会えて光栄だ、シュミット家の魔女、ディートレア。私はロンヴァルド・ケイロン。
ケイロン家の当主としてトリスタン公とフローレンスにお仕えしている」
野太い声で威厳はあるが丁寧な口調だ。相手の方が大分年配で、しかも身分も上だろうに、こっちを軽んじる様子はない。
なんというか好感が持てる人だな。
「こちらこそ、初めまして。よろしくお願いします。それで、俺に何を?」
そういうと、ケイロン公が少し表情を引き締めた
「済まぬが、何も言わず我が家の乗り手と勝負してもらいたい」
「……稽古をつけろ、とかじゃなくて勝負ですか?」
騎士団の若手有望株とかに個別で飛び方を指導したことは何度かあるが、勝負しろ、と言うのは初めてだ。
ケイロン公が頷く。
「殺すつもりでやってほしい、真剣勝負だ」
真剣な目で俺を見てケイロン公が言う。
殺すつもりで……と言われてもな。しかも相手はそのケイロン公の所属の乗り手だというし。どういうことだ。
……予想していたより面倒な話になっている気がする。
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ひとまず騎士の格納庫と訓練施設がある場所に移動した。
すでに相手にものらしき騎士は駐機姿勢で待機している。
そして、震電もじき運ばれて来るらしい。
……どうやら選択の余地は与えてもらえないようだ。
まあ仕方ないか。
相手の騎士を真面目に観察する。
右手に短めのカノン。左手にはエーテルシールドを装備していた。
シールドは転換型ではなくてフレームが形成されているからシールド専用だ。
短めの銃身は中距離から近距離での取り回し重視か。
一見オーソドックスな中距離機って感じだが、近距離寄りにチューニングされているようだ。
震電とは戦闘距離が噛みあうタイプっぽい。
一度だけ戦ったが、黒歯車結社のミオとやらが乗っていた宵猫に近いタイプだろう。
「一目見てそこまで見抜くか。さすがだな」
ケイロン公が言う。まあいい加減何度も色々戦えばわかってくる。
それに、戦闘機械にせよレーシングカーにせよ、合理的に作られている。見ればある程度の特徴は分かるもんだ。
ただ、合理的でない点もある。
「あの色使いは何なんです?」
聞くとケイロン公がそれは聞くなと言わんばかりに苦々しい顔で首を振った。
装甲にはレース模様の様な花を意匠化したような白いパイピングの装飾が施されていて、機体全体は明るめの赤で彩られている。
システィーナのスカーレットが血の赤を思わせる色なら、こっちは華やかなバラをイメージさせる、なんというか乙女チックな雰囲気が漂ってるな。
装飾に関しては実用一点張りの機体が多いので結構異色だ。
「とりあえず適当なところで止めてくださいよ」
防寒着を着てコクピットに座ってベルトを締める。
しかし、こういう展開は予想してなかったから、なんというかテンションが上がらないな。
『よろしくたのむわ!』
コクピットに座ったとたん、待ってましたとばかりに快活な声がコミュニケーターから聞こえた。
「こちらこそ」
『幻狼とシャロン・ケイロン。全力で行くから!全力で来てね!』
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震電が空中に飛び出した。
一度大きく旋回して幻狼を視界にとらえる。赤い色は青い空と白い雲を背景すると目立つな。
システィーナのスカーレットは、敵を威嚇して戦意を失わせるためにああいう風にしているらしいが、この機体のカラーリングに意味があるのかは分からない。
心なしかウイングから吐き出されるエーテルの航跡にも赤色が点いているように見えるが。
「さて、どうするか」
『行くわよ!』
考えるより早く、旋回した幻狼が一気に距離を詰めてきた。
武装構成的に距離を取るタイプではないが。迷わず切りこんでくる辺りは強気でいい。攻撃的な奴だな。
「かかってこい!」
幻狼が左右に機体を振りながらカノンを放ってきた。
俺も距離をとっても仕方ない。
こっちもいつも通りシールドを張って、射線を惑わせるように螺旋を描くような軌道で突進する。
距離が一気に詰まった。
攻撃のタイミングを測った時幻狼の赤い機影が右に大きく流れた。震電の角度を少し変える。
その時、不意にその赤い機体が視界から消えた。
3連投のつもりでしたが、もう少し伸びそうです。