黒歯車結社
儀礼的な停戦の報告が終わって、そのあとは戦勝の祝宴になった。
犠牲が出ていても祝宴なんて不謹慎な気もする。
だが、危機を脱した喜びを分かち合う気持ちも分かる。
にぎやかに故人を送り出す、なんとともあるわけだしな。
祝宴の前にシスティーナと二人でトリスタン公に会うことになった。
というか、そういう約束になっていた。さすがに酒が入った状態で騎士団長と面会するのは問題がある。
広場に面した騎士団の施設に行ったら話が通っていたのか、すぐに入れてくれた。
「そういえば、アランはどうしたんだ?」
「此処ではない場所で待機しています」
あいつも来るかと思っていたが、来なかった。
システィーナがあいまいな口調で答えてくれる。
「万が一、騎士団長が裏切った場合、ここから彼を連れて逃げるのは難しいですからね」
先導する騎士団員に聞こえるように言ってるな。
……どこまでも用心深いが、流石ともいえる。海賊ながら感心してしまうな。
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そのまま広間に通された。
広々とした広間には簡素な長机が置かれていて、壁には騎士団の旗が掲げられている。
片方の壁は大きめの窓になっていた。光が差し込んでいて明るい。
ガラスの向こうからはかすかに広場のにぎわいの声が聞こえて来た。
トリスタン公とパーシヴァル公、それに何人かの騎士団員がすでに机の向こうで待ち構えていた。
「システィーナ・ファレイ、来てくれて礼を言う」
トリスタン公が言って騎士の敬礼をしたが、システィーナは肩をすくめて何もしなかった。
後ろでパーシヴァル公が露骨に苦い顔をする。
「私の横にいるモノ好きに感謝しなさい。ディートレアが保証しなければここには来ていませんよ」
相変わらず騎士団長相手にも全く口調も買えないし頭も下げない。
さすがというべきか、大した神経の太さだと思う。
「それで何の用ですか?」
面倒事はさっさと終わらせたい、と言わんばかりにシスティーナが聞く。
トリスタン公がまあいいって顔で首を振った。
「単刀直入に言う。約束は終わっていないと伝えるためだ。この戦いはまだ終わっていない」
トリスタン公が答えて、流石にシスティーナが驚いたような表情になった。
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俺としても意外というか予期せぬ言葉だった。
ただ、そこまで不思議とも思わない部分もある。
「なぜです?エストリンは撤退したでしょう?」
「エストリンは撤退したが……今回の停戦交渉で奴らが言っていたことだが。
黒歯車結社なる連中はまだ戦闘を継続するようだ。どのような相手かは分からんが……歯車結社というか技師の集団に近いようだな」
やっぱり黒歯車結社か。
あのまま亡霊シリーズをお蔵入りにしたまま消えるとは思えなかったが。
「話についてこれていますか?」
システィーナがちょっと意地悪気な顔で言う
「まあ……なんとかな」
歯車結社は騎士の原型である機械仕掛けの神を作って魔法使いたちと戦った、技師の集団と言う事だった気がするが。
其れとなんか関係があるんだろう。
「だがもう歯車結社は無いんだろ?」
「ええ。終戦と同時に歯車結社は解体されましたからね。工業ギルドの基盤になっているのが彼等です」
トリスタン公が頷く。
「その通りだが、奴等も全貌は知らないようだ。これについては調査中だ。
ただ、少なくとも、エストリンに新騎士の技術を供与する代わりにフローレンスへの侵略を促したのは奴等だ」
技師の集団が亡霊シリーズを作って、エストリンと組んでいたってことなのか。
というよりエストリンと別の組織なのか。てっきり亡霊シリーズもエストリンが作って海賊に運用させていたのかと思っていたんだが、逆らしい。
「なるほど。ということは貴方たちといればあの連中とまた戦えるということですか」
システィーナが興味深げに言う
そう言えばこいつは亡霊シリーズとは戦ってないのか。あの宝玉の騎士とやらは別として。
「それなら少しはやる気も出ますね。色々と面白そうな相手ですから」
本当に面白そうな口調で言う。何処までもマイペースな奴だな。
白はあの宝玉の騎士とやらのベース機になったのかもしれないが、まだ残っている灰と黒も大概面倒な相手だ。
どうせ戦いは避けられないんだろうな、という気はするが。
「いずれにせよ、そういうことなら約束は守りましょう。無論、貴方たちも守るようにね。私達に対して下らない小細工をしたら火傷では済みませんよ?」
「分かっている。そもそも、そんなことをする必要はない。海賊一人、正面から叩き潰せなくて何のために騎士団だ」
「結構ですね。貴方の戦乙女となら戦っても楽しめそうだ」
トリスタン公とシスティーナの間で無言の火花が散っているがまあ口は挟むまい。
「宿は良い場所にしてもらいますよ。騎士の管理の状況も見せてもらいます」
「ああ、分かった。案内させよう」
「ディートレア、私は以前のあの店で飲んでいますからね。貴方のかわいい恋人と睦み合いを始める前に一度は顔を出しなさい」
システィーナが言う。
トリスタン公が手で合図すると、騎士団員の二人が硬い表情で一礼してシスティーナを先導して出ていった。
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システィーナが出て行って、部屋の空気が少しだけ緩んだ。
「で、俺は何のために呼ばれたんですか?」
今の一連の話には俺はあまり関係ないように思うが。
「警告するためだ、ディートレア」
「なぜです?」
「黒歯車結社はどうやら海賊と技師の混成部隊らしいが、奴らの狙いの一つはお前らしい」
真剣な口調でトリスタン公が言うが。
「ああ……まあ、かもしれませんね」
ホルストの邪魔を散々したからあいつに恨まれるのは分かる。
だが、トリスタン公が違うと言わんばかりに首を振った。
「そうではない。黒歯車結社の技師連中の首領がお前を狙っているようだ。注意しろ」
「なぜ?」
と聞いてもトリスタン公に分かるはずもないか。
ホルストに恨まれるのはともかく、そっちに恨まれる覚えはあまりないぞ。
「どういうことかはエストリンの奴等にも把握できていないようだが、お前に何らかの執着があるということだ」
賞金首とか言われたな、そう言えば。
ホルストが掛けたのかと思っていたんだが、もしかして違うんだろうか。
そういうえば何人かとあの港で有っていることを思い出した。
今から思えば、あれはエストリンの軍人じゃなく、黒歯車結社の連中だったんだろうな。
あの調子じゃ黒歯車結社とやらの関係者はフローレンスに紛れ込んでいる可能性は高い。
暫くは危険な状況が続くのか……オフシーズン気分でくつろぐのはもう少し先になりそうだ。
これで本章は終わりです。次章が最終章となります。
遅筆ですがエタらず書き進めますので、引き続き応援お願いします。感想、評価など貰えると嬉しいです。
新キャラも引き続き募集中です。詳しくは何話か前の後書きに書いてありますのでご覧ください。
最終章の激戦を彩る乗り手、騎士等をお待ちしています。