失われてしまったもの・下
話が終わって解散になった。
見た感じ、殆どの自由騎士たちはフローレンスに戻るらしい。これ以上、此処に留まる意味は無いから当然ではあるが。
俺も戻りたいところだ。フェルが恐らく心配しているだろうし。
「これで私の仕事も終わりですね。約束は果たしました」
システィーナがやれやれって感じで言う。
「感謝しますよ、ディートレア……殺してみればなんともつまらない相手でしたが、それでも胸の仕えは下りました」
そういえばこの奇妙な共闘関係も今日で終わりか。
数日間が色々と濃密すぎて忘れていたが。
「次に会う時は敵同士ですね。あのはじめて会った時のように、誰にも邪魔されず心置きなく戦いたいものです」
「殺し合いじゃないならどれだけでも相手するんだがな」
「相変わらず甘いことを言っていますね。海賊と護衛騎士が遭遇して、命のやり取りをせずに何をするのです?お茶会でもするつもりですか?」
システィーナが呆れたって顔をするが。
「俺の居たところの流儀だ。それに、前も言ったろ。俺が死ねば俺ともう一度は戦えない。お前が死ねば、お前は次の強者とは戦えない。違うか?」
「まあそれはそうですが」
「何度でも戦って、いつかどちらかが、こいつには勝てないと思う。それが真の決着だと思うね」
とはいえ、空戦の騎士同士の戦いだ。地球のレースみたいにはいかない。
過激さと競技制と言う意味では、メイロードラップあたりが恐らく限界だろうな。
「なるほど……やはりあなたの居たところは興味深い場所の様ですね」
こいつとの戦いは俺としても楽しいのは正直なところだ。
キャノピー越しに、全力でかかってこいという闘志が伝わってくる。
火のように熱くなる身体、氷のように冷える頭。全てがゆっくり動いて見えるような不思議な感覚。
ポイントも何もかも忘れて目の前の相手を超えたいという気持ち。
地球でテストドライバーをしていたころは、不本意ながらあまり感じられなかった気持ちを異世界で味わえるとは思っていなかったが。
それだからこそ命の取り合いにはしたくない
「システィーナ・ファレイ、それにアラン・プレストン」
そんな話をしている所で、後ろから声がかかった。
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騎士団員が二人だ。きびきびした動作で礼儀正しく敬礼をする。
「団長殿から話があるとのことです。フローレンスまで同行を……」
「お断りです」
システィーナが取り付く島もないって感じで言い捨てた。
「しかしですね」
「例えば……今ならば、貴方たちを切り伏せてスカーレットに乗り込み逃げる位はできます」
そう言うと騎士団員が一歩下がった。凄みのある口調だ。
今はこいつは短刀一本持っているだけの丸腰に近い格好だが……おそらくその位はできてしまうだろう。
階段を1つ駆けあがればすぐにさっきまで居た格納庫だ。
「ですが、フローレンスではそうはいかない。みすみす騎士団の巣に飛び込むほど私は愚かではありませんよ」
「我々はそのようなことはいたしません」
二人が少し怒ったような表情で言うが。
「海賊と騎士団は敵同士……今が特殊なんですよ。私は貴方たちを信用はしていない、貴方たちがそうであるようにね。それに騎士団から与えられる報酬にも興味はありません」
システィーナがそっけなく答える。
騎士団員が助けを求めるようなような目つきで俺を見た。
此処まで言ってるということは、なんらかの事情があるんだろうということは察しがつくが。
「なら俺が保証しよう、それでどうだ?お前に手を出させない」
「ふむ」
そう言ってシスティーナが俺をちらりと見て、何かを考え込んだ。
「万が一彼らが偽りを言ったら、逃亡に手を貸しなさい。そして、逃げきれたらあなたがクリムゾンに来る。それでいいなら行きましょう」
「……まあ、いいだろう。無茶をやったら俺も敵に回すぞ」
「勿論そんなつもりはありません」
そう言って少し険しい表情になった騎士団員たちが歩き去って行った。
狭い廊下に静けさが戻る。
「で……本当に疑っているのか?」
「どうでしょうね」
もし騎士団の連中がこいつを謀殺しようとするなら別にフローレンスに呼ぶ必要はない。
そんな手間をかけなくても、こいつの食事に毒を仕込む方が早いだろうし、寝込みを抑えてしまうという手もあった。
それこそこいつも分かっているとは思うが。
「まあ、そこまで暇なことはしないでしょうが、それでも疑っていないわけではないですよ。私は海賊ですからね」
そう言って面白そうな顔でシスティーナが俺を見た。
「あなたは騎士団にも認められているというのに、海賊相手にその地位を放り出そうとするとはね。相変わらずおかしな者ですね」
「そんなことにはならないさ。俺は俺で騎士団長を信用しているってことだ」
パーシヴァル公もトリスタン公も、色々と性格の差はあるが、根本的な部分でだまし討ちはしないと思う。
戦場では策を張ったりするとしても。
「それに、そもそもお前がそう仕向けたんだろうが」
こいつのことだから、自分がゴネれば俺が助け舟を出すことくらいは予想の範囲内だと思うが。
そう言うと、システィーナが小さく笑った。
「いいですか?私は彼らの用事など知ったことではないのです。貴方を信じたからフローレンスに行くのですよ、そこは間違えないようにね。
騎士団長の名誉なんぞ全く信用しませんが、共に翼を並べたあなたなら信用してもいい」
そう言ってシスティーナがアランの方を向き直る。
「アラン、もう少し付き合いなさい」
「はい、船長」
アランがちょっと苦笑いして一礼した。こいつもいろいろと大変そうだな。
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フローレンスに戻ってフェルやアル坊やと再会を喜び合って数日後。
あの開戦の宣言があったフローレンスの中央広場で停戦の宣言が行われた。
前と同じように広場は人で埋め尽くされていて、演説の声がマイクの様なコミュニケーターの応用機材で拡大されている。
最初にフローレンス・ローザの演説があって、その後にトリスタン公の番になった。
「まずは皆に感謝する。我々の自由と誇りは守られた」
そう言うと大きく拍手が上がった。
しばらく間を置いてトリスタン公がまた話し始めた。
「これは、騎士に載って戦った乗り手たちのみならず、飛行船に乗り組んで戦ったもの、物資を運んだ船員たち、そしてフローレンスでそれを支えたすべての者達によって得られた結果だ。すべてを者を讃える」
また大きな拍手と、地鳴りのような歓声が上がる。
「今からこの戦いで倒れたものの名を呼ぶ。残念だが全てではない。もし名が漏れていたのならば、声を上げてくれ、その英雄の名を留めよう。
倒れた彼等の魂が再び風を巡り我々のもとに戻ることを望んでいる」
そう言うと、ざわめきごえが波が退くように収まって行った。
他人で埋め尽くされた広場が水を打ったように静まり返る。
「では、始める……」
広場に一人づつ名前が呼ばれはじめた。
船員名簿なんてものがあるとは思えない。民間の志願者で飛行船とともに落ちて亡くなった奴とかもいるだろう。
一人一人戦死者が読み上げられる。其処彼処から涙ぐむ声が聞こえた
時折、誰かの名前を呼ぶ声が上がって、それをトリスタン公が読み上げる。
騎士団から始まって、自由騎士達の名前が呼ばれ始めて多分30分近くたったころ。
「バーネット商会。ブラウン・ヴェイス」
不意に知っている名前が呼ばれた。
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ブラウン・ヴェイス。
すぐに思い出した。メイロードラップであったあいつか。
メイロードラップ上位に食い込んだだけあって、戦い方は見事だったし、自信満々な態度も印象に残っている。
メイロードラップで一緒に戦って、後夜祭でシスティーナ達と一緒に酒を飲んだが。
あの日に一緒に呑んだのが最後になったのか。
フェルに睨まれていたり、俺やシスティーナに囲まれてにやけていた顔が思い出される……あいつにはもう会えない。
レースの世界でも死人が出る時はある、だが極めてまれだ。
昔の、ニキ・ラウダやアイルトン・セナの時代とは違う。
だから俺も同僚と死に分かれるなんて体験は無い。
人は死ぬのだ、余りにもあっけなく。頭では勿論それは分かっていたが。
フェルの手を握ったら、フェルが握り返してきた。




