失われてしまったもの・上
再開します。待っていてくれた方に感謝。
この三連投でこの章は終わりです。
その後、飛行船で数日を過ごした。
時々哨戒飛行には出るが特に何事も起こる様子はない。敵影はなく鳥しか見かけなかった。
足の速いアレッタの風精やサラのヴァナルカンドが時々偵察に出ているが、相手の飛行船団にも動きは無いらしい。
この状況で攻勢を仕掛ければ、あの飛行船団はなすすべなく壊滅するだろう。
それを仕掛けないあたりはこの世界のマナーなのかどうなのかわからないが。
国同士の大規模会戦は殆ど無かった世界らしいし、さすがにほぼ戦闘不能の相手を殲滅するのは気が引けるんだろうな、と俺なりに解釈している。
「暇だな」
数日前までは命がけで戦っていたので落差が酷い。
気分的にはレースのオフシーズンのような感じ、というか。思い出したくないが、突然契約を切られてシーズンが唐突に終わった時のようだ。
「緊張感のないことですね」
甲板で風に吹かれつつ呟いたら、横にいるシスティーナが応じた。
「また奴らが来ないとは限りませんよ?分かっているのですか?」
などといいつつ、システィーナの手にはワインの瓶が握られている。
こっちの飛行船団の周りには哨戒網が敷かれているから完全な不意打ちをうける可能性は薄い。
騎士団の一部を除いて、船内の緊張感も弛緩気味だ。
……一応戦争中だから良くは無いのかもしれないが、厳しい戦いをしのぎ切ってようやく得た優勢だから緩むのも分からなくもない。
「そんなことよりあなたの生まれた場所について教えなさい」
ワインをボトルから飲みつつシスティーナが言う。
「まあ……それはだな。遠いところさ」
「あなたがここにいる以上、飛行船なりなんなりで行く方法はあるのでしょう?安心しなさい、私の部下の飛行船の性能は低くありませんよ」
色々喋りすぎたせいか、こいつはやたらと俺のことを聞きたがる。
だが、異世界から来ましたなどと言っても信用されないだろうし、言うわけにもいかない。
どんな高性能な飛行船でも地球にはたどり着けないだろう。
「そんなことより今はどうなってるんだろうな?」
強引に話を逸らしたら、システィーナが仕方ないなって顔で首を振った。
無理やり話を続けてもいいだろうに、こいつはその点ではさっと下がる。
どう生きるかも何をするかも好きにすればいい、無理強いは野暮とこいつが言うのを聞いたが。その言葉通りに振る舞っているな。
「停戦交渉中でしょうね。まあ私たちには関係が無いことです」
本当に興味がなさそうにシスティーナが言ってボトルをあおった。
今日も空は青く、雲は白く、敵影は無く、長閑なもんだ。雲間に哨戒飛行している騎士の姿が見え隠れする程度だった。
「どうやら正式に休戦になるようだ」
不意に後ろから声がかかった
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いつのまにやら後ろにはサラが立っていた。
「休戦だって?」
「ああ、そういうことになるようだ」
サラがシスティーナを一瞥して言う。
私にはどうでもいいですよ、と言わんばかりにシスティーナが肩をすくめてワインを一口煽った。
「第一防衛線の指揮官が講和の申し入れをしたそうだ」
「あっさりと終るもんだな。どうするんだ?」
一応今は停戦になったとは言えど防衛ラインは維持されているし、そもそもフローレンスの島がいくつか占領されたままだ。
「さあな」
淡々とした口調でサラが答えるが、口調の端々からは不本意な感じが漏れていた。
……当たり前だろうな。
当初の防衛線で騎士団は相当の被害を出しているはずだ。特に飛行船はかなりの数が落とされていると思う。
片方の遠征軍の指揮官を撃墜してようやく状況が反転したところで、向こうがさっさと手打ちを申し出てきてるわけだし。
簡単には受け入れられないだろう。
「まったく手ぬるいことですね。さっさとあの飛行船団を壊滅させて、本国を強襲すればいい。
今ならアラン一人であの飛行船団を全部落とせますよ。行かせましょうか?」
システィーナが冗談なのか真面目なのか分からない口調で言って、サラがキッとにらみつけた。
まあ確かにアランのブルーウィルムなら、遠距離からの砲撃で一方的に撃墜できるだろうが。
「敵に血の報いを与えないとは、騎士団も甘いですね」
「仕方ないのだ……」
システィーナの言葉に、サラが自分を納得させるかのように言った。
ここでエストリンに大被害を与えてもあまり意味は無いのかもしれない。感情的な部分は置いておいて純粋に軍事的には。
遠征部隊を壊滅させたらエストリンも引けないだろうから泥沼の戦争が続きかねない。
報復でエストリンまで攻め込むなら話は別だが、フローレンス側にもそこまで余力はないだろうし。
そして、攻めるのは今回分かったが相当にリスキーだ。
拠点の飛行船団を壊されるだけで一瞬で退路が断ち切られてしまう。
ただ、理屈ではそうであっても感情はまた違う。
俺にも経験はあるが。
「しばらくはあの連中もこんな不届きな真似はできない……それが救いだ」
サラが言う。煽るかなと思ったが、システィーナが静かに頷いた。
海賊と騎士で立場は違うが、騎士の乗り手同士、通じるものはあるんだろうな。
先の戦いでかなりのエストリンの騎士を鹵獲したはずだ。
騎士はエンジン部分に当たるコアが無ければ機能しない。そしてあれはかなり貴重なものだ。
同水準の騎士をそろえるのは相当時間がかかるだろうから、当面再侵略する余裕はあるまい。
機体だけじゃない。かなりの数の乗り手も騎士とともに捕虜になっている。
機体も乗り手もゲームの様に生産コマンドで簡単に補充できるもんじゃない。
再編成には相当な時間と金がかかるだろう。
島を返させて、賠償金を払って手打ちってあたりに落ち着くのかもしれないな。
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何事も無くまた数日が過ぎたある日の昼、騎士の乗り手たちが格納庫に集められた。
「休戦協定が成立した」
全員がそろったところで、騎士団の団員が短く言った。
まあ概ね予想されていた話だな。
周りから控えめに歓声が上がった。
戦いは終わった、とは言えど多くの乗り手が命を落としている。幸い俺に周りではいなかったものの手放しでは喜べないだろう。
「今後は騎士団が当面の防衛任務に就く。自由騎士の諸君はまだ協力してくれるというものは残ってほしい。撤収を希望するものは順次飛行船でフローレンスに移送しよう。各自申し出てくれ」
乗り手たちがそれぞれ顔を見合わせてなにかささやき合う。
「後日正式に祝勝の宴がフローレンスで開催される。是非参加して欲しい、君たちは英雄だ。一人残らず。
フローレンスに帰投後は、騎士の損傷があるものは騎士団の工房で修理を行う。報酬もその時に受け取ってくれ」
そう言うと周囲が湧いた。
義勇軍に近い存在だとは思うが、まあ貰えるものは貰ったほうが良いよな。
報酬は単なる金ではなくて評価でもあるから、単に儲かった儲からなかったというのとは別の意味がある。
しかし……本当に終わったんだろうか。
宵猫とやらとは一度遭遇したきりだし、灰の亡霊と黒の亡霊はどちらの戦線にも表れていないようだった。
それに、黒歯車結社とやらは何なんだろう。
まだ戦いは続くと思ったんだが。