出来過ぎな制圧劇
初弾で一気に流れをつかむ。
「悪いようにはしねえからな、たのしも……ウッ」
肩をつかまれた瞬間に一歩踏み込んだ。そのまま肘を振りぬく。狙うは顎。
女の子の細い指でこぶしをにぎるよりこっちのほうが確実だ。それに体重も乗せやすい。
狙い通りに男の顎を捉える。今までの練習でもなかなかない会心の当たりだった。
男の顎が跳ね上がり、糸が切れた人形のようにひざから崩れる。
崩れ落ちる海賊の向こうに立っている二人の、何が起きたのかわからない、という表情が見える。
一気に決める。一歩踏み出すと右側の男の膝をかかとで思い切り蹴りつけた。
格闘技の試合だと反則だが命のやり取りに卑怯も反則もない。嫌な感触が足に伝わった。
「ぎゃぁ!」
悲鳴を上げて海賊がよろける。
その海賊を逆一本背負い風に背負って、もう一方に向けて叩きつけた。
今更武器を構えようとしてももう遅い!
「おりゃあ」
背負い投げのようにもう一人にぶつけるように投げ飛ばす。
直撃を受けた海賊はもつれ合いながら鏡台にぶつかった。鏡台がバラバラになり鏡が砕け散る。
うめき声をあげて起き上がろうとする海賊をサッカーボールキックで蹴り飛ばした。悪く思うなよ。
片方も鏡台と男の体に押し潰されて頭でも打ったのか、動く気配はない。
この間わずか10秒足らず。我ながら完璧な制圧劇だった。
女の体だからどうかと思ったけど、殴った時の感触や威力は不思議なことにあまり元の体と違いは感じない。
「……えっと……クリス?」
「悪いな、アル坊や。俺だよ」
「……そうですか、そうですよね」
気持ちはわかるがそうがっかりしないでくれ。
「……ありがとうございます、ディートさん。おかげで助かりました。お強いんですね
「元の世界ではMMAもやってたんでね。まあ一気に決めれてよかったよ」
レーサーは体が資本だから、レース以外にスポーツをして体を鍛えることは珍しくない。
俺は自転車と格闘技、スカイダイビングだ。役に立ってよかったぜ。何でもやっておくもんだ。
武装解除をして、こいつらが持ってきたロープで海賊を縛る。
「坊ちゃま、ご無事ですか?」
そこにウォルター爺さんが部屋に飛び込んできた。
片手には仕込みステッキらしき細身の直刀を持ち、左手には銃を持っている。顔には返り血が飛んでいた。
「大丈夫だ、ディートさんが倒してくれた」
「3人相手にですか?それは素晴らしい腕前。
れーさーとやらはやはり盗賊と闘ったりするのでしょうから当然なのでしょうか」
何故盗賊。
「しませんよ。どういう理屈ですか、それは」
「より速く走る、ということは、荷運びなどもされるのかと思いまして」
なるほど、そういう発想か
「俺は物を運んだりはしないし、盗賊と闘ったりもしませんよ」
「なるほど。
階下から侵入してきた海賊の数が少なかったのですが、こちらが本命の様だったようです。
階下に注意をひきつけ、上層階の客を人質に取るつもりであったのでしょう。
感謝致しますぞ、ダイトどの」
折り目正しくウォルター爺さんが頭を下げてくる。
俺も自分のために体を張ってくれたアル坊やを守れてよかった。