その戦いの顛末
「全員、手を出すな……切られるぞ」
『その通りです。誰も手出しはしない様に』
システィーナが凄みのある口調で言う。
予め騎士団の方から命令が行っていたのか、エストリンの騎士を牽制するかのように皆が動く。
混戦の空域にぽっかりと一対一の戦場が作り出された。まるで結界でも作られたかのように。
何人も邪魔することができない雰囲気だ。
『先に教えてあげましょう。私の武器はこれです』
システィーナが言って、蛇遣いの刀身がばらりとほどけた。刃節が鞭のように宙を舞う
【余程の愚か者のようだねぇ?下賤な海賊風情が、初太刀の優位を捨てるとは】
あからさまに見下したような口調がコミュニケーター越しに聞こえてくる。
『そうではありませんよ。奇襲で崩されただの、未知の攻撃だっただのという言い訳をさせないためです。完璧に叩き潰す。それが私の目的です』
【しかもなんだね、その無様な機体は。
時代遅れの物理剣を引きずるポンコツでこの宝玉の騎士に勝てると思っているのかな?】
『貴方は死ぬ。虫のようにね』
【……何も言わずにいてやったけど、身の程知らずの無礼者だね、まったく。格の差を思い知らせてあげるよ】
宝玉の騎士の左右の光弾が光って立て続けに光弾が飛んだ。読んでいたかのようにスカーレットが避ける。
それを合図にするかのように戦闘が始まった。
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宝玉の騎士の周りをまわるようにスカーレットが飛ぶ。あの距離でも蛇遣いなら攻撃範囲だが、仕掛ける様子はない
様子を見ているのかと思ったが……どっちかというと肉食獣が視界にとらえた獲物に噛みつく場所を吟味しているって感じだ。
弾幕のように左右の光球から弾が飛ぶが、まったくスカーレットを追いきれない。
オートロックオンじゃない手動照準なんだから、当然なのかもしれないが。
震電に匹敵するほどの加速性能で射線を振り切りつつも、意図的に速度に緩急をつけて先読み気味に撃ってくる光弾の軌道を絞らせない。
あの挙動は参考になるな。
「鶏が止まれるほどの遅さですね。当てるつもりがあるのですか?」
【馬鹿者!しっかり撃たんか!】
そして全方位に射撃可能だとしても視界の構造上後ろの敵までは捕らえきれない。
この機体をもう少し改造するなら、映画で見たことがあるが、昔の爆撃機の銃座のように旋回式にすべきだろうな。
それに高火力を発揮するためには敵を視界にとらえ続けなければいけない。
だがそれをするには飛び方があまりに拙い。そしてシスティーナが速過ぎる。
『切り刻んであげますよ』
大きく回って射線を完全に振り切ったスカーレットの剣が伸びた
文字通り蛇のようにうねる蛇遣いのブレードが飛ぶ。
宝玉の騎士が逃げるように飛ぶがホーミング機能でもついているかのように切っ先が宝玉の騎士を追った。
【なんだ、これは?どういうことだ、なんとかしろ!】
悲鳴のような声が聞こえて、左右の白いエーテルの光球が盾に変化する。
だが、物理剣はエーテルシールドでは止まらない。
刃節が盾を貫通して、そのまま右手を切り飛ばした。宝玉の騎士のずんぐりした機体がぐらりと揺れる
蛇遣いの刀身が戻り際に絡みつくように足を切り裂いた。厚めの装甲をものともしない。
足を切られた宝玉の騎士が大きくバランスを崩す。
【ひいっ!なんとかせんか!誰か援護しろ】
一機がフローレンスの騎士の妨害をくぐってスカーレットに向かって飛ぶ。
「させるか!」
邪魔を入れるわけにはいかない。
アクセルを踏もうとした瞬間、その騎士を上空から光が刺し貫いた。
アランか。
煙を吹きながら、そいつが雲海に向けて沈んでいく。
『助けは来ません。騎士の乗り手なら自分で何とかするのですね』
剣を戻しながらスカーレットが突撃する。
左の光球がフラッシュのように瞬いて光弾が飛んだ。片方だけでも普通のカノンをはるかに超える弾幕だ。
だが、スカーレットが突然真上に飛びあがって躱した。
どういうタフネスなんだ。あの飛び方をしていたら掛かるGは見当がつかない。
真上をすり抜け様に蛇遣いが伸びた
飛びあがる鳥のなびく尾羽のように、縦に伸びた蛇遣いの刃節が宝玉の騎士に迫る。
【なんだ、これは!】
左右に切り返せば躱せたかもしれなかったが……乗り手の慌てふためきが伝わるかのように、宝玉の騎士が失速した。それは悪手。
コミュニケーターから悲鳴が聞こえる。
逆噴射をかけるより早く、蛇遣いの刃が肩装甲ごと左腕を切り落とした。
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左手だったものがふわりと空中に舞った。金属片が飛び散って、肩の横で光っていた光弾が明滅して消える。
これで宝玉の騎士の遠距離戦の能力は喪失した。
しかし……バケモンか、あいつは。
逃げようとする宝玉の騎士に容赦なく蛇遣いの刃節が絡んだ。
すこし重くて的が大きい宝玉の騎士はいい的だろう。
厚めの装甲を紙でも切り裂くかのように刃が切り裂いていく。
【やめろ、待ちたまえ、降伏する、捕虜としての名誉ある扱いを……】
それにこたえず蛇遣いがウイングの片方を切り飛ばした。
【やめろ!降伏すると】
『雲海の藻屑になる前にもう一度教えてあげましょう。我が名はシスティーナ。アナスタシア・ファレイの妹。システィーナ・ファレイ』
僅かな間があって、コミュニケーターから息を飲む小さな音が聞こえた。
【まさか……】
『ほう、覚えていたのですか……そこだけは褒めてあげます』
スカーレットが動きを止めた宝玉の騎士に近づく。
何をするのかと思ったが……キャノピーを砕いた。
中から一人の乗り手を引っ張り出す。銃主の乗り手か。
『だが愚かでしたね。救いがたく。その騎士の乗り手がわが姉ならば、私はその前にひれ伏していたでしょう』
【待て!済まなかった!】
冷たい声が聞こえてスカーレットが宝玉の騎士の残ったウイングを切り飛ばす。
そのまま上空に向けて飛び上がった。
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ウイングを失った宝玉の騎士の巨体が傾いだ。
雲海に向かって落ちていく。
【助けてくれ!誰か!死にたくない!ネイサン!】
飛行能力を失った騎士で落ちるのは一度経験があるが……あれは本当に恐ろしい。
同情はするが……
≪アナトリー様!≫
ネイサンの悲鳴のような声がコミュニケーターから聞こえた。
ただ、白剣もウイングを失って戦闘不能だし、ウイングを両方とも切られて完全に飛行能力を失った機体を抱え上げるのは無理だろう。
どうしようもない。
木の葉のように揺れながら宝玉の騎士の巨体が雲海に消えていった。
コミュニケーターから聞こえる悲鳴も消える。
……あいつを捕虜にできればよかったんだろうな、と思わなくもないが。
まあ止めるのは無理だっただろう。あの容赦のなさはやはり海賊ならではの凄みを感じる。
ともあれ、今は敵に同情している場合じゃないか……目の前の戦いに蹴りをつけなくては。
「遠征軍の隊長、アナトリー・アリスタリフは討ち取ったぜ!」
<遠征軍の指揮官は死んだぞ!>
サラが俺の声にこたえるように叫んで、こだまのようにコミュニケーターからそれを繰り返す声が聞こえる。
呆けたように戦闘を見守っていたエストリンの騎士の挙動があからさまに乱れた。
《殲滅せよ!ここが勝機だ》
誰かが号令して、一転フローレンスの騎士がエストリンの騎士に襲い掛かった。
空中からカノンの光弾が降って、次々と動きが乱れたエストリンの射手を貫く。アランの援護射撃か。
いつの間にか遠くの方で煙が上がっていた。飛行船への狙撃もやっていたってことか。
抜かりが無いな。
戻る場所を失ったエストリンの騎士たちが次々と撃ち落とされて雲海に沈んでいく
<無益な犠牲は好まない!降伏は認めよう!武器を下ろせ!>
サラの大声がコミュニケーターから聞こえた。
相手にも聞こえていたのか、射手の多くが武器を下げて降伏の意を示す。
残った奴らは飛行船を目指して消えていくが……追い討ちは誰もしようとしなかった。
誰もが分かっていた。この戦いの帰趨は決した、と。
長くなったので分けました。
あと1話、明日あたりに。