海賊の不文律
お待たせしました。忙しい時期がようやく終わりつつあります。
3連投くらいでまとめていきます。
翌日。
昨日のやり取りをトリスタン公に報告した。
パーシヴァル公やバートラム達、主力の六騎隊長たちもいる。
プライベートな話をすべきかどうかは迷ったが……その点は変に隠すよりはすべていうほうが良いと思ったし、システィーナもそれに賛同した。
隠したあげくに後で変な形で情報が伝わると取り返しのつかない誤解を招く。
話が終わって全員が沈黙した。
「どう思う?諸君……パーシヴァル?」
「使えるものは使えばよいでしょう
海賊ではありますが、利害が一致している間は我々と行動を共にすると考えられます。
となると、アリスタリフ家の騎士は出てこない方が望ましいですな。そうすればその間は我々のために利用できます」
パーシヴァル公が淡々としてはいるが全然信用してませんって感じの棘のある口調で言う。同意するように周りが何人か頷いた。
まあ正規軍としては当然かもしれないな。しかし……どういう悪名がとどろいているのやら。
「他には?」
トリスタン公が発言を促すが、誰も特に答えなかった。パーシヴァル公に同意ってことか。
「アリスタリフ家ってのはなんなんです?」
「エストリンの騎士団を統べる家の一つだな。まあ我がメイロード家のようなものだ」
直球で聞いたらトリスタン公が普通に答えてくれた。軍事部門の名門ってわけか。
「ただな……何年か前に当主のアリスターとは一度会談したが」
そう言ってトリスタン公が言葉を切る。
どうやら全く面識がないわけではないのか。まあ隣国の軍事責任者同士なら一定の交流がある方がむしろ当然だろう。
「どうかしたんですか?」
「正直言って、自分で騎士に乗るタイプには見えなかったな。操縦席に収まらないんじゃないかと思うよ、あの体では」
トリスタン公の言葉に、周りの騎士団員が苦笑した。
騎士に乗るためには、Gに耐える体も必要だが。
かなり控えめに言って狭苦しくて居住性が良いとは言えないコクピットに座るためにはある程度体を絞っていなければいけない。
これはレーサーと同じだ。肥満のプロドライバーなんてものはいない。
まああの騎士は特注機だろうからその辺はなんとでもなるんだろうが。
「まあいい、そのアナトリーの乗機とやらは第二防衛線に居たのだな、ディートレア」
「俺は見ていませんが……多分そうです」
目撃したっていう乗り手もいることだし、あいつが出てくるとしたらあっちの方だろう
トリスタン公が少し考え込んだ。
「率直に言って受け入れがたいが、今はどんな戦力でもある方がいい。現状では不利だが……アナトリーを落とせば間違いなく奴らの士気に影響するだろう。
好きにさせてやれ」
トリスタン公が言う。
好きにさせるというか、邪魔をしたら巻き添えを食らいかねない感じではあるんだが。
「それに我々のいないところで戦う分にはいい。
お前があの海賊をどう見ているのか知らんが、我々はあいつと何年も戦い犠牲者も出ている。共に翼をそろえて戦うというわけにはいかん」
トリスタン公の言葉に、周りの騎士たちが頷いた。
まあそりゃそうだな。
「あの厄介な騎士を落としてくれるなら良し。共倒れになってもこちらに損はない……だがな、勝てると思うか、ディートレア」
トリスタン公が訝し気な顔で聞いてくる。
あの白の亡霊の後継機はかなり厄介だとは思う。
射撃と操縦を切り離した今、1人だと性能を使い切れないという構造的な弱点は克服されている。
それでも。
「……多分あいつは勝つと思いますよ」
乗り手としてはまだ底が見えない。
それに本人が決戦用というスカーレットと蛇遣い。
装備の点ではあの騎士に負けていないと思う。
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「我々の指揮下に入ってもらうぞ」
「あいにくですが、不合理な命令には従いませんよ」
最終的な確認ということでトリスタン公と面会したシスティーナだが……また余計なことを言って周りの騎士が殺気立った。
トリスタン公の落ち着いた顔が流石に引きつる。
「どういうつもりだ?」
「言葉通りです。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。不合理な命令には従いません」
「ふざけるな、この海賊風情が」
六騎隊長の一人が色めき立つが、それにシスティーナがじろりと一睨みしたら黙った。
流石の大海賊だな。
「落ち着きなさい。不合理な命令には従いません。
ただし、約束しましょう。フローレンスの為に最後まで戦うと。それでは不満ですか?」
そう言うと、広間に重い沈黙が下りた。六騎隊長たちが何やらひそひそと言葉を交わす。
トリスタン公がシスティーナを見つめた。フローレンスの重鎮、騎士団長の目線をシスティーナが正面から受け止める。
「海賊の約束、と言うわけか?」
「ええ、その通りです」
念を押すようにトリスタン公が聞く。システィーナが頷いた。
トリスタン公が目をつぶって考え込む。
その後ろのパーシヴァル公は無表情を崩さないが、その眼はお前なんて信用できるか、という感じの雰囲気を漂わせていた。
「いいだろう」
長い沈黙の後にトリスタン公が口を開いた。
広間にいろんな感情を含んだざわめきが流れる。驚きのようでもあり不満なようでもありって感じだ。
「お前はそのアリスタリフ家の騎士を落とす。我々はその一騎打ちの援護をする。お前はその後もフローレンスのために戦う、相違ないか?」
「賢明な判断ですね、騎士団長殿。私は其処に並んでいる連中の5人分は役に立ちますよ」
また要らないことを言って六騎隊長たちの視線が鋭くなった。
こっちはひやひやし通しなのに、システィーナは平然としている。
改めてこいつの神経の太さはちょっとついていけないものがあるな。アランの苦労がしのばれる
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システィーナは準備があると言って部屋を出て行った。
重苦しくて殺気立った雰囲気がようやく和らぐ。思わず深呼吸した。
「諸君らは不満かもしれないが、今は勝利が最優先だ。いいな」
「全員、復唱!」
「はい!団長殿!」
緩んだ空気にまた一瞬不満げな空気が漂ったが、パーシヴァル公が強い口調で号令をかけると全員が騎士の敬礼をした。部屋の空気がまた引き締まる。
パーシヴァル公も思うところはあるだろうが、それでもそういう状況になればそれに従うってことか。
良い現場監督だな。
「全員、出撃準備を整えろ」
一喝すると、六騎隊長たちが次々と部屋を出て行った。
「注意しろ、ディートレア。信用するなよ。所詮は無法者の言葉だ」
バートラムが普段のチャラい感じとは違う、本音っぽい感じで言ってきた
「珍しく心配してくれるのか?」
「今お前に死なれては困るだろうが。それにお前が海賊なんぞに背中を撃たれるのは見たくない」
バートラムが言う。
俺としては、苦境なんだからあれだけ優秀な乗り手が味方に付いてくれるならいいじゃないか、と思うが。
命の取り合いをする世界だ。そう簡単に割り切れない部分は当然あるんだろう。
それにレーサーの世界でも相性はの良し悪しはあったから当たり前かもな。
ただ、相性が悪くてもチーム成績が悪くなるわけじゃないって辺りが色々と面白いんだが。
バートラムが敬礼をして出て行った。
「あいつらの約束がどれほどのものか分からんが……いざと言う時はあいつと対峙できるのはお前位だ、何かあったら頼むぞ、ディートレア」
トリスタン公が言ってくる。
俺はあいつが裏切ることはしないと思うが……というかあいつがここまで手間暇かけてこっちを嵌める理由が無い。
それでも騎士団長としては苦渋の決断なんだろうし、疑惑はぬぐえないんだろうな。
「しかし……約束ですか」
「海賊の連中は妙に約束と言う言葉に拘るのだ。なぜだか知らんがな」
トリスタン公が言う。
……これに関しては何となく分かる気がする。
最先端の技術が投入された合理的で実力主義のレースの世界でも、奇妙で古臭い不文律は健在だった。
海賊は明らかに無法者だが、それでも破ってはならない不文律はあるんだろうと思う
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防寒着を着て格納庫に行ったらすでに震電とスカーレット、それにブルーウィルムは上甲板に運び出されていた。
上甲板では三機が駐機姿勢で待機していて、周りには足場が組まれている。
システィーナとアランがその前に立っていて、その周りを船員が遠巻きにしていた。
「遅いですよ、さっさとしなさい」
システィーナが声をかけてくる
「アラン、あなたはいつも通り射程内に待機して随時援護するように。私が獲物を落としたら船を狙いなさい」
「はい、船長」
「早まって船を撃ってはいけませんよ。敵がさっさと撤退しては困る。私があいつを落とすことが最優先です。邪魔はしない様にね」
「……もちろんですとも」
システィーナのにこやかな笑顔にアランがひきつった顔で頷く。
邪魔をしたら味方でも容赦なさそうだな。
「ディートレア、頼みますよ」
システィーナがこっちを見て言う。
「ああ、任せろ。邪魔はさせない」
システィーナが満足げに微笑んだ。
まさかこいつと共同戦線を張るとは思わなかったが。
どんな奴とも合わせるのもプロのドライバーの仕事の一つだし、今に始まったことじゃない。
チームメイトを選べるような身分じゃなかったからな。
「無事でまた会おうぜ」
そう言って拳を突き出す
「なんですか、これは」
「俺の国の騎士の乗り手の挨拶みたいなもんだ。戦いに出る前に拳を合わせるのさ」
「なるほど……これは初めて見ましたが悪くない。
鳥に育てられた田舎者かと思いましたが、やはりあなたの国のことをゆっくり聞きたいものですね」
そう言ってシスティーナが拳を当ててくる。小さ目だが硬い拳が触れた
「アラン、あなたもさっさとしなさい」
システィーナに促されてアランが拳を合わせる。
ひょろりとした外見の割には掌は大きい。
「行くぞ!死ぬなよ、二人とも」
「あなたこそ下らない雑魚に落とされないようにね」
「船長、ディートレア、ご無事で!」
突き出された拳がぶつかり合って硬い衝撃が伝わってくる。
システィーナとアランがそれぞれの乗機に乗り込んだ。
さあ、行くか。




