システィーナの物語
5連投目です。
「……私はエストリンの出身なんですよ」
「そうなのか?」
エストリン出身というのは当然の如く初耳だ。
「私は何処にでもいる、とある自由騎士の父の家に生まれました。私には姉が居ましてね。父の騎士を継ぐべく二人で訓練していました。良くある話です」
システィーナがそう言ってワインを一口飲む。
何かを思い出すように間を置いた。
「私の姉は、控えめに言っても天才でした。多分貴方よりもね、ディートレア。
私は姉の頭の後ろと足元には目があると信じていましたよ。それほどでした。正しく鍛えられれば歴史に残る乗り手になったでしょう」
こいつにそう言わしめるならそうなんだろうな。
俺は天才とかじゃなくてレーサーの経験の蓄積のなせる業だが、まあそれは今はいいか。
「あなたは分からないかもしれませんが、騎士の乗り手は総じて金が無いものです。
どこかに専属で雇われれば、つまりあなたの様になればいいですが……ほとんどはいつも修理代に追われる。そういうものです」
「分かるよ」
「ほう?シュミットの専属のあなたにわかるのですか?」
ちょっと棘のある口調でシスティーナが聞いてくる。
「昔の話だがね」
プライベーターと言われるレーサーのことは知っている。資金繰りで苦しむチームのことも知っている、そういうチームにもいたことがある。
成績に関わらず、維持と管理には容赦なくカネがかかる、これは騎士でもレースカーでも同じだ。
そして、金がなくなればパフォーマンスが落ちる。
負ければチームスポンサーが減る。結果は出なくても遠征費はかさむ。結果が出なければレーサーとしてはオファーが減るからモチベーションも下がる。
まさしく負のスパイラルだ。
「ある日、私の姉をもらい受けたい、という話が持ち上がりました。手を上げたのは貴族。アリスタリフ家」
僅かにシスティーナの口調が変わって押し殺したような声になる。
アリスタリフ家は、あの白の亡霊の後継機っぽいのに乗っていた奴が名乗った家名だな。
「騎士の乗り手としてだと思いましたよ、姉のことはすでに知っている人は知っていましたからね。でも違った。端女というか妾としてでした。姉は美しかったですからね」
何も言える感じじゃなくて、俺も一口ワインを飲んだ。渋みのある液体が喉を通り抜けていく。
「支度金は貧乏騎士の乗り手を動かすには十分だったでしょう。父は簡単に同意しましてね。
シス、あなたは自由に生きて。私の分まで……そう言って姉は連れていかれました」
システィーナが言葉を切った。甲板に静かに風が吹く。
言葉を探すようにシスティーナが俯いた。
「あの時は………全てが憎かったですよ……貴族も、容易く娘を売った父親も。何もできなかった自分も。
そして、15歳の時に父の騎士を盗んで、海賊家業に転職したわけです」
「その……姉さんはどうなったんだ?今は?」
「エストリンの船でたまたま会った貴族がアリスタリフ家のことを知っていましてね
彼が快く教えてくれました」
静かに笑ってシスティーナが言った……どういう風に快く話させたかは聞くまい。
「姉は妾として連れていかれましたが、一方で騎士の乗り手の訓練にも参加してね、素晴らしい腕前を示したそうです。ですが。
名誉ある家に下層階級出身の騎士の乗り手は必要なかった。ましてや当主より優れたものなど許されなかったのでしょうね。
妾として薬で人形のようにされて、亡くなった、そうです」
淡々とした口調で言うが……甲板の肌寒さを上回る冷たい口調で、背筋が寒くなった。
「私はね、ディートレア、フローレンスもエストリンもどうでもいいのです。誰が死のうが、誰が生きようが。私は姉に言われた通り、私の望むままに生きる
ただ、私が強くなれば……私より強かった姉の力を証明できる。そう信じてきました」
普段ならワインを手酌で飲むシスティーナだが今日はそうじゃないらしい。
俺が代わりに注いでやると、システィーナがワインをあおった。
「あの家のことを忘れたことはありませんでした。
でも、あのお高く留まった家の連中が海賊討伐なんぞにくることはありませんからね。直接対峙するには、そうですね。エストリンの首都を強襲するくらいしかないでしょう。
ここにきているのは私にとっては二度とない機会なのです」
「つまりお前の目的は、そのアリスタリフ家の奴との対決ってことか」
「少し正確ではないですが……まあ概ねその通りです」
システィーナがうなづく。
「なあ、一つ聞いていいか」
「ええ、今なら何でも答えてあげますよ」
「もっと早く援護にこれたんじゃないのか?それでもそいつと戦うことは出来ただろ?」
例えば俺を解放するときにでも。
そうすれば少なくとも前の防衛ラインでの戦いで押し返せたかもしれない。
「私が望むのは、あいつとの一騎打ちです。乱戦ではない。ただの撃墜でもない。一対一で叩き潰すことです」
そう言ってシスティーナが言葉を切った。
「エストリンの高位武官、その家名を誇るあいつはここなら必ず出てくる。フローレンスにとどめを刺すその一番の見せ場にね……この局面が一番確実にあいつを捕らえられる」
成程な。
こいつはそのアリスタリフ家とやらが確実に前線に出てくる状況まで待ったんだ。つまり、フローレンスが水際まで追い詰められるまで。
そして読み通り、出てきたわけか
「あの、アランに俺たちの援護をさせたのはそういうことか」
「ええ、貴方たちが落としてしまっては困る。あいつは、私が殺します。この手で」
なんでわざわざフローレンスに味方するかも、ようやく理解できた。
手段を択ばず落とすだけなら、横から単騎でも奇襲すれば可能かもしれない
ただ、相手は軍隊である以上、タイマンに持ち込むことは難しい。邪魔が入って逃げられることもあるだろう。
一対一の状況を作るためには、お膳立てというか、ある程度の組織が周りを押さえないといけない。
確実にそいつが出てくる状況で、そいつと一対一で戦うためには、確かにこの方法が一番合理的かもしれない。
「これが私がフローレンスに協力する理由です……参戦を遅くした理由でもあります」
そう言ってシスティーナが少し気まずそうに視線を逸らした。
「………恨みますか?」
今のは実質、自分の目的のために犠牲が出ても構わないと言っているようなもんだ。
こいつにとってフローレンスの騎士の乗り手の命は重要ではないんだろうが。それでも多少は気まずさを感じるらしい。
「……何とも言えないな」
多分批判するほうが、もっと早く戦ってくれればよかった、という方が「正しい」んだろう
でもその正論を振り回す気には、なんとなくなれなかった。
「もし、エストリンが敵じゃなかったら?」
「そうですね……まだあなたをヴィンドガルドに留め置いて説得していたでしょうね」
「ということは……震電を修理したのは」
「その通りです。私が一人でフローレンスに味方するといっても誰も信じないでしょう。ですが、あなたが居れば違う」
平然とした顔でシスティーナが言う。展開を読み切っていたわけではなく布石を打っていたってところだろうが……まったく用意周到なこったな
これで話は終わったらしい。静かにシスティーナが俺を見た。答えを促すように。
「この戦い……最後までフローレンスの側に立って戦うか?」
この会戦だけで引っ込まれちゃかなわないし、俺の信用にも関わりかねない。
それに今は戦力は一人でも多い方がいい。こいつが敵に回ることはないだろうが、味方にいれば間違いなく頼れる。文字通り一騎当千だ。
「ええ、約束しましょう。あいつとのお膳立てを整えてくれるならね」
「……約束か」
「言ったでしょう?私は約束は守ります。海賊には海賊の名誉があるのですよ」
目の前にいるのは敵なんだが。不思議なことに信頼が出来た。
ライバルであってもコーナーで競り合っているときは相手が馬鹿な真似はしないと信頼しなければいけない、それに近い感覚だ。
「俺がトリスタン公に話を付けてやるよ」
「感謝しますよ、ディートレア」
システィーナがグラスを掲げる。軽くグラスを振れ合わせた。
隙間から静かに風が吹き抜けて、ひんやりした空気が肌に触れる。システィーナのとび色の髪がわずかに揺れた。
とりあえずここでいったん区切り。
出来れば年内にあと2話書きたい………書きたい