07話 入場して即退場
よく考えたらバロンを全然出してない!?
遅くなってごめんね
私はメイドです。ただ今きょうはk……げふんげふん、買い出し中です。
一匹いたら三十匹いるとはよく言ったものです。
何処にでもいて湧く様に出てくるとはまさに『G』ですね。
毎回お仕置きしていますのに、全く学習能力のない方たちです。その学習能力の低さでよく今まで生きてこられたものです。
やはりゴキブリは飛び散らないように叩き潰すべきでしょうか。
あぁ、このような状況を何と言うのでしょうか。
あの方曰く、確か……てんぷれ、でしたっけ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カリヨンの街はこのあたり一帯で最大の街だ。
多くの商人の訪れる場所でもあり、いつも賑やかで大通りは喧騒に満ちている。
そんな昼を少し過ぎたカリヨンの大通りはいつもより大きく、そしていつもと違った喧噪が混じっていた。
「おい、聞いたか。妙なやつらが来たらしいぜ」
「あ? なんだよそれ」
見たところ街の外から来たような、まだ若い二人組の冒険者がいた。
成長してきた自分たちを少し過信している様に見受けられる。
「おうよ。なんでも二十を超すかもしれねえ数の幌馬車が街に入ったらしいんだよ」
「んだよそれ。それだけか? かなり大物の商人かなんかじゃねえのかよ」
「それがよ。一緒に騎士みたいなやつらがいたんだよ」
「は? それがどうしたんだよ。護衛かなんかだろ」
話を聞く相方は至極まっとうな答えを返した。だが話しかける方はまるで秘密を共有するように声を潜める。
「その馬車に乗ってた娘、みんな綺麗なんだよ! いい服着てたからな、ありゃどっかの貴族かなんかだな」
聞く方は脱力してしまった。何の話かと思えばそんな話か、という思いがありありとわかるようなまなざしだった。
続きを聞くので律儀だが。
「でえ? そんな貴族様の使用人様の護衛の騎士様がどうしたってんだ。あれか? おめえも騎士になりたいってか?」
「ばっ、ちげぇよ。遠目に見たんだけどよ、馬車の数に対して護衛が少なかったんだよ。ありゃあどこかで死んじまったりしたのかもな」
脱力したまま続きを促す。
ちなみにそれで終わりなら、そんなことで喜ぶ変態に評価変更も思案中だった。
「となるとだ、当然護衛の依頼がギルドに行くわけだ。で、護衛を受ければあのきれいな子たちにお近づきになれる」
青年はつまり、と鼻息荒く続ける。
「いいとこ見せればもしやもあるかも!」
「いや、ねえよ」
げしっと、足刀をあてながらの即答だった。あえて言おう、わざとだ。
「いてて、なんでだよ」
「いいとこなら残った騎士様が見せただろうよ。行く余地ねんじゃねえのか」
「ぐぬぬ」
どうやら全く考えていなかったらしい。どうせ護衛の依頼なんて来やしないのだが。
まったくおめえは何でいつもこうなんだかなあ、と嘆息を男は吐いていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
冒険者ギルドに向かって幌馬車が数台進んでいた。
通り過ぎる中には商人とおぼしきものたちもいる。
「おや、ついていますね。何台かうちの商会に来てるかもしれませんね」
独り言のように呟くものもそれなり。
そんな注目を浴びる中、顔を隠すように帽子を深くかぶるミュールは頼れる先輩メイドを見た。
「彼らが言っていることは、何台か別れたことと関係しているのですか?」
「ええ。まあ全部が全部そうではありませんが。今日商談するのは主に早めに処理しなければならないものです」
具体的に言えば生肉だったり臓物だったり生肉だったりが大半なのだが。
日持ちするものやその他を積んだ馬車は、別行動で数日泊まる宿を探している。人数も多いいので結構一苦労なのだ。
そして今レティシア達が乗っている馬車には、数時間前にクロエが倒したクイーン・グリズリーマンティコアの肉に処理を施した皮等々がいくらか、ヴァイオレンスなイーターに薬草類がわんさかと積まれていた。
そのクロエはと言えば呑気に幌の上で日なたぼっこをしていた。
「そういえばミュールさんは冒険者ギルドに登録していますか?」
「いえ、登録していませんよ」
急にどうしたのだろうかと首をかしげる。
「登録していないのであればこの機に登録してもらおうかと。このようなときには売ることもできますしギルドでの評価も上がります。基本的にここは中立ですしいろいろ便利ですよ」
何かあった時に顔が売れていれば便利なこともある。時に厄介ごともあるが。
結局レティシアの勧めの通り登録はすることにし、ミュールは道すがらギルドについて教えられた。
◆ ◆ ◆ ◆
冒険者ギルドとは、もともとはとある大陸において、別の大陸や誰も足を踏み入れたことのない未知の土地など、文字通りの冒険者たちに協力して利益を上げる互助組織のようなものだった。
彼らは未知の土地の情報や産物によって互いに利益を上げ助け合っていた。
えてしてそういう者たちは強い者たちだ。と言うより弱者は強くなり強者はより強者に、そして強くなれないものはいつの間にかいなくなる。
何にしても生還率の高いものほど強い傾向にあるのは確かだ。
初期のギルドと冒険者は、冒険者が好き勝手にどこかに旅に行き何かを持ち帰るかギルドに依頼されたものを手に入れに行っていた。
魔物や魔獣の被害がある。
国には当然軍がある。領主も私兵をもち場所によっては騎士団の類もある。彼らで解決するが、手が足りない時や迅速に動けない時もある。
理由は様々だ。戦時、地形、環境、距離、他の領主や危険な生き物たちを無駄に刺激しないため、大勢ゆえの進軍速度、情報の不足等々。
また魔物魔獣の他にもすべき仕事が彼らにはある。
そこで白羽の矢が立ったのが冒険者たちだ。
彼らは強い。ただ訓練を受けたものなどよりもだ。
何せ危険な領域に行き淘汰され帰還してきた者たちだ。時に複数人で協力し合い連携も取れてる。ただ強いだけでなく生き残る術にも優れている。
迅速に動ける少数精鋭とも言える。
また魔物や魔獣は基本的にそこらの動植物より強く、その素材はより良い品である。危険なものほどそれに見合う価値もある。
下世話なことを言えば危険な生き物故に危害を加えるものを倒せば感謝される。
彼らにとっても悪い話ではない。
よって危害を加えるような魔物魔獣は冒険者ギルドを通して依頼され、引退したものや気まぐれな者たちが護衛や雑事系のことを頼まれるようになった。状況によっては軍や兵が出ることもあるが。
結果冒険者ギルドは仲介互助中立な、何でも屋に近い組織と相成ったわけである。
その仕事ゆえに登録すれば身分証であるカードを作られ、一応国境も越えられる。
ただしもとは自由な冒険者と協力していた組織なので、国家の思惑等には縛られない(例外はあるが)中立の姿勢でいる。
もし無理やり縛ろうとしたのなら程度によって制裁も加えられる。
例を挙げれば、ある国の国境付近にはかなり優秀な者たちが多くいた。
そして戦時だった。
国王は自国にいるのだから徴兵を受ける義務があるとのたまい、無理やり徴兵し中立のギルドに押しかけ情報を奪い取り挙句に諜報、敵国のギルドから情報を聞き出す情報操作などなどのようなことを強要しようとした。
ギルド並びに冒険者はこれに怒り心頭になった。
資料の一枚も渡さずその国の支部全てと冒険者が国外へ逃亡。邪魔するものはなぎ倒し返り討ちにし、その混乱で戦はうやむやになった。その後冒険者の代わりに兵が動くことになったが、長い戦争の後故に士気も低くやがて魔獣の大量発生によって国は滅びることになった。
他にも意図的にギルドで買い取った素材等を市場に流さずなど、直接的な武力をもって制裁こそしないが、今やちょっかいを出す阿呆な国はいないとか。
◆ ◆ ◆ ◆
「とまあこのような歴史ですね。国家の思惑に縛られないと言っても完全に何もしないというわけではなく、ある程度干渉してよい線引きがあるわけですけれど」
と、長い歴史の授業の間にもう冒険者ギルドについてしまった。あまりにも長いので歴史以外の基本的な説明などできなかった。
ギルドは街の大きさに比例したかのようにとても大きな建物だった。
「では私とミュールさんとベルさんで行ってきます」
そういって馬車から降りる。
クロエがくんくんと鼻を鳴らし声をかけた。
「なあレティシア。どうやら面白いやつがいるみたいだよ」
扉を開けるとそこは外とはまた違った賑やかさがあった。
中は横も奥行きも高さも広く多種多様な種族の者たちがいる。
入って右側の方には小さいながらもいくつものテーブルを置いたスペースがあり、幾人もが飲み食いしていた。
左側の方にもテーブルがちらほらあり、飲み食いはしていないが紙を手に取り何やら話している。
壁は他とは材質が違い依頼の書かれた紙が貼られていた。
そのまままっすぐ奥の方には受付があり、並んで順番待ちの者がいる。
レティシアを先頭に二人も入るとこちらを見る者がいた。それも結構。
すぐに興味が薄れたように視線をそらすものは皆無だった。
なんたってメイドである。メイド服のまま入ってきたのだ。すぐに視線をそらせる方がむしろすごい。
反応は様々。ひそひそと話す者たちもそれなりに。
(おい何でメイドがいるんだよ)
(知らねえよ)
(三人ともすごい綺麗だぞ)
(久しぶりに見たな)
(見ないやつもいるな。新顔か?)
(あ……)
驚く兎が一羽いた。
「な、何故かものすごい見られているのですが」
緊張するミュールだが近づいてくるものがいた。
「おいおいメイドさんよぉ。ここは冒険者の来るところだぜ?それとも――」
「邪魔」「邪魔ですよ」「どいてください」
「――ぐべぇらっ!!??」
ずどんっ! といい感じに吹っ飛んでいくテンプレさん。
ぼきぼきぼきっ! というやばげな音はきっと幻聴。やってきた右側の方の壁にどすんっ! と衝突した。
入場して即退場。フラグにさえならなかった。
ベルとレティシアとミュールが三人そろって魔術で吹っ飛ばした結果だった。特にミュールは先ほどの緊張が嘘のように冷静に的確に返り討ちにしていた。
慈悲はない。
三人はちょうど空いた受付に向かって行く。
そこにはにこやかな表情の二十歳前半くらいの人間の女性がいた。
「こんにちはお二人さん。そして始めまして初めて見るメイドさん」
三人も挨拶を返す。
受付の女性、クレアが慣れたように確認する。
「今日は買い出しかしら?」
「えぇ、そうです。今回はなかなかすごいですからね」
レティシアは片目をつむって怪しげに微笑む。その一瞬、まるで時が止まってしまったかのようだった。
近くで呆然とレティシアを見ていた新人の男性受付職員はその美しさと妖しさに気絶しかけるも、隣の職員におもいっきり蹴飛ばされていた。
他にも似たような者はいたが、当のレティシアはそんなことには気づいていなかった。
「……相変わらずすごいわね。一瞬心臓が止まるかと思ったわよ」
というか今のしぐさ似合いすぎ、と抗議を受けるが何のことかわからない三人組。ベルは効果ないしミュールは角度的に見えなかった。
そんな後、鑑定係が外の馬車を大型鑑定用の裏口に案内していた。
「?……はあ。あとこちらのミュールさんの登録と支部長に会いたいのですが」
「そちらは新人さんかしら? ギルドマスターは今なら空いてるでしょうね。それでどっちを先に済ませるのかしら?」
「最近雇ったミュールさんですよ。先に登録をお願いしますね。説明はこちらでしておくので省いてかまいませんよ」
「あいさー。じゃあミュールちゃん、この紙の項目書いてくれるかしら。代筆でもいいわよ」
「大丈夫です」
ミュールは受け取った紙を見る。
項目としては名前に年齢と種族、他には書かなくてもいいが大雑把な戦闘スタイルや出身地など。
名前を書き、年齢に十四で種族にハーフエルフ、戦闘スタイルには魔弓術と魔術と書きそのまま渡す。
それを受け取りクレアはいったん奥の方へ移動する。
先ほど書いていたときミュールとレティシアは上から覗き込んでいた。
「みゅーる、十四だったんだ」
「私も初めて知りました。それにしても魔弓術ですか。その割には弓を持っていませんでしたよね?」
「え、えへへ。……失くしちゃいまして」
二重の意味で高潮するミュール。単純に見られて恥ずかしいのと弓を失くしたことだ。
エルフやハーフエルフだからと言って皆が皆弓を使うわけではない。
エルフと言う種は基本的に細身の体型だが大柄な者がいないわけではない。それこそ大剣を片手で振るうう者もいる。稀ではあるが。
種族的傾向として弓の名手だがそうでない者もいるし、あえて使わない者もいる。
だが使う者にとって、ぼろいものであろうと失くすのはかなりの恥であるのだ。
まあミュールの弓はエルフの因子を持つ者として、ありえないくらいボロッちかったのだが。ある意味そんな弓を使っている時点で赤面物だったりする。
クレアはすぐに戻ってきて、上の階の支部長室に行っていいとのこと。
ちなみにこのカリヨン支部は四階建てで支部長室は四階である。
続いてギルドの冒険者用のカードは明日できるとのこと。案外お手軽だった。
失くした場合の再発行は銀貨二十枚ほどするらしい。
受付の端にある階段に向かう三人の前に誰かが近寄ってきた。
髪は雪のように真っ白で、腰ほどまで伸びたのを優美な髪紐でポニーテールにまとめていた。目は血のような紅色でレティシアと同じくらいの十六、七歳程の美少女であり、髪と同じ真っ白な兎の耳を持つ獣人だった。
女性としては高めの身長で芸術の域にまで至ったような、完璧と言いたくなるようなスタイルと顔の造形をしている。周りの女性からは嫉妬や憎悪の類は感じられず、むしろ一部には恋する乙女のような表情の者までいる始末。
そんな美少女が親しげに話しかけてきた。
「お久しぶり。元気でした?」
「ん、おひさ。超元気」
「ふふ、お久しぶりです」
レティシアはクロエの面白いやつがいると言う言葉を思い出していた。
「あ、あああの! 始みぇましゅて! ミュールと言いましゅ!」
あんまり見惚れていたものだから思いっきり噛んでしまった。林檎並みに顔は赤い。
あんまりかわいいものだから、ベル含め三人でクスクス笑えば余計に赤くなってしまった。噴火は近い。
(おいおい『白兎』と知り合いみたいだぞ。何もんだよあのメイドたち)
(とりあえずメイドでよかったじゃねえか兄弟。あれが男だったら俺たちは何をしていたことやら)
(『白兎』様……はぁはぁはぁはぁ)
見た目通りの二つ名で呼び、嫉妬するやら安堵するやらなカリヨンの情報に疎いおバカさんたち。若干危険な女性がいた気がしたが気にしてはいけない。
「ミュールさん、こちら冒険者のユエさんです」
「よろしくね」
「は、はい!」
「みゅーる。ちょっと落ち着く」
ミュールは深呼吸するが、ユエは明日また会いに行くと出て行ってしまった。
「それにしても本当に綺麗な兎人さんでしたね、ユエさん」
現在絶賛階段を上り中。
ちなみに二階は主に資料室や軽い会議室等、三階は主にギルド職員のための部屋がある。部屋と言っても宿でも寮でもないが。
四階は支部長室に大きめの会議室等々が主にある。
「昔は結構お転婆らしい」
「え、そうなのですか? 小さい時から落ち着いてそうな感じでしたけど」
「ん。育ての親からの確かな証言。信頼性、強」
何故ベルが育ての親を知っているのか疑問ではあるが。
まさかバロン様が育ての親なわけないですよねーあっはっはっはーと、心の中で笑うミュール。
「レティシアさんは何故支部長に会いに? そもそもよくいきなり会えますね」
「すぐ会えるのは、まあ、人徳でしょうか」
レティシアは言うが「いや。いやいや。ないない」とベルは呟いていた。
「要件はクイーン・グリズリーマンティコアのことです。あれは本来あの森にはいない魔物ですからね。一応予想は経てていますが何か情報を聞くのと、おど……ごほんごほん失礼、報告をしてちょっとした追加報酬をもらいにですね」
なにやら怖い言葉は聞こえはしなかった。脅しなんて聞こえなかった。
ミュールは追及することはせず本能に従った。
「追加報酬ですか?」
「そうです。街の近くにクイーン並みに危険な魔物がいたというような情報は大事ですからね。下手をすれば多くの犠牲者が出てしまいます」
「あの強さなら確かに危険ですね。友好的な雰囲気ではなかったですし」
「何らかの異変が起きたのでしょうから、調査するためにも今回のクイーンについての情報はぜひ欲しいでしょう。それに襲ってくるような危険な個体でしたから、そちらについても報酬をもらえるでしょう」
証拠となる解体した新鮮な肉や皮があるのだから疑ったりはしないだろう。
ミュールはあずかり知らないことだが、もともとミュールのために街を回って楽しむ予定だったのだ。
クイーンに関する報酬で結構大金が手に入る。バロンから軍資金をもらったが、報酬もあればミュールのために街を回るだけでなく、いろいろと私物を買ってあげられる。
元々ミュールは旅暮らしで私物はほとんど持っておらず、今も大して変わらない。
普段着さえメイド服と言う始末。クローゼットの類はいまだにすっからかん。寝間着はさすがにクロエたちがあげたが。
それに魔弓術を使うくせに弓がないのだ。ぜひともミュールの気に入った弓を見つけて買うつもりのレティシアであった。
こんな甲斐甲斐しいのには理由がある。なくてもおせっかい焼きだが。
そう、レティシアは可愛がってかまってもらう「妹」がほしいのであった。
次か次の次かなバロン