05話 その心はガラスでできていた
買い出しです
ブックマークのお方ありがとー
ボクは人狼さ。ただ今周辺の警戒中で暇じゃない。
何年か前に助けられて以来、ボクは男爵たちのお世話になっている。
今日は久々の買い出しさ。一人でも来れるけど大量には買えないから待ちに待っていた日なんだよ。
狩りや採取で手に入れた毛皮とかの素材や貴重な薬草に加え、それらを加工したものを売ったお金と予備として持ってくお金で買い物をするんだ。一部は街を満喫する際の軍資金になる。
他にも、数日滞在する間は交代で買い出しと自由に散策するんだけど、『ギルド』ですぐに住む依頼を受けるのもアリさ。
今回は新人君のミュールもいるし本当に楽しみだよ。
でもこっちはまじめに見張りをしているのにさ。さっきからベルはミュールにくっつき過ぎだよ!
ボクだって昼寝したいしミュールとお話したいんだぞ!
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木漏れ日の射す森の中を、十を超す幌馬車が進んでいる。
一台につき何人かがついて周辺を警戒し、また騎乗している者もいた。
騎乗していない者たちは馬車の中、頑丈な材質で作られた幌の上から鋭い視線を辺りに飛ばすなり自然体で見張っている。
騎乗している者たちは皆そろいの鎧を着こみ、生真面目に黙々と仕事をこなす。
言わずもがな、カロン城の愉快な仲間たちであった。
今はカリヨンという街に向かっている途中だ。
立派な体躯の鹿毛の馬に騎乗しているハウエル、幌の上で見張りをしているクロエに今は交代して休憩中のレティシア、御者席でミュールにくっついているベルの姿が見えた。
他にもミュールが会ったことのある者にない者、騎乗している城の騎士たちと豪勢な顔ぶれだった。
警戒と言ってもこの時間帯に危険な魔物はおらず、むしろ危険なのは彼らの方なので気楽なものだった。さすがに騎士たちは黙々としていたが。
周辺に目を飛ばしながらも、みんなが近くの者と小さく談笑している中で、約一名、ガチガチに緊張している者がいた。
「ん、みゅーる。緊張しすぎ。肩の力抜くべき」
当然の如く、我らがツッコミメイドなミュールだった。
「そうですよ。むしろ、どこにそこまで緊張する要因があるのですか?」
街までまだずいぶんと遠いですのに、と編み物をしながらレティシアも言う。
彼女の言う通り、まだ出発から一日も経っていないのである。
「だだだだだって、ここ私が迷った森ですよ!? 変な光とか火の玉とか気配とか声とかしたんですよ!? リアルホラーな森ですよ!?」
などと叫んでいるが、スケルトンや世紀末なアレやら、果てはリッチにまで毎日会っては会話しているのである。
はっきり言って、カロン城の方がリアルホラーだ。
他の近くにいる者たちも、似たり寄ったりなことを言うが否定された。
対するミュールはあちらは日が出ている時もいるしそもそも慣れであり、この森は迷子になったこともあり、トラウマじみていると言う。
そんなミュールにレティシアは答える。
「そういった者たちは大概、夜出るものですから気にしなくても大丈夫ですよ。そも、すぐそこにスケルトンがいるのですから、出てきたところで大して変わらないでしょう。ただ似たようなものが増えるだけですよ」
誰が似たようなものか、という声は聞こえなかった。たぶん。
「ん。そんなに怖いなら倒せば良い」
「ああ、その手がありましたね。あちらを逆に倒すなり怖がらすなりすれば良いのですよ。ベルさん、さすがです」
褒められた少女はふふんと、ほんの少し胸を張っていた。
しかしそれには問題があった。
「あのー、私、どうやって倒せば良いのか知らないのですけど」
「気合です気合い」
「食べる」
一人は笑顔で見えない首的な何かをへし折るような動きをして、もう一人はさらっととんでもないことを教えていた。
……誰とは言わないが。メイド道と腹ペコスライムとは言わないが。
「その手は何をへし折っているんです!? というか食べるってどういうことです!? 冗談ですよね?」
「折るのは首ですね♪」
「ん。丸のみ。踊り食いとも言う」
「――誰が具体例と言いましたかああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
自身の頭を両手でつかみ、のけぞるように叫ぶ。
森に今日も今日とて元気な声がこだました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いくら危険な生き物のいない森だからと言っても、さすがに大声を上げるのはよろしくありません」
お説教をするのは騎乗したままのハウエルだった。
それを受けるのは御者席で正座をしているミュールだ。本人は「なぜ自分だけ……」と心の中で呟いているが。
「お二人も、お話をするのもいいですがほどほどですよ?」
しかしてここにきちんとした行動をする騎士がいた。まさに騎士の鏡。公平に注意すべきものにきちんと注意をした。
ハウエルは去って行っていき会話も再開した。
「あの皆さん? 単に深読みのし過ぎかもしれないんですけど。危険な生き物はいないって言ってましたけど………」
少女は生き物の部分を強調して聞く。
しかしその途中で皆が目をそらしていく。
「………………」
「………………」
頼みの綱の二人は黙ったままだ。
黙ったままであるが、レティシアとベルはむしろ目をそらさず、ミュールの目をしっかりと見つめている。
いっそのこと、そらしてくれた方が良かった。
ミュールは恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……皆さん。その、どうなんです…か?」
「「「「………………そんなに聞きたいのですか?」」」」
「いえありがとうございます大丈夫ですそれ以上言わないでくださいお願いします」
即答であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ぱちぱちと木のはぜる音が響く。小さく会話の声も聞こえるが、逆に言えばそれ以外の音が聞こえない痛いほどの静寂だった。
そんな森の中、遥か彼方の向こうに奇妙な光がゆらゆら揺れていた。
「……うぅ~~。ほらぁ~出てきちゃいましたよぉ~」
「はいはい、どうせずっと向こうなんだから気にしない気にしない」
へっぴり腰なミュールに返事をするのは、ふてくされた表情のクロエだった。
「何でクロエさんはそんなそっけないんですかぁ~?」
気になって聞くが、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
そんな二人は、遠目からは見えにくいようにされたたき火のそばにいる。似たような組は他にもいた。
皆、夜の見張りだ。
旅をする上では基本的に、日が暮れる前から野営の準備をする。
日が暮れてからいそいそしても、碌に手元は見えない。野営に良い場所を見つけるのも同様である。
魔術を使うにしても、ただ灯してもその距離は短く、大きく灯したら今度は危険な生き物に居場所を教えるも同然。それは人間のような者たちも含めて。
ましてここは森の中、しかもリアルホラー体験のできる森だ。
つるべ落としも真っ青なほど、日が沈むのは早い。当然野営の準備も早くなる。途中でよさそうな枯れ枝を束にして紐で縛って集めておくほどだ。
幸い森の中なので枯れ枝に事欠きはしなかったが。
夕食その他もろもろはすでに終わり、見張りを除き、みんなは夢の中へ旅立っている。よく寝る子は育つのだ。
「こらこらクロエ様。ミュール様が今まで旅をしていたとはいえ、分からないことや不安なこともあるかもしれないのですから、しっかりしてください」
音もなく近づいてきたハウエルが話しかけてきた。
全身鎧を着ているのに、何とも器用なことである。むしろ鎧の方がすごいというべきか。
「ハウルさん、今絶賛変な光とかに不安を抱いているので助けてください」
「ほら、こう言っているのですから機嫌を直してください、それに目の前にいるのですから」
さすがハウエル、と言いたくなるようにこんな時でも優しい彼だが、妙なことを言っていた。
「ハウルさんハウルさん。どういうことです?」
気になってミュールが聞くと、兜の奥から彼にしては珍しく、悪戯っぽいような声が聞こえた。
「いえ、実はですね。昼ごろに皆さん楽しく話していたではないですか」
「私が叫んでしまったときですか?」
「ええ、そうです。クロエ様はその楽しそうな会話に混ざりたかったのですが、その時はちょうど見張りの時でして。かと言って見張りをしながら混ざろうにもきっかけをつかみづらかったようです」
ハウエルが説明すると、ミュールは当の本人の方を見た。
そっぽを向き、いかにも聞いてませんというオーラを出しているが、狼の耳はこちらをしっかりと向いて尻尾はゆらゆらと揺れ、時にぱたんと地面を叩いている。
「で、食事中も話しかけようにも、今度は何を話せばいいのかわからなくなって近くにいるだけ。今は二人きりになったものの、何処から切り出せばいいのか結局わからずじまい、というわけです」
ミュールはまたしてもクロエの方を見た。
耳がぴくぴく尻尾はぱったぱったんと、動揺しまくりなのが丸わかりである。
どう見ても図星だ。
「なのでミュールさんが分からないことや、あの光や撃退方法について話せばよろしいのではないか、と私は愚考いたしますわけですが? レディ」
最後のはクロエに向けたものだった。
どうやらハウエルは以外にも、こういう所謂いたずら、からかいもするらしかった。何せ声から、こらえきれない笑いが漏れ出ているのだから。
事情を理解したミュールは、自分からクロエに変な光等といった者たちの撃退方法を聞くことにした。
クロエならこういうことでボケたりはしないと思ったから。
その場にハウエルもとどまり、撃退方法について話をすること十分少々。
兜を外したハウエルにミュールは問うた。
「ハウルさん、ですよね?」
「……? はい、そうですが」
答えるハウエルの目はたき火を映していた。
「あの、ハウルさんってスケルトンだったような気がするのですがー」
「はい、そうですよ」
今更なんだという話だが、律儀にハウエルは瞼を閉じ、後ろに縛った髪を揺らしながら頷いた。
「ハウエル。スケルトンは骨だから、骨」
「あぁ! はいはい。そういえば忘れておりました」
ようやくミュールの言わんとしていることに気付いたハウエルの顔は、どうみてもスケルトンの顔ではなかった。
二十台の前半ほどの青年の顔が、焚き火に照らされている。
普段の態度も騎士にふさわしいものであったが、その顔はまさに、世の騎士に憧れる者の理想と言っていいものであった。
しかし初めて会ったときはスケルトンで、肉なぞ一片もなかったはずである。
どうやら彼は、そのあたりのことを忘れていたらしい。
「実は私、自分で言うのもなんですが、かなり高位のスケルトンでして。スケルトンとして再び命を授かった時にはすでに、魔族へと進化していたのです。最初からなので進化と言うかわかりませんが」
「魔族のスケルトンなんているのですか?」
スケルトンという種族は一般的に魔物か魔獣という認識がされている。
魔族のスケルトンなど今まで一度も聞いたことがないのだ。
「現に目の前にいますけどね。領主様とあの方達のお墨付きですので確実ですよ」
「領主様、ですか?」
「あぁ失礼。バロン様のことですよ」
「男爵って領主だったのかい? ハウエル」
どうやらクロエも知らないことのようだった。
もともとあった朽ちた城を手に入れ、直して手を加えたのかと思っていたのだ。
答えるハウエルはどこか遠い目をしている。
「えぇ。昔の話ですけれどね」
何となく暗い雰囲気になりそうだったので、二人は話を戻した。
「それで高位のスケルトンとどう関係するんですか?」
「私は魔族としてもかなり高位でしたが、その後も霊格や位階が上がり、今では半分以上精神生命体のようなものになりまして」
「精神生命体? 何ですかそれは?」
「そうですね。乱暴に言いますと、軀という『器』の破壊が必ずしも死に繋がらず、魂のみの状態でも存在することができ、それ故に器に縛られない。ようは位階の高い、より上位の存在、といった感じです」
精霊の中には完全に霊体で存在する者もおり、似たようなものであるが、必ずしも位階の高い、より上位の存在というわけではない。
生まれたばかりや、もともと種族として霊体など例外もある。
「まあその影響とでも言うようなものでして。このように生前の姿にすることにすることができるのです」
「そうなのですか。そういえばそのようなことができるのなら、初めてお会いした時はスケルトンだったのは何故なんですか?」
ミュールは聞くがハウエルは今までの話しっぷりが嘘のようにだんまりとしてしまった。
一方クロエは何故だかにやにやしていた。
まるで先ほどの真逆のような構図だった。
「ふふ~ん。なぁ、ミュール君。どうしてこいつが急にだんまりになってしまったと思う?」
何やら楽しそうに語りだした。
ハウエルは止めるのかと思いきや、まるで正面から受け止めてやるとでもいう様に無言を貫いていた。
「普段はスケルトンの姿でいるんだけど、ミュールと初めて出会った時に骸骨で気絶したからね。ぷぷっ、怯えさせないためにこうしたのさ」
クロエはもはや堪えきれず尻尾もバタバタ振っている。
「……………へ?」
ミュールはどうやら自分が関係しているとしかわからなかった。
騎士の心はガラスでできていると、ミュールは今日もまた一つ賢くなった。
何話か続きます