04話 世紀末にできる大変贅沢なお肉の作り方
私はスライム。名前はある。ツッコミの才能はないらしい。
この前レティーに頼まれてご飯を作った。けどあんまり嬉しそうじゃなかった。 クロエは嫌がっていたけど、最後には涙を流して食べてくれた。
クロエは優しい。
この前やってきた新人さんの名前はみゅーる。
みゅーるも食べてくれた。それも笑顔でおいしいって。すごく嬉しい。
残ってしまったけど、結局みゅーるがほとんど食べてくれた。食べ終わったらすごい笑顔でお礼を言ってくれた。作って者として何よりの言葉。感謝感激。
会って一日で、みゅーるのことが好きになった。
でもとても不思議なことがある。
周りにいた皆が、それを見てすごい驚いてた。
レティーが「何気にイロモノではないですか」って呟いてた。よくわからない。
みんなはまさに戦々恐々。戦慄を感じてたみたい。
何でだろう?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ますとそこは銀色の液体の中。その液体は全身にまとわりつき頭蓋の中まで侵食していた。
自身の体を覆うような形の木製の箱、その中に、彼と共に液体は満ちている。
体を動かそうとすれば、動きこそするが、とても重たい。
見た目通りの密度ではないのだろう。よく体が圧潰しないものだ。
「――――――――――――ゴボッ」
彼は少し慌ててしまった。昔の名残なのか、口から空気がもれ出た。
空気を溜めておく臓器など無いのに、いったい何処からその空気を出したのか。本人でさえ、一瞬首をかしげてしまう。
何はともあれ、ここから抜け出さなくてはならない。
「―――――――――ゴボゴボッ、ゴボ」
液体は想像以上に重い。
一瞬、目覚めるまでこのままなのかと思うと、先ほど以上の量の空気が漏れ出た。かなり混乱しているようだ。
それよりもこの空気はいったい何処からきているのか、果てしなく気になる。
液体は重いが、徐々にゆっくりと彼は手を動かす。
そして渾身の力を込めて、短くも長い時間をかけ、ようやく棺桶の縁に手をかけることに成功した。
「――――ゴボッ、ゴボゴボゴボッ! ――ごふぁっ!」
縁にかけた手を支えにし、どうにか無理やり体を起こすことにも成功する。
頭蓋の穴という穴から、ぼたぼたと音を立てながら重力に従い、液体は箱の中へと戻っていく。
そして、自身が寝床として入っていた棺桶に満ちる、その謎の銀色の液体を叩いて声を上げた。
「こら、ベル! 今すぐ起きたまえ!」
バロンは寝床から這い出た。
脱出に成功したバロンが、棺桶に満ちる液体を叩き起こし続けること十分後。液体が徐々に動きを見せ始めた。
少しずつ一か所に集まり、やがてソレは人型を取り始める。
銀色だったのが段々と肌色になり、最後には160センチの半ばほどの、銀の髪と金の瞳をもつ少女になった。
バロンは棺桶のすぐ傍に落ちていたメイド服を手に取る。
そして裸のまま、何処を見ているのかいまいちよく分からない、ぼーっとした表情をしたベルに差し出す。
重い溜息を吐きながら。
「……はぁ。早く着なさい」
「ん。ありがと」
真っ白で華奢な細腕で受け取った彼女は、のんびりとした口調で礼を言う。
メイド服を受け取るのを見届けると、白骨紳士は後ろを向き、ベルはメイド服をのんびりマイペースに着始める。
バロンは嘆息しながらも、高位のスライムであるメイドに声をかける。
「ベル・クローディア君」
「何? 男爵」
改まってどうしたの? と彼女は小首をかしげる。着替え中なので当然、後ろを向いているバロンには見えないが。
「何? ではない。何故吾輩の棺桶に入っているのかね!」
「ん。入りたかったから」
「……………」
単純明快、と胸を張って語る少女に、バロンは肩を落とした。率直すぎて何とも返答に困る答えである。
バロンは虚しくなりながらも続けて尋ねる。
「…………何故かね」
「男爵の棺桶、こぼれない、丈夫。寝るのにちょうど良い」
「……確かに君は元はスライムだが、今となってはもうスライムの特性を持った別の高次の存在、魔族に進化したスライムだ。その姿をとれるようになったのだから、別に体をスライムにしなくともその姿で寝ればいいであろうに。いつもそうではないかね」
「……男爵は分かってない。魔族に進化してもスライムだということに変わりない。あっちの方がよく寝れる」
「では今度君専用の棺桶を作るから、そちらで寝たまえ」
「魅力的。でも、や」
話の途中で着替え終わったベルは、バロンの向きを元に戻し、自身は棺桶の縁に腰かけて彼を見上げる。
ちなみにバロンは服を着たまま棺桶に入っていたので、特にそういうことは必要なかった。
「……何故かね」
「男爵の棺桶で寝たい。それに男爵と一緒に寝ると落ち着く」
ある意味赤面物のセリフだが、片方超天然、片方かなり疲れ気味なので、ベルがどんなセリフを言ったのか気が付かない。
余人が聞いたらいらぬ勘違いをするであろうセリフであったことにも。
バロンはそれはそれは大きなため息をつき、説得を諦めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カロン城は城自体が広大であり、庭等その土地もまた広大である。
それでありながら地下もあり、地上ほどではないが、これもまたかなり広い。深さに限って言えば、地面から城の一番大きな尖塔の長さより深い。
バロンには城と地下に両方、就寝用の部屋と棺桶がある。気分によって、どちらで寝るか変えているのだ。
今日は地下で眠り、今は朝の散歩がてら、ベルと一緒に地上に向かって歩いている。
地下通路の道幅は広く、そして高い。
道を歩けば、スケルトンや怪しげな動く空の鎧に出合う。
石材の壁には時折扉があり、たまに中から怪しげな気配の漂う部屋もある。
今は日が昇ってすぐであった。
「ミュール君は最近どうかね」
「ん、よく頑張ってる。そろそろ二週間ぐらいだけど飲みこみは良い」
ベルは変に飾らず自分の感想を言う。飾る性格でもないが。
はっはっは、とバロンは楽しげに笑う。
「ホラーは苦手と言っていたが、中々に順応性は良いのだな。この調子なら今日にでも他の者たちと会わせても問題はないかね」
「ん。いっそのこと地下に連れてくもアリ」
「む、それはさすがに早くはないかね?」
「男爵と問題なく話せてる。だからたぶん大丈夫」
バロンは考えた末、「その辺はレティシアに任せるか」と、メイド道に勤しむ彼女に丸投げすることに決めた。
途中に出会う者たちとあいさつを交わしながら、二人は進む。
地上はまだ遠い。
少しの沈黙の後、今度はベルが尋ねた。
「男爵。そろそろ買い出しに行くから。行く時みゅーる連れて行っていい?」
なにぶん、この城から一番近い街はかなり遠い上に、街との間には広大でわりと危険な森があったりと、あまり気軽には行けないのだ。
行ける者もいるが買う量が量なので、行ける者が買いに行くとしても、すぐに無くなるような物になる。
よって、ある程度消耗品が減ると、街に大量に買出しに行くのだ。人前に出ても特に問題ない者たちが荷車を大量に引き連れて。
バロンを筆頭に、城で強力な力を持つ者が力技で買いに行く裏技があるが、大人数で街へ遊びに行く機会はそう多くない。
引きこもりにならないためにも、城の使用人たちに行かせるのがいいのだ。
「うむ、かまわんよ。初めて行く街かもしれんし、あの街はかなり広いからな。そばにいてあげてくれ」
ん、とベルは短く了承の意を伝える。
さきほどから使用人がその主に対する話し方ではないが、バロンはよほど無礼でなければ個性として気にさえしない。
いや、そのよほどでも気にしないかもしれないが。
他にも色々と話していると地上まであと少しになってきたが、会話は続く。
「男爵。そろそろお祭りの日?」
「む? ああ、そういえばそうだったな。たしか今度のは、――アレだったな」
「ん。みゅーるもきっと驚く。楽しみ」
「ハ、ハ、ハ。確かに驚くだろうが、吾輩としてはどのようなツッコミを入れてくれるか、今から楽しみで仕方ないな」
はっはっはっは、とバロンは高らかに笑う。
ベルは小さく首肯し、ぼけぼけっとして眠そうなままあまり変わることのなかった表情を、わずかに微笑の形に変えた。
そうこうしているうちに、奇妙な二人組は地上の城にたどり着いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そこは城のすぐ外だった。
優秀な庭師の手により、もはや芸術の領域へと入った木々や草花が咲いている。猛毒の類のものもあった気がしたが、気にしてはいけない。
城と芸術作品との距離は一部を除いて遠い。それこそ馬車が数十台横になって通れそうなぐらいである。
城の兵が訓練したり、大荷物を運ぶ時に邪魔になってしまうからだ。
そんな、城と芸術作品の間には――――
「ヒィィィィィィィィィィィヤァァッッッッッッハァァァァァァァァ!!!!」
――――世紀末がいた
「レティシアさん! アレなんですか!? 何なんですか!?」
それを前に、ミュールは隣にいる先輩メイドに縋った。
それに対してレティシアは、それはそれは厳かに告げる。まるで勇者に与えられし神託のように。
「――アレこそはこの城の名物、世紀末スケルトンライダーです」
彼女は「スケルトンライダー世紀末verとも言います」と、悩める哲学者の如き雰囲気で続けた。
「馬鹿なんですか!? 馬鹿なんですか!?」
ミュールが叫ぶ。そこにバロンがベルとクロエを連れて近づいてきた。
世紀末なスケルトンライダーが乗っているのはチャリオット。三頭の大きなスケルトンな馬に牽かせている。しかもその馬は脚が8本あった。
そして何故かかなり大きな、それこそ熊3頭分ぐらいの大きさのパンパンになった袋が、縄で縛られて引きずられていた。
「あ、バロン様! レティシアさんがおかしく――」
「うむ、スケルトンライダー世紀末verであるな」
「うわぁーーん! バロン様までおかしくなっちゃったー!?」
二人の会話が聞こえていたバロンのからかうような言葉に、ミュールはついに泣きだしてしまった。
ベルとクロエはそんな哀れな子羊を慰める。
「みゅーる。気にしないで。」
「ミュール、泣かないでくれよぉ」
「HIIIIIIHAAAAAAA!!!」
「うわーーん!」
が、空気の読めない世紀末のせいで余計悪化してしまった。
そんなこんなでミュールが泣き止むのは二十分後。
泣き止んだ後、さすがにふざけた二人も謝ってきた。若干一名はヒャッハーしたままであるが。
「ぐすっ。それでアレは何なのですか?」
アレとは無論、ヒャッハーヒャッハーしているライダーである。
「うむ。まあちょっとした仕事をしているのだよ」
「あれで、ですか?」
「アレはですね、ミュールさん、あの引きずられている袋が見えますか?」
チャリオットはすさまじい速度でヒャッハーしているが、エルフの血を引くが故に目の良いミュールは、かろうじて捉えることが出来た。
袋はミュールなら何人も入りそうな大きさであるでありながら、すさまじい速度で引きずられている。
カーブするときなど袋の中身と遠心力で、一種の凶器になっている。あれに当たれば庭園の木も折れ、庭師の心も折れそうだ。
ミュールの肯定を確認してレティシアは続ける。
「あの袋の中にはある熊肉が入っているんですよ」
「お肉、ですか?」
「そうです。キング・グリズリーマンティコアという魔物のお肉です」
「な、何ですか……そのいかにもヤバそうな魔物は」
「超危険。みゅーるは遭遇したら即逃げるべき。ね、クロエ?」
「そうだね。この前山を下りて辺りを荒らしていたやつで、城に持って帰ろうかと思ったんだよ。無理だったからボクたちで倒してしまったんだけどね」
そんなのよく倒せましたね、と胸中で呟くのを忘れないミュールさんだった。
その熊肉を世紀末風に引きずりまわすのは謎だが。
「それはですね、あのお肉、とても固いので普通は叩いて柔らかくするのですよ。叩く強さはあれぐらいですが」
哀れ熊肉は、世紀末風にヒャッハーヒャッハーしてごろごろ引きずらないと、全然柔らかくならないのである。
傍でライダーを見ていたバロンは、自分の用事を思い出して、ミュールに顔を向けて話しかけた。
「アレについてはそこらへんにして。ミュール君、後日、街に行かないかね?」
「――え?」
戸惑いの言葉をもらしたミュールは、まるでこの世の終わりかという様に震える。尋ねたバロンが心配になるほどの急変だった。
「どうしたんだいミュール?」
クロエが聞くが、聞こえなかったようで呆然と呟く。
「……ま、まさかもう……お暇を出すのですか?」
「いやいやいや。何故いきなりそうなるのかね!?」
「……街に連れて行く、ということは、もう、解雇するということでは……」
バロンは大いに慌て事情を説明した。
ベルたちと一緒に買い出しに行くか、ということである。
「み、みっともないところをお見せしてすみませんっ」
「ん、みゅーるを解雇するなんてありえない」
「ボクとしては、アレを笑顔で食べてくれるんだから、絶対に解雇させるわけないんだけどね……」
ベルに続いてその場にいる他の三人も力説する。約一名は遠い目をしているが。
ミュールは完全に自分の勘違い、というか深読みのし過ぎだということで顔が真っ赤だ。
「それでどうです? 私としてはついて来て欲しいところですが」
「あ、あの。よろしくお願いします。ぜひ行かせてください」
「それじゃあ、ボクも行こうかな。大切な新人君が怪我でもしたらボクは泣いちゃうぜ?」
「みゅーるは私が守る。キングだろうとクイーンだろうと倒す」
仲が良くてまっことよろしい。そう頷く男爵がすぐ傍にいるが、ミュールは気になることを耳ざとく聞いた。
「あの、クイーン・グリズリーマンティコアなんているんですか?」
「そっちの方が強いんだよ?」
クロエがいたずらっぽく答えた。
それはつまり、もしかしてこの近辺にそんなのがいる、ということであろうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後、街と買い出しについて話していたが、クロエが「あっ」と何かを思いだしたように呟いた。
「そうだ。そういえばミュールにはボクの仕事を言ってなかったよね。ボクの仕事は主に周辺の警戒と、城の生き物たちの世話ぐらいかな」
「お城の生き物ですか?」
「そ。厩舎とかあってね。でも他の人が餌やりとかしちゃうからさ、世話と言っても、様子を見たりぐらいなんだけどねー」
「へぇ。そのようなものがあったのですね。知りませんでした」
「みゅーるはまず仕事に慣れる。知らなくて当然」
「なかには面白いのがいたりするから、今度案内するよ。結構気の良い奴ばっかりだから安心さ。そうそう、ちなみにあそこでヒャッハーしてる馬はね、昔ここで死んじゃった奴らしいよ」
「そ、その時はお願いしますね。それであの馬は何という馬なのでしょう。足が八本だなんて見たこと無いのですけど」
そういうミュールに他の皆はいたずらっぽく笑う。まるで、ミュールの反応が楽しみだと言わんばかりに。
ミュールはその不審な行動に、一人だけついていけなかった。
「あれはね、スレイプニルっていう神獣の一種なんだよ」
ミュールの中でクロエの楽しそうな声がこだました。
スケルトンな神獣三頭で柔らかくしたという、大変贅沢な熊肉はその後、皆で大変美味しくいただきましたとさ。
今回のサブタイトル、『泣かないで、みゅーる』か『世紀末スケルトンライダー』か『世紀末にできる大変贅沢なお肉の作り方』にしようか真剣に悩みました(笑)