25話 私メイド長 今貴方の後ろにいるの
今日は24話と25話の二つを投稿しました。
間違えないよう、お気を付けて。24話から読んでください。
きゅーきゅきゅ。きゅきゅっきゅ。
(ミーはスライム。名前はまだないのだ)
きゅきゅっきゅきゅきゅーきゅ。
(ミーのゴシュジンはミーたちの主、ミーたちの王様、ミーたちの女王様、ミーたちの頂点に座すまさにミーたちのアイドル)
きゅんきゅきゅっきゅきゅっきゅー。
(ゴシュジンがミーを救い上げてくれた時のことは、魂に焼き付いているのだ。ミーはあの時から、一生ゴシュジンに忠誠を誓うと決めたのだ)
きゅきゅんきゅっきゅー。
(ミーのゴシュジンには姉上殿と呼ぶ存在がいる。と言っても血は繋がってないが)
きゅーきゅんっきゅ……きゅっきゅきゅきゅーきゅっきゅー。
(あの御方には本当に畏れを抱いてしまう……。
力を無闇に振りかざさず、むしろ御自分が与える影響を考えて『力』を押さえている。ミーの予想に過ぎないが恐らく、霊格まで大分抑えているはずなのだ。
あの御方が『鎖』を外せばミーたちなど所詮塵芥に過ぎず、目の前にいるだけで文字通り塵と化す筈なのだ。ミーたちが幾億年の研鑚を積んでもなお及びもしない境地にいながらも、ミーたちの様な弱き者を思いやる心優しき『魔王』なのだ)
きゅっきゅ、きゅーきゅっきゅ。
(実はひと月前ほどに『メイド』さんが増えたのだが、どうやらあの御方と同じ種族の血が半分入っているようなのだ)
きゅっきゅっきゅきゅきゅきゅーきゅん。
(ゴシュジンはその女の子をとても気に入っているようなのだ。とても仲が良くてちょっと羨ましく思うときもある。
けれど、ミーたちも彼女と仲良くなりたいとも思うのだ)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そう言えば……」
「ん?」
ベルにより、なんとか元通りになった飾り皿。
それを棚に戻しながら、ミュールはベルに聞いた。
「何か、私にご用でもあったのですか?」
「特にはない。けど……」
ベルは気恥ずかしげに言い淀む。
いつも簡潔に、碌に抑揚もなく淡々と離すベルにしては珍しい。
「無理、しないでね」
「はい。ずいぶんとご迷惑を掛けちゃいましたから、これ以上無理なんてできませんよ。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、ベルさん」
「……別に……迷惑じゃない、けど」
ミュールの向日葵のような明るい笑顔を見て、ベルはその笑顔と視線から逃れる様に顔を俯かせて、ぼそぼそと呟く。
ベルの淡く蒼みがかった銀髪に隠れていてミュールからは見えなかったが、彼女の耳は薄く赤色に染まっていた。
何とも百合百合しい光景だが、実際のところベルもミュールも、特にそう言う感情は抱いてはいなかった。
「私の仕事。午前の分は終わったから、手伝う」
「いいんですか?」
「ん」
そう言って、ベルは部屋の端に置いてあった掃除道具の中から雑巾を取り出し、掃除を再開したミュールの手伝いを始めた。
二人は会話を続けていたが、掃除の手を止めることなく、かつ余所見をすることも無かった。特にミュールはこれ以上何か壊したら心臓に悪いので。
「というかもう終わったんですか? 早いですね」
「私スライムだから。掃除とか洗濯とか、そういうのは簡単に終わる。仲間たちに任せてるから」
「仲間、ですか?」
「きゅ」
突然、小さい妙な声が自身の言葉に返事をしたことに、ミュールは「へ?」と声を上げて、その声のした方を見る。
彼女が顔を向けた先には、ちょうどベルがいた。
そのベルは両手に何かを乗せているかのように、両の掌を天上に向けている。いや、実際に何かを両手に乗せていた。
それは片手の掌サイズ。
いや、もっと小さく、いっそニワトリの卵サイズと言えた。
青色の体をプルリと震わせ、つぶらな瞳でミュールを見つめる。
丸々としたプルプルな体を持つ生き物。
そう、それはスライム。
ベルの掌には、小さなスライムが乗っていた。
「きゅ」
青いスライムはもう一度、先ほどと同じように、小さく高い音でミュールに挨拶するように声を上げた。
スライムを手に乗せたベルは、何と言ったのかミュールに教える。
「『初めまして』。だって」
「は、初め、まして……」
小さな卵サイズの青スライムに目を白黒させながらお辞儀をして挨拶をするという、何ともシュールな光景である。
何で言葉が分かるのかとミュールは疑問に思ったが、その疑問が頭に浮かんだ瞬間に、先ほど聞いた言葉を思い出した。
ベルは自分自身の人型の姿を手にれた高位のスライムだということを。
同族であるならば、言葉が分かるのも頷けることである。
と、自身の疑問に答えを出して納得をし、ベルの手に乗っているスライムに目を向けると、ミュールは思わず石のように固まってしまった。
「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」「きゅ」
「ん。みんなみゅーるに挨拶してる。元気元気」
『きゅっきゅっ、きゅっきゅっ♪ きゅきゅ♪』
赤色、緑色、黄色、橙色、藍色、水色、茶色、黒色、白色、白黒の縞々、毒々しい紫色、ショッキングピンク色、等々……。
掌だけでは収まりきらず、ベルの肩や頭の上にまで乗っている。
――なんか……増えてた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
途中、変なこともあったが、掃除はすぐに終わった。
広大なために掃除をする部屋が多く、にも拘らず、いやむしろそれ故に、碌に使っていない部屋もまた多い。だが、普段からできるだけ清潔にしているため、特に時間をかけることは無かった。
ベルというお手伝いもいたため、尚更早く。
一応それなりに怪我は治ったのだが、まだ無理を出来る様な状態とも言えないので、今日のミュールの仕事は午前中だけ。
それも、簡単に終わるような場所の掃除だけだった。
「ではベルさん。この部屋は終わったので、次に行きましょう」
「ん」
ミュールが持って来ていた掃除道具を半分持ったベルが頷く。
本当なら全部持つつもりだったのだが、敢え無く半分をミュールに持ってかれてしまったのだった。
ミュールに続いてベルも部屋を出ようとするが、その足は止まってしまう。
「キャー!?」
「みゅーる!」
部屋を出てすぐ、ミュールは何かに驚いたように小さく悲鳴を上げた。
同時に後ろへと後ずさったのだが、その際、床に落としてしまった掃除道具に足を取られ、後ろにバランスを崩す。
慌ててベルが近づくが間に合わず、掃除道具の盛大な音とともにミュールは転んでしまう結果となってしまった。
「いたたた……」
「み、みゅーる大丈夫?」
「あ、はい。ちょっとお尻が痛いだけで、って……ベ、ベルさん? そんなに見つめてどうしたんですか?」
ベルの尋常ならざる視線に気づき、ミュールは困惑する。
ミュールの言う通り、彼女の心配をしていたベルだったが、今は真剣な表情でミュールを見つめていた。
普段が瞼が半分落ちかけた眠そうな顔なだけに、見つめられているミュール自身も、何やら不安になってくる。
「…………」
「ベルさん……?」
一向に返事のないベルをどうしようと、そう思いながら、ミュールが床に手をついて立ち上がろうとした時。
「待ってッ!」
「……ッ!?」
ベルの鋭い静止の声にミュールは動きを止めた。
そしてベルは重々しく、まるで畏れているかの様に言葉をもらす。
「こ、これが……絶対領域……ッ」
「へ? あ……」
その言葉の意味は分からなかったが、ミュールは気づいた。
ベルの熱い視線が自身の脚の辺りに向けられていることに。
なんか熱いというか、舐め回すような感じが含まれていることに。
脚がなんかちょっとスース―涼しいことに。
嫌な予感を感じながらも、恐る恐る頭を動かす。
そして、先ほどとは別の意味でミュールは悲鳴を上げた。
「キャ――――――――――――――――――ッ!?」
スカートが際どく捲れて太股までほとんど丸見えになっていたのだった。一応ギリギリその先までは見えていなかったが。
むしろギリギリ見えていないことによって、ベルの心中は荒れに荒れてしまった。興奮的な方向へ。
ミュールはそのまま、ばっ、と際どく露出してしまっていた脚を、スカートを押さえつける様にして隠す。
ミュールは柔らかく尖った耳も頬も首筋も、今にも噴火しそうなほどに真っ赤にして、穴があったら入りたいと言わんばかりに体を丸める。
ついでに、ベルの視線とは別に、何故か背筋がぞわぞわするような悪寒が走った。
✤◇✤◇✤◇✤◇✤◇✤◇✤◇✤
同時刻。
ミュールたちのいる所から遠く離れた塔。
そこには今、変態の群れがいた。
「ミュールたん……ハァハァ」
「ベルたん、慌ててる……萌え……」
「あ、転ん――ッ!? そこッ! もぉちょっとぉぉぉ……ッ!」
「惜しいッ! だがそこが良いぞッ!」
「ええ、悪くないわ。むしろギリギリ見えなくて最っ高よッ!」
「ああ、ベルたん。俺をそのジト目で見下しながら踏んでくださいッ!」
「ミュールちゃんったら今日もすごい美味しそうだわぁ。ああ! でも、そんな彼女にアタシが食べられるのも悪くないわっ」
「ああああっ!? こんな事なら写真機、高くても買っとけば! いや、それとも記録魔術でも覚えとけばよかったのか!?」
スケルトンだったりメイドだったり騎士だったり、色々。
皆この城の者たちなのだが、色々と残念な人たちだった。
しかし、ロマンに気を取られている彼らは気付くことが出来なかった。
天使のような笑顔を浮かべた悪魔が、近づいている事には。
「ああ! ミュールちゃんたら慌てて隠したわっ」
カツーン、カツーン、カツーン。
「ミュールたん……顔真っ赤……萌え」
ガシッ!
『……え?』
「――私メイド長。今貴方達の後ろにいるの」
ゴキッ!
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああッ!!??」
スケルトンの頭蓋骨を鷲掴みにしたレティシアは、容赦もなく思いっきりそのそっ首を捻る。
容易くもぎ取られた頭蓋骨は、まるでゴミのようにぽいっと、持ち主の足元へと放り投げられた。
その持ち主は自身の頭を拾いながら、腰が抜けたのか尻もちをついたまま後ずさる。余談だが、スケルトンは首の骨を折られただけでは死なない。
表情こそ笑っていたが、レティシアの目からは光が消えていた。
まるで底なしの闇の中のように。
「ひひひひひ姫様ッ!?」
「――メイド長と呼びなさい」
『ひっ!?』
地獄から這い上がってくる様なその声に、ロマンを覗き見ていた彼らは、全く同時に脅えの悲鳴を上げる。
「なななな何故っ、此処に!? ベラルド平原に行ったはずでは……!?」
一人のメイドの言葉に、クスクスとレティシアは顔を俯かせて笑う。
静かに、妖しく。
「……クスクス……ええ……行きましたよ……そして先ほど帰って来たのですよ……きちんと事態を終息させて」
その顔は俯いたまま。
しかし、滝のように冷や汗を流す彼らは、今この時だけはレティシアの顔を見たいとは思えなかった。
ぷるぷると震える彼らは、子羊よりスライムと言ったほうが良さそうなくらい。
今にも膝と腰が抜けそうな彼らは、あと一押ししてしまえば容易く、床に無様に尻もちをついてしまうだろう。
そんな一押しが、レティシアによってすぐにもたらされた。
ガシッ!
「ガ……ッ!?」
「ふふ……ふふふ……」
いつの間に距離を詰めたのか、レティシアはちょうど先頭にいたスケルトンに正面からアイアンクロー。みしみしと、万力に挟まれた様な音が鳴っている事には誰も気付かない。
俯いていた顔は今や上げられ、ただただ、不気味なほどに穏やかな笑みで微笑んでいた。こんな時でなければ、万人を見惚れさせていただろう可憐で美しい笑みで。
そんな微笑みのまま、レティシアは艶めかしいほどに赤い唇を小さく開いた。
「……そんな」
「ひっ」
「そんな……羨ま怪しからん事をして……貴方はそれでも、ローレシア王国の元近衛兵ですかッ!」
「なに言ってるんですか!? あだっ、レティシア様っ、ヤバッ、ヤバいですからっ! みしみし言ってます頭みしみし言って――ぎゃぁああああああああああ!」
バキンッ。
それは何とも乾いた軽い音だった。
「……あっ」
さすがに、我を忘れていたレティシアも少し落ち着きを落ち着きを取り戻した。
「…………ふぅ。また、つまらないモノを砕いてしまいました」
目を逸らして現実逃避しながら、であるが。
まあ、普通のスケルトンならともかく、レティシアに頭蓋骨を砕かれた騎士はこの程度では死にはしないのだが。
さすがに重傷ではあるけれど。
✤◇✤◇✤◇✤◇✤◇✤◇✤◇✤
そんなレティシアの二十メートルほど後ろに、二つの人影があった。
「さすがにこれは可哀想なのだがな……そもそも、レティシアも覗こうとしていたではないか。いや、羨ましいと言っていたし、ただの嫉妬かな?」
一つはバロン。
ベラルド平原から帰り、レティシアと共にここまで一緒にやって来たのだった。
そしてもう一人。
『若干理不尽。同胞哀れ。修理要求』
「ふむ。修理という言い方は違うと思うがね」
言葉を話せないのか、不思議な紙に文字を浮かび上がらせ、それを見せてバロンと会話をする少女が一人。
所々、包帯ぐるぐる巻きの上に、メイド服を着た少女だった。




