21話 庭師と寄り道メイド
ちょっと短いかな?
わしは庭師じゃ。嫁さんはまだいないの。
もう、かれこれ五十年ほど昔かの? まだ年相応に生意気な、はなたれ小僧だったワシを拾ってくださったのは。
おまけに先代のもとで仕事を与えてくださった事は、本当に感謝しても感謝しきれない大恩じゃ。おかげで何も知らぬはなたれ小僧が、今では立派な庭師。それも、何ともやりがいのある大きな庭のな。
今となっては領主様に吐いた暴言もいい思い出じゃの。
あ、いや……やっぱり結構言い過ぎたかの……。
わしも若かったということにしておこうか。うんそうじゃの。そうしてくだされ。……さすがにアレは失礼すぎたわい。
ん? 何やらあの小僧が叫んでおるな?
……はあ。また何かやらかしておらんといいのじゃけどなあ。
ちなみに、まだと言ったがの。わしもこの年じゃし、とうの昔に嫁さんは諦めておるよ。
い、言っておくが気にしておらんぞっ! 別に気にしておらんからなっ! 絶対の絶対じゃぞっ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふんふんふ~ん♪」
春爛漫と花が咲く広々とした庭園から、可愛らしい鼻歌が聞こえてくる。
このごろ春の陽気を感じられるようになってきた空の下、鼻歌を歌いながら庭園の中を歩く少女が一人。両手で籠を持ち、今にも踊りだしそうなほどにその表情は明るい。
いや、実際、スキップをしている時がある。だが、行く先々で立ち止まったりゆっくりとした歩調に変え、その少女の表情の様に可憐に咲き誇る花々を見て、話しかけている。
余人が見れば、頭の中身がお花畑になってしまったのかと心配するかもしれない行動だが、彼女にとってはそれは杞憂であろう。と言うより、彼女の種族にとっては、であるが。
少女はにこにことした表情を急に凍らせて、自身の用事を思い出して歩みを進める。しかしすぐに目に楽しい庭園の植物の方へと足を向けてしまう、というこの繰り返し。
あっちからこっちへと、目的の場所には遅々としていっこうにたどり着かない。目的地にたどり着くのはいったい、いつになることやら。
濡れ羽色の黒髪から覗く耳は柔らかく尖り、ピコピコと動いて少女の心情を表しているように見える。
庭園の素晴らしさについ、はしゃぎそうになるも、それを押さえるように我慢。
元気に動くその姿に動き辛い様子はないが、どこか体をかばっているようだ。
言わずもがな、ミュールである。
(私が魔力を暴走させてしまってから、そろそろ二週間ぐらい経ちます)
魔力の暴発からおよそ二週間ほど。
ようやく外を歩くことができるくらいには、快復したのだった。
普通ならあれほどの重傷では、たったの二週間でここまで治ることは無いだろう。
だが、レティシアが医術式で応急処置を施し、実は売ればかなり高い薬をアイリアンが飲ませたため、ここまで治りが速かったのだ。
マンドラゴラなんて希少かつ危険な霊草を使う薬。作るのも難しくそもそもの正しい調合法を知る者が少ない。故に、ミュールがその薬の一般的な市場価格を知っただけで、身に余る贅沢だと震えるぐらいには高い。オークションにでも出せばもう笑えてくる。
だが快復が速かったと言っても、まだ完治はしておらず、ようやく外に出歩けるようになったという程度。かと言って完治するまで引きこもっているのも体に良くない。
というわけで何度か城内を歩いて、今日はこの庭園にとある用事がてら散歩に来たのだ。
ちなみに、アイリアンはすでに自身の住処に帰ってしまっている。
「あっ! アレはもしかして……!」
珍しい花を見つけてまた寄り道をしてしまう、そんな時だった。
「おい、あんた誰だ。ここで何してる」
「ふぇ?」
露骨に警戒心を隠そうともしない声に、ミュールはそんな気の抜けた言葉をもらして振り向く。
庭園には植物を壁にしたちょっとした迷路のようなものがある。
声の主はその出口にいた。
「えっと……どちら様?」
「え、あ、その……って、そりゃこっちが聞いてんだよっ!」
こてん、と首をかしげたミュールに、声の主たる少年は一瞬どもった後にかみつくように言う。
およそミュールと同じくらいの歳だろうか。動きやすそうで丈夫な服と砂色の短髪には、何枚か葉っぱがくっついている。
そして何故か、少年の顔は見事なくらいに紅潮していた。
ミュールは少年の言葉に「それもそうでした」と呟くと、軽くスカートをつまんで可愛らしく微笑んで挨拶をした。
「私はミュールです。よろしくね」
「あ、ああ……」
同年代であり、カロン城の敷地内にいるからだろうか。少し柔らかい口調だった。
ミュールは少年が名乗ると思っていたのだが、ミュールが見つめていると、ややボーっとしていた少年は何故かそっぽを向く。
じーっと見つめていると、さもただ庭園の花々を見ていますという風に少年は振る舞う。
ミュールは全く気付いていないが、彼女の視線から逃れるような動きだった。
「むぅ~っ。人に名乗らせておきながら自分は無視を決め込むとは、中々に失礼な人ですね」
すぐ近くで聞こえた声に、努めてミュールを視界に入れないようにしていた少年は、不思議に思って前を向く。
するとすぐ目の前で、ミュールが頬を膨らませながら腰に両手を当て、若干前かがみになって下から不満げな表情で見上げていた。
「あ、あう、あ……」
すぐ近くにまで迫ったミュールから漂う良い香りに、少年の顔はますます赤くなり、目はぐるぐると回ってもはやどこを見ているのかも定かではない。
最初に詰問した時の威勢の良さは、どうやら無限の彼方へと飛んで行ってしまったようである。
やがて、さすがにミュールも様子がおかしいと気づき始めた頃、少年の後ろから別の気配がやってくるのに気づいた。
「ん~、誰かなぁ」
「え?」
ひとまず少年から少し距離をとり、こちらにやってくる人物を待つ。
どういう事かと、気配に気づかない少年が声を上げた時、少年の数メートルほど後ろの迷路の曲がり角から老年の男性が姿を見せた。
その老人は、そのまま植物の壁にぶつからないように踏ん張りながらも、前を見据える。そしてミュールの正面にいる少年を視界に入れると、鷹の様に目つきを鋭くした。
自身に向けられる、どう受け取っても友好的でない気配に、少年は背筋に寒気を感じる。
だがそれも遅く――
「くぉぉぉんの、馬鹿もおおおおおおおおん!!」
ドゴンッ!
「いっっったーーーーーーーーーーーーーーー!!!!?」
――何とも元気な老人に、少年は頭頂部から拳骨を落とされた。
とても人を殴った音だとは思えなかったと、のちにミュールはレティシアに語る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「この馬鹿弟子が! 城の皆に迷惑を掛けるなと何度言ったらわかるのじゃ!」
庭園の中心部にあるテラスに怒号が響く。
怒りの形相を浮かべる老人の名前はハイム。カロン城の庭師である。
少年はハイムの拳骨の威力に叫び声をあげて気絶してしまい、とりあえず場所を変えることにして、ここまで彼を引きずって来たのであった。担ぐではなく、引きずるである。
そしてこのテラスに着くと、大きなたんこぶのできた少年を無理やり起こして、今に至る。
「…………」
当の叱られている少年は憮然とした顔で黙っている。
「何か言わんか!」
「あ、あの、落ち着いてください、ハイムさん」
「し、しかしのぅ」
「別に迷惑なんてかけられていませんから、怒らないでください」
「そ、そうなのか?」
ハイムはミュールに対しては一転態度が変わり、まるで好々爺そのもの。
その切り替えの早さは、正座をしていた少年が一周回りきってもはや悲しくなってくるほどだった。
ミュールはハイムの言葉に肯定で返すが、最後の思わず漏れてしまった小さな呟きは余計だった。
「はい。……名前を聞いてきた癖に自分は名乗ってくれませんでしたけど」
「このアホたれ!」
「あぶっ!? おいこのクソジジイ、いくら何でもたんこぶの上に拳骨はないだろ!!」
「誰がクソジジイじゃ、このハナタレ小僧が!」
「アンタだよっ! 何だ、耄碌しすぎてそんなことも分からなくなっちまったのか。そうかそうか、これ以上怒鳴っていたら頭の血管ブチ切れるんじゃないか? ク・ソ・ジ・ジ・イ!」
「耄碌なんぞしとらんわ、このクソガキ! その程度も分からんその目玉こそ、白内障にでも罹っとるんじゃないのかの? おお、まだ若いと言うのに哀れなものじゃな。ク・ソ・ガ・キ!」
「うわぁぁぁぁ」
「アッハッハッハッハッハッハ。面白いジョークだなあ」
「ホッホッホッホッホッホッホ。中々笑える冗談じゃのお」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「「………………………………………………………………」」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
罵りあう二人は止まることを知らず、平坦な笑い声を上げ、ついには不気味な沈黙。
周囲のことなんぞ見えなくなっている二人には、ミュールの声は聞こえるはずもなかった。
そのため、ミュールがそろそろ限界だと言うことにも気づかない。
「「ちょっと表出ろッ!!!」」
「もうっ、二人ともいい加減にしてくださいよ! それとここはすでに表ですっ」
「「グオッ!?」」
仲良く倒れる二人。
ついにブチ切れたミュールの魔力で強化した拳により、お馬鹿二人は沈められた。
「もうっ! 二人ともこんなことでいちいち喧嘩なんてしないでください」
「「ハイ、ワカリマシタ。モウシマセン。ダカラ、ナグラナイデクダサイ」」
「じゃあ仲直りしてください」
「「ボクタチトモダチ、ナカノイイトモダチ。ダカラナカナオリシヨウ、ゴメンナサイ」」
ミュールの前には感情の消えた顔で正座する二人。人形の方がまだ生気を感じそうである。
しばらくして最初に正気に戻ったのはハイムだった。
「ああ、ミュールや、スマンかったのう。まだ怪我は治りきっておらんかったんだったの」
「大丈夫です。ついうっかり、止められていたのに魔力を使ってしまいましたけど、何ともありませんから。ハイムさんこそ殴ってしまったところは大丈夫ですか?」
心配そうに尋ねるミュールに、やはり好々爺然として問題ないと答える。
「それは良かったです」とミュールが安心すると、思い出したようにクスリと笑って、スカートを軽くつまんで挨拶をした。
先日レティシアに教えられたものなのだが、どうやら楽しんでいるようだ。
それを見たハイムはますますデレデレとして爺馬鹿と化し、そろそろロリコンではないかとベルなら警戒しているレベルである。
彼の名誉のために言うと、彼は決してロリコンではなく、唯の爺馬鹿なのだ。
そう、爺馬鹿だ。
「それで今日はどうしたのかの?」
ハイムが尋ねると、あっ、と声を上げてミュールは手を打った。
完全に用事を忘れていたらしい。
「ずっと部屋に閉じこもっていたら息が詰まるので、ちょっと散歩がてらに来たんです。ついでにレティシアさんにハーブを採ってくるように頼まれたんですよ」
そう言って、手に持っていた籠を掲げる。
頼まれてからここに辿り着くまで、どれほど寄り道をしたのかは知らないが、少なくとも一時間は経っている。
テラスの近くにちょうど目的のハーブがあったため、世間話をしながら仲良く摘み取っていると、ようやく少年が正気に戻った。
「ようやく気が付いたか。ほれ、ナハト、お主も手伝え」
「え? ああ。ってそれよりも爺さん、そいつ……」
「ミュールだもんっ」
「みゅ、ミュールは何なんだよ。庭園をうろついてたんだけどさ」
そう言いながらもしゃがんで素直に手伝う。
たまたまミュールの隣にしゃがんだということに気付くと、少し俯きながらの作業になる。
一方彼の言葉にハイムとミュールは、少し驚いたのか一瞬動きが止まった。
「何じゃ、知らんかったのか」
「何がだよ」
「この娘は城のメイドじゃぞ」
「はっ!? でも俺知らないし、それにメイド服着てないぞ」
ナハト少年は驚いた声を上げ、ミュールを指差す。
少年の言う通り、ミュールは今メイド服を着ていない。
ロングスカートにゆったりした上衣というもの。どれもカリヨンで買ったものだった。
ちなみにブーツはいつものである。大変動きやすいので何気に気に入っていたりする。
ミュールの存在さえ知らないナハトに、ハイムは簡単にミュールのことを教えた。
「そういえばナハトのことは紹介してなかったの。ミュールや、この小僧はナハトといってわしの弟子のようなものじゃ」
「……よろしく」
「改めてよろしくね」
ミュールは笑顔で言う。
その笑顔にハイムはデレデレと好々爺もとい爺馬鹿の顔になり――
「ッ! ……あ、ああ」
――ナハトは俯いたり空を見上げたりして、真っ赤になった顔をミュールに見られないように努力していた。
ナハト君一目惚れかな? ニヤニヤ。




